精霊たちのご機嫌取り


 そこからの私たちはすごかった。いや、本当に。

 魔力のゴリ押しで突き進んだ結果、その日のうちに7階層をクリアしてしまったのである。いぇい!


 8階層に下りる前に1泊し、そして8階層のマグマエリアもゴリ押しでクリア。暑さがこれまでの比ではなかったのでさすがに途中で休憩を挟んだけど、それでも夜遅くには9階層に下りる階段前に到着出来たんだよね。


 そして次の日はのんびり起床、準備をしてすぐに9階層の暗闇フロアへ。


 ここは本当に真っ暗でねー。明かりを灯してもかろうじて自分の足元しか見えなくてすごく怖かった。いつどこから、どんな魔物が来るかわからないし、どこで行き止まりになるか、罠があるかもわからない。


 だから常に魔力で周囲を気にしつつ進んだよ……。ルーンも大活躍だったね! 大地を通じてあらゆる情報を得るルーンは迷うことなく、ずんずん進んでいくから頼もしかったよ!


 それでも魔物は強いし、神経は磨り減るしでかなり大変だった。

 だから9階層のクリアには3日もかかってしまったよ。それでも十分すぎるほどすげぇよ、お前ら、とワイアットさんは呆れたように笑っていたけどね。

 もう少し頼ってもらいたかったな、とどことなく寂しそうでもある。


 いや、頼ったらスタートからやり直しじゃないか。これだけ苦労してここまで来たのだ。また最初からやり直しだけはしたくない、それが私たち3人の総意で、意地だった。


「で、でも、さすがに疲れたぁ」


 最後の階層、10階層に向かう階段の前に到着したのはまだ夜になる前だった。簡易テントの中で大の字に寝転がるのはそう、私です。

 魔力には余裕があるんだけど、常に頭を回転させていたせいで精神的にも、体力的な問題でも、ヘロヘロである。


「俺もちょっと疲れたな」

「そう? 私はまだ平気だよ!」

「体力馬鹿だもんな」

「うるさいっ」


 ゴスッという鈍い音が聞こえてきた。たぶん、ルーンがグートにゲンコツを食らわしたのだろう。悶絶するグートの声が漏れ聞こえてくるし。やれやれ。


「じゃ、食事の準備は私がやるよ! メグは休んでて! グートはテーブルのセッティングくらいは手伝いなさいよね」

「わ、わぁったよ」


 なんだか申し訳ない気持ちだけど、ここはお言葉に甘えさせてもらうよ。

 その代わり、冷蔵庫や食材ストックの中から好きな物を選んでいいからね、と声をかけるとルーンは嬉しそうに鼻歌を歌い出した。ほ、本当に元気だなぁ。


 さすがに床に寝っ転がったままなのは邪魔だしお行儀が悪いので、のそのそとソファへと移動する。そのままゆったりと背もたれに全体重を預ける形で座り、大きなため息を吐いた。


 ちゃんと、出来た。魔物に向かって魔術を使えた。

 もちろん直接的な攻撃は出来ていないし、結局トドメはグートやルーンがやってくれた。倒さずに逃げたこともあったし、脅して魔物に逃げてもらうってこともあった。

 それでも、この一歩は私にとって大きい。やっぱり意識の問題だったんだなぁ。それだけでここまで出来るようになるんだもん、私って単純。そしてお馬鹿さん。


 だけど、安心ばかりもしていられない。だって次はいよいよ最後のボス戦が待っているのだから。そう、ついに最後の戦いだ。


 最下層である10階層は、ボスがドーンと立ちふさがっているだけのフロアとなっている。これまでのように攻略の必要はないのだ。

 つまり、10階層に降り立ち、ラスボスを倒せばダンジョン攻略達成となる。だからこそ、まだ明るい時間だというのにその手前で休憩にしたのだ。さすがにこんな状態でラスボス戦は出来ないからねー。


 ダンジョンでは3回目のボス戦だ。2回目はあんまり実感がなかったけどね。

 ほら、迷路の時のボックスである。ボス部屋に突入、という形ではなかったからね。魔力源を探り当てて逃がさないように必死だったし。

 考えてみれば作戦も考えずに流れでボス戦になっていたよね。いやぁ、勝てて良かった。


 さて、このダンジョンのラスボスの相手ですが。なんと……! ドラゴン。

 聞き間違いではない、ドラゴンである! ジュマ兄なら大喜びで狩りに行くあの!


 っていうかそれで中級クラスのダンジョンのボスってどういうこと? 上級者向けダンジョンのボスレベルじゃないの、それ? 納得いかない!

 とは思うものの、ここまで来ておいてもはや逃げるという選択肢はない。双子はやる気満々だしね。


 だけどちゃんと敵がわかっている分、対策も出来る。ラスボスのドラゴンは、火を操る鱗の硬い空を飛ぶタイプのドラゴンだ。尻尾や爪でも攻撃してくる、近寄ることが難しい敵。……えぇ、無理ぃ。


 も、もちろん、弱点はある。逆鱗を突くのだ。とはいえ逆鱗は大ダメージを与えると同時に、大暴れもさせてしまう。……えぇ、無理ぃぃぃ!!


 しかし、そんな泣き言ばかりも言っていられない。せめてルーンやグートの邪魔にならないようにしなければ。

 巨体なのにスピードも速いドラゴン相手に、私はおそらく攻撃を避けるので精一杯、もしくは避けきれないと思う。だから奥の手を使います。


 奥の手、それは闘技大会で一度だけやったあの方法。精霊と一体化することだ。


 や、やってやるぞぉ。精霊たちの力で絶対にドラゴンを倒すっ! い、いや、私に出来るのは気を逸らすとか防御とか、そういう補助だけなんだけどね。ただの意気込みである。

 それならどの精霊と一体化するか、ってところなんだけど。


 ……今、私は修羅場の渦中にいます。


『フウはこの間やったんだぞ。今度はオレっちの番!』

『待て、妾であれば火傷の心配もないのだ。ここは妾が』

『一番スピードが出るのはアタシでしょっ! 前にやったからとか関係ないしっ』

『はいはーい! ウチの方が速いやないのー! 今回はウチに決定やないかなー?』

『ぼ、ボクもぉ、メグ様の力になりたいよぉ』

『みんなずるいのよーっ! ショーちゃんだって! ショーちゃんだってぇぇぇ!!』


 とまぁ、こんな調子なのである。え、選びにくい……!

 オロオロしているとルーンの呼ぶ声が聞こえて来たのでテーブルへと移動することに。うん、食事の後に考えよう。

 ちなみに食事中、難しい顔をしてどうしたの? と2人に聞かれたことは言うまでもない。




 翌日、ゆっくりお風呂に入って遅めに起きて、体力も完全回復した状態でいざボス戦に挑戦です!

 精霊は誰を選んだのかって? えー、それはですねぇ……。


『やったんだぞ! 楽しみなんだぞーっ!』


 ホムラくんに決めました。

 いやぁ、言うのは本当に心苦しかった。他の精霊たちの落ち込みっぷりが私の心に突き刺さるぅ。


 ちなみになんでホムラくんにしたかと言うと、そうすることで火の攻撃が無効化出来るからだ。水で相殺でもよかったんだけど、それだを攻撃を受ける度に水の膜を張り直さないといけないからね。

 その点、私も身体に火を纏っていれば火による攻撃はほぼ無視することが出来る。受け流せるからね! これはやっぱり強いかなって、思って。


「みんなにも頑張ってもらいたいんだよ? フウちゃんには空中での移動を手伝ってもらいたいし、ショーちゃんはいないとそもそも魔術が上手く使えないし! シズクちゃんやライちゃんの力で攻撃も出来るしっ!」

『うぅ、ボクだけ役立たずなんだよぉ』

「うっ!!」


 さすがにリョクくんは、火を扱う相手と戦わせられない。蔦は一瞬で燃えてしまうから。

 もちろん、本人もそれはわかっているのだ。でもそれとこれとは話が別なんだよね。


「リョクくんは迷路の時すごく頑張ってくれたじゃない! あれがなかったらここまで辿り着けてないんだよ? リョクくんのおかげなんだよ!」

『ボクのおかげ……え、えへへぇ、そうかなぁ?』

「そうだよ!」


 単純可愛い……! もちろん、助かったのは事実だからね!

 ふぅ、他の精霊たちもようやくやる気を取り戻してくれたみたいだ。よ、よかった。また次の機会も揉めるのかな、と思うとちょっとだけ遠い目になってしまうけど。


「自然魔術の使い手って大変なんだな……」

「精霊たちの声は聞こえないけど、なんとなく事情は察したわ」


 顔を引きつらせながらグートとルーンが私を労ってくれる。ありがとう、ありがとう。

 でも精霊たちは可愛いのでこのくらいなんてことないのである。揉めるのも愛ゆえなのはわかっているからね!


「よし、それじゃあ、準備はいいか?」


 荷物を全て片付け終えたところでグートが声をかけてくれる。私とルーンは揃って神妙に頷き、前を向いた。

 今日ばかりはワイアットさんもからかうような声はかけてこない。それどころか真剣な眼差しで私たちを見守ってくれていた。


 何も言われなくてもわかる。気を抜くんじゃないぞ、絶対に勝てよ、と励ましてくれているのが。返事は結果でお返ししたい。


 よーし! まずは気持ちで負けるな! ドラゴン退治ーっ!


 ボス戦の作戦は大雑把にこう決めた。

 先陣を切るのはグート、そして支援が私で、隙を見てトドメを刺すのがルーンだ。


 扉が開き、早速グートを先頭に部屋へと入って行く。引率のワイアットさんが入ったところで扉が閉まり、薄暗い室内に目を細める。

 暗闇でよく見えないけれど、私たちはみんな圧倒的な存在を肌で感じていた。目を逸らさない。ジッと目を凝らし、だんだんと暗闇に目が慣れてきたところでようやくその全貌が見えてくる。


「お、大きい……」

「ああ、レオガーのキメラよりずっとデカい」


 ルーンが圧倒されたように呟き、グートがそれに答える。明らかに気圧されているのがわかった。もちろん、私もその存在感だけでビビりまくりである。


 でも、逃げてはならない! 大丈夫、本当に危険だったらワイアットさんが助けてくれるもん。一撃で致命傷を負わない限り! ……大丈夫だよね? ね?


「室内を明るくするよ! この薄暗さはドラゴンに有利だもん」

「ああ、頼むよメグ!」


 怖さを吹き飛ばすように、私は大きな声で2人に伝えた。確か夜目が利くからね、ドラゴンって。

 すぐにライちゃんを呼び、大き目の雷玉を出してもらう。そのまま雷を落とさず、放電したまま天井に張り付いてもらうのだ。


「ライちゃん、危なかったら逃げてね!」

『任しときーや! 魔力もたっぷりもろとるし、いくらでも照らしたるでーっ!』


 頼もしい限りだ。身動きが出来なくなるから心配だけど、雷のスピードをもってすれば危険があってもすぐに逃げられるだろう、という判断である。

 うーむ、こういうことがあるなら光の精霊とも契約をしておくべきだったかな、とも思うんだけど。要検討である。


 ライちゃんが天井に張り付いて放電し始めたと同時に、ドラゴンが咆哮を上げた。狭い空間でこの咆哮はきつい……! 脳にまで響き渡るよ! 耳の良いグートやルーンは余計にそうかもしれない。

 耳を塞ぎながら2人の様子を見てみると、やっぱりかなりやられているみたい。くっ、音への対策も考えておくべきだった!


 しかし、ドラゴンはその隙も見逃さない。金色にギラついたドラゴンの目が、動きを止めたグートに向かった。位置的にも近いから当然といえば当然だ。このままじゃまずいっ!


「フウちゃん、私を運んで! ホムラくん、来て!」

『任せてっ、主様っ!』

『よっしゃーっ! よろしくなんだぞ、ご主人ー!』


 すぐに精霊たちに指示を出しつつ、私は駆け出した。もちろん、ドラゴンが狙うグートの前に!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る