9巻発売記念小話「リヒト、不屈の恋心」

※闘技大会前のお話になります。


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 いつだったっけな。初めて告白したのは。


「く、クロンっ! お、俺……お前が好きだ!」

「そうですか。光栄ですね」


 まだ子どもだったよなぁ。そんで、あっさり返事をされてそのまま通り過ぎて行っちまったっけ。

 あの時はかなりショックだったけど、今思えば当然の反応だよな。突然、魔王城に居候している人間の子どもにそんなこと言われても困るに決まっている。


 だけど、一目見た時からずっと彼女に恋焦がれているのは本当だし、その気持ちが変わることはこれまで一度だってなかった。フラれたけど、諦めるなんて考えはカケラもなくて……。

 俺は、まず急いで大人になろうって決意したんだ。


 当時、すでに14歳だったし、一年後には成人はしたんだけどな。でも、年齢が成人になっただけで中身が伴ってないってのはわかってた。

 だから、せめて俺の元いた国である日本での成人年齢を迎えるまではひたすら訓練に集中したんだ。


「クロン、ちょっといいか?」

「なんでしょう?」


 いよいよ、日本基準でも成人を迎えた俺は、あの時のリベンジを試みた。ちゃんと2人きりになって、改めてクロンに気持ちを伝えようって。


「昔さ、俺がクロンに好きだって言ったの、覚えてるか?」

「……そんなこと、ありましたっけ」


 無表情のまま、クロンにあっさり返されて心が折れかけた。本当に覚えてないのか、惚けてるのか。いずれにせよ、なかったことになってるのが悔しくてさ。


 でも、この程度では挫けない。魔王様の地獄の特訓を続けながら恋心を抑え込み、ひたすら大人になるのを待っていたんだからな!


「あ、あったんだよ! それで、それでさ。俺は、あの時から気持ちが全く変わってないって言いたくて」

「……」


 クロンの無言が突き刺さる。表情からは何を考えているのか全く読めないため、怖くて仕方ない。でも、ここで止まったらダメだって勇気を振り絞った。


「俺は、昔も今も、そしてこれからもクロンが好きだ。この世界で言うところの番になりたいって思ってる」


 言った。言ったぞ……! 真っ直ぐクロンを見つめて、ちゃんと最後まで言えた。


 あの時は俺の方が背も小さくて、弱くて、頼りなかったけど、今は背も力も彼女を上回った。ほんの少しだけ自信もついた。

 表情を少しも変えずにただ黙ってこちらを見返すクロンの返事を、ただひたすら待つ。


 そして、数10秒後。ようやくクロンが口を開いた。


「……無理です。お断り、します」

「……っ」


 いつもとは違う、小さな声だったけど。それはハッキリとした決意のこもった返事だった。あの時のようにサラッと流すことなく、ちゃんと考えての答えだってことがわかった。


 俺が真剣だから、それに応えるように。きちんと考えてもらえた上で俺はフラれたんだ。


 目の前が真っ暗になった。これだけ思い続けて、フラれて。心の中に大きな穴が空いたようで。

 でも、それだけで思いは断ち切れないって思った。今後、クロン以上に好きになれる人なんて現れないって。


「もう、いいですか? そろそろ、仕事に戻りますので」

「あ……」


 俯いて黙り込んだ俺に、クロンはそう言って立ち去ろうとする。情けない声が口から洩れて、それでも引き留める声が出てこない。なんて情けないんだ。せめて、ありがとうの言葉くらい言わないと。


 そう思って顔を上げ、クロンの後ろ姿を見た。いつも通りきちんと結い上げた髪と、首筋にうなじ。そして、綺麗な形の耳が目に入る。あ、れ?


 ……クロンの耳が、真っ赤になっている?


 え? あれ? ちょっとは動揺してくれたってこと? 単純に、告白されたことに恥ずかしがっているだけだとはわかってるけど……。もしかして、こういうことに慣れていないんじゃ。


 諦めるのは、早いかもしれない。今、クロンに想い人がいないなら、いつか俺に振り向いてくれるかも。俺は心を奮い立たせた。


「っ、クロン! 俺、諦めないから! 俺はずっと、お前が好きだ! お前以上に好きになれる人なんて絶対にいないから!」

「!?」


 後ろ姿に向かって叫ぶと、驚いたようにバッとこちらを振り向くクロン。耳だけでなく、頬も赤くなっているのがわかって、胸が高鳴る。

 普段の無表情ではない、恥ずかしそうなその顔。見開かれて動揺したように揺れる瞳。


 間違いなく、俺が彼女のポーカーフェイスを崩したんだと思うと、嬉しくて仕方ない。っていうか、可愛すぎ!!


「めっ、迷惑ですっ!」

「それはごめん! けど、好きな気持ちは止められねーもん! これまでずっと思いを伝えるの、我慢してきたんだ。これからはもう、我慢なんかしねーから!」


 俺が食い下がると、クロンは大きく息を吐いてから平静を取り戻した。あ、可愛かったのに。いつもの無表情に戻っちまったな。


「いいでしょう。その度に私はお断り申し上げますから」

「……何度だって、伝えてやるさ」


 どことなく好戦的な目だ。でも、それがやけに嬉しかった。

 よかった、俺はまだあきらめなくていいんだって思えたから。


「また、さっきみたいな可愛い顔を引き出してやるからなーっ!」

「なっ!?」


 お、やった。また赤くなった。でもさっきよりすぐに元に戻ってしまう。うーん、難しいな。口説き文句も色々考えていかないと。


「身の程知らずな弟子ですね。そして、物好きがすぎます。変態ですか」

「そーかもな。でも、いいんだ。なんか幸せだから」

「っ、もういいです! 私は仕事に戻りますから邪魔をしないでください」


 最後に少しだけ肩を揺らしたクロンは、今度こそ振り返らずにその場を去って行った。


 こうして、俺の猛アプローチする日々は始まったんだ。


 しかーし。しかしだ。クロンはなかなか手強かった。

 最初の方は俺の口説き文句にも肩を震わせたり恥じらったりする姿が見られたのに、近頃は慣れてしまったのかちっとも反応を返してくれなくなった。


 くっ、頬を赤くするクロンや目を泳がせるクロンはめちゃくちゃ可愛いのにそれが見られないなんて……!


 正直、何度も心が折れかけた。めげそうになる。でも、その度に自問自答して思いを確かめたり、ハッキリと拒絶されたことはないことを思い出すんだ。だから何度だって立ち直れたし、何度だって口説きに行けた。


 でも、無反応になってきたことで心の栄養が補給出来ず、かなり辛い。俺はもう30歳過ぎたし、あまりのんびりしていたらあっという間に寿命が来るから焦ってもいた。


 そうだ。俺とクロンは寿命の長さが違いすぎる。俺はクロンよりも遥かに早くこの世を去るんだ。こればかりは人間だから仕方ないけど。でも、希望もある。全てはメグ次第になるんだけどな。


 まぁ、それはいい。クロンにしてみたら一緒にいられる時間なんて一瞬かもしれないけど、寿命を言い訳にはしたくないんだ。


 ただ俺は、クロンの時間がほしかった。長い人生の中の、ほんのひと時。亜人にとってはわずかな時間。

 その程度なら、あげてやってもいいって……。そう思ってもらえるだけでいいんだ。いや、本当はイチャイチャしたいけど。


「リヒト、様。もう、私に構わないでください」


 だから、初めて明確に拒否の言葉を言われた時は、すぐに反応が出来なかった。俺の全てを否定されたみたいで。


 その日から、俺とクロンの間にはなんとも言えない雰囲気が漂うようになった。なんとしても話しかけたいけど、なかなか素直に言葉が出なくなった俺と、どこまでも他人行儀なクロン。


 戦闘の実力はすでにクロンを越えてしまったこともあって、訓練を一緒にすることもなく、そもそも顔を合わせる機会も少なくなった。会えたら会えたで無視されるし、話しかけてもこっちを見てくれなくて。


 もう、ダメなのかもなぁって思うようになって、モヤモヤとしたものを抱えながら日々を過ごした。


 情けなくも、メグに相談もしたなぁ。でも、本当に限界だったんだ。絶対に誰にもそれを悟られないように必死だった。それにこれから、大仕事が待ち受けているんだからさ。


「はぁ……。よし。仕事やるか!」


 両頬を強めに叩いて気合いを入れる。もう大人なんだからさ、ウジウジしたとこを人には見せらんねーよな。


 もし、メグを無事に救うことが出来たら。その時はもう一度だけクロンに思いを伝えようと思う。それで最後。ダメならそこで諦める。

 あ、もちろんずっと好きなのは変わんねーけど……振り向いてもらおうって頑張るのはそこでおしまいだ。


 だから、だからさ、クロン。

 その時はどうか、頼むから……俺の顔を見て、ちゃんと話を聞いてくれよな!

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