メグ伝説


「やはり天使様だったのですね……! ようこそ、我が国、我が街へ! 歓迎いたします! あ、す、すぐに城に話を通してきますのでっ! くっ、いらっしゃるとわかっていれば歓迎の準備をしたというのに……!」

「え、えと、あの、なんの話ですか……!?」


 しかし、門番さんは私の声が聞こえていないのか慌てて周囲にいる門番仲間に話をしに行ってしまった。ポカーン、ですよ? ロニー! 説明プリーズ!


「ふふ。メグも見たら、ビックリする」

「説明になってないよぉ」


 見た方が早いから、と言われてしまってはひとまずそのまま先に進むしかない。クスクスと楽しそうに笑うロニーに対して、リヒトやアスカも首を捻っているから、事情がわかったのはロニーだけみたいだ。


「街に入ったらわかるの?」

「うん。広場の中心にある、から」


 広場にある? どういうことだろう。そこはかとなく嫌な予感がするんだけど、当たらないでほしいかも……!


「そっか。それなら早く行こうよ。ね、天使様っ」

「アスカっ、からかわないでよー」


 通行証を受け取って街へ入ることが許されると、アスカはサッと私の手を取って駆け出した。もう早く街を見て回りたいと顔が言ってる。ウキウキが隠せていないのが可愛らしいな。


 まだ後ろにいたリヒトとロニーに目配せすると、仕方ないなというように苦笑して頷いてくれたので、私も諦めてアスカと一緒に走り出す。とは言っても当然さっきみたいな速さじゃないよ? 小走り程度だ。その辺はアスカだって弁えているからね。


 ただ、そんな私たちが目立つのか道行く人たちがみんなこっちを見てくるのがくすぐったい。しかも、道を開けてくれるんだもん。おかげですみません、すみません、と謝りながら通るはめになったよ。

 え、まさか人間の大陸にいる間ずーっとこんな調子、なんてことはない、よねぇ? さすがに慣れる気がしない。フードやマスクの着用を検討するよ。そう、ギルさんみたいにね!


 でも、アスカは平気みたいなんだよね。むしろ、この状況を楽しんでいるくらいだ。見られ慣れている……!

 そんなアスカがいるとちょっとだけ心強くもあるかも。このくらいなんてことないって思えるっていうか。いや、恥ずかしいのは変わらないけども。


 いつの間に開けた場所にやってきた私たち。円を描くように露天が並び、中央に噴水があって至る所にベンチやテーブルが置いてある。ロニー曰く、こういう作りの街は結構多いんだって。街の人たちの憩いの場になっているのだそう。

 仕事の休憩や、買い物の合間、観光客も飲食が出来るようなスペースになっていて、なんだかいい雰囲気だ。


 しかし、一点を除いて。


「なっ、あ、あっ、あれっ……!?」

「うわ、マジかよ。これは予想外」

「わーっ! いいな、いいなー! あれ、メグでしょ? すごーい!」


 言葉にならない声を発しながら指差す私に、やや呆れた様子のリヒト、そして羨ましがるアスカは別の意味でまた注目を浴びているかもしれない。

 でも、今はそんなことどうでもいい! だって、何あれ!? 聞いてないよ!


「そう。メグの石像。コルティーガの大きめの街には、ああやって、メインの広場に建てられてるんだ。僕も、初めて見た時は、驚いた」


 そう。噴水の脇、目立つ位置にどう見ても私とわかるな少女像が建てられていたのである!

 両手を胸の前で組み、目を閉じて軽く微笑む真っ白な少女像。今よりも幼い姿だけど、私をモデルにしているのは一目瞭然だった。嘘でしょ……!?


「そういえばお前、あの事件の後に魔王様と一緒に映像に映ったよな」

「そう。その時のことから、この国に幸せを呼ぶ天使として、魔大陸と人間の大陸を結ぶ象徴ってことで、建てられたんだって、聞いたよ」


 そ、そうだった。確かにあの時、父様の膝の上で簡単に一言を喋った覚えがある。いや、でもおかしくない? それならなんで父様の銅像にしなかったのか。あの人こそ、彫像向きのビジュアルしているのに。

 そう主張すると、そういえばとリヒトが何かを思い出したようにポン、と手を打った。


「だいぶ前に、我を石像にしてもなんの面白みもない、とか、どうせなら天使の方がいいに決まっておろう、とか熱心に誰かと話していたのを聞いた気がする」

「それ絶対にこれの件じゃない……!?」


 その時はなんのことかわからなかったけど今やっと理解した、とリヒトは笑う。笑いごとじゃなーい!


「私になんの許可もなく話を進めるなんて、父様酷いっ」


 いくらこの石像が今より幼い頃の姿だとしても、精巧な作りすぎて一目で私だとわかってしまう。この国を旅するのが恥ずかしくて仕方ないんですけど! 泣きそう。


「わわ、メグ泣かないで? ぼくはメグがこうして銅像になっているの、誇らしいよ?」

「この国の人も、建てた人も、魔王様も、悪気はない、と思うから」


 フルフルと身体を震わせながら涙を溜めていると、アスカとロニーがフォローをしてくれる。わかってる、わかってるよぉ。でもこんなの恥ずかしすぎる……! 今すぐ顔を隠して逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 さすがに本当に逃げたり、ここで涙を流すのは我慢するけど、それでもショックだ。せめて一言聞いておきたかった。モヤモヤする!


「いや、でも俺はメグの気持ちもわかるな……。複雑な年頃だし、女の子だし、嫌に決まってるよな? 気付いていたらあの時止めたんだけど」

「リヒトぉ!」


 わかってくれますかっ!? わっ、とリヒトにしがみつくと、困ったように笑いながらリヒトが抱きとめてくれた。


「あー、よしよし。そうだなぁ、とはいえ石像はどうにもなんないし。フードでも被っておくか?」

「グスッ、そうする……」


 やっぱり、私がモデルだとわからないように隠すのが一番の対策だよね。私は収納魔道具からマントを取り出すと、すぐさま羽織ってフードを深く被った。それだけで視界が遮られ、人の視線も気にならなくなったのでようやくホッと息をつけたよ。


「猫耳が付いてるんだな……」

「可愛いのは変わらないね、メグ」


 リヒトとアスカが頭上でそんな会話をするのが聞こえたけれど、この際猫耳については気にしない。だって、他のは色鮮やかで目立つんだもん。猫耳は付いているけど、色は黒だからいくらかマシかなって……。


「一度、王城に行ってみる? 王様に頼めば、あまり注目しないようにって、国民に言ってくれる、かも」

「そっ、そこまでは出来ないよ! 大丈夫、こうしていたら少し落ち着くし、そのうち慣れると思うから!」


 さすがに私が恥ずかしいからという理由で一国の王様を頼るわけにはいかないよ! あと、本当に意見が通ってしまいそうなところが怖い。あの時のように皇帝さんに負担をおかけするわけにはいきません。


 ……考え出したらちょっと怖くなってきた。このまま私が塞ぎ込んでいたら、リヒトやロニーが本当に行動しかねない。なんだかんだで過保護だもん、この2人も!

 よし、元気を出そう。それに、良かれと思って建ててくれたんだってことはわかる。この国の人たちだって、喜んでくれているのに私がこんな様子じゃ不安にさせてしまうかもしれないし。


 でも! もう少しだけフードはこのままで! ああ……顔が良すぎて注目を浴びるのが嫌で、常に隠して行動するギルさんの気持ちが今になってより実感出来た気がする。はぁ。


「せっかくだから、なんか食うか? 売られているものや食べ物、人の様子を調べるのも仕事の内だしな」

「賛成! ねー、ぼくあの大きな肉が食べたい!」


 気分転換を、と考えてくれたのか、リヒトがそんな提案をしてくれた。ありがたい! 他のことを考えたりしていた方が、気が紛れるからね!


 真っ先に反応したのはアスカ。相変わらず食いしん坊だなぁ。でも指差しているあれは……たぶん、あの大きな肉をそのまま売っているのではなくて、削ってパンかなんかに挟んで食べるやつだと思う。ケバブみたいな。あ、ほらロニーからも同じ説明が入った。


「へぇ、面白い食べ方なんだねぇ。それでもあの肉が食べたいからぼく、それにする!」


 むしろ興味が沸いたようだ。確かに、魔大陸ではあんまり見たことがないかもしれないな。私が知らないだけで、売られている地域があるのかもしれないけれど。


「んじゃ、俺も同じのにするわ。ロニーはメグと一緒になんか食べたいのを買ってきてくれ。空いてるベンチで食おうぜ」

「ん、わかった」


 子どもだけにさせないところがさすがだね。今にも走り出して行きそうなアスカの襟首を掴みながらリヒトが指示を出しているのには笑っちゃったけど。もう、アスカったら。


「メグは、気になるもの、ある?」

「あ、えーっと。うーん、どれも美味しそうに見えて迷っちゃうな。ロニーはないの?」


 私はアスカのようにすぐには決められなかった。だって、あちこちでいい匂いがするんだもん。けど、パンに挟む系の食べ物が多いかもしれないな。悩ましい。


「僕は、旅の間、いろいろ食べたから」

「あ、そっか。じゃあオススメは? もしくは、ロニーがまだ食べたことのないものはあるかな?」


 そうでした。ロニーは人間の大陸を旅する先輩だったね。私たちの中で1番この大陸についていろんなことを知っているのだ。

 私の答えにロニーはうーん、と顎に手をやりつつ屋台を見渡す。それから一点で目を止めるとあれは食べたことがない、と指差した。


 見てみると、そこで売られているのはハンバーガーのような形をしていた。けど、パンが平べったくて胡麻がまぶしてある。お肉や野菜が挟まれているみたい。栄養バランスも良さそうで美味しそうだ。


「じゃあ、あれにしよう! 平べったいパンがどんなものなのか気になる」

「うん、じゃあ決まり。僕もちょっと、気になってた」


 ふふっ、と笑い合った私たちは二人でその屋台へ向かう。やはり注目は集めてしまったけれど、私がフードをかぶったことで人目を気にしていることを察したのか、さっきほどジロジロとこちらを見てくる視線は減ったような気がする。この街の人たちは優しいなぁ。


「すみません、これを2つ」

「う、うちで買っていただけるんで!? ありがてぇです……! 少しお待ちくだせぇ!」


 ロニーが注文すると、店主さんはものすごく腰を低くしながら慣れていないであろう敬語で対応してくれた。こっちが申し訳なくなるほどである。でもちょっと可愛らしい。それに、精一杯のおもてなしを、という気持ちが嬉しくて自然と笑顔になる。

 ただ、私は本当にただの小娘なのでそこまで気にしないでもらいたい。気疲れさせるのは悪いもん。


「お、お待たせしました……!」

「? これ、頼んでない、よ」

「さ、サービスです! 揚げたてのポティーは人気なので、ぜ、ぜひ! あ、あの迷惑でなければ!」


 店主さんはハンバーガーのようなパンだけではなく、ポテトフライまで手渡してくれた。揚げたてのいい匂い!


「いいんですか?」

「もっ、ももももももちろんでさぁ! 天使様に食べていただけるなら、いくらでも!!」


 なんだか悪い気がしなくもないけど……。ここで断る方がこの人にとって悪い気がしてきた。それに食欲をそそるポテトの凶悪な匂いには抗えまい。


「ありがとうございます! 今度は、ちゃんと買わせてくださいね!」

「は、はひぃ……」


 素直に受け取るのが正解だと思って笑顔を向けると、なんとも気の抜けた返事が戻ってきた。あれ、どうしたんだろう。やっぱりダメだったかなぁ? 不安になっていると、ロニーがクスクス笑いながら問題ない、と言ってくれた。


「大丈夫。たぶん、メグの天使伝説が、一つ増えただけ」

「なんなの、天使伝説って!?」


 むしろ不安材料が増えたんですけど? あ、ちょっと待って、ロニーったら!

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