東側の調査へ
「じゃ、また夜にな! 最初の噴水のとこで待ち合わせにしようぜ」
「ん、わかった。じゃあ後で」
大通りを抜けた私たちは、予定していたように二手に分かれた。リヒトたちは西側に向かったので私たちは東側だ。
住宅街かな? 見える建物はこれまでよりも少し簡素な作りにも見える。
「あの作りは、この大陸では一般的。あれを基準にしたら、この街の生活レベルが、わかると思う」
「なるほど。それじゃあ、迷惑にならない程度に生活の様子を見学させてもらおうよ」
「ん、そうしよう」
ということは、この辺りは特別豊かでも貧しくもない、いわゆる一般家庭が住む地区って感じなのかな? 人間の大陸を一人で旅して回っているロニーの言葉は説得力があるね!
あ、そうだ。ロニーには聞いてみたいことがあったんだった。
「ねぇ、ロニーはずっと人間の大陸を旅していたの?」
オルトゥスを出る時は確か、まず魔大陸を全土見て回るって言っていた気がする。全部を一通り見て回るまでは帰って来ないって。
でも、いつの間にか人間の大陸にまで行っていたから、もう魔大陸の旅は終わったのかなって気になって。
だって、魔大陸を全土見たんだったらもっと時間がかかっていそうだから。
「ずっとじゃ、ないよ。途中で依頼が入って。それがなかったら、まだ人間の大陸には、行ってなかったと思う」
「こっちに来る必要のある依頼だったの?」
「うん。少しでも、ここを知っている人がいいって。魔大陸の旅は、戻ってからも出来るから、良いかなって思って、引き受けた」
結局そのまま、人間の大陸での旅を続けていたというロニー。戻るにも鉱山の転移陣を使わないといけないというのと、せっかくだからこのまま見て回るのもいいと思い直したんだって。
確かに、あの転移陣は起動に結構な魔力を使う。加えて管理をするドワーフは、他の種族と関わるのをあまり得意としていない。
それを出来る限り緩和したのが父様やリヒトだ。魔力は大きな魔石を使った装置を使い、時々リヒトが魔石の交換に来ている。道案内はどうしてもドワーフに頼むことになるから、転移陣を使うのは月がひと巡りする間に一度だけ、という制限とそれなりの報酬によって手を打っているって聞いたことがある。
ロニーはそもそも道案内はいらないんだけどね。鉱山は故郷だもん。
「でも、月がひと巡りの感覚で渡れるんだから、戻ろうと思えばもっと早くに魔大陸に戻れたよね? そんなにこっちの旅が楽しかったの?」
「あー……。うん、それも、あるけど」
私の質問に、珍しくロニーが言葉を濁した。ん? それだけじゃない理由があるのかな?
ジッと横目で見つめながら続きの言葉を待っていると、ロニーは気まずそうに頬を掻いた。
「人間の大陸に渡る時、父さんと、話して……」
「ロニーのお父さん……ロドリゴさん?」
ものすごーく息子に対する愛情の向け方が不器用な人だったよね。頭が固いというか、素直じゃなさすぎるというか。アドルさんから、いまだに彼との交渉ではよく揉めるって聞いている。
「成人になったからって、会う度に、その……番を、連れてこいって、言われる、から」
「へ……」
それは、つまり、あれですか? はやく嫁を連れてこい的な? 実家に帰る度に「いい人はいないの?」って聞いてくるあのヤツですか?
すごく納得した。出来る限り鉱山に寄りたくないその気持ち。お父さんに呼ばれてオルトゥスに戻る時も同じことを言われたのだとロニーは大きなため息を吐いた。お、お察しします……!
「そもそも、番に出会える人の方が、少ないのに」
「やっぱりそうだよね? そう簡単には出会えないよ、普通」
ほんのわずかに口を尖らせるロニーという貴重な姿を見た。でもものすごく気持ちはわかるよ。記憶自体は薄れているけど、同じ経験をしたことは覚えているもん。余計なお世話! って叫びたくなるやつ!
「普通は、ね。でも、僕の周りは結構、みんな見つけているからすごいなって、思う」
「あー、リヒトなんて結婚式まで上げちゃったもんね」
「リヒトもそう、だけど……メグも、でしょ?」
「……へ?」
変な声が出た。え、なんで? 私!? 予想外のところからボールが飛んできたから受け取るどころかボールを目で追うことすら出来ていないよ。
「ちょ、ちょっと待って? どうして私? 番なんて、見つけてないよ?」
「え? そう、なの?」
困惑気味にそう伝えると、ロニーは心底ビックリしたというように目を丸くしている。勘違いしていたのかな? とはいえ、どこをどう勘違いしたらそうなってしまったんだろう。謎である。
「僕はもうてっきり、番同士なのかと、思ってた」
「ええっ!? もう、どうしてそう思ったの!? ビックリしすぎてついていけないよぉ!」
本当に、謎である。っていうか私と誰が番同士だというのか。みんな家族としか思えないのに。
ふ、と脳裏に全身黒ずくめの人物が過りかけたけど、慌ててブンブン顔を横に振った。なんとなく、違う! って叫びたくなるような、変な気持ちが湧き上がって妙に恥ずかしくなってしまったから。
「それじゃあ、アスカの片思いなのかぁ……」
一人でパニックになっていたから、ロニーが小さく呟いた一言は聞き取れなかった。
東側の住宅地は平和そのものだった。途中で井戸があったから、生活用水はそこで汲んで使うのが普通みたい。
井戸はこの一帯に住む人たちで共有しているけれど、料理に使うなどの飲料水だけは魔道具を使う、というご家庭も少しはあるみたいだった。
というか、井戸端会議している奥様方に聞いた。
「とはいっても魔道具? あれは高いからねぇ。そう簡単には手を出せないわ」
「それに魔力ってのがなくなったら使えなくなっちまうんだろ? そこでまたお金がかかるもんねぇ」
「そうそう! 水だってたくさん出てくるわけでもないって話だから、あたしは井戸水だけで十分だよ」
「そうよねぇ。あっ、でも魔道具から出てくる水はすごく美味しいらしいよ? 一度くらいは試してみたいもんだねぇ」
奥様方は明るい声でケラケラ笑いながら話をしている。うん、パワフル。
そっかぁ、魔道具はやっぱりここでは高価なものなんだ。でも、一般家庭でも頑張れば手に入る値段、って感じかな。
ただ、魔力の補充のことについて考えたら、確かに井戸でいいやって思う気持ちもわからなくもない。
「あたしは水の出る道具よりも、火を点ける道具の方がほしいね」
「あー、それはそうよねぇ! あっという間に火が点くのは魅力だわ。それに、木切れや薪がなくても火が消えないんだって」
「まっさかぁ! そんなことあるわけないじゃない! ねぇ、天使様? さすがに薪は必要よねぇ?」
ぼんやり話を聞いていたら急に話を振られたので軽く飛び上がってしまった。奥様方の視線が一気に集まったことにも内心でドッキドキである。
「え、えっと、薪がなくても、消えないです」
私が戸惑いながら答えると嘘ぉ!? という甲高い声が周囲に響き、再び奥様方のマシンガントークが始まってしまった。
質問しにいったのは私たちの方なので勝手に立ち去るわけにもいかず、チラッとロニーに目を向ける。しかしロニーも苦笑しながら肩を竦め、軽く首を横に振っていた。なるほど、待つしかないってことね。諦めます。
そこから解放されたのは20分後くらいだろうか。私とロニーは小さくため息を吐きながら住宅街から出た道を歩いていた。
「す、すごい勢いだったね」
「うん。奥さんたちのお喋りは、どこにいっても、同じ」
全国共通ってことですか。まぁ、あれだけ元気に笑っているってことは、平和な証拠でもあるよね!
でも、魔大陸ではそこまで見ない光景だよねぇ。あ、そもそも井戸のような共有施設みたいなものがないからか。出会えば普通にお喋りもするし、そういうことなのかもしれない。
「ああいう場があるから情報共有が出来て、いざって時に協力し合えるのが人間の強みかもしれないなぁ」
「ああ、なるほど。個々で対処する、魔大陸の住民とは、違うところだね」
団結力が人間の強さだもん。ただ、私が日本にいた頃はご近所付き合いも年々疎かになっていたから、よくなかったなぁ。困った時に助け合うためにも日頃からせめてきちんと挨拶くらいはしておけばよかった。
なんせ、生活リズムが完全に狂っていたからご近所さんに会うこともなかった。ブラック企業勤めはそういう部分も壊していくんだなって今更気付いたよ……。
いやはや、すでに日本にいた頃のことはほとんど忘れているのに、さっきの「嫁はまだか」案件といい、なんでこんなことだけはいくらでも思い出せるんだろう。闇が深い。
「メグ、この先はちょっと、注意して」
「……うん」
住宅街を出てどのくらい歩いただろうか、だんだんと空気が変わっていくのを感じた。
たぶんこの先は治安が悪い。人が少ないのに気配だけはたくさんあるし、時々すれ違う人たちはこちらを見ることはないのに確実に意識を向けてきているのを感じるもん。
ふふん、このくらいは私にだってわかるんだよ! 特級ギルドで訓練しているんだから遅れをとることはないと自負しています!
……油断はもちろん、しないけど。あとやっぱりちょっとだけ怖い。ちょ、ちょっとだけだからね!
とりあえず、私たちは調査を目的として散策しているからこのまま進めるところまで進もうという方針だ。前もってロニーと決めていたから変わらないペースで歩き続けている。
そろそろ周囲が動きだしてもおかしくないな、という雰囲気が漂い始めた頃だ。背後から誰かがくる気配を察知したので風の自然魔術で防御の膜を張った。
それと同時に斜め前の柱の陰から男の人が3人ほど飛び出してくる。縄やナイフを持っていて、こちらを捕まえようという気満々である。
「おらあぁぁぁっ!!」
飛び出してきた3人はロニーに向かって一直線。わざわざ叫びながら飛び出してくるなんて。うーん、ご愁傷様です。
そして先ほど背後から感じた気配は2人。人間相手だから加減が難しいけど、みんなお願いね、と精霊たちに伝えた。
「う、お……!?」
「ぐっ!!」
後ろで男の人2人の呻く声が聞こえたのでクルッと振り返ると、見事に風の膜にぶち当たって尻餅をついた2人がちょうど蔦で拘束されているところだった。後ろ手に落とした種をリョクくんが上手く使ってくれたようだ。ありがとうね!
襲撃者が地面で芋虫状態なのを確認して再び前を向くと、ロニーに向かっていた男3人が悶絶しながら倒れているのが見える。おー、さすがー。
「メグ、大丈夫だった?」
「うん、平気だよ!」
苦もなく倒してしまったのだろう、いつもの調子でロニーが聞いてきたので笑顔を向けた。ホッとしたように表情を崩した時、ロニーが倒した男たちが呻きつつも声をあげる。
「て、てめぇら、絶対にとっ捕まえてやるからな!」
「お、お前らなんか、売り飛ばしてやる……!」
典型的な小悪党の捨て台詞に呆気にとられてしまう。本当にこういう台詞、言うんだ……。
そのことにちょっぴり感動していると、男の目の前にロニーがスッと立った。
「妹に指一本でも触れたら、許さない」
「ひっ……!」
それから軽い殺気を当てたことで、3人はあっさり意識を失った。
ロニー、そ、そんな低い声とえぐい殺気が放てたんだ……!?
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