共同墓地
「お昼までには戻りますから」
「ああ、気にせんで行ってこい。アスカのこともセトとマキのことも、しっかり見てるからなぁ」
「ちょっとぉ、ニカ! ぼくも見守られる側なのぉ? あーあ、早く大人になりたいなぁ」
翌朝、セトくんとマキちゃんがまだ起きてこない内に私たちは出発することにした。見送りにきてくれたニカさんとアスカが軽口を叩き合っている。
「アスカには期待してるぞぉ? お前さんがいなきゃ、あの2人はずーっとビクビクして過ごすことになっちまう。それはかわいそうだからなぁ」
「ふふーん、そうでしょ? ぼくにまかせてよ!」
相変わらずの自信家だ。でも、それが出来てしまうところがカッコいいぞ、アスカ! ニカさんといい、この2人なら安心してセトくんとマキちゃんを頼めるね。
「それじゃあ、行ってきます。よろしくね、アスカ」
「おっけー! メグに頼まれたらぼく、張り切っちゃうぞー!」
アスカに声をかけると、嬉しそうに笑ってくれる。それだけで、お墓参りに行く不安が少し解れたよ。ありがたい。お昼ご飯はアスカが食べたいものを選ぼう、そうしよう。
早朝の道は人通りも少ない。そんな中で歩く私もやはり目立つようで、道行く人には軽く会釈されている。
ずっと注目されたり変に声をかけられることはないので、東の王様が広めてくれた注意点が民たちにも伝わっているのかもしれない。仕事も早いし広まるのも早いなぁ。助かります!
「カイザーさん、おはようございます」
私たちがお城の前に着くと、そこにはすでにカイザーさんの姿があった。ご年配だというのに凛々しい立ち姿に惚れ惚れするね! 素敵な歳の取り方だ。
「おはようございます、メグ様、リヒトさん。そこの貴方は、昨日はいませんでしたな? ですが、覚えていますよ。確かドワーフの……」
「はい。ロナウド、です」
ロニーのこともちゃんと覚えてくれていたんだね。そのことに嬉しくなる。カイザーさんはロニーの名を聞いて嬉しそうにそうでしたね、と笑った。
「ということは、今日は墓参りに行く、ということでいいんですね?」
「はい。よろしくお願いします」
昨日はいなかったロニーが今日は来た、ということで返事を察したらしい。リヒトが挨拶をすると、カイザーさんはさらに笑みを深めた。
「喜んでご案内いたしましょう。馬車を呼ぶので、少しお待ちを。まだまだ元気ではあるんですがね、老体に山道は少々厳しくなっていましてな」
そう言って片手を上げると、近くに控えていた騎士の一人が走り去っていく。すぐに出られるように馬車の準備はしておいたのだそう。手際の良さに、有能さが窺い知れる。
というか、たぶんカイザーさんの言ったことは半分以上、冗談なんだろうな。聞けばそこまで遠いわけではないみたいだし、今もしっかりとした足取りのカイザーさんが厳しいというような道ではないはずだ。
きっと、私たちのために馬車を用意し、気兼ねなく乗ってもらえるようにとの心遣いだよね。優しい。
カイザーさんの言った通り、馬車はすぐに私たちの前にやってきた。きちんと人が乗れる箱型の立派な馬車だ。幌付きの荷馬車ではない。魔大陸にある獣車は荷馬車タイプなので、こんなにお上品な馬車は初めてだ。ちょっと緊張する。
それはリヒトやロニーも同じだったようで、3人で顔を見合わせて笑ってしまった。事情を聞いたカイザーさんも、それは意外だと微笑んでいる。
4人で乗り込むと、馬車はゆっくりと出発した。ここから街を出てすぐの位置に共同墓地があるんだって。
「てっきり、お墓は東の王城近くにあるんだと思ってました」
いや、ただなんとなくそう思い込んでいただけなんだけど。だって、ラビィさんは東の王城で捕らえられていたから。
でも、考えてみればそれはたまたまだ。リヒトとの面会がしやすいようにという配慮もあっただろう。収容所は東の王城だけではないのだから、普通に考えて共同墓地は中央にあるよね。
自分で質問しておいて自分で答えるという恥ずかしさ。す、すみません。
「ははは、もちろんそれも理由の1つではありますから。1番の問題は土地の広さなんですよ。囚人は身寄りのない者が多いですからね。そういった者たちを埋葬する広い場所の確保が出来るのはこの付近しかないということです」
ああ、なるほど。場所の確保かぁ。身寄りがあるなら囚人でも引き取ってもらうらしいけど、その逆で身寄りがなければ囚人じゃなくても共同墓地に埋葬されるという。きちんと弔ってもらえると聞いて、少しホッとした。
リヒトはお墓の場所を魔力登録しておく、という。うん、そうすればいつでもお参りに来られるもんね。また来る時は、一緒に連れて行ってもらおう。これからは怖がってないで定期的にお花を供えたい。
「あれ? でも、リヒトはまだ行ってなかったの……?」
「実は、そうなんだ。行こうと思えば行けたんだけどさ。なんつーか……お前らよりも頻繁に会っていた癖に、訃報を聞いたらどうしても行く気になれなくてさ。親不孝者だよなぁ! 本当の親でもねーけど!」
んー? リヒトがやけに明るく、早口になった。こういう時のリヒトは、不安だったり悲しかったり、とにかく心細いと感じているんだよね。そこそこ長い付き合いになってきたからわかるよ。
それに、魂の繋がりをなめてはいけない。私は身を乗り出してと対面に座るリヒトの膝の上に両手を置いた。驚いたリヒトがやや後ろに仰け反る。
「な、なんだよ、メグ」
「大丈夫、私もロニーもいるんだからね!」
きっと、リヒトや私だけじゃなくて、ロニーだって同じような気持ちになっているよね。リヒトをジッと見つめてそう言った後、チラッと振り返って私の隣に座るロニーにも強く頷いて見せた。
リヒトもロニーも呆気にとられたように目を丸くしていたけど、すぐにふにゃりと表情を崩して苦笑を浮かべる。
「……ああ、ありがとな。くくっ、なんだよメグ。さっきロニーに同じこと言われてたくせに。頼もしいぞ、こんにゃろー」
「そ、それは言わないでよーっ! あ、ちょっともう少し優しく撫でてー!」
見透かされた、とすぐに理解したのだろう。リヒトは私の頭を乱暴に撫でながら朗らかに笑った。照れ隠しですか? そうですか。まぁ、許してあげるよ。カイザーさんも見ていることだし、ね!
体感で30分くらいだろうか。馬車が減速していき、停車する。どうやら着いたみたいだ。カイザーさんが最初に降りて手を差し出してくれている。
「メグ様、よければこの老いぼれにエスコートさせてください」
「カイザーさん……! ふふっ、ありがとうございます」
ちょっぴり照れ臭かったけど、ここで断るのは逆にカイザーさんに失礼だよね。お礼を言いながら手を取ると、流れるような所作で馬車から下ろしてくれた。慣れていらっしゃる。カイザーさんにとってはこれが当たり前のことなのかもしれない。
そのままカイザーさんにエスコートされながら墓所を歩く。共同墓地っていうから少し雑多なイメージがあったけど、管理者がいるからか意外と綺麗だ。
ただ、墓石が本当に多い。それだけたくさんの人が埋葬されているってことなのだろうけど。
「こんなにたくさん、墓石が並んでいるの、初めて、見た」
「ああ、ロニーは初めてか。人間は出生率も多いけどその分魔大陸のヤツらより短命だからな。これくらいが普通だ。共同墓地だから余計に多いってのもあるけど」
そっか、ロニーは初めて見たのか。私やリヒトは前世での知識もあるからさほど驚かなかったけど、魔大陸の人が初めて見たら驚きもするよね。
「魔大陸の墓所は、やはりこことは違うのですか?」
今度はカイザーさんが訊ねてくる。曰く、大きさの規模は違えど人間の大陸の墓所は大体こんなものだという。
えーっと、魔大陸のお墓のことだよね。亡くなった人の魂の美しさに比例して墓石が白くなるんだっけ。そうじゃないのもあるみたいだけど、それが主流なんだよね。
「それはまた不思議ですな……。魂の綺麗な者、ですか。この大陸では白い墓石の方が珍しくなりそうですなぁ」
遠い目をしながらカイザーさんが口にした言葉は、否定も肯定も出来なかった。人間って、意外と醜い生き物だから。
私だって魂は人間なのだから、自分の墓石が白いとはとても思えないし。何千年の先かはわからないけど、いつか私のお墓を建てた人にはあまり驚かないでもらいたいものだ。
「ここですよ。小さな石しか置けなくて申し訳ないのですが……。私が責任をもって埋葬させていただきました。心は込めましたよ」
「カイザーさん、自ら……?」
まさかの事実に3人揃って目を見開く。そっか、そこまでしてくれていたんだ。感謝してもしきれないよ。
「……ありがとうございます、カイザーさん。本当に」
リヒトが頭を深々と下げ、それに続いて私とロニーも頭を下げた。カイザーさんは慌てて手を振ったけれど、これだけではお礼が足りないくらいだ。本当に、本当にありがとうございます……!
「さぁ、私のことはいいから。ラビィにも挨拶をしてやってくだされ」
「……はい」
ラビィって呼んでくれていたんだ、とリヒトが呟くと、カイザーさんは照れたように笑う。
本当は立場上「セラビス」という本名を呼ばなければならなかったけど、自分の名前はラビィだからと本人に言われたんだって。だから、周囲に人がいない時だけはラビィと呼ぶようにしてくれたのだそう。鼻の奥がツンとした。
リヒトが前に出て、ラビィさんの墓石の前に立つ。それから膝をついて真っ直ぐ墓石を見つめた。
私は収納ブレスレットから花束を取り出した。昨日の内にお花屋さんで用意させてもらったのだ。魔大陸で摘んだ花や、買った花束もあったんだけど……。馴染みのあるこの大陸で用意したものの方がいい気がしたから。
「……よぉ、ラビィ。遅くなって、ごめん」
私がそっと花束を墓石の前に置くと、リヒトが掠れた声で話しかける。
少しだけ、2人にしてあげよう。そう思った私はロニーと目配せをしてリヒトから少しだけ距離を取った。
離れた位置で見るリヒトは、なんだか迷子の子どもみたいな目をしていた。
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