大人になるということ
簡易テントの2階にある部屋に入ると、ルーンがベッドの上で布団を頭からかぶっているのが見えた。
そういえばこの部屋、人間の大陸に飛ばされたとき、リヒトとロニーの3人で一緒に寝た部屋だなぁ、なんて呑気に思い出す。狭かったけど、あの安心感はやばかった。3人揃って寝坊しちゃったんだよね。なんだか懐かしいな。
「だーれだ!」
「うぅっ、メグぅ」
ガバッと布団ごと後ろからルーンを抱き締めると、グスグスと鼻をすすりながらも律儀にルーンは答えてくれる。可愛い。
「ルーン、もしかしてなんだけどさ。一緒にお風呂に入った時に少し話したじゃない? やっぱり不安の方が大きかったりするんでしょ」
「! な、なんでわかるのぉ?」
ギュッとルーンを抱き締めながら声をかけると、驚いたようにルーンが身じろぎするのを感じた。
やっぱそうかー。なんとなく、ルーンが不安がっているように見えたんだよね。ほんと、なんとなくだったんだけど。
「私も、同じように不安に思ってるから、かな」
「メグ、も……?」
私がそっと抱き締めていた腕を離すと、ようやくルーンが布団から顔を出してくれた。泣いていたから鼻が赤くなってる。
私は収納魔道具からタオルを差し出した。濡れた冷たいのと、温かいの。小さい頃、私が泣いた時にギルさんがよくこうして渡してくれたよね。最近は泣かなくなったから昔の話って感覚だけど。
なんだかさっきから懐かしいことを色々思い出すなぁ。
「みんながさ、どんどん先に大人になっていくみたいで、いつも不安なの。ほら、私は成長が遅いでしょ? 余計にそう思うんだ」
「そ、そっか……」
「ルーンを見ていても、焦ったりするよ? 将来の目標を決めていて、それに向かって真っ直ぐ進んでいくルーンを見ていると、私はまだまだだなって」
そんなこと思ってたの? とルーンは目を丸くした。そんなこと思ってたんだよ。ずっとルーンが羨ましかった。みんなが羨ましかった。だって私の目標は決まっていないから。
魔王となる未来は決まってる。けど、覚悟がいまだに追いついてないんだもん。オルトゥスにいたいっていう気持ちの方が強いからだ。
だからまだ私は宙ぶらりんで、突き進んでいけない。ただ今を生きて、がむしゃらに訓練を頑張っているだけ。
目標を持って頑張る人が、すごく羨ましくて、置いて行かれているみたいで、いつも寂しくて辛いよ。
みんなはあっという間に大人になっていくんだなって考えると、どうしようもなく心細くなる。
だけど、羨んでいたって何かが変わるわけじゃないのはわかってるんだ。結局、今出来ることを変わらず頑張ることしか出来ないんだもん。
その時が来れば決断も覚悟も出来るのかもしれないし、出来ないかもしれない。
ただ、絶対に後悔するようなことはしたくないって思ってるんだ。ちゃんと自分で納得出来る未来をつかみ取りたい。いつか、きっと。
「ルーンの場合は、一番近くにいるグートがあっという間に大人になっちゃったから余計に寂しいんだよね?」
「そう……そう、そうなの! ちょっと前まで私が引っ張ってあげないとダメだったのに。いつの間にか落ち着いた雰囲気になっちゃってさ」
バッと顔を上げたルーンは、目を吊り上げながら拳を握りしめた。
「さっき言ってた将来のことも勝手に1人で決めて、進んでいこうとして。私だって、いつも必死なんだよ? 失敗もするし、落ち込みもする! なのに私が簡単に色んなことをこなしているみたいなこと言ってさぁ! それがすっごいムカつく!」
一度言ったら止まらない、というようにルーンは早口で吐き出していく。その勢いにやや押されつつ、私は黙って聞いていた。
「でもね、なんで相談してくれなかったの? っていたのが1番ショックで……。そう思っちゃうこと自体が、私はまだ子どもだなって突き付けられている気がして……」
と、そこでまた大人しくなったルーン。しゅん、と頭を垂れてまた泣きそうになっている。
「双子だからって、成長のスピードやタイミングが同じってわけじゃないでしょ? 気付いたらルーンの方が、ずっと大人になってるかもしれないよ?」
「そ、それも頭ではわかるけどぉ……」
理屈じゃないんだよね。未来のことなんてわからないし、今が私たちの全てなんだもん。けど、これだけはハッキリ言えると思うんだ。
「こうしてルーンが悩んでいるってこと自体が、ルーンが成長しているって証拠だと思うよ」
「ど、どういうこと?」
「だって、まだ子どもだったらそんなことで悩んだりしなさそうだもん」
身近な人が大人になっていくのを見て焦りを感じるってことは、自分の心が成長している証でもあるんじゃないかな。
大人になんかなりたくないって思ったり、早く大人になりたいって思ったり。それも思春期ならではの悩みなのかもしれない。
「うー。こんなに嫌な思いをするなら、大人になんかなりたくないわ!」
「本当にね。色々と面倒だよね、心って」
ボフッとルーンがベッドに仰向けに倒れたので、私もその隣に同じように倒れ込む。それから目を合わせてクスクス笑い合った。ルーンの表情が明るくなってきたみたい。
「でも、身体だけ大人になって心は子どものまま、なんていうのはなんだか嫌ね。そうならないための、必要な苦しみなのかもしれないわ」
そして、何かに気付いたようにそう言った。
あー、それはすごくわかるし耳が痛い。前世での私はいい年した大人だったけど、中身がちゃんと大人だったかって言われるとちょっと自信がないもん。
それなりに仕事は出来たし、考え方も大人だとは思うよ? けど、自分はまだ子どもだなって思うことなんてたくさんあった。
……というか、そういう部分って一生なくならないんじゃない? 完全な大人とは? 大人の定義は? そんな話になったらキリがなくなるよ。
うん、誰だって子どもだった時期があるんだもん。大人になってうっかり子どもの部分が出てきても仕方あるまい。
もしくは、今のは子どもだったって自覚出来ることが大人なのかもしれない。あー、難しい。
でも確実に言えることは、今こうしてグダグダ悩んでしまう思春期ってやつがとにかく面倒だってこと!
ちょっとしたことで浮いたり沈んだり、無駄に深く考えちゃったりさ。もっと能天気に生きたいよー!
「誰が先でも、後でも、結局みんな大人になるのは避けられないもんね。たくさん悩むかもしれないけど、ほら、こうしてまた相談しようよ。それでさ、大人になったらあの時は大変だったよねって話そう?」
「それは楽しみかも。……うん、大人になるのも悪くない気がしてきたわ!」
これからもしばらく、私たちはこうして思い悩むんだと思う。けど、それでもいいやって今なら思える。だって相談する相手がいるから。友達って素晴らしいっ!
笑い合った後、突然ルーンがガバッと起き上がった。それからパンッと手を打ち鳴らしてごめんなさいのポーズ。
「ごめん、メグ! 今日は私、グートと一緒の部屋で寝るわ!」
ふふっ、グートに会いたくなったんだね。よかった、話す気になってくれて。まだ仲直りが出来たわけじゃないけど、この2人なら大丈夫だよね。
私は2つ返事で了承すると、慌てて出て行くルーンの背中を見送った。
さーてと! 私は早く寝ちゃおうっと。明日からも頑張らなきゃだからね! 朝には笑顔の2人に会えるといいな。
次の日の朝、私が簡易テント内で朝食の準備をしていると、バタバタと急いで階段を下りてくる足音が聞こえて来た。足音は2つ。仲直り出来たかな?
「うーっ、寝坊したぁ!!」
「本当にごめん、メグ!!」
聞けば、昨日の夜は二人で同じベッドで話していたらいつの間にか寝ちゃっていたんだって。
何それ、想像しただけで可愛い。そしてものすごく気持ちがわかる。私も同じことをしたことがあるからね!! 人の体温を感じるとぐっすり寝ちゃうんだよねー。あれは仕方ない。
「今日の頑張りで挽回するわ!」
「おう。絶対に一度で攻略してやる!」
昨日の話には触れなかったけど、ちゃんとわかりあえたんだなってことが一目でわかる。それでこそアニュラスの双子だ。もともと深い絆で結ばれていた2人だけど、より強まった気がしてとても頼もしい。
「私も頑張るよ! さ、食べながら作戦の確認しよう?」
今日は7階層、火山のフロアに向かうんだから。えーっと、私はみんなの保護魔術に集中だったね。魔力をたくさん使うことになるから、それ以外は任せてって2人には言われている。
とはいえ、魔力なら問題はない。集中力は必要になるから、複雑な魔術を使うことは出来ないけど……。簡単な魔術なら使える余裕はあるはず。
今のうちにシズクちゃんとホムラくんによろしくね、と声をかけると、任せてという頼もしい返事がすぐにきた。ふふっ、頼りにしてるよ!
準備をすませて簡易テントを出ると、すでにワイアットさんが待っていた。随分いい顔してるな、って言われちゃった。やっぱりわかるものなのかな? ルーンとグートは照れ笑いしている。
「じゃ、今日も頑張れよー。だが、昨日までのようにはいかねーからな?」
「わかってる! ちゃんと気を引き締めるわ!」
「お、てっきりそんなことない、とか言い返してくるかと思ったけど。ちゃんと冷静になれてるみてーだな!」
うん、私もルーンはそう言うかと思ってた。もしかしたら、昨日グートと話したことで心境の変化があったのかもしれないな。私も気を引き締めていかないと!
パンパンッと軽く自分の頬を叩いて気合いを入れ直すと、グートが行こうと声をかけてくれる。
「今日で攻略してやるんだからっ!」
「お? 気を引き締めるって言っておきながら目標は高ぇんだな」
「あったり前じゃない!」
ま、それがルーンだよね! 私もそのくらいの意気込みで臨むぞー!
……と、言ってはみたものの。現実はそう甘くはありませんでした!
「くっ、魔物の強さがこれまでの比じゃねぇ!」
グートが前に進んでは回避のために元の位置に戻ってくる。当然ルーンや私もそれ以上前には出れないでいた。
そうなのだ、7階層から一気に魔物のレベルが上がっているのだ。これまでの感覚で倒そうと思って挑んだら返り討ちに遭う。もちろん、倒せない相手ではない。ただ時間がかかるし、倒したと思ったらまた次の魔物が至る場所から飛び出してくるのだ!
しかもここは火山フロア。触れただけで火傷が免れないような魔物ばっかりで、迂闊に近付けない。魔術を纏っているとはいえ素手の攻撃がメインのグートにとっては相手が悪かった。
「グート! このフロアは私が先に行くわ! その代わりメグの守りは任せたわよ!」
「わかった。頼んだぞ、ルーン!」
ということで、グートとルーンの役割を途中で交代することに。ルーンは武器を使っているからまだ安全だもんね。とはいえ爪だから気を付けないとやっぱり火傷してしまうけど。
時間はかかるかもしれないけど、無理なくここは安全第一だよね。ある程度は怪我も治せるとはいえ、ボス戦に臨む時には万全でいたいもん!
私はシズクちゃんに頼んでこれまでよりも厚めに水の防御をみんなに施した。魔力は遠慮なく使ってね、シズクちゃん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます