懐かしきあの場所
そうと決まればすぐに外へ移動である。オルトゥスの建物内部だと、色んな魔術がかけてあるため、転移の邪魔になってしまうらしいからね。
そんな中いくら魔術登録をしているとはいえ、連日ホイホイと転移で行き来するリヒトはどう考えてもおかしい。ま、考えたら負けである。非常識枠の一員になってしまったよね、リヒトも。しみじみ。
「じゃあ、転移陣を出す。準備はいいか?」
「……うん!」
リヒトの周囲にロニー、アスカ、私の3人が集まる。転移陣があれば身体のどこかに触れている必要はないんだけど、さっき言ってくれたようにアスカが私の手を握ってくれている。
「気を付けてな」
「いい報告を待っているわ!」
転移陣の外で、お父さんとサウラさんが見守ってくれている。むむっ、情けない姿なんか見せられないや。
私がリヒトに向けて一つ頷くと、リヒトも頷いて足下に大きな魔術陣を出現させた。
うっ、やっぱりあの時と似ているな。でも、違うのはその魔力の質。リヒトの魔力は爽やかで優しいから、あれとは別物だ。大丈夫、大丈夫。
「……よし、着地点が定まった。いつでもいいぜ、メグ!」
「うん! じゃあ、魔力を流すよ!」
リヒトの合図に返事をし、私はゆっくりと転移陣に魔力を注いでいく。かなりの量を使うから、一気に注ぐのは暴発を招く。
だから焦らずに、確実に、無駄なく、均一に。
「はー、器用すぎるな。娘の成長が末恐ろしいぜ」
「本当に上手ね、魔力の操作が。メグちゃんはもう一人前と呼んで差し支えないかも」
外でそう話すお父さんとサウラさんの声が聞こえてくる。や、やめてよぉ、恥ずかしい。それに、私なんてまだまだだもん。もっと、精進するんだから。
一定の量と速度で魔力を流し、転移陣の中心から均等に広がっていくイメージで魔力を注ぐ。そして最後のひと注ぎが終えたのを感覚で察知したその瞬間、一気にぐにゃりと景色が歪むのを感じた。
独特のこの感覚。気持ち悪くて、不安で。でも、今は手から伝わるアスカの温もりのおかげで落ち着けた。
考えてみればアスカにとっては初めての人間の大陸だ。本当はこの中の誰よりも怖かったかもしれないのに、そんな様子を一切見せなかったよね。
とても強いな。アスカはいつの間にかこんなにも頼もしく成長していたんだ。それでも、不安からか手にギュッと力が込められたのが伝わる。私はこの手に救われたから、私もアスカの救いになれたらいいな。そう願いを込めて、私も軽く握り返した。
数秒後、転移が終わるのを感じる。あの時のように立っていられないなんてことはなく、ちゃんと魔力を込めた時と同じ立ち位置で辿り着くことが出来たみたい。あー、懐かしいな。このちょっと身体が怠い感覚。
「うっ、わ。何? なんだかものすごく、身体が重い感じがするぅ」
隣でアスカが顔を顰めている。初めて来た時は特にしんどいんだよね。ロニーが倦怠感の原因を説明すると、アスカはなるほどぉ、と言いつつ何度か深呼吸を繰り返した。
「病気とか魔術をかけられたとかじゃないなら安心だね。うー、早く慣れないかな」
「まだ若いから半日もすれば慣れるんじゃねーかな。遅くとも明日にはだいぶ楽になっていると思うぜ」
こればかりは慣れるしかないもんね。この最初の怠さを乗り越えさえすれば問題はないし、今日は無理なくのんびり進むことにしようとみんなで決める。
「ところでさ、ロニーにメグ。この場所に覚えはないか?」
「この場所……?」
リヒトがニヤッと笑いながら聞いてきたので、改めて転移先の景色をキョロキョロと眺めてみる。とは言っても見渡す限り木で、魔大陸にもありそうな普通の森にしか見えないんだけど。
でもリヒトがそう聞いてくるってことは、私もここに来たことがあるってことだよね。ロニーを見ると僅かに口角を上げている。ふむ。と、いうことは。
「……ひょっとして、リヒトの住んでいた小屋の近く?」
人間の大陸でも逃亡中にたくさん森の中を通ったけど、わざわざ質問したのだからそれなりに思い入れのある場所ってことになる。それらしい目印や小屋が見えるわけではなかったけど、そこくらいしか思い当たらないんだよね。
私が答えると、リヒトは嬉しそうに正解だと笑った。あ、やっぱりそうだったんだ!
「ま、質問した時点で答えは絞られるよな」
「そりゃあね。で、なんでこの場所に転移したの? ここも確かにコルティーガ国だけど、人の多い中央の都の方がよかったんじゃない?」
私たちの目的は人間のスカウトだもん。当然、人間がいなければ意味がない。だからてっきり中央の都か、その近くに転移するものだと思っていたんだけど……。
「さすがにこの距離の転移は、しっかりと目的地をイメージしないと危険だからさ。確実に思い浮かべられるのがここだったんだよ」
「あ、なるほど。ずっと住んでいた場所ならイメージも難しくないもんね」
この森は、リヒトがこの世界に転移してきた場所で、この世界での家族と呼べる人としばらく暮らした場所。思い入れのある場所なのだ。
当然、そうなると思い出すのは一人の女性のこと。私たちにとても親切にしてくれて、色んなことを教えてくれた師匠で……私たちを裏切った、人身売買組織の幹部、ラビィさんだ。
色んなことがあったけど、最後にはちゃんと私たちを思う心があったんだって知れた。でも罪は罪。この国で罪を償い続けることになってしまったけれど、定期的に面会に行っていたリヒトからの報告で、最期の日まで真面目に罪を償い続けたって聞いている。
そう、ラビィさんは数年前に亡くなってしまった。
単純に、寿命だった。一般的な寿命よりも少しだけ早かったかな、とは思うけど……。怪我や病に苦しむこともなく、ある日突然、眠るように息を引き取っていたんだって聞いた。
結局、私もロニーもあの時、牢屋越しに会話をして以来ラビィさんに会うことはなかったからか、あまり実感がわかなかったんだよね。そしてそれは、今も。
「どうしたの? 突然、みんなして黙っちゃってさ」
「あー。悪い、アスカ。昔お世話になった人間がいてさ、その人のことを思い出していたんだ。たぶんロニーもメグも」
アスカが首を不思議そうに首を傾げていたのでリヒトが答えてくれた。
ええ、その通りです。ラビィさんのことを考えてましたぁ。でも、ダメだね。事情を知らないアスカにとってはわけがわからないもん。置いてきぼりにさせちゃう。
ただどうしても、ね。ラビィさんとの付き合いは短いけれど、過ごした日々が濃すぎて、思い出がありすぎて、心中複雑になってしまうのだ。
「……亡くなった、のかな?」
「! やっぱ、わかるか?」
「わかるよ。だって人間なんでしょ? そのくらいの察しはつくしー」
さすがはアスカ、空気の読める少年である。自分が周囲からどう見られているかを幼い頃から意識していただけあって、人の顔色を窺ったり空気を読む力に長けているんだよね。ものすごく鋭かったりするから、たまに驚かされるのだ。
感情表現も真っ直ぐだから、それによってヒヤヒヤすることもあるけれど、本当に空気の読める子だからそこまで深刻化しにくかったりもする。
成長するにつれて余計なことは言わなくなってきた、ってシュリエさんも言っていて、いずれ情報収集や交渉の場などで活躍してくれるだろうって聞いたな。頼もしい限りである。
「で、まだ思い出に浸っていたい? ぼく、そろそろ先に進みたいなー。人間の大陸っぽいところがみたいもん!」
「ふふっ、そうだよね。森の中じゃあ魔大陸と変わらないもんね」
ラビィさんとのことは思い出すたびにどうしても気持ちが沈んでしまうから、アスカの明るさには救われるよ。リヒトやロニーも同じことを思ったようで、顔を綻ばせている。
「うしっ! じゃあまずは東の王城、その城下町に向かおうぜ!」
東の王城……! それは私たちが召喚された場所だ。あの時は一瞬でリヒトが転移してくれたから実際にどんなところかはあまり知らないままだ。
街はどんな雰囲気なのか、どんな物があるのか、どんな人たちがいるのか今から行くのが楽しみである!
「歩いて行くの? どのくらいで着く?」
ワクワクしながらアスカがリヒトの顔を覗き込んでいる。もう成人にも見えるほど成長したアスカだけど、こういうところはまだ子どもって感じられて可愛らしいな。
「普通に歩いて行ったら半日ってとこだな。だけどさー、俺たちには魔術があるじゃん?」
「そう、だけど。この大陸で魔術を使うのは、僕やアスカには、少し厳しい」
ニヤッと笑うリヒトに対してロニーは正論を突きつける。そして暗に、お前たちと一緒にするなと言われたような気がする……。すみませんね、魔力量オバケで。
「そりゃもちろん。だから……メグ、わかるな?」
「うっ、魔力でゴリ押し?」
「さすがは相棒!」
これでも今さっき転移陣に膨大な量の魔力を流したばかりなんですけどー? 出来るけどっ!
なんかさ、リヒトってお父さんたちみたいになってきたよね。こうやって普通は無茶なことを平気で振ってきたりするところとか!
力を手に入れた者ってみんなこんな風になっていくのかな? 人間ってやつはー!!
……私は、気を付けよう。気を付けたい!
「うわー、リヒトもメグも普通の人の枠を名乗れなくなってきてない?」
「その通り。アスカ、僕たちはマイペースに行こう。十分、すごいレベルだから」
「ロニーがいて良かったって、今すごく思ってる」
ちょ、2人ともそこまで言わなくても! 気持ちはわかるだけに何も言えないけどぉ! けど、私がすごいのって魔力量くらいで、他はみんなと同じだと思うんだけどな。
「俺らだって、努力はしてるんだぞ? なぁ、メグ!」
「そ、そうだよ!」
ガシッと私の肩に腕を回しながらリヒトが主張するので私も一緒になって同意する。それに対してロニーとアスカは呆れたように腕を組んだ。
「それは知ってる」
「けどー、一般的に頑張れば到達出来るレベルじゃないってことは自覚しておきなよ? これが才能の差ってやつなんだよ。悔しいけど、リヒトたちを見ていたらそういうのはあるって思わされるし」
才能の差、かぁ。認めたくはないけど、確かにそういうのはあるんだろうなって私も思うよ。私的には、ここまでなくても良かったのにって思うけど、欲しい人からしたらただの自慢に聞こえちゃうよね。
そして、私やリヒトがそう思っていることもこの2人は察している。だから、変に嫉妬したりからかってくることもない。それが本当に助かるし、救われるんだよね。
「相性もあるし、適材適所って言うだろ? 俺はアスカみたいに人から話を聞き出せないし、ロニーほどのパワーもない。みんな違うから助け合えるんだ」
「む、リヒトったらいいこと言うじゃん。ちょっと見直した」
「見直す、ってアスカ。お前、俺をなんだと思ってたんだよ……」
そりゃあ人間の癖に強すぎる変な人だよー、と笑うアスカと、首に腕を回してアスカの頭をワシワシと撫でまくるリヒト。
じゃれ合う2人を見て、私とロニーは目を合わせて微笑む。
うん、このメンバーでの旅も、うまくやっていけそう!
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特級ギルドへようこそ!8巻が今週金曜日、20日に発売されます!
ぜひお手元に迎えてやってくださいー!
また、発売日の前日には記念小話を更新いたします。
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