増えるため息


 アスカは明日、オルトゥスに到着するということで、2日後はここから4人揃って出発するという。し、か、も! 私たちの担当地区はあのコルティーガ国。何を隠そう、私たちが昔逃走劇という名の旅をしたあの一番大きな国である。


 あまりにも大きすぎて国が大きくわけて5つに分けられていたよね、確か。東西南北それぞれにお城があって、代表の王様がいて。

 そして中央の都に国のトップである皇帝がいるお城がある。あれだけの大国を治める皇帝さんはかなりの器が求められる。あの事件の時の皇帝さんは結構、若く見えたけど、今はもうおじいちゃんになっているのかな。ご存命だといいけれど、人間の年の取り方と私たちは早さが全然違うから、なんとも言えないな。


 ともあれ、コルティーガはリヒトの第2の故郷でもあり、ロニーも一人旅をしている時に少し立ち寄ったって聞いている。私も行ったことのある場所だから少しだけ気が楽だ。

 なにもかもが初めて、というのはアスカだけだから、3人でうまくフォロー出来たらいいなって思うよ。まぁ、アスカは基本的に物怖じをしないから大丈夫だと思うけどね。しばらく会っていないけれど、また大きくなっているんだろうなぁ。


 さて、想いを馳せ続けているわけにはいかない。明日は朝から武器屋さんに行くんだから。そのために、今日はこれから受付に行って大事なことを聞きに行かないと。


 一度、お父さんの執務室で解散した私たちは、2日後の早朝にホールで、という約束をして部屋を出た。


「改めて、ワイアットさん! 引率してくれてありがとうございました!」

「お、メグは偉いなー。最後の最後まできちんと挨拶が出来て」


 お前たちは3人とも手がかからなかったから、正直言うと楽な仕事だった、とワイアットさんは笑う。


 いやいや、そうは言ってもかなり気を張ったと思うよ? いざとなったら手を出すと決めていたとはいえ、ヒヤヒヤしただろうし。よくぞ、最後まで手を出さずに堪えてくれたって思うもん。ワイアットさんじゃなかったら、たぶん早々に手を出されていた気がするし。みなさん過保護すぎるので。


「それと……帰りは、膝を貸してくれてありがとうございました」

「あー……なんの話だっけ? 忘れちまったよ、オレは」


 しょぼくれていた私の話を軽く聞いただけで、あとは黙って背中をさすってくれたワイアットさんの存在は本当に助かったよ。しかも暗に、そのことは忘れてやるとまで言ってくれる。なんて男前なんだ。


「ワイアットさんって、実はカッコいいですよね」

「今頃気付いたぁ? あーあ、なのになんでモテないんだろうなー。兄貴とメアリーラの間に挟まれてばっかだからかな。うん、絶対そうだ」


 それは確かにあるかも。オーウェンさんはすぐにワイアットさんに泣きつきにいくし、メアリーラさんはメアリーラさんでワイアットさんに相談に行くし。いつでも板挟みの不憫な立ち位置にいるもんね。

 どうか、ワイアットさんにも素敵な出会いがありますように、と願わずにはいられない。


 2人で笑い合った後、私たちは部屋の前で別れた。よし、気持ちを切り替えていこう。

 グートのことは……まだ、心に残っているけど。きっと、次に会う時には普通に笑えるようになっていると思う。ううん、ならなきゃ。だって、ずっと親友でいるって約束したんだから。


 ギルドのホールに戻り、私はまっすぐ受付へと向かう。それから見知った受付のお姉さんに、とっても大事なこと……そう、ギルさんのスケジュールを訊ねた。


「ああ、ギルさんなら昨日から遠方に仕事に行っているわ。戻ってくるのは5日後くらいかしら」

「5日後……」


 何か用があったなら伝えられるわよ? と言うお姉さんに、大したことじゃないのでいいです、とだけ告げてその場を離れる。


 そっか、今は仕事でいないんだ。しかも戻ってくるのは5日後。私がすでに、人間の大陸にいる時だ。


 ……ギルさんなら、人間の大陸に調査に行く情報を知っていてもおかしくない、よね? 以前までだったら、出発の日には必ずオルトゥスにいてくれていたのに。


 たまたま知らなかっただけ? どうしても外せない仕事だっただけ? それとも……わざと、その日に仕事を入れたのかな。


「……会いたかった、な」


 わからない。わからないけど、なぜだか胸が酷く痛んだ。




 次の日、私は一人で武器屋さんに向かっていた。

 昨日はダンジョンから帰ってきた直後というのもあってか、かなり早い時間に眠ってしまったんだよね。自分ではそんなに疲れていないと思っていたけど、やっぱり身体に疲労は溜まっていたみたい。

 部屋に戻った瞬間に眠くなっちゃったから、洗浄魔術で済ませてそのまま爆睡。今日はのんびりお風呂に入ろう、そうしよう。


「こんにちは、メーメットさん!」

「おー、メグちゃん! 来てくれるのを待ってたぞ」


 武器屋に着いた時、ちょうどメーメットさんが店先に出ていたので声をかけると、嬉しそうに出迎えてくれた。3日前に私の武器が出来ていたんだって。あとは私が振ってみて微調整をすれば渡せるとのこと。おぉ、なんだかワクワクしてきた!


「さぁ、これだ。鞘から抜いてごらん」

「は、はい」

「はは、緊張しなくても大丈夫だぞ。触れると危ねぇのは剣先だけだからな」


 渡されたのは細くて軽いレイピア。とても綺麗で繊細な蔦と花の模様が、ピンクがかった茶色の鞘や柄に施されていて、見惚れてしまう。それにものすごく軽い。この前ここで買ってもらった小型のナイフと重さがそんなに変わらない気がする。技術力……!


 よ、よし。ゴクリと喉を鳴らしてそっと鞘から抜いてみると、美しい銀色の刀身が姿を現した。

 とても細く、しなやかなレイピアは私の軟弱な腕力でも問題なく振り回せそうだ。言われた通り剣先だけが少し色が濃くなっていて、鋭いのがわかる。


「とはいえ、そのレイピアに殺傷力はあんまりねぇからな。突き所が悪ければその限りじゃねぇが。メグちゃんは無暗に人や獣を傷付けるってのは嫌なんだろ?」

「えっ!? なんで知っているんですか?」


 ズバリ、言い当てられて驚いていると、普段からメグちゃんを見ている者なら誰もが察しているだろうよ、と言われてしまった。

 くっ、相変わらず街の人たちにも読まれてしまうほどわかりやすいのか……!


「それにな、ギルが念を押してそう注意してきたからな」

「ギルさんが?」


 なんでも、つい先日ギルさんもここに来ていたらしい。そこで先に私の武器を見てくれたのだそう。

 その際、注意点をいくつか伝えてくれて、それを参考に調整をしたのだとか。ギルさんが……。


「もちろん、支払いは済んでる。微調整をしたらもうそれはお前さんのもんだ」


 い、イケメンすぎるよ、行動が! ちょっとそんな気はしていたけどね? だって、一緒に見に行ってギルさんが私に支払わせるわけないもの。


 でも、もう保護者という立場じゃなくなってからしばらく経っているのに、いつまでも金銭面で補助されてばかりなのは申し訳ないな。私だって仕事をしているし、魔王城の父様から定期的にお小遣いも送られてくるし。


 そもそも私にとって必要な物を買うのには、本来なら父様が支払うべきなんだもん。実際に支払ってくれているしね。

 そもそもオルトゥスの人たちはみんな軽率に私に贈り物をしすぎなんだけど、ギルさんは金額が他の人と比べものにならないから複雑な心境になるのだ。もう少しだけお金に頓着してほしい。


「よし、これでいい。調整ならいつでもしてやるからな。この前のナイフも」

「ありがとうございます、メーメットさん!」


 腰に装着出来るようにベルトまで準備してもらい、一気に冒険者っぽくなった私。

 ファンタジー世界にきて、ようやく戦える人っぽくなった! ほぼお飾りだけど! 今後はレイピアを使った訓練をしてもらう必要があるな。誰に教えてもらうかも考えないと。


「似合ってるぞぉ」

「えへへ。そうですか? 嬉しいっ」


 私がニヤニヤしながら腰に下げたレイピアを見ていると、メーメットさんも嬉しそうに褒めてくれた。照れちゃう。

 再度、深々と頭を下げてお礼を言うと、私は武器屋を後にした。うっかりスキップになってしまったのは見逃してくださーい!


 だけど、1人でオルトゥスに戻る道中で考えるのは、ギルさんのこと。そして、グートのことだ。気になることがあって1人でいると、どうしてもそのことを考えちゃうよね。

 悩んだって、何も変わらないのに。悩んでもグートとのやり取りがなかったことになるわけじゃないし、ギルさんに今すぐ会えるわけでもない。わかっているけど、ため息は出る。どうしても出る。はぁ……。


「とーっても可愛いお嬢さんっ。ため息なんか吐いてどーしたの?」

「え……」


 そんな時、背後から軽い調子で声をかけられる。聞き覚えがあるような、ないような、そんな声だったので思わず振り返ると、その声の主を見る前に目を塞がれてしまった。わ、わ、何!?


「だーれだ? ねー、わかるよね?」


 どことなく悪戯っぽい、そしてどこかで聞いたことのある声。それからこの行動によって私はハッと気付く。記憶の中の声より少しだけ低いけど、これは……!


「アスカだ!」

「やった、正解ーっ! ご褒美をあげようねー」


 言い当てるとパッと目隠しを外され、目の前には麗しい金髪の美少年が満面の笑みを浮かべていた。ま、眩しいっ! えっ、可愛いから美しいにシフトチェンジし始めてない!?


 私が少し戸惑っていると、アスカはニコニコしながら私の髪に何かを挿した。それから手鏡を出し、それを私に見せる。

 そこには、可愛い紫の花の簪が耳の上で揺れている私の姿が映っていた。


「お土産! エルフの郷で咲いていた花を加工したんだよ。魔術がかけられているから、萎れたりもしないからね」

「すごい。ありがとう、アスカ! それに、久しぶり!」


 もう何から話したらいいのかわからなかったけど、まずは再会を喜ぼう。

 再会して最初のアクションがイケメンのそれだとか、グッと身長が伸びてビックリするくらい王子様っぽくなっていることとか、身体つきがガッシリしてるとか、昔の可愛さが全てカッコいいに変換されているとか、もう全ての驚きは後回しだ!


 ……え、本当にアスカだよね? もはや大人といってもおかしくはないよ。せ、成長期やばくない!?

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