【8巻発売記念小話】サウラ強制休暇

闘技大会の準備中、メグの魔力暴走解決前のお話となっております。


楽しんでいただけますように!


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 最近、オルトゥス内部が慌ただしい。闘技大会が近付いているのだからそれも当然だ。加えて通常業務もあるんだもん。いつもの仕事を減らさずに追加で大会の準備をしているのだから忙しいのも無理はなかった。


 だからこそ、まだ仕事をするには戦力外な私は歯痒い思いをしています……! みんなが忙しそうにしているのに、私に出来ることはごくわずか。要は、一人だけ手が空いていて暇な時間があると落ち着かないのである。


 落ち着かないけど、自分の仕事が終わればやることもない。休憩に入るにはまだ早すぎる夕方のひと時を、私は自分のカウンターでぼんやり過ごしていた。

 ほら、あんまりあれこれ悩みすぎて自分はダメなんだぁ! って負の感情に呑まれても良くないでしょ? 魔力の暴走を起こす可能性があるってわかったんだから、意識的に心穏やかに過ごさないとね。


 というわけで、ぼんやりタイムの今は楽しいことを考えようと思います。

 そうだなぁ、あまり気温変化のないこの街だけど、最近はほんのりと暑い日が多いから夏の楽しみとか。


 環が小学生の時は、よく市民プールに連れて行ってもらったっけ。真っ黒に日焼けして、あんまり泳げないけど浮き輪を使ってプカプカ浮かぶの、大好きだったなぁ。小さかったけどウォータースライダーも楽しかった!

 そういえばお父さんが休みになった時は、お母さんのお墓参りの帰りに海に行くのがお決まりだったな。通り道に有名な海水浴場があって、毎年の楽しみでもあったんだよね。懐かしいなぁ。


「海かぁ。海で遊ぶ習慣ってあるのかな?」

「あるぜ」

「えっ、わ! オーウェンさん!」


 ぼんやりと頬杖をつきながら呟くと、私の独り言に答える声が聞こえてビクッと肩を震わせた。

 おっと、驚かせて悪いな、と歯を見せて謝るオーウェンさんは、申し訳なさそうに眉尻を下げてはいたけれど、元々ワイルド系な顔立ちなのもあってちょい悪に見える。


「後で報告書を預けようと思って近付いてみたら、ぼんやりしてたもんだからつい」

「ううん! 仕事中なのにぼんやりしていた方が悪いので……。預かりますね!」


 思っていた以上に意識を夏休みに飛ばしていたみたいだ。反省。気付けばそろそろ外で仕事してきた人たちが依頼達成報告を持ってくる忙しい時間帯になる頃だった。

 受付は外部の人たちで混み合うから、オルトゥス内部の人たちの報告書は私が一度預かることになっているのだ。むむ、気を引き締めないとね。


「ああ、頼むな。で、海で遊ぶ習慣なんて、どうして考えてたんだ?」

「あ、えーっと。最近少しだけ暑いから、水遊びが気持ち良さそうだなって。それで、海で遊ぶことは出来るのかなって気になって……」


 報告書を受け取りながらオーウェンさんの質問に答えると、確かに最近はちょっと暑いよな、と同意を示してくれた。


「海のレジャーは人気だぞ。今の時期は海水浴場も開放されて賑わってるだろうなぁ。俺も行きたくなってきたぜ。水着のお姉ちゃんたちも見られるしなっ」

「……メアリーラさんに言っ」

「待て待て! 当然、メアリーラの水着姿が目の前にあったら釘付けだって! 他に目なんかいかねーって!!」


 オーウェンさんの必死さに、ジト目を向けていたけれど思わず吹き出して笑う。スタイルのいい人の水着姿は男女問わず目を奪われるのはよくわかるしねー!

 それこそ、オルトゥスのメンバーの水着姿はかなり目を惹くだろう。サウラさんとかミニマムだけどナイスバディだし! 私もちょっと見たい。


 それから二、三言葉を交わした後、オーウェンさんは笑顔で立ち去っていった。うーむ、話をしたからか余計に海に行きたくなってきたなぁ。今度お父さんに相談してみよーっと。


「お疲れ様でーす! 報告書を持ってきましたぁ! ……って、サウラさん、あの、大丈夫ですか……!?」


 仕事が終わった後、預かっていた報告書を受付に持っていくと、ものすごく疲れた顔をしたサウラさんに遭遇した。最近、特に忙しそうで心配はしていたけれど、ここまで疲れ切った状態のサウラさんは初めて見た。

 私の顔を見てにこりと笑顔を見せてはくれたけど、目の下にはクマがあるし、髪は少し乱れているし、誰が見ても限界だ。足取りもフラフラと覚束ない。


「メグちゃあん。お疲れ様。大丈夫って私のこと? 平気よ、平気。このくらいまだ耐えられるわ」

「た、耐えられるかもしれないけど、どう考えても働きすぎですよっ! 前に休んだのはいつですか!?」

「あら、3日前には休んだわよぉ」


 慌てて駆け寄ってサウラさんを支えるように立つと、ニコニコと答えてはくれるものの弱々しい。本当に3日前に休んだのかな? そう思って近くにいた受付のお姉さんに顔を向けると、休みの日ではあったけど何かしら仕事を進めていたとため息を吐いている。しかも、みんなで頼むから休んでほしいと何度も伝えているのだそうだ。


「サウラさん、それってオルトゥスのルールに反してません?」

「そ、そんなことないわよ……。うぅ、少しだけあるわ。でもやらないと終わらないのよぉ!」


 ジッとサウラさんの目を見て聞くと、少しだけ観念して白状してくれた。やっぱり! しかもそれは絶対に「少し」なんかじゃないよね!


「メグさんからも是非、もっと言ってやってください。私たちがいくら言っても軽く返事をするだけで聞いてくれないんですよ……」

「アドルさん! それはお疲れ様です……。もう、サウラさん! こうなったら最終手段を取りますからね!」


 きっとここで私が注意をしても、気をつけるわ、と言いつつ働くことをやめないだろう。こんな人にはどうすればいいかなんて、決まっている。無理矢理にでも仕事から引き離すしかない!


 私はすぐにショーちゃんに指示を出してお父さんを呼び出した。まずはサウラさんの上司に報告である。

 すぐにお父さんは受付にやってきてくれた。お父さんの姿を見つけたサウラさんは流石にまずいと思ったのかお父さんから顔を背けている。ダメだよ、ちゃんと叱られてね!


「おいおい、サウラが働きすぎで倒れそうだって? そんなわけ……うわ、マジだ。おいサウラ、酷ぇ顔になってんじゃねぇか!」

「うっ、酷い顔とはなによ! ちょっと疲れたけれど、まだ大丈夫よ!」


 余裕の態度だったお父さんはサウラさんの姿を一目見た瞬間に真顔になる。だよね、そうなるよね。


「たった今から3日間、仕事禁止!」


 そしてすぐにそう宣告をした。それを聞いたアドルさんを含めた受付の人たちや私は小さく拍手を送り、サウラさんは唖然とした顔でワナワナと震え始める。


「い、いやぁぁ! そ、そんなのおかしいわ! み、3日って、そんなに休んだら仕事が」

「うるせぇ! 健康よりも優先しなきゃなんねぇ仕事なんかねーんだよ! ダメだ。これは頭領としての命令で、罰だ。ルール違反だぞ、サウラ。諦めてしっかり休めよ」


 お父さんがはっきりと罰として宣言したことで、ついにサウラさんがガックリと項垂れた。アドルさんと一緒にハイタッチである。

 けれど、動き回るメンバーを見ながら何もしてはダメなんて気がおかしくなるわ! というサウラさんの主張もわかる。


「それなら、3日間はオルトゥスから出てた方がいいな。ゆっくり休めるように」

「あ、お父さん! それなら海に行くのはどうかな? 最近は暑いし、オーウェンさんが言っていたの。今の時期は海水浴場も開放されてるって」

「お、そりゃいいな。どうだ、サウラ。海でバカンスしてこいよ」


 我ながらいい思い付きだと思う。お父さんもリフレッシュするにはちょうどいいな、と笑っている。よしよし。


「うぅぅぅ、わかったわよ! でもメグちゃんも一緒に来てちょうだい! 一人は嫌よっ」

「え、私もですか!?」


 ただでさえ普段、出来ることが少なくて申し訳なさMAXなのに、私も海に行かせてもらうのはどうなの!? 罪悪感がやばいんですけど!


「いいぞ」

「いいの!?」


 しかし、お父さんは迷う素振りさえ見せずに即答した。私の方がビックリですが?


「だが、メグも連れて行くなら護衛も数人連れていってくれ。人選は任せる」

「わかったわ!」


 そうと決まれば早速手配するわ、とサウラさんは走り去っていく。おぉ、バカンスにも全力だ。

 サウラさんの様子をみんなで苦笑しながら見送りつつ、もはや私の参加が決定事項になっていることになんとも言えない気持ちになる。


 そんな私の心情を察したのか、お父さんがクックッと笑いながら私の肩に手を置いた。


「俺が仕事を頼み過ぎたのも原因の一つだからな。出来るだけ要望通りに気分転換してもらいたいんだよ」


 というわけでメグ、サウラがちゃんと休んでいるかの監視も兼ねて引率頼むわ、と申し訳なさそうに言われてしまっては頷くしかない。


 ……そう、これは任務だ。頭領から直々に言われたんだもん。仕方ないよね! そう、仕方なくバカンスに行くのだ。


「メグ、ニヤニヤしてんぞ」

「はうっ!」


 指摘されて慌てて顔を抑える。そ、そうですよ! 楽しみですよ! だって海で遊べるんだもん! 仕方ないでしょっ!


「メグちゃん! 今からランのお店に行くわよ! あ、オーウェンもついてきて! 一応護衛にね! 来てくれたらバカンスの護衛に指名してあげるわ」

「マジすか! 行きます」

「あ、ずりぃ! サウラー! オレも海に行ってみたい!」

「あー、はいはい。もう誰でもいいわ」


 ドタバタとギルドの奥の方からサウラさんの声が聞こえてくる。その後ろからオーウェンさんの他にジュマ兄もくっついてくるのが見えた。一気に賑やかになったなぁ。


「海に行くんだもの。水着を買いに行くわよ!」

「え、今からですか!?」


 確かに水着は持っていないけど、もう夜になるのに! すると、追加料金を払って明日の朝までには仕上げてもらうのだとサウラさんは意気込んだ。サウラさんは何事にも全力だ……!


「せっかくだもの。遊びにも全力を尽くさなきゃ! とことん付き合ってもらうわよ、メグちゃん! オーウェンと、ついでにジュマもね!」

「さっすがサウラさん。任せてくださいよ!」

「やっほー! バカンスだー! そう来なくっちゃなー!」

「あんたたちは仕事だからね! そこのところ間違えないでちょうだいっ」


 わぁ、賑やかぁ。でも、同時にワクワクしてきちゃった。遊びにも全力なのは大賛成だ。


 も、もちろん私だって目的はサウラさんの監視だからね。ちゃんと任務をこなしつつ、せっかくだから楽しんじゃうぞー!!



────────────────


ついに8巻が明日発売となります。

こんなご時世ですので無理のない範囲で、でもぜひお手元にお迎えしてもらえたら嬉しいです……!なにとぞ!


今回の小話は8巻収録の書き下ろし短編「海でバカンス」の前日譚といった内容でした(*´∀`*)

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