成長を実感


 アスカはそのまま私に腕をスッと差し出した。エスコートしてくれるらしい。その様子がわざとらしく得意げだったので思わず笑ってしまう。


「あ、やっと笑ったね。メグはそっちの方がいいよ!」

「アスカ……。ありがとう」


 そっか、アスカなりに気を遣ってくれたんだ。相変わらず素直で真っ直ぐで優しいな。中身が変わっていなくてホッとする。


 さて、せっかくなのでエスコートされちゃおうかな。私もあえて気取って腕に手を乗せると、アスカがパッと此方を向いたので目が合う。そして2人で笑い合った。楽しい!


「まー、何か悩む様なことがあったのかもしれないけどさ。ぼくが来たんだからメグはニコニコしててよ」

「ふふっ、相変わらずだね! でもおかげで気が楽になったよ」


 そのまま2人でいろんなことを話しながらオルトゥスに向かう。

 さっき手に入れたばかりのレイピアを自慢したり、ダンジョンを攻略したことを話したり。ちなみにアスカも最近、試験でエルフの郷近くのダンジョンを付き添いの大人と一緒に攻略したんだって。それで見事、合格したってことか。さっすがー!


「でも、ルーンやグートと一緒だったんでしょ? いいなー。ぼくも友達と攻略してみたかったな」

「う、うん。そうだよね」


 グートの名前が出るとどうしてもぎこちなくなっちゃうな。これだから私はわかりやすいって言われるのだ。現に、アスカに怪訝な顔を向けられているし。


「……ふぅん。なるほどねー。大体わかった」

「えっ!? 何が!?」


 驚いてアスカの顔を見上げると、ふふんと鼻を鳴らしてドヤ顔を見せてくるアスカ。そしてすぐにグートに告白でもされたんでしょ、と言い当ててみせた。な、なんでわかったの!?


「えー、だってグートの気持ちは知ってたし。ぼくだって文通してるからね。でもそっか。振られたのかぁ。今度の手紙は慰めの言葉で埋まりそう」

「えっ、どっ……ええっ!?」

「あはは、メグ動揺しすぎー! 相変わらず初心なんだなー。可愛いー!」


 アスカはそうやってツン、と私の頬を突いて笑うけど……。いや、動揺するでしょ! そんなに笑わなくてもいいじゃない!

 というか、前世があるのに初心って言われるのはものすごく微妙な心境なんだけど? 違うんだよアスカ、これは初心なんじゃなくて鈍くて耐性がないだけの厄介な拗らせってヤツなんだよ……。


 だけど、アスカがそうやって明るく笑い飛ばしてくれたり、なんだかんだでグートの話を聞いてくれそうだなって思うと肩の力が抜けた気がする。今日ここでアスカに会えてよかったな。


「ところでさ、人間の大陸の調査なんてすっごく楽しみじゃない? リヒトとロニーも一緒なんでしょ? ぼく、リヒトのことはあんまり知らないんだけど大丈夫かな?」

「大丈夫だよ。リヒトは面倒見がいいし、アスカだって人見知りしないで誰とでも仲良くなれるじゃない」

「そう? まー、ぼくもそんな気はしてるんだけどー」


 昔から人懐っこいアスカなら、誰と一緒でもすぐに打ち解けると思うな。言いたいことを遠慮なく言うところはあるけど、基本的に素直だもん。人と本気で衝突することは少ない気がする。あってもすぐ仲良くなっているしね。アスカの長所だ。


「それにしても、本当に大きくなったよね。もう大人みたい」

「へへー、そうでしょ。でもまだ大きくなるだろう、って母さんは言うんだー」


 顔つきは少しだけ幼さが残っているけど、もう成人していると言われても納得出来るほど立派な成長を遂げている気がするよ。

 身長も確かにまだ伸びそう。今はリヒトより低くて、ロニーよりは少し大きいくらいだもんね。

 ちなみに私はまだまだ小さい方だ。頑張れ成長期。


「メグもさ、すっごく大人っぽくなったよね」

「え、そう?」


 そういえば、グートにも言われたっけ。今思い出すとちょっと恥ずかしい感じがするけど……。久しぶりに会う人からしたら、私も成長しているように見えるのかもしれないな。


「うん。だって目隠しを外して振り向いた時、ぼくドキッとしたもん。きっと将来は美人さんになるよね。魔王様の娘だし、ずっと可愛かったからわかってはいたけどー」


 うっ、相変わらずサラッと恥ずかしい褒め言葉を投げてくるなぁ、アスカは。


「変な虫には気を付けてよね!」

「変な虫って……」

「……本当の虫のことじゃないよ?」

「さ、さすがにわかってるよ!」


 変な男に引っかからないようにって言いたいんでしょ! わかるって! その言い方にビックリしただけだもん。

 なのに、メグは鈍いからなー、と言いながら横目で見てくるんだから。酷い。


「まー、この街に居る限りは大丈夫そうだよね。セキュリティーが万全すぎるし」

「あ、あはは」


 それは言うまでもなく保護者たちのことだ。今もぼくみたいなカッコいい男が隣にいたら誰も声なんかかけてこないでしょ、とアスカは笑う。

 その通りだけど自分で言っちゃうところがアスカだ。しかも嫌味がないんだよねー。


「アスカだって、女の人に騙されたりしないでよ?」


 ぶっちゃけ、私としてはこっちの方が心配だ。だって素直なんだもん。うまいこと言いくるめられそうなのは、私だけではないのである。


「あ、そこは絶対に大丈夫」

「すごい自信……」


 だけど、スッと真顔になったアスカはハッキリとそう断言した。どこから出てくるんだろう、その自信は。

 それからアスカはチラッとこちらに目線だけを向けた。その流し目がビックリするほど色っぽくて、一瞬ドキッとしたよ。


「……メグ。これからはぼくも、少し慎重に進めるつもりだよ」

「? まぁ、慎重になるのは大事だよね」

「あはは、わかってはいたけど絶対に思い違いをしてるよ! メグって感じー!」


 突然話が変わったように思えて戸惑う。この会話の流れでどうして「メグって感じ」になったのだろうか。覚悟しておいてよね、と言われても……。んー? わからない!


「あ、オルトゥスが見えてきた! 久しぶりだなー。みんなにぼくの成長を見てもらわなきゃ!」


 もう少し突っ込んで話を聞こうとしたところで、アスカが駆け出してしまう。闘技大会の時ぶりだもんね。それまでアスカはずっとここに来るのを我慢して、エルフの郷で一人特訓を続けていたんだもん。すごいし、えらい!


 そんなアスカが人間の大陸から戻ったら仲間になるのだ。なんだか私もワクワクしてきたよ! 先に入り口に向かったアスカの後ろを追いかけるように私も走り出した。


 ホールに入ると、アスカは開口一番、大きな声で「みんなー! 久しぶりー!」と叫んだ。

 当然、ホールにいた人たちはみんな驚いたように振り返っていたけれど、声の主がアスカだとわかった人たちは次々に歩み寄って嬉しそうに挨拶を交わしていた。

 アスカのことを知らない人たちはぽかん、とした様子だったけど、それでも麗しいエルフの少年が来たことで皆さん見惚れているようだ。その気持ちはわかる。特にアスカはエルフには珍しい金髪だからね。目立つ、目立つ。


 後ろからこっそり入り、私は先に受付へと向かう。アスカは今、たくさんの人に取り込まれているからね。そこで、ニコニコ笑うサウラさんと目が合った。


「おかえりなさい、メグちゃん。途中で会ったのね?」

「ただいまです、サウラさん! そうなんです。もうビックリしちゃった。すっごく大きくなっているんだもん」


 確かに急に大人っぽくなったわよねー、とサウラさんはカウンターで頬杖をつきながらアスカを眺めている。私も大人っぽくなったって言ってもらえたことを伝えると、それはそうよ、と顔を上げた。


「毎日会っているとわかりにくんだけれどね。でも、メグちゃんだってふとした拍子にビックリするくらい大人っぽく見える時があって……。ああ、メグちゃんも大人になっていくのねって思うのよ」

「そうだったんですか?」

「ええ。きっと、他の仲間たちもそう思うことが多いんじゃないかしら」


 そうなんだ。知らなかったなぁ。でも、言われてみればこれまで子どもに対するような対応だったのが、大人に対するものと変わらなくなってきた、かも。私も毎日顔を合わせているから、そういう小さな変化に気付いていなかっただけかもしれないな。


「けど、あのアスカとメグちゃんが人間の大陸に行ったら、ものすごく目立ちそうよねー」


 うっ、それは私も思っていたことだ。まず、人間は黒髪や茶髪、赤毛がほとんど。金髪もいるにはいるけど、私やアスカのように輝くような色ではない。それだけでも目立つのに種族柄、容姿も整いすぎているからね。


「めちゃくちゃ目立ちますよ。そんな2人と一緒に旅をするんだから、さながら俺は付き人その1だな」

「じゃあ僕は、その2」

「わぁっ!? リヒト、ロニー! いつの間に!?」


 サウラさんと2人で話していたはずなのに、気付けば背後に2人が立っていたので驚いて振り返る。ロニーはともかく、リヒトは魔王城にいるはずだと思っていたから本当にビックリだよ。神出鬼没すぎる。


「というかリヒトは、明日に来るんじゃなかったの? 昨日も来たのに」

「そのつもりだったんだけどな。アスカに挨拶しておきたくてさ。保護者の1人として?」


 案外、ちゃんとしている理由だった。責任感が強いもんね、リヒトは。でも連日ここに来るなんて。転移で来られる気軽さがあるからだろうなぁ。意外と暇だったりするのだろうか。

 私の考えを見抜いたのか、半眼で見下ろしてくるリヒトの視線からスッと逃れる。ひ、日頃の行いだよ!


「本当に頼むわよ、リヒト、ロニー! アスカもメグちゃんもとにかく目立つもの。揉めごとから守ってちょうだい」

「任せてくださいよ」

「ん、必ず、守る」


 な、なんで揉めごとが起きること前提なのかな? 私もそんな気はしているけど、確定かのように言わなくても!

 というか、この髪の色が目立つんだから前みたいに魔道具で変えるっていう手もあるよね。


「いや、そのままでいいと思うぞ」

「そうね。そもそも、交流を兼ねているんだもの。目立つ色合いにも慣れてもらいたいし、色が変わったところでどうせ2人は目立つわよ。絶対!」


 サウラさん、前半部分には納得したけど、後半は素直に納得出来ないよ! ……あ、いや待って。黒髪になったところでアスカの麗しさはあんまり変わんないや。

 仕方ない。目立つことに私が慣れるしかないかぁ。そう軽くため息を吐いたところで、人の輪から抜け出したアスカがこちらに向かって歩いてくるのが目に入った。

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