初めての経験
ボス部屋の奥にある水晶にみんなで手を触れると、あっという間にダンジョンの外へと移動していた。外、と言っても建物の中だったんだけどね。椅子や机はなく、ただ受付のようなカウンターと転移用の水晶だけ。しかも無人だ。
誰もいないカウンターの前で待っていると、奥の方からダンジョンを管理している職員さんがやってきた。年配の男性で、彼は私たちを見ると目を丸くする。でも、指定された書類にそれぞれがサインをしたことで、納得したように何度も頷いた。
「なるほど、なるほど。特級ギルド所属の子たちでしたか。いやぁ、素晴らしい。将来も安泰ですなぁ」
「本当っすよー。俺はなーんも手出ししてないですからね?」
「なんと! では間違いなく、この子たち3人の実力ですな」
攻略おめでとう、と言いながら、職員のおじさんは私たち3人それぞれにメダルを渡してくれた。この中に、攻略報酬が入っているらしい。中身は後でのお楽しみな、とワイアットさんは嬉しそうに笑う。ワクワク!
「……ほい。お疲れさん。お前たち、3人とも合格だ」
そして、ダンジョンの外に出て改めてワイアットさんに1人ずつ頭をポンポンと撫でられ、そう告げられた。私たちは3人、互いに顔を見合わせる。
「なんとなく、腑に落ちないところはある。正直」
「まぁね。最後のドラゴンを倒せたとは言えないもの。さっきも言ったけどさ」
「なんかごめん。でも私もいまいちわかってないから消化不良っていうか……」
やはり引っかかるのは終わり方だ。ほら、終わりよければ全てよしって言うじゃない? その逆で終わりだけ締まらなかったからなんともモヤモヤしたものが残ってるんだよね。
「でも、課題が残ったと思えばいいんじゃね? 俺たちがまだまだなのはよくわかった。それこそが収穫っつーかさ」
「へー、グート。いいこと言うじゃない」
自分たちが未熟だってことを、身をもって実感したってことか。うん、それは本当に一番大きな収穫かもしれない。実力を正確に知るというのは、とても大切なことだもんね。
「グートが言ったことが全てだと思うぜ。よし、ここらでオレが先輩として良さげなことを言ってやるからよーく聞いとけよ?」
私たちの様子を見て苦笑を浮かべたワイアットさんが、コホンとひとつ咳ばらいをして口を開く。
「お前たちが今回、ダンジョン攻略に挑んだのには目的があったよな。覚えてるか?」
「それはもちろん! 人間の大陸に調査へ行く、そのメンバーとして選んでもらうためよ!」
真っ先に答えたルーンに向かってニッと笑い、ワイアットさんはそうだな、と答えた。
「あの大陸じゃあ、魔術は思うように使えない。じゃあなんでダンジョン攻略を試験にしたのかっていえば、それはお前たちがちゃんとチームとして協力出来るか、うまくいかないことがあった時に自分たちで対処出来るかどうかを試したかったからだ」
強さは確かに必要だけれど、正直、人間を相手にした時はお前らの敵じゃないからな、とワイアットさんは言う。
そうだよね。もうあの頃とは違うんだもん。魔力のことを気にしなくていい私や、体術に自信のある双子にしてみれば、人間は大人であっても敵ではないのだ。
戦いに行くわけじゃないのだから、トラブルに巻き込まれた時に対処さえ出来ればいい、というわけ。今回の試験で見られていたのは、臨機応変に対応出来る能力だったんだね。
「派遣されるのは大人3人のチームか、大人2人、子ども2人の4人チームになる。お前たちが揃って同じチームってわけにはいかないんだけどさ」
どこか申し訳なさそうに頬を掻くワイアットさんは、だからこそ今回初めて組んだチームでここまで連携が取れたのは誇っていい、と笑顔で締め括ってくれた。
「……うん、今はクリア出来たことを喜んだほうがいいかも」
「メグの言う通りよ! ほらグート、せっかくの合格なんだから! 手を上げて!」
「だな!」
反省点はあるけれど、私たちは間違いなく頑張った! そして、協力して合格をもらえたんだ! 私たちは両手を上げて、再び元気にハイタッチをし合った。ダンジョン攻略したぞーっ!!
というわけで、今日はお前たちのお祝いだからなー、と気前のいいワイアットさんが豪華な夕食をご馳走してくれました! 私たち3人からの好感度が爆上がりしましたよ!
肉厚のステーキは柔らかジューシーでとても美味でした……。デザートのケーキも程よい甘さで、お腹がはち切れそうだったけど無理矢理食べました。だって美味しかったんだもん!
おかげで明日の夕飯までお腹は減らないんじゃないか、という状態です。もちろん、双子とワイアットさんは余裕の完食でした。羨ましい。
「明日は帰る日かぁ。なんだかちょっと寂しいな」
「そうだね。ずっと一緒にいたから余計に」
初日に泊まった高級宿の部屋で、ゴロゴロしながらルーンとお喋り。そうなのだ。明日それぞれのギルドに帰った後は、たぶんしばらく会えなくなる。なぜって? そりゃあ人間の大陸に行って調査とスカウトの旅に出るからだ。
そのチームの振り分けを考えると、私たちが一緒になることはない。ワイアットさんも言っていたしね。ルーンとグートは一緒のチームになるだろうけど、私は別になる。
2人でしんみりとしていると、私たちの部屋をノックする音が聞こえてきた。ルーンが返事をすると、どうやら訪ねてきたのはグートだった模様。部屋の入り口でなにやら話しているみたい。何かあったのかな?
「本当にそれでいいのね?」
「ああ。もう心の整理はついてるから」
なんだろう、どことなく真剣な雰囲気だ。私、少し部屋を出ていた方がいいかな? そう思った時だ。ルーンが私を呼んだ。え、いいの?
「どうしたの?」
恐る恐るそう聞きながら歩み寄ると、意外にもグートは私に用があるのだと言った。少し2人で話したいことがあるらしい。グートが? 珍しいな……。
「私はホールでお茶でも飲んでくるね。グート、話が終わったら呼びにきてよ」
「わかった。……ありがとな、ルーン」
「いいってことよ! ……頑張ってね」
ルーンはどこかに行っちゃうみたいだ。え、何かとても大事な話だったりするのかな。……緊張感が走る。
ルーンが部屋から出て行き、やや戸惑い気味の私とどこか申し訳なさそうなグートが部屋に取り残された。
「えーっと、ごめんな。急に話したいだなんて」
「ううん。ビックリしたけど、大丈夫。……座る?」
思えば、改まってグートと話すのは初めてかもしれない。2人きりになること自体が初めてかも。ちょっと緊張してきちゃったな。
このままでいいよ、と立ったまま話し始めたグートは、落ち着いた様子で……。だけど、これから何か真剣な話をするんだっていうのが雰囲気でわかった。
「しばらくメグとは会えなくなるからさ。今のうちにどうしても言っておきたいことがあったんだ」
とりあえず最後まで話すから、聞いてくれないか? そう言ったグートは真っ直ぐ私の目を見つめた。琥珀色の瞳が少し揺れている。
「俺さ、初めてメグに会った時から……ずっとメグのことを意識してたんだ」
「意識……?」
そう、と小さく答えたグートは、その目を細めて微笑んだ。なんだかビックリするくらい大人びて見えた。
「1人の女の子として。俺、メグに初恋をしたんだ」
は、初恋? グートが? 私に? その言葉を理解する前に、グートは話を続けていく。
「俺、メグには憧れてもいるんだ。ほら、亜人は魔王の血に惹かれるだろ? だから、最初から俺はメグに強く惹かれた。でも、それだけじゃない気持ちもあってさ。一生懸命で、優しくて、ちょっと抜けてるところもあって。そこが、すごく可愛くて」
グートは、そこで言葉を切ってひとつ深呼吸をした。私は、息を止めてその様子を見ている。
「……俺、メグのことが好きだ」
ドクン、と心臓が鳴った。ああ、どうしよう。
人生で初めてだ。こんなに真剣に思いを告げられたのは。たぶん、前世を含めても初めてな気がする。ちゃんとした告白、好意を示す言葉。
生まれて初めての経験に、私の思考は暫し止まる。
「わかってるんだ。メグが俺を友達としてしか見てないって、ちゃんと知ってる。でもそれでいいって思ったんだよ。ずっと友達のままでも、俺は満足だなって……。今回、一緒にダンジョン攻略をしてた時にふと気付いたんだ」
知っていて、想いを告げてくれたの? 友達で、いいの?
ああ、まだ混乱してる。だって、そんな、突然すぎるよ。そんな風に思ってくれていただなんて、ちっとも気付かなかった。私が鈍すぎるだけ? だとしたらもう、本当にどうしようもないな、私。
「だから、ハッキリ教えてほしい。メグの気持ちを。そうしたら、ケジメがつけられる気がしたんだ」
自分から告白しておいて勝手だと思うけど、とグートは頬を掻く。
私の気持ちをハッキリと、か。胸が、痛む。
「わ、私、告白なんて初めてされちゃったかも……」
「そうなのか? やった、俺が1番だな。へへっ、得した気分」
私がどうにか告げたのはそんな変な言葉だったけれど、グートは軽く笑いながら冗談を返してくれる。でも、どこか泣きそうな微笑みだ。
なんて、優しいのだろう。
「ありがとう、グート。その、好きになってくれて。そんな風に思ってくれていたの、気付かなかった……私、グートのことは大好きだけど、友達だって、ずっと思ってて」
「……うん」
「だから……えっと、私はグートと、ずっと親友でいたいって思ってる」
「…………うん」
ギュッと胸が締め付けられた。この返事でいいのかな? 思い切ってバッサリ振った方がいいって話も聞いたことがある。
だけど私はグートと仲良しでいたい。それは、都合が良すぎる考えなのだろうか。だってこれでおしまいなんて、悲しすぎるよ。
ぐるぐると、思考が回る。これ以上、どうしたらいいのかわからない。
「……ありがとな、メグ。教えてくれて。しかも親友でいたいって言ってくれて。嬉しいよ」
グートは明るい声でそう言った。一度下を向き、グッと息を詰まらせたように見えたけど、すぐに顔を上げて笑う。その笑顔に、また私の心臓はギュッと痛んだ。
「最後にさ、握手、してもらっていいかな?」
「そっ、それはもちろん……!」
差し出された手を慌てて両手で握ると、グートは柔らかく微笑んだ。そして小さな声で、親友でいていいんだ、と安心したように呟く。
それは、こっちのセリフだよ。私が言いたいセリフだよ、グート。親友でいて、いいんだよね? だけど、うまく言葉になって出てきてはくれなかった。
「そろそろ行くよ。また明日。……ゆっくり休めよ」
「……うん。ありがとう」
去り際にグートはまたフワリと微笑み、そのまま部屋を出て行った。
私はその閉まった扉をただ見つめたまま、しばらく立ち尽くすことしか出来なかった。
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