アスカの誑し技術
噴水の方へと戻ると、すでにリヒトとアスカがテーブルの周りに椅子を並べて座って待っているのが見えた。それと、見間違いでなければ大量の食べ物がたくさんテーブルに並べられている。
「あ、戻ってきた! ねー、見て見て! お店の人がたくさんサービスしてくれたんだー」
「周囲の屋台の人たちが争うようにこれも持っていけ、って大変だったよ……アスカの人誑し能力、やべぇ」
こっちはこっちでサービスしてもらってた! むしろ私よりもたくさんある。これはすごい。そしてもっとすごいのは嫌味なく受け取ってくるアスカだ。
でも、アスカにあれもこれもとあげたくなる気持ちはとてもよくわかる。すごく嬉しそうに笑うからあげる方も嬉しくなっちゃうんだよね! でも限度はあると思います……!
「もちろん、悪いからさ。ちゃんと去り際に代金はちょっとずつ置いてきた。遠慮されたけどいくらなんでも、な」
おお、さすがはリヒトだ。普通の感覚を持っていて安心するよ。それにしてもこんなにたくさん、食べ切れるかな? あ、いや、アスカだもんね。無用な心配だった。
「いっただっきまーす!」
「いただきますっ」
待ちきれない、とばかりにアスカが串焼きに手を伸ばす。せっかくなので私も手を合わせて早速さっき買ってきたハンバーガーもどきを手に取った。
一口齧ると、パリッとした薄いパンの食感の後、ゴマの香りがふわりと口の中いっぱいに広がる。間に挟まれた甘辛い味付けのお肉と野菜のバランスも最高で自然と頬が綻ぶ。
「ロニー、これ美味しいねー!」
「うん。もっと早くに食べていれば良かった。また食べたくなる、味」
みんなで暫しの食事タイムを楽しみつつ、リヒトが今後の予定を話していく。その間、アスカの口に次々と食べ物が運ばれていく様子は見ていて気持ちがいい。本当に美味しそうに食べるなぁ。
「基本的にはこうして観光みたいなことをしつつ、情報を集めていく形になる。魔大陸に興味がある者、腕のいい職人の噂、その辺を街の人たちに聞いて回る感じだな」
「んぐっ、腕のいい職人って言ったらさー、メグの石像を作った人は? あれ、本当にそっくりだしすごく綺麗だよね」
戻ってきた石像の話にドキッとしつつも、確かに見事な出来栄えだったよなぁと思い直す。アレほどの腕を持っている人なら、魔大陸の素材や魔道具の使用によってさらに良いものを生み出せそうだもん。技術的な面も、人間の大陸とは違う工程はかなり勉強になるだろうし。
「でも、あれが建てられたのはもう20年も前の話。その時すでに50歳近くだったって聞いているから、ご存命かは、わからない……」
あー、それがあったかぁ。ということは今は70歳近く、か。この大陸の人間の寿命がいくつかはわからないけれど、生きていたとしてもすでに職人としては引退していてもおかしくはない。
「確認してみればいーじゃない。本人じゃなくても弟子がいるかもしれないし、その伝でいい職人がいるかもだしー。あ、これ美味しい」
「ま、そうだな。目的は腕のいい職人とか、魔大陸に興味のある者なわけだし。聞くだけ聞いていこうぜ」
そうだよね。ここで勝手に結論を出したって仕方ないもん。とはいえ、思っていた以上に地道なやり方だなぁ。大々的に声をかけてたくさん人が集まったとしても対処出来ないとは思うけど。
でも、本当に勉強したいと思っているか、とか為人を知るには結局ひとりひとりと向き合って行くしかないんだから同じか。それなら地道に声をかけていく方が効率的と言えるかもしれない。
そんな話をしていた時、私たちの座るスペースに誰かが駆け寄る気配を感じた。敵意はないけれど、緊張感が伝わってきて思わずそちらに目を向ける。
どうやら向かってくるのは3人。服装からいってお城の人か警備隊の人っぽい。チラッとロニーに説明を求める視線を送ると、あれは東の王城の兵だと教えてくれた。
そういえば、見たことがある服装のような……? 随分前のことだからあんまり覚えてないや。私の記憶力なんてこんなものである。
「お食事中に失礼いたします! 少し、よろしいでしょうか!」
私たちの前で立ち止まった兵たちは、ビシッと姿勢を正して並び、代表として1人が一歩前へ出て声をかけてきた。わぁ、軍隊みたい!
「あ、そういえば門兵が城に話を通すって言ってたっけ。その話ですか?」
リヒトが思い出したようにそう口にすると、そうですと代表の人がさらに姿勢を正して答えた。なんだかこっちまで背筋が伸びるなぁ。アスカは気にせず食べ続けているけれど。大物である。
「ぜひ、城内にお招きしたいとのことです。お時間はありますでしょうか!」
「時間はあるけど、要件はなんでしょう?」
「いえ! 歓迎の挨拶と、何か助力が必要であれば聞かせてもらいたいとのことです!」
東の王城から直接手助けをしてもらえる、ということだろうか。それはこの国を歩く上で助かるかもしれない。
「わざわざ国の代表が……。たぶん、メグがいるからだろうな。魔王の娘だし」
「そうだね。こっちは気にしなくても、この国が、気にする。一度挨拶をしておいた方が、いいかも」
そっか。一応、魔大陸から調査隊が何組かこの大陸に来ることや、目的も伝わっているとはいえ、魔王の娘が来たとなったら国の代表としては挨拶もせずに素通りするのはよくないって思うんだろうな。私にそんな自覚がないとしても、である。
その気持ちはよくわかるので、一度挨拶に行くことに否やはない。リヒトとロニーからの目配せに一つ頷いて答えると、リヒトが頷きを返した。
「わかりました。でも、もう少しだけ待ってもらってもいいすか?」
「それはもちろんであります! 我々は離れた場所で待機しておりますので、どうぞゆっくりと食事を楽しんでください!」
リヒトがテーブルにまだ並んでいる食事に視線を向けながら答えると、兵士さんもにこやかに答えてくれた。そしてそのまま他の兵も連れて言葉通り私たちから離れた位置へと立ち去っていく。
本当に友好的だ。昔はあの兵士たちから逃げ回っていたんだよなぁ。感慨深い。
「お城の中に入れるの? わぁ、楽しみー!」
「ふふっ、そうだね。じゃあ早く食べちゃわないと」
「それとこれとは別! 美味しいものは味わって食べないとねー」
うん、それでこそアスカだ。兵士たちを待たせているとはいえ、マイペースを貫く姿勢はさすがである。
ただ、味わって食べると言いつつ、次々に食事が消えていくそのスピードには首を傾げてしまうけど。本当に味わっているのだろうか? まぁ、幸せそうに食べているからいっか!
それから10分ほどで全ての食べ物がほぼアスカの胃に収まった。まだ入るという言葉にはリヒトやロニーと一緒になって衝撃を受けたけれど。た、たくさん食べることはいいことだよね!
「ではご案内いたします!」
「お願いします」
兵士たちの後に続く私たちは、より街の人たちの注目を集めた。わかってた、わかってたよ……! 恥ずかしくてフードをさらに深くかぶり、俯いているとスッと手を取られた。アスカだ。
「堂々としなよ、メグ。魔王の娘なんだからー。それにもったいないよ。こーんなに可愛いのに」
「そ、そうは言っても恥ずかしいもん……!」
「恥ずかしいことなんて何もないよ。メグは誰に見せても恥ずかしくない立派なレディなんだから」
レディ、ですと? これまでは幼い子どもだから可愛い、という扱いばかりだったから、その一言は私によく効く。
思わず顔を上げると、ニッコリと笑うアスカと目が合った。
「それに、エスコートするぼくが羨ましがられると思うんだよねー。いいでしょ、この子可愛いでしょ、って見せびらかしたいんだー! ね、ぼくが隣を歩くんだよ? 無敵じゃない?」
そう言いながら、アスカは反対の手で優しく私のフードと取った。それから一度サラリと私の髪を指に絡ませ、頬に手を当てる。
「大丈夫。自信を持ってよ、メグ。君はこんなにも素敵なんだから」
な、なんだこのイケメンムーブ……!? どこで覚えてきたのだろうか。末恐ろしいとは思っていたけれど、成長したアスカのこの言動は破壊力がやばい。反射的に顔に熱が集まってしまったよ。
「すげぇ、口説き技術だな? そう思いません? そこの兵士さん」
「えっ、自分ですか!? そ、そうですね……。同じことをしろと言われてもしやったとしても、ああはいきませんね……」
前方にいるリヒトと兵士さんの会話に心の中で激しく頷く。アスカだからこそ自然と決まるんだよ、これ!
「あったり前でしょ! ぼくがカッコいいから効果があるんだよー。でも、メグ以外にやろうとは思ってないよ?」
その会話にいち早く反応したのは本人であるアスカだった。相変わらずの自信家だ。そう言えるだけのポテンシャルもあるから言い返すことも出来まい。すごい。
私にウィンクをしながら舌を出す姿は、カッコいいというより可愛らしさを感じるけどね。
「私以外にやったらみーんなアスカの魅力やられちゃうよ。大騒ぎになるから程々にね?」
だから、クスッと笑いながら私も答えたんだけど……。アスカは困ったような驚いたような、不満そうな顔を浮かべた。あれっ?
「さすがすぎる返事だよな。それでこそメグ」
「アスカ、君は、悪くない」
前と後ろでリヒトとロニーがなぜかアスカにフォローを入れていた。えーっと、まずったのかな、私?
恐る恐る隣のアスカを見上げると、ワナワナと震えながら額に手を当てて天を仰いでいた。
「大丈夫、ある程度はわかっていたから。でもここまで響かないってこと、あるぅ!?」
よくはわからないけど私の返事のせいで酷く落胆したようだというのは伝わった。あ、あれかな? 口説き文句として良かったよって褒めるべきだったのかな? ごめんね、鈍くて。以後気をつけます!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます