天使様


 さて、いい加減この場所から移動しないとね。リヒトは魔術を使うって言っていたから、やっぱり空かな?

 私とリヒトでそれぞれもう1人ずつなら飛ばせることが出来るけど、魔力の効率的にはあんまりだよね。空なら直線移動が出来るとはいえ、スピードはそこまでないし。

 飛べる亜人並みのスピードはどう頑張っても出せません。


「ああ、走って行こうぜ」


 疑問を漏らすと、リヒトからはとてもシンプルな答えが返ってきましたとさ。う、うわぁ。


「つまり、魔術で身体強化をかけるってことね……?」

「そうそう。あ、元々の身体能力を考慮してかけろよ?」


 リヒトめ、それは私の運動能力が低いから自分には念入りにかけろって言ってるな? ニヤニヤしているし! そのほっぺをつねってやりたいっ! ぐぬぬ。


「なぁんだ、わかりやすくていいね!」

「でも気をつけないと、道がめちゃくちゃになる」


 ウキウキと屈伸を始めながらアスカが笑い、ロニーは少し心配そうだ。そうだよね、森の中なら誤魔化しが効くけど、舗装された道を強化状態で走るとまずいことになる。人間の大陸だから、魔術によるダメージを考慮した造りになっていないのだ。


「同時に、周囲への影響を抑える保護魔術もかけろってこと?」

「そうなるな。あーでも、それだったら身体強化と保護魔術とで分担した方が楽か」


 同時に2つの魔術をかけるより、同じ魔術を4人にかける方が確かに楽だ。話し合いの結果、リヒトが強化、私が保護の魔術をかけることに。


「お前には念入りにかけてやるから安心しろよ」

「それはどーもっ!!」


 リヒトめぇっ!! いいもん、私が運動音痴なのはわかっているもん。くすん。


「じゃあ2人とも、よろしくね」


 ロニーの言葉に頷いて、リヒトがみんなに身体強化の魔術をかけ始める。全身に薄い膜が張ったような感覚があって、力を効率よく使えそうだ。

 それにしても上手いなぁ。リヒトは魔術の扱いがすごく上達したよね。昔は無駄な魔力を外に垂れ流すくらい雑だったのに。やっぱり知識は重要だなぁ。覚えが早くて器用なのもあるよね。


「ごめんねー。ぼくも少しは手伝えたらよかったんだけど」

「気にしないで! ほら、さっきも言ったでしょ? 適材適所って。それに、アスカはまだこの大陸に身体が慣れていないんだから、あんまり無理したらダメだよ」

「……うん、そうだよね! わかった! でも、今度はぼくにも頼ってよね? いいところ見せたいし!」


 ふふ、素直で可愛いところも健在だな。アスカのこういう部分が好きだ。ニコニコしながら私もみんなに保護の魔術をかける。

 今回は、身を守るための魔術ではなく、自分たちの力が外部に影響を与えないようにするものだからちょっと難しい。というか、やったことがない。しかも自然魔術じゃないから実はあんまり得意でもない。えへ。


 でもイメージはわかるから大丈夫だとは思うけど。要は、地面や木々に与えてしまう力を分散させればいいんだよね? そうすれば、ひどく抉れたり気がなぎ倒されることもない。

 多少は痕跡を残してしまうけど、隠密行動をするわけじゃないから問題はないはず。


「ああ、それでいいぜ。十分だ」

「メグ、初めて使ったの? それにしては、上手すぎない?」


 トントンと足で地面を強めに打ち鳴らしたり、手で木を触ったりしながらリヒトとロニーの大人組が感心したように褒めてくれた。よかった、成功したみたい。


「相変わらず、メグって魔力の細かい扱いが上手いよねー」

「えへへ、ありがとう。でも、アスカみたいに大胆な動きを扱うのは苦手だよ。魔力のゴリ押しになっちゃうもん」

「ふむー、ゴリ押しでどうにかなっちゃうから苦手なのかもよ?」


 それは大いにあり得る。今後の課題だなぁ。努力します……!


「じゃ、出発だな! 俺について来てくれ」

「あ、ちゃんと障害物は避けてね? そこまでの魔術はかけてないからっ」


 リヒトの言葉に慌てて私も付け足しておく。さすがにこのメンバーが本気でぶつかったら障害物が壊れるし、痛みもある。私の保護魔術は万能ではないのだ。


 それぞれが頷き合ったところで、ようやくリヒトが走り出した。最初はゆっくりと、それから少しずつスピードを上げていく。


 リヒトのスピードはついて行きやすい。速すぎず、遅すぎない絶妙なスピードだ。この辺りの匙加減を間違えないのもさすがだよねぇ。

 先頭を走るのがリヒト、そのすぐ後ろにアスカ、私、そして最後尾がロニーだ。大人が子どもを挟む感じだね。特に何も決めてはいなかったけど、自然とそんな並びになっていた。

 たぶん、リヒトが先頭に行くと聞いた時点でロニーは最後尾につく、って決めていたのだろう。さすがである。


 こうしてしばし森の中を駆け抜けること数時間。次第に木々が少なくなってきたところでリヒトがスピードを緩めていく。


「そろそろ歩きで移動しよう。人通りが増えてくるからさ」


 視認出来る位置に、街道が見えてきたもんね。このスピードで走る人を見たら、驚かれてしまう。ここは人間の大陸なのだから。ただでさえ私やアスカがいると目立つからねー。

 というか考えてみれば数時間の間、平気で走り続けられているっていうのもすごいことだよね。昔からは考えられないや。ま、それも身体強化をしているからこそなんだけど。

 私以外は、ただ走るだけなら魔術がなくても余裕で走れるだろうけど私は当然、無理です。途中でバテます。


「リヒトはさー、東の城下町だっけ? 行ったことあるのー?」


 歩きながらのんびりとアスカが問いかける。リヒトはそりゃあな、と言いつつ頭の後ろで手を組んだ。


「買い出しは街まで行かなきゃなんねーし。いくらある程度の自給自足は出来たとはいえ、全部は無理だろ?」

「それもそっか。エルフの郷にも、森の方に住んでいる人が時々買い出しに来ていたもんなー」


 そうだったんだ。いや、考えてみればそれも当然か。あの時は東の王城から逃げるために必死だったから考えもしていなかったけど、この辺りはリヒトの庭みたいなものなんだよね。チラッとリヒトを見ると懐かしそうに目を細めている。


「じゃあ、案内はリヒトにお任せだね!」

「おー。任せとけって。ただ、あの頃よりきれいになっているっていうか、建物が増えているからなぁ」

「そっか。結構な年数が過ぎているもんね」


 人間の成長速度は凄まじいもんね。約40年も過ぎていれば、街が発展していても不思議じゃない。リヒトの記憶と全然違うってことも十分あり得る。


「……天使様?」

「天使様だ……」

「本当だ……!」


 街に近付くにつれ、人通りも増えてきたことで私たちはどんどん注目を浴びるようになってきた。それは予想していたことだから別に不思議ではないんだけど、聞こえてくる単語が気になる。天使様って言っているよね?


「……まず間違いなくメグかアスカのことだよな」

「うん。僕たちは付き人1と2、だから」


 前を向いたまましれっと大人2人がそんな会話を繰り広げている。

 い、いや、いくらなんでも天使はないでしょ……。え、ないよね? エルフという種族くらいはそろそろ知れ渡っているだろうし。実際に目にしたことがあるかはわからないけれど。


 周囲のざわめきはさらに広がり、次第に私たちの後ろ数メートル離れた位置からぞろぞろとたくさんの人たちがついてきている。なんだこの行列。さすがに居た堪れなくなってきたんだけど!?


 とはいえ、振り向いて話しかけるわけにもいかず、とりあえず街に入ろうとみんなで決めた。街の中までこれが続いたらさすがに迷惑になるだろうから、そうなりそうなら街の門番さんに相談しよう、ってことで。


 そしていよいよ、入り口に到着。城下町というだけあって、街もかなり広そうだ。リヒト曰くウーラの街や中央の都ほどではないらしいけど。

 あの2つもすごく広かったよねー。人間の大陸は人口も多くて土地も広いってことを実感するよ。


「こんにちは。俺たちは魔大陸から来た調査隊です。これ、通行証」


 あ、そうだった。人間の大陸に行く前にお父さんからもらっていたんだよね。これがあれば、魔大陸と話がついている国の街ならどこにでも行けるという通行証だ。

 魔道具で作られた透明なカードで、魔力登録をしてあるのでもし紛失しても悪用されることはないし、魔術で場所も探れる特注品である。


 たぶん、ものすごくお金と時間をかけて開発された代物だ。いくら失くしても大丈夫とはいえ、大事にしようと常に収納魔道具にしまうことにしていた。


「はっ、はい! 話は聞いております、が実際にお会いしたのは初めてですね……! わぁ、本物……」


 ちょうど街の出入り口は空いていたので簡単に門番さんの下にたどり着く。リヒトが一歩前に出て、代表で手続きをしてくれた。大人みたい! あ、大人だった。


 門番さんは緊張しながらも慣れた手つきで順番に通行証を確認していく。最後に私の番になった時、門番さんはさらに緊張感を増したように見えた。なぜだ。


「あ、あの、失礼を承知でお聞きしたいことがあるのですが……っ!」

「私、ですか? なんでしょう?」


 私の通行証を確認した後、門番さんが意を決したように話しかけてきた。何かおかしなところがあったかなぁ?

 首を傾げつつ言葉を待っていると、うっと門番さんはさらに顔を赤くした。そんなに緊張しなくても……!


「あ、あのっ! 貴女様が、天使様ですよね!?」

「へっ!?」


 飛び出してきた言葉に声が裏返る。え、天使って、私のことだったの!?

 一体誰と間違えているんだろう? 違いますっ、と慌てて両手を振った。


「そ、そうですか? とても似てらっしゃったので……す、すみません! 大変失礼なことを!!」


 すると、そのまま床に伏す勢いで謝り始めたのでまたしても慌ててしまう。だ、だからそこまでしなくても!!

 1人で慌てていると、顎に手を当てて何かを考えていたロニーが突然、ポンと手を打って納得したように口を開いた。


「石像のこと、かな?」

「石像?」


 ロニーの言葉にさらに首を傾げると、頭を下げていた門番さんがそうです! と勢いよく顔を上げた。わぁ、ビックリした。


「やっぱり。それなら、メグ……この子が天使様で、間違いない、よ」

「やはりそうでしたか!!」


 ロニーがふわりと微笑んで言うと、門番さんが目を輝かせてロニーの手を両手で握りしめた。なんだかすごく興奮しているんだけど……。

 え、ちょ、待って? 本人が話についていけないんですけどーっ!? 

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