まるで恐ろしい魔族のような


 新たなロニーの一面を見て驚きはしたけど、私のことを妹と迷いなく言ってくれたことが嬉しくてついついにやけてしまう。

 もうっ、こんな風に笑うような状況じゃないのにっ! 嬉しいことを言うロニーが悪いっ! えへへへ。


「な、何?」

「え? ふふふ、ごめん。だって妹って言ってくれたのが嬉しかったの」


 ついにはロニーに変な目で見られてしまった。どうしても我慢できなかったんだもん。素直に白状すると、ロニーは少しだけ恥ずかしそうに目を逸らしてから再びこちらを見てふんわりと笑った。


「本当の、妹だって思ってる、から」

「うん! 私もロニーはお兄ちゃんだって思ってるよ!」


 ニヘッ、とお互いに笑い合う。この空気感が本当に大好きだー!


「お、おい、俺たちをどうする気だ」


 私が捕らえた男の1人が戸惑いがちに口を開いた。おっと、忘れてませんよ、もちろん。心なしかさっきまでより大人しくなったような気がするけど何か心境の変化があったのだろうか。


「別に……。このまま、街の憲兵に、引き渡すだけ」


 人間の大陸の問題にまでは首を突っ込めないもんね。私たちはこちらに害がありそうだったから自衛しただけ。だから後はお任せするのが正解なのだ。


「……襲った理由を聞いたりしねぇんだな」

「聞いてほしいの?」


 ……なんだか含みのある言い方だな。さっきまではあんなに威勢が良かったのに急に大人しくなったし、目つきも鋭さがない。本当にどうしたというのだろう。


 というか、よく見たら私を襲ってきた男2人はまだ若い。ロニーと話している方は20代前半って感じだけど、もう一人は16,7歳くらいに見える。成人したばかりみたいな、まだ子どもっぽさが残っているというか。


「い、いや、そんなことは、ねぇけど……」


 男の人はチラチラとロニーが倒した3人組を気にしているみたい。うーん、なんだか訳ありっぽい? なんだか、この2人が悪い人たちには見えなくなってきた。あ、いやいや油断はしないぞっ!


「あっちの3人なら、しばらく、目覚めないよ」

「!」


 ロニーがそう声をかけると、明らかに動揺したように目を泳がせる2人。そしてついに、年下の方の男が初めて口を開いた。


「あ、兄貴を助けてくれ!」

「お、おい、フィービー!」

「今しかねぇじゃん! 噂は本当だったんだ。この人たち、魔大陸から来たんだろ? それならなんとかしてくれるかもしれねーじゃん! 兄貴だってこのまま一生を終えるのは嫌だろ!?」

「だからって、なんで俺のことなんだよっ! お前でいいだろ!」


 兄貴……兄弟なんだ。うーむ、これは確実に訳ありだ。どうしたものか。黙ってロニーに目を向けると、小さくこちらに頷いてから兄弟の近くにしゃがみ込んだ。


「話は、聞く。でも君たちは、警備隊に引き渡さなきゃいけない」

「っ、そ、そりゃそう、だよな」

「警備隊に、話を聞いてもらうのは? ダメなの?」


 困っている人を放っておくことは出来ない。でも、解決するのは私たちじゃないもんね。

 けどこの人は今、魔大陸から来た人だからなんとかしてくれるかも、って言った。警備隊ではダメな理由があるらしいっていうのがその時点でわかったけど、ロニーはあえて本人に説明させようとしている。

 私だったらうっかりその場で相談を聞いてしまっているところだ。学ばせてもらおう。


「つ、捕まったら時間がかかるだろ……最悪、出て来られなくなる。弟は身体が弱いんだ。なぁ、俺だけじゃダメか? 弟は無理矢理、手伝わされただけなんだ!」

「おい、兄貴っ!」


 うーん、お互いをかばい合っている感じだなぁ。兄弟愛は素晴らしいけど……まぁいい。ひとまずロニーの対応を黙って見守ろう。


「これまでも、同じようなことがあったの?」


 ロニーの質問は基本的に確認だ。まず、彼らの事情を聞くべきか否かの判断をしているんだよね。この兄弟の様子を見て、本当に私たちの助けが必要かどうかを。


 チラッと一瞬ロニーがこちらを見た。フワリとロニーの周りで大地の精霊、ヒロくんが一周飛ぶ。……なるほど。了解です!


「ああ。弟を巻き込んで悪いって思ってる。でも、全部俺が悪いんだ」

「なっ、俺は……!」

「黙ってろ、フィービー! なぁ、頼むよ。病気の弟に負担をかけたくねーんだ。罰なら俺一人が受けるからさ!」


 病気の弟に、ね。どうしてそんな嘘を吐くのだろう?

 そう、彼の言っていることは嘘だ。ショーちゃんに頼んで心の声を少し聞いてもらったからね。さっきロニーが精霊を使って私に指示した内容はそれである。


 声の精霊であるショーちゃんは、私の心の声を聞き取るだけでなく、多めの魔力を使えば人の心の声も聞き取れてしまうのだ! 考えてみると恐ろしい能力である。


『2人とも、健康なのよー?』


 つまり、弟をかばうための嘘ってことだ。ロニーもショーちゃんの声を聞いて小さく頷いた。


「ねぇ。嘘を吐くなら、手助けは出来ないよ」

「なっ……!」


 あっさりと嘘を見破ったロニーに驚愕の表情を向ける兄弟。ザッと青ざめさせ、目を見開いてこちらを見ている。その視線はロニーと私を行ったり来たりしていた。

 いくら弟を助けるためとはいえ、本当のことを言ってもらえないならそれまでになる。


『病気がちなのは、2人の妹みたいなのよー』

「え? それ、本当?」


 残念な気持ちでいると、ショーちゃんからの追加の情報がもたらされてうっかり声に出してしまった。兄弟が不思議そうにこちらに目を向けているけど咳ばらいをして誤魔化す。


『どーするー? もう少し心の声、聞いちゃう?』


 うーん。たぶん、その妹の存在も関係しているっぽいよね。でも、2人は妹の存在を隠したいんだ。それはきっと、妹こそ2人が守りたいと思っている人物だからだ。


 そういうことなら力にはなりたい。けどそれはこの兄弟次第。


「病気がちなのは、弟さんじゃありませんよね? ……出来れば貴方たちの口から聞かせてもらえませんか? 無理に暴くのは、私もやりたくないので」


 あれ、なんだかものすごい脅し文句になった気がしないでもない。これじゃあまるで、吐くまで痛い目みせてやる! みたいに取られないだろうか。


 で、でも本当の気持ちだよ!? もちろん拷問とかをするわけではない。ただショーちゃんに心の声を読んでもらうだけだ。

 すでに一度読ませてもらっているけど、これ以上踏み込むのはさすがに申し訳ない気がするんだもん!


「ぜ、絶対に全部バレてるよな、これ……!?」

「か、可愛い顔してえげつねぇ……!」


 やっぱり勘違いされた! しかし、ここで違うと言えば話が進まない。思うところはあるけど黙って相手を見つめ続けた。


「最後のチャンス。また嘘を吐いたら話も聞かずに2人とも警備隊に引き渡す。その後も、嘘を吐いた時点で協力は終わりにするから」

「わ、わかった! わかったよ! ただ、その前に一つだけ聞かせてくれ!」


 焦ったようにお兄さんの方が叫ぶ。聞きたいことってなんだろう。ロニーは黙って先を促している。


 うーん、いまいち彼らの真意が見えてこない。ただ罪を軽くしようとしている小悪党なのか、本当に何か事情があるのか。ロニーにはわかっているのかな?


「あ、あんたたちは何者なんだ? ま、魔族、なんだよな……? この街に来た、目的はなんなんだよ……!」


 あれ? 私たちが目立つ容姿をしているから魔大陸から来たことはすぐにわかったんだよね? それなのに彼らの目には恐怖の色が浮かんでいるように見えるんだけど。


 ……これは、彼らの中で魔大陸の人がどういう存在なのか聞いておきたいね。そもそもの認識が間違っている気がするもん。

 恐怖の対象、とまでは思っていない気はする。だってそれなら私たちが魔大陸から来たって察した瞬間に逃げて行くはずだし。襲い掛かろうなんて無謀な真似もしないだろうから。

 あ、私たちが一瞬で嘘を見抜いたからかな? そ、そんなに怖がらせてしまったのだろうか。魔術に馴染みのない人が突然、考えを読まれたら……? あ、怖いわ。うん、怖いね。ごめん。


「人間の大陸がどんなところなのか、調査に来ただけ。争う気は、まったくないよ。ただ……」


 ロニーはここで一度言葉を切ると、私に手を差し出した。不思議に思いながらもその手を取ると優しく引き寄せられ、兄弟に再び視線を戻す。


「この子は、魔王の娘、だから。何かあったらどうなるかは、責任持てない、よ?」

「ヒッ……!」

「ま、魔王、の……!?」


 ロニーの言い方では、まるで父様が怒りの鉄槌を下すみたいな言い方である。確かにそれに近い勢いで怒る気はするけど、実際はそんなに酷い目には遭わない。両大陸間での約束があるからね。


 でも、この人たちは知らないだろうから黙っておきます。ロニーもそのつもりで言っているだろうから。利用出来るものはなんでも使う、は鉄則だもんね。心苦しいけど嘘は言ってないし!

 にしてもガタガタ震えすぎじゃない? ものすごく気の毒になってきたんだけど!?


 ロニーが再び私を見る。その視線だけで最後のダメ押しを任されたのがわかった。出来るだけ怖がらせないように気を付けてあげようっと。


「あの、本当のことを話してもらえます?」


 ロニーの隣にしゃがみ込み、倒れる兄弟を交互に見つめる。2人は声も出さずに激しく首をブンブン縦に振った。涙目である。……え、今の私はすごく優しかったよね? ダメなの!?

 でも、ロニーは笑顔でよく出来ましたと私の頭を撫でてくれたし、これで良かったのだろう。


 あれぇ? ロニーがだいぶ染まっている気がしないでもないなぁ。頼もしいけど恐ろしい!


「さて、と。それじゃあ、まずは場所を移動、する。落ち着いて話せるところ、知らない?」

「あ、じゃあ……俺らの住んでるとこに」


 人通りが少ないとはいえ、道をふさいでしまうのはよくないからね。それに、色んな人が様子を見たり聞き耳を立てたりしているし。


「メグ、拘束、外していいよ」

「うん、わかった」

「えっ、い、いいのかよ?」


 ロニーの指示通りリョクくんの蔦を外してあげると、兄弟は戸惑ったようにこちらを見た。まさか自由にしてくれるとは思っていなかったようだ。まぁ、人間基準だとそうだよね。


「問題、ない。逃げてもどうせ、すぐ捕まえられる。ね、メグ」

「うん。魔術ってすごいんですよ?」


 精霊たちにも探すのを手伝ってもらえるし、そもそも彼らの逃げる速度など魔術を使えば余裕で追いつけてしまうからね。運動はあまり自信のない私だって、相手が人間なら簡単に捕まえられるのだ。まぁ、彼らにはこの一言で十分通じるだろう。


「あ、あの3人はどうするんだよ……転がしておくのか?」


 弟の方が恐る恐る聞いてきたので、ロニーはそんなわけない、と返事をする。そして徐に男3人を肩に担ぎ上げた。それはもう、軽々と。


「ま、魔術ってすげぇ……!」

「あー……あれは魔術を使ってないですよ?」

「はぁっ!?」


 信じられない、というように目を見開いて驚く兄弟に苦笑する。まぁ、そうだよね。かなりがっしりとした身体付きにはなったけど、大人3人を担げるほど筋肉があるようには見えないもん。

 でもおかげで、兄弟にも周囲でこちらを見ていた人たちにも良いけん制になったかな。


「ほら、早く案内、して」

「は、はいぃっ……!」


 私たちの周囲数メートルから人の気配が一斉に消えた気がした。なんか、魔族のイメージが恐怖に傾いてない? 大丈夫?

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