アスカとお留守番


 取り残された私とアスカは、急に静かになった部屋でしばし立ち尽くしていた。っと、そうじゃない!


「アスカ、精霊に頼もう!」

「あ、そうだね。調査なら風かな。それとも土? 夜ならラーグも活動出来るかな……」


 アスカは少し悩んでから土の精霊に頼むことを決めたようだ。アスカの土の精霊、ラーグくんはものすごくたくさん寝る子らしく、あまり活動は出来ないって聞いたことがある。

 その分、何かを頼む時は少しの魔力でたくさん働いてくれるちょっと変わり者の精霊だそう。


 子どもの頃から契約していた精霊らしいんだけど、私はまだ会ったことがないんだよね。だいたい寝ているみたいだったからタイミングが合わなくて。


「ごめんね、メグ。ぼくはそこまで魔力がないからラーグしか動かせないや」

「ううん、十分だよ! 人間の大陸は魔力の回復もあんまり出来ないし、無理はしないで?」


 こういうのは適材適所! ダンジョンの攻略で学んだのだ。その時、自分に出来ることをすればいいって。

 アスカは場の雰囲気を明るく出来るし、体力もあって体術が得意。その長所を活かせる時に活躍してくれればいいのである。


「そっか、そうだよね。それじゃ、待ってる間はメグの気持ちが明るくなるようにお喋りしてあげる!」

「ふふ、心強いな。ありがとう、アスカ」


 気持ちの切り替えも早いところがさすがだよ、アスカ! 私など、これが頭でわかっていながらウダウダ悩んだというのに。

 さて! そうと決まれば、私も精霊に声をかけなきゃ。


「ショーちゃん、フウちゃん、頼めるかな?」

『お任せなのよー!』

『アタシも頑張るよっ!』


 調査と言えばこの2人である。意図を正確に読み取ったショーちゃんとフウちゃんは、すぐに窓から飛び立っていった。


「それじゃあ、ラーグもよろしくね。途中で寝ちゃわないでよー?」

『うむ。久しぶりにしっかり働かせてもらうわい』


 アスカが精霊を送り出す前に、土の精霊さん? と名当ての儀式をしてラーグくんの姿が見えるようにさせてもらう。後々、姿を確認出来た方が便利だからね!


 そんなラーグくんは茶色いモグラの姿だった。一見すると普通のモグラにも見えるけど、長いヒゲと鼻が金色なのが特徴的だ。どこかおじいちゃんっぽい話し方でちょっと癒される。


『じゃあ向かうとするかの。よっこいせ、と』


 のっそりと窓辺に移動したラーグくんは、マイペースに呟きながらスルスルと壁を伝って出発した。やっぱり癒される。


「マイペースな精霊だね。ずっと見ていられるよ」

「のんびりしすぎな気もするけどねー。でも、あれで結構頼りになるんだよ」


 アスカはどことなく困ったように微笑みながらも、誇らしげにラーグくんについて語ってくれた。誰にも見付けられなかった探し物を見付けたとか、ずっと遠くで起きた土砂崩れを誰よりも早く察知したとか。へぇ、すごい!


 そして、自分の契約精霊について嬉しそうに語るアスカの姿にも癒される。うんうんわかるよ。うちの子が一番可愛いって思っちゃうよね! 親馬鹿になっちゃうよね! 自然魔術の使い手あるあるだ。


「……マキちゃん、無事かな」


 精霊たちを見送ったら本格的に私たちにはやることがなくなる。ただひたすら、情報が来るのを待つだけだ。

 立っていても仕方ないので、椅子を出して2人で座る。しばらく沈黙が続いたけれど、私がマキちゃんを案じる一言を漏らすと、アスカがすぐに笑顔を向けてくれた。


「もし何かがあっても、ぼくらがすぐに動いたんだから絶対に大丈夫だよ」


 いなくなってから何日も経っている、というわけでもないし確かに絶対に大丈夫だって思う。それだけの実力が私たちにはあるんだもん。

 それに、そもそもいなくなっているとも限らないもんね。取り越し苦労だったらそれに越したことはないのだ。そうだったらいいな……。


「アスカはすごいね。マキちゃんがパニックを起こしているかもしれないってすぐに思いつくんだもん」


 意外とアスカは、そういう判断を冷静に下せているよね。私はすぐ人に感情移入しちゃうから、慌ててばっかりだ。客観的視点っていうのかな、そういう物の見方は見習いたい部分だよ。


「んー、それはぼくにも身に覚えがあるからかな」


 すると、アスカは少しだけ恥ずかしそうに頬をかく。身に覚え?


「それって、私と初めて会った時に、嫉妬で森に逃げた時のこと?」

「も、もう! そんなに幼い頃の話持ってこないでよー! ま、まぁそれもあるけど、別の話!」


 恥ずかしそうに少しだけ頬を染めてブンブン両手を振るアスカ、可愛い。


「エルフの郷でさ、手紙を読んだ時。闘技大会でメグが結構大変な状況だって知ったあの時、かな」

「あ……」


 それから帰ってきたのは意外な返事。でも妙に納得出来た返事だった。

 結局、アスカには直接伝える機会がなくて、手紙で伝えたんだよね。私の魔力が暴走しそうになって危険だったこと、リヒトと魂を分け合ったことで安定したことなどだ。


「一緒にいたのに、なんにも気付かなくってさ。大会が終わった後、メグからの手紙で初めて色々あったんだって知って。複雑な状況だったでしょ? だからちょっと読んだだけじゃぜーんぜん理解も出来なくってさー。でも、大変だったらしいってのはわかって」


 アスカは困ったように笑いながら視線を膝に落とした。そりゃあ……わけわかんないよね。いや、何が起きたのかはわかっても、理解が及ばないのだ。

 私だって、よくわかんなかったもん。今でも結局何が起きたのかはよくわからないし、うまく説明も出来ない。結果的に私はリヒトと魂を分け合えて、魔力が安定した。ハッキリと説明出来るのはそのくらいなのだ。


 それを、当事者ではない人に理解しろという方が無理な話だよね。

 でも、言わないのは仲間外れみたいで嫌だなって思ったんだ。アスカには知っていてほしかったんだもん。同じ年頃のエルフで、いつかオルトゥスの仲間になるのだから。


「不甲斐なさを感じたし、あの場で知っていたかったとも思った。打ち明けなかった理由もわかったんだよ? でも、さ。手紙を読んでたら、心の中がグチャグチャになって、パニックになっちゃったんだ。それで、郷を飛び出してオルトゥスに行こうかってギリギリまで考えた」

「えっ」


 なんでもないというように告げられたアスカの言葉に驚いて顔を上げる。パニックになった? 郷を飛び出しそうになった!?


「あ、考えただけで実際には飛び出してないよ? 誰にも迷惑はかけてないからね!」


 そ、そっか。それは良かったけど……。でも、そこまで思い詰めるほどアスカにとって衝撃的な内容だったんだってことが予想外で驚いた。

 そんなにまで心配させてしまったんだってことにも。


「ご、ごめん、アスカ……そこまで思いつめるなんて思わなかったの。あの、手紙で言わない方が良かった……?」

「それぇ、言うと思った! まったくー。謝らないでよー! ちゃーんとわかってるし、今はもう受け入れたんだからさ。それに、手紙でも書いてあったけど早く伝えかったって言ってくれて嬉しかったんだよ? これは本当!」


 慌てて謝ると、アスカはいたずらっぽく笑って私の頬を人差し指で突く。よ、読まれている。

 疑ったら怒るよー? とニコニコ言われてしまったらもう何も言えない。早く伝えることが出来て良かったと思おう。


「だから、そのマキちゃんって子も同じかなぁって。突然色んなことを知ってしまった時って、いてもたってもいられなくなるんじゃないかなって。そう思ったんだー」

「なるほど……」


 思えば、私も衝撃的な事実を突然知らされるって経験を何度もしてきた。

 最初はお父さんがこの世界にいるって知った時だったかな。あの時は次々と色んなことが判明して、パニックを起こした。幼かったのもあって、過呼吸になったこともあったっけ。


 ちょっと冷静になって考えてみたら、マキちゃんのことも気付けたよね。その可能性を瞬時に思いついたアスカはやっぱりすごいよ。リヒトやロニーだってすぐには思いつかなかったことだもん。考えが柔軟なんだよね。アスカの強みだ。


 そうこうしている内に、窓からスイッと黄緑色の光が入ってきた。フウちゃんだ!


『見つけたよーっ! 主様っ! 今日行った東の地区にある小道のー、奥の方に1人でいたのっ』

「本当!? やっぱり家を抜け出していたんだ……。大変、すぐに知らせなきゃ!」

『ふふーん。すでにショーがドワーフの下に向かったから、今頃はもう見つけてるんじゃないかな?』


 さすがはうちの子! しかも素早く伝えられるショーちゃんがあの2人の所に行ってくれたというのが素晴らしい。自分たちで判断して動いたんだよね? 優秀過ぎて可愛くて辛い!


「すごいなぁ、メグの精霊たちは。見つけたなら、ラーグも呼び戻さなきゃだねー」


 アスカがホッとしたように肩の力を抜くと、フウちゃんは違う違う! と羽根をバタつかせた。


『土のラーグが一番に見付けてくれたんだよっ! すごいよねぇ。アタシたちはあんなに飛び回っても見つけられなかったのにっ』

「えっ、そうなの? すっごい! やるじゃん、ラーグ! これで普段の眠り癖さえなければなぁ。でも、帰ったらたくさん褒めてあげなきゃ」


 本当にすごい、ラーグくん! 聞けば、ラーグくんはここから出て真っ直ぐ迷うことなくマキちゃんの下に行ったという。

 事前に会ったことがあるわけでもないのに、すごすぎじゃない? ラーグくんは、1人でいる女の子に絞って探したのだと言ったらしい。あ、頭がいい!


『ラーグが見つけたのをアタシが見つけたから、アタシもえらい?』

「ふふっ、そうだね。フウちゃんもすごくえらいよ! 探してくれてありがとう」

『えへへーっ! 褒められたーっ』


 もちろん、うちの子がかわいくてすごいのは変わらないよ! もう、甘え上手ーっ!


 その数分後、ショーちゃんとラーグくんも無事に私たちの下に帰って来てくれた。私もアスカも精霊たちを思いっきり褒めてから事情を聞く。


 ショーちゃんとラーグくんは、リヒトとロニーがちゃんとマキちゃんを保護したのを見届けてから戻ってきたみたい。兄弟に話をしてから戻る、という2人からの伝言も預かってきてくれた。優秀!


 それにしても本当に良かった。マキちゃんの心の方は心配だけど……。それは、リヒトたちが戻ってきてから聞けばいい。身の安全が確認出来ただけで充分だ。


「アスカのおかげだね!」

「そ、そうかな? なんだか照れちゃうなー。でも、役に立てたならぼくも嬉しいや」


 顔を見合わせて小さく笑い合う。よし、せっかくだから戻ってきた2人のためにお茶でも用意しようかな!



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今週の金曜日、10日が特級ギルド9巻の発売日になりますので、その日から毎日更新いたします。

どうぞ、お付き合いくださいませ!

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