人間の大陸調査隊

久しぶりの再会


 ぼんやりと、遠ざかるアニュラスを眺める。あまりにも私がボーッとしていたので、行きは自分で飛んできた道のりも、獣車を使っての陸路移動にしようとワイアットさんが気遣ってくれたのだ。


 自分が心ここにあらず、という状況なのは自覚している。でも、もう少しだけ許してもらいたい。

 私はぼんやりと獣車の外を流れる景色を見ながら、昨日の夜にルーンが部屋に戻ってきてからのことを思い出していた。


 ────グートが立ち去った後、私はヨロヨロとベッドに腰掛けた。そんな時、部屋のドアが開く音がして一瞬ドキッとしたけれど、魔力の質によりそれが誰なのかわかった私はそのまま俯いてしまった。


「だーれだ?」

「……ルーン」


 振り向きもせずに黙って座っていたのに、ルーンは前に私がそうしたように背後から抱き着いてくれた。

 あの時のルーンも、こんな気持ちだったのかな。自分が今どう感じているのかも、これからどうしたらいいのかもわからず、心細い。そんな気持ち。

 そんな時に誰かの体温を感じるっていうのはすごく安心するんだね。じわっ、と涙が浮かんでしまう。


「ごめんね、メグ。せっかくダンジョン攻略で嬉しかったのに、水を差しちゃったよね」


 ルーンは私の背中に腕を回したまま隣にポフンと座った。明るい口調が今はやけに涙を誘う。そんなことない。グートも悪くないし、ルーンだって謝ることなんてない。


 そんな気持ちでいっぱいなのに、うまく声が出てこない。今、何かを喋ろうとしたら泣き声しか出てこないのがわかったから。

 私の気持ちを察してくれたのか、ルーンは黙ったままでいいから聞いてくれない? とやはりどこまでも明るい口調で声をかけてくれる。


「私はさ、ずっとグートの気持ち、知ってたんだ。だからこっそり応援していたの。恋ってものに興味を持ったのは、母さんに言われたのもあるんだけど実はグートを見てたからっていうのが大きかったんだ」


 なんだか騙していたみたいでごめんね、とルーンは言う。私はブンブンと首を横に振ることしか出来なかった。


「メグの話を聞いていたし、態度からも脈がないのはわかってた。だから、告白するってグートから聞いた時にね、望みはないよって言ったんだよ? けど、ずっといい親友でいたいから、今のうちに気持ちにけじめをつけたいんだってきかなくて」


 そこまで言われたら、背中押すことしか出来ないじゃない? とルーンは困ったように微笑む。

 そっか。喧嘩の後、2人同じ部屋で寝た時にそんな話をしていたんだね。


「一方的に気持ちを告げられて、メグにはすごく迷惑をかけたと思う。実際、泣くほど困っているでしょ?」


 そんなことない、とは言い切れなかった。実際に戸惑って涙まで流してしまっては、違うって言っても説得力がないよね。

 ああ、本当にどうしようもないな、私。親友の気持ちをちゃんと受け止めてあげられなくて。せめて笑顔で、気の利く言葉の一つや二つ言えればいいものを、動揺してばかりで何も出来ないなんて。


「だから、本当に気にしないでもらいたいの。明日はちょっと気まずいかもしれないけど……。次に会った時はこれまで通りに笑顔で、友達として接してやってほしいな」

「うん、うん……! ごめ、ありがと……!」

「こちらこそありがとうだよ、メグ! グートのためにそこまで色々悩んでくれて、ありがとう。おかげでアイツも前に進めるよ」


 この涙はなんなんだろうと思った。私が泣くのは違くない? ってすごく思う。

 グートの気持ちが嬉しかったのは本当で、でもそれに応えられないのが悲しいのかもしれない。わかってる、そんな権利ないって思うよ。

 でも、ルーンはありがとうって言いながら背中を撫でてくれる。グートも笑顔でありがとうって言った。


 だから私も、明日は笑ってまた会おうねって言わなきゃいけない。そう心で決めつつも、ルーンの胸を借りてひたすら泣かせてもらったのだ────


「あー……。メグ? オレ、詳しい話は聞いてないんだけどさ。その、なんとなく事情は察してる。……グートのことだろ?」

「えっ!?」


 ぼんやりしているところへ、思いがけずワイアットさんに言い当てられた私は驚いて振り向いた。御者をしてくれているワイアットさんはチラッと視線だけを一瞬こちらに向けて、再び前を向く。

 な、なんでわかったんだろう? エスパーかな? それとも、私が顔に出過ぎていたのだろうか。


 私は揺れる客車を這うようにしてワイアットさんの近くに移動する。そのまま、良かったらここに来いよ、と言うのでお言葉に甘えて隣の席に座らせてもらった。


「オレにはさー、兄貴みたいに番だと思える人なんていないし、会ったこともないからなんと言えねーんだけど。でも、メグが落ち込んだりすることは何もないってことはわかるぞ?」


 これは完全に事情を察している。グートやルーンが言うとは思えないし、本当に雰囲気だけで察したのだろう。

 え、すごすぎない? 目を見開いていると、お前ら子どもの考えてることなんか手に取るようにわかる、と言われてしまった。大人、怖い。


「それは、自分でもわかってはいるんですけど……」


 知られているのなら隠す必要もない。せっかくなので人生の先輩に相談に乗ってもらおうと思った。ちょっと自分だけでは同じことばかり考えるループから抜け出せそうにないもん。


「しばらくは会えないわけだしさ、ゆっくり気持ちの整理をしていけばいいと思うぜ? たださ、そんな顔で帰ってみろ? オルトゥスのヤツらが放っておくと思うかー?」

「うっ、お、思わない!」


 だろー? とケラケラ笑うワイアットさんを見ていたら、フッと肩の力が抜けるのを感じた。

 そうだ、そうだよね。今すぐ気持ちを整理させる必要はないのだ。時間が解決することもあるだろうし。それに、帰るまでにはまだ時間がある。それまでに落ち着ければいいのである。


 私、無駄に焦ってた。気付かせてくれたワイアットさんには感謝だ。気にしなくていいと言われるよりも説得力があったから。


「ね、ワイアットさん。私、2人と別れる時に笑顔だった? ちゃんとまた会おうねって言えてた?」

「おー、ちゃんと言えてたぞ。なんだよ、覚えてないくらい余裕がなかったのか? 心配すんな」


 メグはちゃんと笑顔でありがとうも言えてたぞ、とワイアットさんはニッと笑う。


 そっか……。ちゃんと出来ていたんだ。それだけは自分を褒めたい。いっぱいいっぱい過ぎて覚えてないことはダメすぎるけれど。


「オルトゥスに着くころには立ち直ってみせるから……。だからもう少しだけ、もう少しだけ落ち込ませてよ、ワイアットさぁん」

「うはは、よしよし。今のうちに凹んでおけ! 胸、は御者やってるから無理だな……。膝なら貸す! けど誰にも言うなよ? 後でめちゃくちゃに問い詰められるのはオレだからな!」

「ふふっ。うん、わかった。ありがとう、ワイアットさん」


 気にすんなって、とワイアットさんは言いながら、コロンと彼の膝の上に乗せた私の頭をポンポンと撫でてくれた。面倒見のいいお兄ちゃんだなぁ。優しさが染みて、またほんのりと涙が滲んだ。


 カタコトと揺れる獣車の音が、ほんの少しゆっくりになる。気遣いの出来る男、ワイアットさんだ。

 おかげで私はちゃんと、オルトゥスに着くころにはいつも通りに笑えるようになっていた。


「メグちゃーん! おかえりなさい!」

「サウラさん! ただいまですっ!」


 獣車乗り場から歩いてオルトゥスに戻った時には、すでに辺りは暗くなっていた。今日の夜には戻るという連絡を受けていたのだろう、サウラさんが入り口付近で両手を広げて待っていてくれたので遠慮なく駆け寄った。


 今やサウラさんの頭は私の胸元くらい。私の身長は伸びてしまったけれど、そんなことはお構いなしでハグタイムである。変わらず頬擦りをしてくれるサウラさんが可愛くて大好きです!

 女性相手なら今もこうしてスキンシップが取れるんだけどねー。思春期なので男性陣は遠慮させてくださいね。あ、さっきのワイアットさんによる膝枕は弱ってたってことでノーカンで!


「メグちゃんに会いたがっていた人が待ち構えているわよー?」

「会いたがっていた人?」


 そう聞いて最初に頭に浮かんだのはギルさんだった。そうだ、ギルさんに買ってもらったアレがあったよね。

 これまで必死だったのもあってすっかり存在を忘れていたけれど、ギルさんの顔を思い浮かべて柄をギュッと握る。


 ダンジョンに向かう前に、一緒に買いに行った小型ナイフ。使わずとも持ち歩くことに慣れろ、というミッションはクリア出来たと思うけど、存在を忘れていたから微妙なところだ。意味ないじゃん! っていう。


 頭を撫でようとしてくれた手を拒絶してしまったことで勝手に気まずくなっちゃって、結局そのままダンジョンに向かっちゃったんだよね。

 なんだか、時間が空いたことでより再会が気まずく感じるんだけど……。


 でも、サウラさんが言った人物はギルさんのことではなかった。


「メグ、久しぶり」

「え、ロニー? ロニーだ!!」


 思いがけない人物がホールの向こうから近付いてきたので、反射的に駆け出した。そしてそのままハグである!

 男性とはハグをしないって? ロニーやリヒトはちょっと別枠である。兄弟という認識だからね! 例外は多い。


 ロニーは私のことを難なく受け止めると、そのまま軽く持ち上げるようにハグを返してくれた。

 ちょっと見ない間にまた逞しくなっているな。身長は種族柄そんなに高くはないけれど、筋肉量が増えてかなり逞しくなっている。細身だったロニーが懐かしい。でも、ゴツいわけじゃないよ? がっしりした、という感じだ。


「いつ帰ってきたの? そうだ、そういえば戻って来いってお父さんに言われたって聞いた気がする。まさか帰ってきてすぐに会えるなんて! あっ、どこも怪我してない? 体調は? これまでどの辺りを旅していたの!?」

「お、落ち着いて、メグ。僕もここに着いたのは、昨日なんだ。体調は問題ないよ。でも……メグがいなくて、ちょっとだけ、寂しかった、かな?」

「うー、ごめーん! 会えて嬉しいよ、ロニー!」


 人間の大陸を一人で旅して回っているロニー。だから会うのは本当に久しぶりでテンションが上がってしまう。

 おかげで、まだ心の奥に引っかかっていたグートの件をグルグル考えなくて済みそうだ。


「でも、なんで頭領は僕を呼んだんだろう。まだ、聞いてないんだ」


 身体を離しながら難しい顔でロニーが言う。ロニーを呼んだ理由、ねぇ。ふっふっふ。私には心当たりがある!


「私は、わかっちゃったかも!」

「え、何?」


 ニヤッとしながら私が言うと、ロニーが聞き返してくる。でもそれが本当に合っているかはわからないので、ここで言うわけにもいかないよね。


「ひとまず私、お父さんのところに帰ってきた報告してくる。ついでにそのことについても聞こうと思っているからロニー、一緒に行く?」

「ん、じゃあそうする」


 ロニーだっていつまでも知らないままなのはかわいそうだもんね。ほんと、そういうところは改善すべきだと思うよ、お父さん!

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