ちょっと不思議な女の子


 兄弟が先頭に立ち、私たちが後に続く。さっきの場所もすでに人が少なかったけど、さらに少なくなってきた気がするな。まぁ、私たちから逃げているっていうのもあるかもしれないけど。


 この辺りは道幅が狭く、石塀ばかりで小道も多い。裏路地のさらに裏路地、みたいな感じで迷路のようだ。でも、兄弟は迷うことなく進んでいる。鉱山を案内するロニーもこんなだったよね。私だったら一瞬で迷子だ。

 あ、帰り道は大丈夫だよ。人の気配が多い方に向かえばいいだけなので簡単なのだ。


 そうして辿りついたのは石造りの家が並ぶ、少し薄暗い住宅街だった。ドアの変わりに布が使われていたり、隣の家との間隔がほとんどなかったりと、かなり狭い場所だ。

 だけど、綺麗に掃除などはされているみたい。あちこちが汚れているとか、人が外で寝ているとか、そういったことはなくてちょっとホッとした。どうしても表通りよりも臭くはあるけど。


 この辺りは、いわゆる貧民街っていう場所なんだと思う。だからどんな状態であっても動揺しないように心構えはしていたんだ。思っていたよりずっと平和そうで良かった。

 いや、もしかしたらもっと酷いエリアがあるのかもしれないけど。


「ここだ。狭いし汚ぇけど、入ってくれよ」


 お兄さんの方が道の最奥にある家に入って行く。入り口にかけられた布は他の家よりもボロボロで、彼らが貧しい生活をしているんだなってことがわかる。


 ロニーは入り口前に捕まえた男3人を下ろし、結界魔道具を置く。設定によって人の出入りを決められるので、ロニー本人だけが出入り出来るように設定したようだ。

 そうすれば、彼らが目覚めても逃げられないし、魔道具も盗まれることはない。

 当然、ちょっとお高めの魔道具です……。開発元がオルトゥスなので割安とはいえお高いです、いつものことです。


 弟の方が不思議そうにその光景を見つつ、そーっと手を伸ばしている。そして、見えない壁に触れて驚いたように手を引っ込めた。初々しい反応にちょっと頬が緩む。


「あ、おかえりなさーい! って、あれ? お客さん?」


 家の中から明るい声が聞こえてきた。驚いて前を見ると7、8歳くらいの女の子と目が合う。小さくて線が細く、ちょっと顔色が悪いように見えた。見た目よりも年齢はもっと上の可能性もある。

 この場所が薄暗いのもあるだろうけど、なんとなく病気の気配を感じた。この子がこの2人の妹、か。


「ひえ、天使だぁ……」


 そんな彼女は私を見てそう呟くと、その場にヘナヘナと座り込んでしまった。えっ、大丈夫!?


「マキ!」

「おい、大丈夫か!?」


 そんな彼女の側に兄弟はすぐに駆け寄る。それだけで、兄弟仲がいいんだなってすぐにわかった。

 マキと呼ばれた女の子はビックリしただけだよ、とニコニコ笑っている。体調は悪そうだけど、声も表情も明るい可愛らしい子だ。


「あの、驚かせてごめんなさい。本当に大丈夫?」


 そんな彼女を見ていたら、なぜだか話しかけたくなってしまった。声をかけると緑の瞳がこちらに向けられてなぜかドキッとする。


「ありがとう。大丈夫だよ。いらっしゃい、天使さま」


 照れたように微笑むその表情と、柔らかな声が妙に心を揺さぶられた。なんだか、不思議な子だな……。


 家の中は寝る場所とご飯を食べる場所が布で仕切られただけの簡素な造りになっていた。小さなテーブルとイスが3つ。どれも、何度も修理したような形跡がある。


「フィービー。マキと一緒にあっちに行っててくれ。イスもねぇし」

「わかった」


 お兄さんの方が弟に指示を出し、女の子を連れて布の向こう側へと消えていく。とはいえ、同じ部屋だから話し声は聞こえるだろう。


「あー、すまんがもてなしの茶とかはねぇぞ。うちは見ての通り貧乏だからな」


 まぁ座ってくれ、と言われてロニーと私はイスに座る。向かい側のイスにお兄さんが座った。


「俺はルディ。一緒にいたのは弟のフィービーで、出迎えてくれたのが病気がちな妹のマキだ。……血は繋がってねぇ」

「そうなんですね」


 兄弟として一緒に住んでいるってことか。親はいないのかな? などと考えていたら、ルディさんは驚いたように目を丸くしてこちらを見ていた。え? 何?


「お、驚かないのか。だって、他人同士で一緒に暮らしてるんだぜ? それなのに兄弟って言うし。これを聞くとみんなが不思議がるんだけど」


 あ、そういうことか。私も随分、魔大陸の常識に染まっているから疑問にも思わなかったよ。ロニーも納得したように軽く頷いている。


「えと、魔に属する人は出生率が低いんです。血の繋がった兄弟っていうと、双子くらいで……。だから、血の繋がりのない兄弟とか、家族みたいに仲がいいのって当たり前なんですよ」

「そ、そうなのか……」


 簡単に説明すると、文化の違いに戸惑いながらも納得はしてくれたようだ。両大陸では大きく違う部分も多いからねぇ。


「それで、どういう事情があるの?」


 ロニーが話を切り出すと、ルディさんはチラチラと部屋の奥を気にするように目を向けた。

 あぁ、もしかして弟や妹には話を聞かれたくないのかな? 勝手ながらそっと魔術を使って音を遮断する。この手の魔術はあんまり得意じゃないんだけど、相手は魔術の心得のない人間だから大丈夫だろう。


「音が漏れないような魔術をかけたので、好きに話してください」

「そんなことも出来んのかよ……やべぇな、魔族ってやつは」


 その辺りの認識、本当にどうなっているんだろうか。や、やばくないもん。たぶん。


「アンタらがさ、兄妹だって笑い合ってるのみたら……俺、何やってんだろうなって思ってさ」


 声が漏れないと知って安心したのか、ルディさんは肩の力を抜いてイスに寄りかかった。それから自嘲気味にそう呟くと、ぽつりぽつりと事情を話し始める。


 話によると、彼ら3兄弟は物心ついた時から親がおらず、子ども同士で助け合っているうちに一緒に暮らす様になったという。その頃から、兄弟だと言うようになったんだって。


「子どもだけだから、貧乏なままでよー。真面目に働いたこともあったんだけど、頭も悪いし、特技もないから一人分その日食べる物を稼ぐので精一杯でさ。でも、フィービーもマキもまだ小さかったから、食わせたやらなきゃって思って……こっそり悪いこともしてた。つっても盗みくらいだぜ? これまで人を傷付けたりまではしなかったかんな!」


 うあぁ、難しい問題きたこれ! これはもう、この兄弟だけの問題じゃないよね。国や街全体の問題だ。

 上に立つ人たちがこの現状を知っているかどうかも問題になってくる。知っていて放置しているのならタチが悪いし、知らないというのも上に立つ者として問題だ。

 何か対策をと考えているのならまだいいけど……今の彼らが救われるのには時間がかかる。世の中とはそういうものだ。


「そのうち、フィービーも一緒になって悪いことするようになってさ。最初は止めたんだけど、聞かなくて。で、2人で話し合った。マキにだけはそんなことさせないようにしようって」


 妹だけはいつかちゃんとした仕事をして、結婚して、幸せになってもらいたいんだと語るルディさんの眼差しは真剣で……なんだか胸が詰まった。その想いは本物なんだなってことがすごく伝わるよ。


「マキにはさ、人とは違う才能ってのがあると思うんだよ」

「才能?」

「ああ。誰にも理解はされねーんだけどな。でも、俺達はそれがいつかマキの武器になるって思ってんだ」


 だからこそ、自分たちのしていることを妹にだけは知られたくないとルディさんは語った。


「今回アンタらを襲ったのは、悪かったって思ってる。あの3人に、妹を人質に取られたんだ。言うことを聞かなきゃ、妹がどうなってもいいのかってさ。汚ぇ手を使うだろ? けど、悪いことをしてきた俺にどうこう言えることじゃねぇ」


 うわぁ、それは酷い。仕方ないとはいえ悪事に手を染めたルディさんも決して褒められはしないけど、力のない女の子を人質にするなんて。


「憲兵に突き出してもいい。けど、俺だけにしてもらえねぇか……?」


 弟を見逃してほしいといったのは、マキちゃんを見る人がいなくなるからだ。全て自分が責任を取るからって、そう言いたいんだね。

 心がギューッとなる。助けてあげたいなぁ。でも、私たちがどこまで手を出していいのかわからない。


 なんて答えたらいいのかわからなくて、私はロニーに助けを求めるように視線を向けた。


「ちなみに、僕たちを襲って、どうするつもりだったの?」

「俺達は協力を頼まれただけだ。でもたぶん、持ち物を盗むのはもちろん……売ろうと思ってたんじゃねぇか」


 売る、ってやっぱり人身売買、だよね? うーわー、ここに来て父様やお父さんたちが必死になって取り組んできた問題に関わることになろうとは。


 この大陸も、かなりそういった組織の取り締まりをするようになったって聞いてはいたけど、まだ残ってるよねー。そりゃあ残るよ、裏組織だもん。

 もしかしたら直面するかもって頭の片隅では思っていたけど、こんなにも早く遭遇する普通!?


 なんて、憤っていても仕方ないよね。それに知ったところで結局私たちに出来るのは報告くらいだ。

 それに彼らは本当に私たちを捕まえる協力しかする気はなかったみたいだし。嘘発見器、ショーちゃんのお墨付きだ。


「メグ、大丈夫? 憲兵に突き出すのは、僕だけでやろうか? 無理、しないで」

「大丈夫だよ! 私だって、協力したいもん」


 もう、ロニーは優しいな。自分だってあの事件に巻き込まれた1人じゃない。水臭いぞ!

 私たちはあの頃とは違う。ちゃんと立ち向かえるんだから。

 リヒトたちと合流したら父様にも報告することになる。そこまでが私たちの仕事で、後はお任せだ。仕事を増やしてごめんね、父様……!


「ルディ。妹の才能について、聞かせてくれない?」


 私たちの間で話がついたところで、ロニーが話題を変えた。動揺したのはルディさんの方である。


「え、え? 待てよ。俺だけが捕まるってことでいいのか? 弟たちは見逃してくれるんだよな?」


 戸惑うようなその様子に、私とロニーは顔を見合わせて同時に首を傾げた。


「メグ、僕たち、彼に何かされたっけ?」

「んー、覚えがないなー」

「クスッ、嘘が下手。僕は本当に何もされてないよ」

「うっ、ずるい! わ、私は、えーっと。そうだ、ビックリしてちょっと魔術を使っちゃっただけ。そう、それだけだもん!」


 実際、私たちは無傷だ。何かが起こる直前に返り討ちにしたから、手を出したのは私たちの方なのだ。殺意むき出しだったあの3人と違って、この兄弟は私を捕まえようとしただけだもん。


「えっ、えっ?」

「声をかけただけなのに、拘束しちゃってごめんなさい」


 いまだに戸惑うルディさんに、もう一言。つまり、私たちはルディさん兄弟には何もされてないよ、と言いたいのである。


「な、なんだよ……ほんと、なんで、こんな俺たちに……」


 俯いて鼻をすするルディさんから、私はそっと目を逸らす。彼らを助けたいけれど、出来ることはこの程度だから。


 でも、ロニーはもう少し踏み込んでみるようだ。ルディさんが落ち着いて顔を上げた後、再びマキちゃんについて聞き始めたから。ん? 何か、考えがあるのかな?

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