レイピアの師匠


「サウラ、ロニー! それからリヒト、だよね? こんにちはー! 久しぶりー!」


 アスカが笑顔で駆け寄る様子は、やっぱり昔のままの可愛さが残っているよね。でも圧倒的王子様感。本当に立派になって……!


「元気そうね、アスカ! 待っていたわよ」

「ん、久しぶり」


 サウラさんとロニーが順番にアスカと握手をしていく。それから、リヒトとも。


「おう、アスカ。人間の大陸調査ではよろしくな」

「こちらこそだよ! リヒト、エルフの郷でも有名だよー」

「えっ、なんでっ!?」


 最初の会話ですでに打ち解けていませんかね、アスカ? しかも、エルフの郷でもリヒトが有名っていうのは初耳だ。

 まぁ、闘技大会の成人部門で優勝したもんね。あれがきっかけでリヒトの名前が魔大陸中に広がったのかもしれない。


 そういえば、魔王城に帰った時はかなり囲まれたって言っていたっけ。城下町の人たちは本当に友好的だからその様子が想像出来て手紙を読みながら笑ったんだよね。


「あれ、でもリヒトって普段は魔王城にいるんだよね? 今日はもうオルトゥスにいるの?」


 アスカが小首を傾げてリヒトに聞くと、一瞬リヒトがウッと言葉に詰まったのが見て取れた。

 わかる、わかるよ。あれは可愛いよね。成長してだいぶ男っぽくなったけど、それでも可愛くて私も見惚れたもん。でもあの仕草は無意識なんだよ。罪深い……。


「いや、今日も魔王城に戻るよ。明日の朝、また来るからさ」

「そうなの? 転移が出来るって聞いてはいるけど、なんだか慌ただしいよね? 忙しいんだね」

「別に忙しくはないけどな! ただ、しばらくクロンに会えなくなるからさ」


 あ、リヒトの惚気が発動した。照れたように笑いながら人差し指で頬を掻いている。

 クロンさんと思いが通じ合ってからというもの、リヒトは隙あれば惚気るのだ。幸せそうでなによりである。


「あ、あの審判だったお姉さんでしょ? いいなぁ、番になったの?」

「ん? まーな」


 アスカもクロンさんのことは覚えていたみたいだ。興味津々でリヒトにあれこれ質問をしている。番ってどんな感じ? とか、どうやって番になったの? などだ。アスカは結婚式を見てないからねー。あれは本当に良かった。


 それにしてもあんなに真剣に話を聞いて、アスカも年頃なんだなぁ、と一瞬思いかけたけど、昔からませているところがあったと思い直す。

 私なんかひたすら口説かれていたもんね。あの時は大変だった。だって、口説かれるような経験がなかったものだから恥ずかしくて、恥ずかしくて……。でも好意自体は嬉しかったな。可愛い子に懐かれて嬉しくないわけがない。


 でも、さすがに年齢とともに手紙でもあんまりそういうことを言わなくなってきたから、ようやく気持ちにも変化があったのかなって思っている。

 同じ年のエルフだから、恋に恋する感覚だったのかもしれない。もちろん、当時のアスカの気持ちが本気だったとしても嬉しい気持ちに変わりはないよ。今となってはその時どんな気持ちで口説いてくれていたのかはわからないけれど。


 ただ、それを今聞くっていうのもちょっと、ね。アスカとしても聞かれたくないことかもしれないし、私としても気まずくなりそうで。グートとのことがあったから、余計に。


「ってなわけで俺、そろそろ戻るわ。また明日な!」

「えー、もう終わり? まぁいいや! 明日からよろしくねー、リヒト」


 しばらくアスカの質問に答えていたリヒトだったけど、話が途切れたタイミングであっという間に転移してしまった。あれはアスカの質問攻めから逃げたな?

 まぁ、気持ちはわからなくもない。旅の間はまた質問攻めになるだろうから、心の準備をしておいてもらいたい。


「行っちゃったー。また明日聞こうっと」


 ほら、本人もまだ聞くつもりでいる! でも、なんだかんだでリヒトも惚気話が好きだろうから、いい話し相手になるんじゃないかな。そう思いつつロニーと目を合わせて笑う。


「しばらくは、アスカが聞いてくれそう、だね」

「ふふっ、だね! リヒトが困るくらい聞くから笑っちゃった」


 リヒトもリヒトで、手紙でもクロンさんの話ばっかりだからねー。聞いていてこっちが照れちゃうような話も平気でするし、いつも聞かされる私やロニーはそろそろ耳にタコなのだ。

 いや、ほとんど手紙のやり取りなロニーの方がまだマシかもしれない。私はいつも直接聞かされているからね。

 幸せな話だから楽しいとは思っているんだけど、物事には限度ってものがあるじゃない? 糖度が高くてお腹いっぱいなのっ! ご馳走様でっす!


 さて、アスカは受付に行って今日オルトゥスで泊まる部屋に案内してもらうみたい。闘技大会前の時と同じ部屋を使えるようにしているって話だから、アスカもすぐに慣れるだろう。一度ホールで別れた私は、訓練場へと向かった。


 なぜって? そりゃあせっかく手に入れたレイピアを振ってみるためである!

 完全に初心者だから、少しでも様になるような構えだけでも習得しておきたい。抜いた段階で初心者とバレるようなことだけは避けたいからね……。どうあがいても初心者なのは変わらないから無理かもしれないけど。

 明日が出発の日じゃなければもう少しどうにかなったかもしれないのに。言っても仕方ないことである。


「あれっ、アドルさん?」


 訓練場に来てみると、とても意外な人が身体を動かしていたものだから思わず声をかけてしまった。アドルフォーリェンさん、通称アドルさんはいつも受付で事務作業をこなす、黒髪丸眼鏡の優しそうなお兄さんだ。人間の大陸での事件の時はかなりお世話になった人でもある。

 そんなアドルさんは自分でも言っているのだけど、身体を動かすタイプではない。戦闘は少し苦手で、補助魔術のプロフェッショナルな人だ。だからこそ、この訓練場で運動している姿にものすごく驚いたんだよね。


「メグさん、こんにちは。私がここにいるのが意外ですか?」

「えっ! あの、別にそんなつもりでは……!」

「あはは! 大丈夫ですよ。私も柄じゃないってわかっていますし、他の人にもよく言われることなので」


 実際、意外だと思っていただけに否定しにくいと思っていたら、アドルさんが笑い飛ばしてくれたのでホッと胸を撫で下ろす。


「でも、人のいる時間に来ることが珍しいだけで、実は早朝や深夜にはこうして訓練に来ていたんですよ」

「そうなんですね! 知らなかったです。お仕事も忙しいのに、すごい」


 受付の業務は他の業務よりもかなりハードだもん。だからこそ人数も多いんだけど、アドルさんのような優秀な人材はずっと忙しい印象があるんだよね。もちろん、オルトゥスのルールにある通り、しっかりお休みはとっているだろうけど。

 でも、仕事が始まる前や仕事終わりに自主的に訓練をするなんて本当にすごいと思う。本心からの言葉だったけれど、アドルさんはほんの少し眉尻を下げて笑う。


「自分は無力だ、って後悔するのは嫌だと思ったんです。あの時から」

「あの時って……人間の大陸に行ったあの事件のこと、ですか?」


 私が聞き返すと、アドルさんはすぐにハッとなって慌てて謝ってきた。思い出させてしまうようなことを言って申し訳ないと。その言葉に私はゆるりと首を横に振る。


「いいんです。私もあの事件の時に全く同じことを思ったから……。強くなりたいって。だから、一緒です」

「メグさん……。そう、ですよね。私よりもずっとその思いは強いかもしれませんね」


 手も足も出なかったあの時。事件は本当に辛くて悲しくて悔しい記憶ばかりが残っているけれど、だからこそ頑張れるという部分もある。

 そのおかげで今ではそれなりに戦えるようになってきたことだし、転んでもただでは起きない精神は大事だよね!


「私は補助魔術にばかり頼っているので、自分が戦うのはずっと苦手でした。これが出来るのだから、無理にやろうとしなくてもいいだろう、って。甘えていたんですよね。やらなくていい理由を自分で探して言い訳をしていたんです」


 だけど、それではいつまでも成長し続けるということにはならないですよね、とアドルさんは眼鏡を外して汗を拭う。

 アドルさんもあれを期に頑張ろうって思い始めたってことか。それを思うと事件も悪いことばかりじゃなかったなって、ちょっとだけ救われる気がするな。


「ダメなりに、出来ることを増やそうと思うんですよ」

「アドルさんはダメなんかじゃないです! それを言ったらいつまでたっても体力がない私の方がダメです」

「い、いやいや! メグさんはまだこれからでしょう? 私なんかよりもずっと……」

「いーえっ! アドルさんはすごい人ですっ! それを認めないなら私は自分をずっとダメなヤツだと言い張ります」


 戦う力があまりないからか、アドルさんはいつも、ちょっぴり自分に自信がないみたいなんだよね。これまでも薄々感じてきたことだけれど、こうして会話をしてみるとそれがよくわかる。

 なので、やや強引に腕を組んで鼻を鳴らすと、アドルさんは参ったな、と頭を掻いた。


「わ、わかりました! もう、メグさんには敵わないです」

「アドルさんがいたから、私は無事に戻ってこられたんだもん。今も十分すごいのに、さらに苦手なことを克服しようとしているのは、もっとすごいことです。私はアドルさんのこと、尊敬しているんですよ?」


 私がやや頬を膨らませていると、アドルさんは驚いたように目を丸くした。それからフッと肩の力を抜いて嬉しそうに微笑む。


「ありがとうございます。そうですね、もっと自分に自信を持つようにします」

「ぜひ! そうしてくださいっ」

「ははっ、本当にメグさんは周囲の人たちを明るくしてくれますよね。おかげで元気が出ました」


 そ、そうかな? でも、元気になってもらえたならよかった。ただのお節介でもあるから鬱陶しくならないように気を付けたいと自分では思っているんだけどね。だって、つい!


「ああ、話し込んでしまいましたね。メグさんも訓練ですか?」

「あ、そうなんです。これを扱う練習がしたくて……」


 そう言いつつ、私は腰に下げていたレイピアを見せると、アドルさんは奇遇ですね、と自分の武器を見せてくれた。あ! それって!


「私もレイピアを使うんですよ。あまり攻撃には向いていない武器ですけど、使い方次第でかなり役立ちますよ」


 アドルさんが手にしているのは紛れもなくレイピアだった。当たり前だけど私の物よりずっと長くてしっかりした作りだ。

 まさかこんなに身近に使い手がいるとは。目を輝かせてアドルさんのレイピアを見ていると、彼はクスッと笑って口を開いた。


「もしよかったら、基本的なことだけでも教えましょうか?」

「! ぜひ! お願いします、アドル先生!」

「せ、先生!? うわぁ、軽率に名乗り出てはまずかったかもしれませんね……」


 私が先生と呼ぶとアドルさんはたじろいだように一歩下がったけれど……。逃がしませんよぉ! この初心者にまずは持ち方から教えてくださーい!

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