マキの趣味
ルディさんは気を取り直すと、すぐにロニーの質問に答えてくれた。
「マキは、よく色んなものを拾ってくる。すぐ体調を崩すからあんまり遠くには行けねーのに、どこから見付けてくんのか見たこともない物を拾うんだ」
それは何かの機械のようだったり、腐った食べ物だったり、素材がわからない紙切れだったり、どうやって仕立てたのかわからないような服だったりと、本当に色んな物があるという。
んー? なんかどこかで聞いたような話だ。
「さすがに腐った食べ物は捨てさせたけどよ、それ以外は大事に取ってあってさ、マキは1人で留守番している時、一日中ずーっとそれを見てあれこれ調べてるみたいなんだ。実際に合ってるかどうかはわかんねーけど、使い方を見付けたりして、結構すごいんだぜ?」
そうして使えそうなものは家でも役に立つ道具として使われているという。すごい、まだ10歳なんだよね? それは確かに才能だと思う。
「もっと色んなことが勉強出来れば、マキの世界はもっと広がるって思う。色んな工房に声もかけたんだぜ? でもこんなガラクタにはなんの価値もないって誰も見向きもしなくてさ」
……これって。私たちが探している人材なのでは? あ、その可能性があるから、ロニーは妹について詳しく聞いたのかな? うまくいけば、私たちでこの兄弟を助けてあげられる!?
「それ、見せてもらえたり、する?」
「マキがいいって言えばな」
ワクワクする気持ちをどうにか落ち着けて、防音の魔術を解除する。ルディさんが立ちあがって布で仕切られた隣のスペースに向かうと、わわっという慌てた声が聞こえてきた。
「……お前ら、聞き耳立ててたのかよ」
「だ、だって気になるじゃねぇか!」
「でもなーんにも聞こえなくてつまんなかった」
どうやら、フィービーくんとマキちゃんがこちらの様子を窺っていたみたいだ。まぁ、気付いていたけども。可愛かったし害はなかったのでそのままにしておいただけである。
「はぁ、別にいいけどよ。マキ、この人たちがお前の宝物、見たいんだってさ」
「え? でも……」
「宝物がどんなものかも説明してある。それでも見たいんだとよ」
ルディくんの説明に、マキちゃんは驚いたように目をぱちくりさせた。それからどこか遠慮がちというか、申し訳なさそうにこちらをチラチラ見ている。
「ほ、本当にいいの? あの……あんまり、いいものじゃないん、ですけど」
「うん。マキちゃんが良ければ、ぜひ見せてもらいたいな」
たぶん、これまで色んな人に価値がないって言われ続けてきたからだろうな。自信がないんだ……。この子の才能に気が付かないなんてもったいない。せめてその大人たちが物ではなく、マキちゃん自身の働きを見ていたら何かが違ったかもしれないのに。
出来るだけ安心してもらいたくて笑顔を向けながら声をかけると、マキちゃんは頬を赤く染めながらも照れ笑いを浮かべてくれた。
「変わった人たちだねー? えへへ、でもそう言ってくれる人、お兄ちゃんたち以外では初めて。嬉しいな」
それからマキちゃんは私の手を取ってこっちだよと引っ張ってくれた。テンションが高くなってる! 可愛い!
なんだか、心がフワフワする。なんだろうなぁ、自分よりも小さい子に手を引かれているからかな。というか、マキちゃんが癒し系なのかもしれない。細くて小さな手だけど、なんだかあったかく感じる。
連れてこられたのは、布で仕切られた向こう側。寝る場所なのだろう、3つ並んで薄い布が敷かれている場所があった。その一番端に大きな木箱が置いてあり、やけに存在感を主張していた。
箱があるせいで寝る場所が狭くなっているけど、3人の誰も気にしていないようなのが愛だなぁ。
「ただのゴミだって思うかもしれないけど……」
恥ずかしそうに俯きつつ、マキちゃんは箱を手で指し示す。好きに見ていいということらしい。それじゃあ見せてもらうね、と一声かけて、私はロニーと一緒に箱の中を見させてもらった。
ロニーは色々と手にとっては不思議そうに首を傾げていたけれど、私は思わず動きを止めてしまう。だ、だって、これ……!
「……異世界の落し物だ」
間違いない。どう考えても日本の、私がいた世界の物だよ、これぇ!?
だってこれは画面が割れていて真っ暗になっているけど携帯電話だし、このボロボロな紙きれに書いてある辛うじて読める文字は日本語だ。っていうか某有名スーパーのロゴだよこれ! チラシじゃん! うわ、一気に記憶が戻ってくる。な、懐かしい……!
「異世界の落し物って……オルトゥスで研究してる人が、いたよね?」
「うん、ラーシュさんだよ。すごい、こんなにたくさん……。ねぇ、マキちゃん。これっていつもどこで見つけているの?」
やや興奮気味に訊ねると、マキちゃんだけでなく兄2人もポカンとしてこちらを見ていた。おっと、置いてけぼりにしちゃったみたい。軽く説明だけでもしておかないとね。
「えっと、これはね、ゴミなんかじゃないよ。こことは違う別の世界で使われている物なの。えーっと、異世界ってわかるかなぁ? とにかく、私の所属しているギルドではこれの研究をしているんだよ」
「え、えーっと」
うっ、そんなこと急に言われても理解出来ないよね。でもこれ以上簡単な説明は難しい。そもそも、こことは違う世界があるっていうことを信じてもらわないと始まらないもん。
魔大陸の人ならまだ理解してもらいやすいけど、人間は魔術の存在すら馴染みがないからね……。
「なんか、難しいことはわかんねーけど……アンタたちにとっては、これはガラクタじゃねーってことか?」
「! そう! 今はそれだけわかってもらえれば大丈夫!」
ルディさんの言葉に頷くと、兄弟はまだどこか信じられないというような表情だったけど、こちらの話に興味を示したようだ。
「決定、だね。メグ、この子、スカウトしよう」
「うん! あの、今度は私たちの話を聞いてくれますか?」
それから、私とロニーはこの大陸に来た目的と、マキちゃんの勧誘を話し始めた。
一通りの説明を終えた後、どうにか理解はしてもらえたけれど3人ともまだ難しい顔をしていた。突然すぎる話だもんね。無理もない。
「え、えと。それって、マキはどうなるんだ? もう、俺達には会えないのか? いや、違うな。戻って来られるって言ってたっけ。けど、技術を磨いたところでマキの場合、ここじゃあ才能を活かせないんじゃねぇか?」
混乱した様子ながらも、ルディさんはしっかり色々と考えられている様子。
うん、そうなんだよね。異世界の落し物について研究を進めても、この大陸ではあまり活用出来ない。便利な道具として売り出すことは出来るかもしれないけど、必要な物を集めるためには資金がいる。この大陸でスポンサーになってくれるような奇特な人を探すのはかなり難しいのだ。
「ねぇロニー。ルディさんやフィービーくんも一緒に連れていくことは出来るよね? 才能のある子に必要なら、その家族も面倒を見るって言っていなかったっけ?」
「うん、それは出来る。けど……」
ロニーはそこまで言って言葉を濁した。視線はルディさんに向けられている。
……あっ、そうか。ルディさんは、罪を犯している。私たちを襲う前も、悪いことをしてきたって言っていたもんね。軽犯罪とはいえ、罪は罪。そういう人に大陸を渡らせるわけにはいかないのだ。
「マキ。一人でも魔大陸に行け」
「えっ、ルディ兄ちゃん……?」
ルディさんもわかっているのだろう、迷うことなくマキちゃんにそう告げた。フィービーくんも察しているのか、軽く頷いている。
戸惑っているのはマキちゃんだ。そりゃそうだよね、事情を知らないんだもん。
「俺らはさ、ここでの仕事があるからすぐには一緒に行けねぇんだよ。な、フィービー」
「ああ! マキがこの人たちと一緒にいるならさ、俺らも安心だし。やりたいことを思いっきりやるチャンスなんだから絶対に行った方がいいって!」
ここでの仕事、か。どうなんだろう。このまま同じようなことして生きていくのか、罪を償う気なのか……。もしかしたら、もうマキちゃんには会えなくなるかもしれないのに、2人ともすごく明るい顔と声だ。やっぱ、無理して笑顔を作っているよね……?
「……ヤダ。お兄ちゃんたちと離れたくないよぅ」
だけど、マキちゃんは目に涙をいっぱい溜めて嫌がった。その気持ちも痛いほどわかって胸が締め付けられる思いだ。
こうなると、私たちにはもう何も言えない。あとは本人たちに任せるしかないから。ロニーと目を合わせて、お互いに困ったように肩を竦める。
「マキ。どのみち、もうすぐお前はしばらくの間1人になるんだ。事情は……言えねーんだけど」
黙って成り行きを見守っていると、ルディさんが決意したようにそう告げた。と、いうことは……たぶん、罪を償う気なんだ。でも、突然そんな話をして大丈夫かな?
私の心配は的中し、マキちゃんが震えながら立ち上がって叫び出した。
「えっ!? な、何それ!? そんなの聞いてないよ! そん、ゲホッ、ゲホゲホッ!」
「マキ!!」
途中で発作も起こしてしまったみたいだ。大変っ! 水を持ってこい、と叫ぶルディさんにすぐ私が、と名乗りを上げる。収納魔道具からコップを出し、シズクちゃんに頼んで水を入れて差し出した。
ルディさんはマキちゃんを支えながら背中をさすり、励ましながら咳が落ち着くのを待った。ちょっと落ち着いてきたところでマキちゃんに少しずつ水を与えていく。時々、吐き出してしまったけれど、数口飲んだところでようやく息が整ってきたみたいだ。よ、良かった……。
「これ、普通の水、か?」
「いつもより発作が収まるの、早いよな」
ルディさんとフィービーくんが安心しつつも不思議そうに首を傾げている。シズクちゃんによる特別なお水だからね。癒しの効果が付与されているからそのおかげかも。
ただ治療出来たわけではなく、一時的に楽になっているだけだ。ゆっくり休むのが一番なのでそう伝えると、フィービーくんがマキちゃんを支えて布の上に横たわらせた。
「興奮させちまったな……。今のは俺が悪い。マキ、ごめんな」
疲れたように目を閉じるマキちゃんを見ながら小さく呟くルディさんの方が、よほど辛そうに見えた。
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