ジャッジはいかに


 フウちゃんの風に包まれての移動中、身体の中にホムラくんが入ってくるのを感じる。ああ、この感覚だったね。私の意志がダイレクトに精霊に伝わる、一心同体になった感覚。


 でも、あの時とは少しだけ感じ方が違うのは、今回入ってきたのがホムラくんだからかな? 胸の奥が熱くて、やってやるぞーっていう気持ちが膨れ上がっていく。フウちゃんの時はひたすら楽しくて、踊りたくなる気持ちだったけど。


 なるほど、精霊によって私の心持ちも変わるみたいだ。これは他の精霊でも試してみたいかも。精霊たちも喜んでくれるしね。ただ、魔力が荒れがちになるから頻繁には無理だけど。まだまだ精進せねば!


 心の中でホムラくんに行くよ、と声をかけると、まるで返事をするかのようにボウッと私の全身を炎が包み込んだ。もちろん熱くはないよ。温かなお湯の中にいるような心地よい温度だ。

 心はこの炎のように燃えているけどね。物理攻撃でもブレスでもなんでもこーい!


「こっちだよ! ドラゴンさん!」


 ただし、決め台詞はなんか締まらない。ここは「私が相手だ!」くらい言った方がいいのかもしれないけどさ! だ、だって倒せるわけじゃないから、なんか違うかなって。


 まぁそんなことはどうでもいい。今は目の前のことに集中だ。

 前の時は回避行動を全部フウちゃんにお任せしていたから、考えなくても身体が動いた。というか、身体の動きを全てフウちゃんに委ねていたんだよね。でも今回、ホムラくんにお願いしたのは防御。ドラゴンの火による攻撃を全て防いでもらうことと、隙あらば攻撃をしてほしいって頼んである。


 なので、自分で動かないといけない。けど、いつもより動きやすさは感じる。ホムラくんも私よりずっと身体能力が高いから当然といえば当然だ。


 色々と考える余裕もあるってことは、きっと大丈夫。間に合うはずだ。ドラゴンがまさに炎のブレスを吐く直前で私はグートの前に辿り着き、両手を広げてそれを遮った。炎のブレスは全て私に向かってくる。でも全く怖くないのはホムラくんのおかげだろう。


「め、メグ!!」

「大丈夫、今の私なら!」


 背後で焦ったように叫んだグートを安心させるように、少しだけ後ろに目配せして私は笑った。あんなにビビっていたのが嘘みたいに、今は自信しかない。

 これがホムラくんかー。とてもらしいよね! 普段からポジティブな方だけど、さらにポジティブになっている気がする。今はそれがすごく助かるよ!


 次の瞬間、私は炎に包まれた。真後ろにいるグートは私が壁になっているおかげで大丈夫そう。ホムラくんの火がグートも守ってくれているしね。ただ絵面は酷い気がする。私的には温かなお湯が少し熱めになったくらいの感覚でしかなく、むしろ気持ちがいいくらいなんだけど。


「でも、やられるだけじゃ、ね?」

『押し返すんだぞ!』

「うん、よろしく。シズクちゃんも、おまけしちゃおうか?」

『うむ! 任せるのだ、主殿』


 ブレスが止まる前に、受け止めた炎を私の周囲に纏う火と一体化させ、そのまま押し返す。ブレスの倍返しである。さらに、その押し返した火柱に巻き付くようにシズクちゃんの水が竜巻となってドラゴンに向かって行く。

 攻撃は命中し、ドラゴンが咆哮を上げた。


「グート、動ける!?」

「あ、ああ! もちろんだ!」


 押し返した直後、すぐにグートに確認する。シズクちゃんのおまけつきとはいえ、火と水でドラゴンを倒すことは出来ない。数秒だけの時間稼ぎだ。

 ルーンが攻撃をするにはもっと弱らせて、動きを止めないといけない。


「ありがとな、メグ!」


 グートは去り際にそれだけの言葉を残して駆けていく。これまでで一番のスピードじゃないかっていうくらい素早い動きだ。バチバチッという音と、時折見える稲光でグートの通った道がわかった。

 瞬きをする間にグートは飛び上がり、ドラゴンの顎を下から上に突き上げるような一撃を放つ。さっきの私の攻撃で隙が出来ていたドラゴンは、あっさりとグートの攻撃を食らって顔を上に向けた。


「あった……! ルーン! 色が1枚だけ違う鱗がある!」

「うん、見えてる!!」


 ドラゴンの逆鱗は、喉元にあるって調べはついていた。ちょうど顎の下にあるらしいことも。ただ当然、弱点はなかなか見せてくれないからどうにかして上を向かせたかったのだ。

 だから、ルーンは離れた位置でずっとそのチャンスを待っていた。誰よりも攻撃力のあるルーンの一撃で、確実に仕留める。これが作戦だったから。


 ただ、一撃で仕留められなかったらまずい。だって逆鱗に下手に触れたらドラゴンは暴れ出すから。しかもここのドラゴンは逆鱗に触れられるとパワーアップもするらしいのだ。

 私たちはこれまで、小さな怪我はしたけど大きな怪我はしてこなかった。でも今回、ここで仕留められなかったら確実に誰かが大怪我をすると思う。


 この先はドラゴンの物理攻撃を一度でも食らったら致命的。一発でワイアットさんが間に入り、スタート地点に戻されてしまうだろう。


 あの苦労を、もう一度……?

 ぜ、絶対に仕留めてもらいたい!


「おりゃぁぁぁぁ!!!!」


 ルーンが飛び出す。きっと決めてくれるとは思っているけど、でも万が一暴れた時のことを考えていつでも飛び出す準備はしておかないと。


 あっという間にルーンがドラゴンの下に辿り着き、そして飛び上がる。下にいたグートが手を組んでその上にルーンが乗り、二人で力を合わせてルーンを飛ばせた感じだ。か、かっこいい!


 次の瞬間、ルーンの鋭い爪が逆鱗に当たる。集中して見ていたからわかる。あれは、命中してる! すごぉい!


 と、喜びかけたその時だった。


 ドラゴンの尻尾が目にもとまらぬ速さで地面に振り下ろされる。一瞬にして砂煙が巻き起こり、状況がよく見えなくなる。二人に、当たってないよね……? 大丈夫だよね!?


「ルーン! グート!!」


 すぐにフウちゃんに声をかけ、砂煙を吹き飛ばしてもらう。すると、ドラゴンの足元で二人が蹲る影が目に入った。無事かどうかまではまだわからない。私は無我夢中で駆け寄る。


「二人とも! 大丈夫!?」

「っ、メグ! まだ来ちゃダメだ!!」


 2人の場所まであと数メートル、というところでグートが叫ぶ。それから数瞬の後、ドラゴンの尻尾が再び地面に振り下ろされた。それだけではない、手足も激しく動かして暴れ始めた。仕留めきれなかった……!?


 ドラゴンはこれまでで最も大きな咆哮をあげる。うっ、耳が痛い……! それから所構わず炎のブレスを放出する。これじゃあ近付けない。グートとルーンは!?


「お前たち! 手を出すぞ! いいな!?」


 ややパニックになりかけたところで、ワイアットさんが叫ぶ声が聞こえてきた。こればかりは仕方ないかも。大変だけど、攻略はまたやり直せばいいんだもん。2人の安全が第一だ。

 私がお願いします、と頼もうとした矢先、ドラゴンが足元にいる双子に気付いた。ま、まずいっ!


「や、やめて……! ダメ! 止まりなさーーーーいっ!!」


 そんなことを言ったって意味がないのはわかっているけど、咄嗟に叫んでしまった。ホムラくんが入ったままなので、その叫び声とともにボウッと纏っていた火が大きく広がり、そのまま真っ直ぐドラゴンに向かって放出される。

 私が放った火はドラゴンの顔に的中。とはいえ、あの程度の火などドラゴンにとってはそよ風だ。止まるわけもない。……わけもない、のだけど。


「……え?」

「は……?」


 私もワイアットさんも、かなり間抜けな声を出したと思う。いや、だって。出るでしょうよ。

 ドラゴンが、突然大人しくなってその場でお座りしたのだから。


 ……どういうこと!?


 と、とにかく今がチャンスである。私は急いで2人の下に駆け寄りながら、フウちゃんに指示して風でドラゴンから離れた位置に移動させた。


「ルーン、グート、大丈夫!?」

「う、うん。ちょっと足を捻っただけ……」

「俺は特にどこも怪我はしてない。で、でも、一体何が起きたんだ?」


 どうやら、最初の尻尾による一撃を避ける際、ルーンは足を痛めたようだった。あれは突然だったもんね。むしろよく避けられたと思うよ。


 あ、何が起きたかですか? 私にもよくわかりません。戸惑いながらみんなでドラゴンを見上げてみるも、お座り状態で微動だにしないままだ。


「……もしかして、メグの魔王の威圧じゃねぇか?」


 それからポツリとワイアットさんが呟いた。魔王の、威圧……? え、え? ちょっと待って?


「でもここ、ダンジョンだよ? もしも魔王の威圧だったとしても、ダンジョンの魔物にも効果があるものなの!?」

「それはわかんねーけどさ、こんな風に魔物が大人しくなるのなんか、それしか見たことねーもん。ダンジョン産とはいえ、魔物の本能で動きを止めたんじゃねーかなー」


 本能かぁ。それならまぁ、わからなくもないかな? でも、本当に私が威圧を発動させちゃったの? いまいち実感がないんだけど。

 と、とにかくこのお座り状態のドラゴンをどうしたらいいのだろうか。ここでとどめを刺す、なんていうのはさすがになんか、かわいそうと言いますか。


「あ、あの、ドラゴンさん……? 私たち、このダンジョンを攻略したいんだけど……」


 どうしたらいいのかわからなくなった結果、気付けば私はドラゴンに話しかけていた。伝わっているのかはわからない。ショーちゃんが通訳しているわけでもないからね。

 まぁ、伝わっていたとしても、そんなこと聞かれたってドラゴンも困るよねぇ。そう思っていたんだけども。


「えっ、あ、ええ?」


 一度、ドラゴンが軽く首を傾げたと思ったら、次の瞬間にはサラサラと光の粒子となって消えていくではありませんか! え、まさかの自分から消えるパターン!? しょ、ショーちゃぁぁぁん!


『攻略を認めるって言っているのよー。通っていいって。一度この場から消えるだけで、また新たな挑戦者が来たら、復活するのよ? ドラゴンからしたら、ただの休憩なのよー!』

「た、ただの休憩……? そんなことも出来るの? ダンジョンの魔物って」


 いや、考えるのは後だ。なんとこのドラゴン、私たちにここを通ってもいいと言ってくれたのだ! 優しい!


「あ、ありがとう! 痛い思いをさせて、ごめんね!」


 慌ててそう叫ぶと、グオ、という小さな鳴き声を残してドラゴンは完全に消え去った。気にすんな、と言われたような気がした。


「……あのー、ワイアットさん? これ、ジャッジ的にはどうなるんですかね?」


 もうダメだってなった瞬間、ワイアットさんは確かに手を出そうとしていたもんね。おそるおそる聞いてみると、うーんと腕を組んで考えたワイアットさんはニッと笑って答えた。


「実は俺、まだ何もしてなかったんだよな。魔術を発動するギリギリのとこでメグがドラゴンを止めた。ってなわけで! 俺は最後まで手を出してないぞ」


 そう言って両手をパッと前に出す。と、言うことは……? ルーンとグートと顔を見合わせる。


「合格……?」

「わ、私たち、一度でダンジョンを攻略出来たってこと?」

「な、なんか終わり方が締まらなかったけど……勝ちは勝ちって感じか?」


 まぁ、私としても今ので終わり? というなんとも消化不良な感じは残っているけれども。


「おう! あとは外に出たら正式に合格だ! ほら、最後まで気を抜くんじゃないぞー!」


 ……結果が全て、って言うしね? ワイアットさんの言葉を聞いて、ようやく私たちは互いに手を打ち鳴らした。

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