出発の朝
アドルさんは終始、自信がなさそうにしていたけれど、教え方はかなり丁寧でとてもわかりやすかった。
まずは持ち方から、という私の素人発言にも笑うことなく真剣に向き合ってくれたし、明日には旅に出てしまうことも踏まえて基本的な扱い方だけをしっかり教えてくれた。優しい。
「魔素のない大陸とはいえ、今のメグさんなら魔術で乗り切れるでしょうし、これはあくまでも威嚇やハッタリで使うようにしてください。下手に振ってしまうとわかる人にはすぐ扱えないことがバレてしまいますし」
それにこのように、割とハッキリ物を言ってくれる。その通りだけど不甲斐なさに落ち込みそうになるよ……。
いや、付け焼刃がよくないことはわかっている。実用的な使い方を教えてくれていることもね!
「戻ってきたら、また教えてくれますか?」
「うっ、私よりもずっといい先生がいますよ? レイピアを扱う人もオルトゥスには結構いますし……」
アドルさんも自分の訓練があるだろうからと、指導は短時間で終わらせることに。ついでにちゃっかり次回の予約も出来ないものかと聞いてみると、アドルさんからはそんなお言葉が。
この人は本当にすごく能力の高い人なのに、自己評価が低めなところがあるなぁ。今回の教え方だってとてもわかりやすくて助かったのに。
「アドルさんが! いいんですっ!」
「わ、わかりましたよぅ」
思わず力を入れて叫ぶように言ってしまった。アドルさんは半歩後ろに下がって苦笑している。
「あ、でも。アドルさんは忙しいですよね。ごめんなさい、その辺り考えてなかったです……」
そして言ってしまってから気付く。単純に、人に教えるのが好きじゃない可能性があるよね? それに受付業務では上からも下からも頼りにされている立場。忙しい合間を縫って訓練をしているんだもん、迷惑になっていたかもしれない。反省。
「えっ!? いやいや、そこは問題ではないですから! ちゃっかり業務の一つにするつもりですしっ」
本当にちゃっかりしていた。さすがサウラさんが仕込んだだけある人である。
「それに、メグさんにそう言ってもらえるのは光栄ですね。教えることで自分の勉強にもなりますし……。あの、ただ私は失敗もする先生です。そこだけ許してもらえるのなら、喜んで引き受けさせてください」
「いいんですか!? 嬉しい! ありがとうございます、アドルさん!」
やったー! 優しくて、無茶ぶりもしなくて、「そこはほら、なんとなく」とかいう曖昧な指示も出さない先生が出来たーっ!
……いや、他の人たちがダメな先生というわけでは決してないですよ、はい。
ともあれ、これでレイピアの件は安心だ。あとは帰ってからしっかり訓練しよう! 私は何度もアドルさんにお礼を告げてから訓練場を後にした。
翌日、予定通りの時間にホールに向かうと、ほどなくして4人が集まった。それぞれ身軽な装いであるのは、当然みんなが収納魔道具を持っているからだろう。アスカも新調したって言っていたもんね。
そこへ、お父さんとサウラさんの2人が見送りがてら私たちの下へとやってくる。
「よし、お前たち。準備は万端だな?」
「もちろん。任せてくださいよ、ユージンさん!」
「大人の僕たちが、ちゃんと2人を見ているから。心配無用、です」
お父さんの確認にいち早く返事をしたのはリヒトとロニー。成人した2人は特に、私たちを守るという重圧がかかっているんだよね……。足を引っ張らないように気を付けなくちゃ。隣に立つアスカと目配せして頷き合う。
「人間の大陸での旅に慣れたロニーや、リヒトもいるんだもの。大丈夫だとは思うけど、メグちゃんもアスカも十分気を付けるのよ?」
「もちろーん! ぼくらはまだ子どもだからねっ! 言うことききまーす」
「私も、ちゃんと気を付けますっ」
明るく言っているけど、アスカもちゃんとわかっているんだよね。声色に反して表情は引き締まっているもん。ちょっとだけ緊張気味なのも伝わってくる。
「まだ子どもとはいえ、この2人には頼りにしてるとこもいっぱいあるからさ」
「そうだね。2人とも、頼むね」
リヒトとロニーがそんな風に笑いかけてくれるので、アスカと一緒に照れてしまう。私だって、大人組に頼りきりになるつもりはないから、出来る部分は頑張るつもりだよ!
「本当に頼もしい限りだな。当然、油断は禁物だが……。強くなってから見る人間の大陸を楽しんで来い」
そう、だよね。あの大陸には苦い思い出がたくさんある。でもそれと同時にかけがえのない思い出も。きっと、あの時は見えなかったものが今なら見えてくる気がするんだ。
実をいうとほんの少し、まだ怖い気持ちもある。だけどこの恐怖は、実際に行ってみて初めて払拭出来るとも思っている。
「あ、そうだわ、メグちゃん」
「なんですか? サウラさん」
思い出したようにポン、と手を打ったサウラさんは、そのままおいで、おいでと私に手招きをする。歩み寄ると耳を貸してというのでサウラさんにさらに近付いた。内緒話?
「ギルからの伝言を預かっているの」
「えっ」
ギルさんから? その名前を聞いただけでドキッと心臓の音が跳ねた。ちょっと私、意識しすぎじゃない?
いや、まぁ、そんなことはない、か。結局、ずっと会えていないし、今後もしばらくは会えないんだもん。寂しいに決まっている。
「メグなら大丈夫だから気を付けて行ってこい、だそうよ。それから、何かあったら呼んでくれって。たぶん、人間の大陸だろうがすぐに駆け付けてくれるわ」
「……そっか。ふふ、相変わらず過保護だなぁ」
サウラさんが告げてくれた伝言は、脳内でしっかりギルさんの音声で再生されたよ。簡単に想像出来ちゃう。
そっかぁ。ギルさん、私を信じてくれているんだ。でもやっぱり心配もしてくれている。これは期待を裏切ったらダメだよね。
「本当はものすごく心配なのよ、ギルは。けど、出発時にその場にいたら、いてもたってもいられなくなるからって仕事を入れたんだわ。たぶんだけどね!」
「そ、そうなんですかね?」
「当然、私たちだって死ぬほど心配よ? 頭領だって。ただギルは私たち以上に心配症なのよ。メグちゃんにとっていい経験になるから止めたくないけど、目の前にいたら引き止めてしまうかもしれない、っていう複雑な心境なんだと思うわ。見送りに来なかった気持ちもわかってやってちょうだい」
そ、そんなになの? そこまで思ってくれていることがなんだか恥ずかしい。でも、やっぱり嬉しいな。そして、同じくらい寂しい。
もう、それならそうと直接教えてくれたら良かったのに。私は今すぐ、ギルさんに会いたいのにな……。
ええい! 帰ってきたら絶対に文句を言ってやるんだから! 気まずかった思いも、寂しかった気持ちも全部! そうだ、それが私だ。ウジウジ悩むなんてらしくない。
私らしく、ハッキリ伝えちゃうんだから。
「んじゃ、そろそろ行くか!」
「うん! あ、ところで、どうやって行くの? 獣車かな?」
サウラさんとの話を終えてみんなの下に戻ると、早速リヒトが声をかけてくれた。空を飛んで行くっていうのは、ロニーには難しい。アスカはどうだろう? 風の精霊がいるから練習していればいけると思うけど、みんなで行けなければ意味がないもんね。
やっぱり獣車で鉱山まで行くのが一番かな。そう思っていたんだけど、リヒトはニヤッと笑って私に目を向けている。
「そりゃ、一番手っ取り早い方法に決まってる。転移でひとっ飛びだ!」
「え!?」
「はぁ!?」
「……さすがに、予想外」
突拍子もない提案に、私もアスカも変な声が出たよ。ロニーは冷静だったけど、それでも驚いているし、誰も予想してなかったんじゃないかな。
「はぁ、リヒト。そんな気はしてたけど、本当にいけんのか?」
呆れたように視線を向けるお父さんに、リヒトはドッキリ大成功、みたいな笑顔を浮かべてもちろん、と答える。
「さすがに、転移陣を使いますけどね。それと、膨大な魔力も」
「うわぁ……」
膨大な魔力、と言いながら私の肩に手を置くリヒトに私は全てを察した。どうせ無駄に魔力だけはありますよーだ。別にいいけどさっ!
「いーだろ? メグが魔力を受け持ってくれたら、俺は到着地点に集中出来るわけだし。役割分担しようぜ」
「それはいいけどぉ……」
でも、転移陣かぁ。しかも、人間の大陸に飛ぶ大きな転移陣でしょ? 他の魔術陣にいちいちビクビクすることはなくなったけど、まったく同じ魔術陣に魔力を注ぐというのは想像しただけでも身体が竦むほど怖い。今の自分なら大丈夫だってわかってはいても、怖いものは怖いのだ。
そんな私の不安を感じ取ったのか、リヒトは目を細めつつ私に視線を合わせるため軽く屈んだ。
「わかってるよ。メグ、お前が怖がっているってことくらい。魂を通じていなくてもわかる」
「う、ごめん……」
初っ端から役立たずぶりを発揮してしまっているよね。はぁ、凹む。俯きかけた私だったけど、リヒトがほらこっちを見る! と両手で頬を掴み、顔を上げさせられた。あうっ。
「だからこそ、俺はお前の恐怖心を吹き飛ばしてやりたいと思ってるんだ。あの時と同じことをしても、大丈夫だったって。そういう経験が過去のトラウマを上書き出来ないかな、ってさ!」
「リヒト……」
そんなことを考えてくれていたんだ。トラウマを上書き、か。それは、確かに恐怖を克服するためには最もいい方法だ。
すごく、怖いよ。足が震えてしまう。だけど……!
「僕も、いるから」
「なんかよくわかんないけどー、怖いなら手を繋いであげるよ! それに、メグの言うあの時とは状況が違うでしょ? ほら、ぼくがいるんだもん」
ロニーがそっと背中に手を当ててくれて、アスカが明るく手を取ってくれる。前を向けばリヒトが力強く頷いていて、横を見ればお父さんやサウラさんも優しい眼差しでこちらを見ていた。
あの時とは何もかもが違う。みんな、私のためにこうして背中を押してくれているんだ。
怖いけど、大丈夫。みんながいてくれるんだもん!
「……わかった! 私、やってみる!」
「そうこなくっちゃな、相棒!」
しっかりリヒトの目を見て返事をすると、リヒトは嬉しそうにニッと笑って手を上げる。私はそれに応えるようにパンッとリヒトと手を打ち鳴らした。
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