双子の衝突


 さて、とにもかくにも一度休憩するために、さっさと簡易テントの中に入りましょ。私の簡易テントは保護者からのプレゼントでものすごい性能がいいのでグートやルーンも一緒に使います。部屋も分けられているし、問題はないのである。


 ただワイアットさんは、自分は試験官だから別でいい、とのこと。ヒラヒラと手を振って私たちがテントに入るのを見送ってくれた。

 まぁ、ワイアットさんもかなりの実力者なのでまったく心配はしていないけど、寂しくないかな? などと余計なことは考えてしまう。子どもじゃないんだから大丈夫だとはわかっているけど! ついね!


「なにこれぇ、高級宿の一室よりも豪華じゃない」

「むしろ一軒家だろ……。テントの域を超えてるって」


 あ、やっぱり? 一歩足を踏み入れた双子は呆気にとられたように部屋の内部を凝視している。特級ギルドアニュラスの目線からいっても、これは規格外だという。

 むしろ、簡易テントというのは豪華なものでもちょっとした調理場があるワンルームが普通なんだって。ああ。これ、2階まであるもんね……。そりゃあ、驚くか。私も驚いたよ。だって私は今初めて、一般的な簡易テントのなんたるかを知ったからね!


「さすがはオルトゥスね。技術力が凄まじいとは聞いていたけど、これは反則級だと思うわ」

「でも、こんなのが販売されても困るよな。価格崩壊する。ぜひ今後もオルトゥス内だけで使ってくれって思うよ」


 商売人としてのお言葉、心に深く刻みます!!  

 ま、わかっているからこそオルトゥスも規格外な魔道具の販売はしてないんだろうけどね。


 とにかく、今日は疲れたでしょう、ってことで二人をテーブルまでご案内。すぐにご飯を出すからね、と伝えると慌てて二人も手伝うと言い出した。


「大丈夫だよ。キッチンはあるけど、出来ている食事を出すだけだから」

「収納魔道具の機能までついてんのかよ!?」

「……あれ? 普通は無理だったり、する?」

「はぁ。メグには一般常識を教え込む必要がありそうねー」


 そこはこちらもぜひお願いしたいところである。自分でもオルトゥスの基準で物事を判断するのは世間からものすごくズレる、って認識はしているけど、当たり前のように思っていることは気付けないからね。

 早速、食事をしながら延々と二人に諭されちゃった。肩身の狭い思いはしたけど、これは必要なお勉強だと思って真剣に聞きたいと思います! うっ、耳が痛い!


「いつかオルトゥスにも行ってみたいなー。ものすごく勉強になりそうだもの。あっ、でも余所者に見せることなんて出来ないかなぁ」

「うーん、どうだろ? 一度聞いてみようか?」

「本当!? うん、ダメ元でお願い出来る? 私、自分でも頼んでみるから!」


 私が許可をするわけにはいかないから、話を頭領であるお父さんに伝えることくらしか出来ないんだけど、それでも嬉しそうに両手を上げるルーンはとっても勉強熱心だよね。

 それもこれも将来のアニュラスのためだって断言しているし、目標がはっきりしているのってすごく羨ましいよ。


「ね、二人はやっぱり、将来はアニュラスの代表にって考えているの?」


 だからつい聞いてしまう。聞くまでもない質問な気はしたんだけどね。案の定、ルーンは迷いなくもちろん! と答えてくれた。


 だけど、グートは少し困り顔だ。あれ? 2人でアニュラスを支えて行こうってことじゃなかったのかな?


「俺は、その辺についてはルーンに任せてもいいかなって思ってる」

「えっ」


 そして、グートの口から出た答えに誰よりも驚いていたのはルーンだった。

 もちろん私も驚いているけど、その内容に、というよりはルーンが初耳だという反応をしたことに驚いているっていうか。相談とか、してなかったのかな?


「グート! それ、どういうこと?」

「あ、勘違いすんなよ? 一緒にアニュラスを盛り上げたいって約束は忘れてないから」


 やや焦ったようなルーンだったけど、続くグートの言葉を聞いて少しだけホッとしたように見えた。それでも、納得はしていないようでさらにどういうことかと詰め寄っている。


「いつか、ちゃんと話そうとは思ってたんだ。ちょうどいいから、今聞いてくれるか?」


 グートは落ち着いた様子で佇まいを直す。その穏やかさにルーンも毒気を抜かれたのか、大人しくわかったわ、と肩の力を抜いた。


 待って、なんだか大事な話に発展してない? これ、私も聞いていていいのかな? お茶でも淹れ直すついでに少し席を離れようかな。そう思って立ち上がると、グートに引き留められた。


「気を遣ってくれてんだろ? 別に聞かれても問題ないから。その、メグが気まずいっていうなら離れてもいいけどさ」

「えっ、と。その……」


 気まずくないって言われたら嘘になる。だって、ルーンが今にも泣きそうなんだもん。事情も良く知らない私が立ち入るのはどうなのかなって心配になるし。

 私が迷って立ったままでいると、キュッと私の服の裾をルーンが引っ張った。


「いて。メグも、いてよ」

「……うん、わかったよ」


 引き留められてしまっては私も無理に離れようとは思わない。そのままストンと再び椅子に座った。


「んな顔するなって。本当に約束は果たす気でいるんだからさ。あんま重く考えないでほしいんだけど」

「だ、だって。グートが悪いんじゃない。突然、私に任せてもいいだなんて放り投げてさっ」


 もしかすると、私がいることで話しやすいっていうのもあるかもしれないな。二人だけだとタイミングがつかめないってこともありそうだし。

 グートはやれやれ、と言った様子でルーンの頭に手を置いた。おぉ、お兄ちゃんみたい。弟かもしれないけど。


「悪かったって。あのさ、俺はルーンみたいに人を引っ張っていけるような器じゃないと思ってるんだよ。向き不向きってやつ。だから、代表にはなれねーんじゃないかって思ってて」


 そういえば二人で言い合いをしていた時も、人と話すのが得意じゃないみたいなことをルーンに言われていたっけ。

 その代わり、計算とか文章を読む力とか、そういうのは得意そうだったよね。あ、そっか。つまりグートは……。


「俺はさ、たぶん裏方でこそ力を発揮出来ると思うんだ。だからルーンは表で、俺は裏でアニュラスを支えていけたらって思ってる」


 やっぱりそっか。グートは縁の下の力持ちタイプなんだよね。きっと、ルーンが表で思い切りやりたいことをやるために、裏でしっかり支えてくれるんだ。

 うわ、本当に最強じゃない? このコンビならアニュラスの未来は安泰だ。前からそう信じて疑ってなかったけど、よりそう思えるよ。


「……によ、それ」


 だけど、ルーンの反応はそんなに前向きなものではなかった。下を向いたままポツリと呟いたルーンは、次の瞬間勢いよく立ち上がり、大きな声で叫ぶ。


「何よそれ! 勝手に決めないでよ! なんなのよ……グートは、最近そういうのばっかり!」

「なっ、なんだよ、そういうのって」

「勝手に理想を押し付けないで! 私は、私は……っ!!」


 そこまで言うと、ルーンはグッと言葉に詰まって黙り込む。それからガタンと椅子を鳴らして2階へ駆けあがっていく。

 目の前を通り過ぎたルーンの目には、うっすらと涙が溜まっているように見えた。


 ど、どうしよう。何があったのかな。すごく気になるし、声をかけに行きたい。でも、それはグートにも言えることだ。ルーンに伸ばした手が行き所を失って戸惑ったように彷徨ってる。


「な、んなんだよ……。ルーンの方こそ、最近やっぱりどこか変だ」


 そして、力なく腕を下ろし、俯きながらそう言った。続けて、情けないところを見せてごめん、と言いかけたグートの言葉を、私は彼の両手を握りしめることで止める。

 パッと驚いたように顔を上げたグートと目が合った。


「ルーンと話す? それとも、私が話を聞きに行こうか?」


 お節介を焼きたい気持ちはある。すごくある。だって2人は私の大切な友達。心配だもん。

 けど、これはたぶん2人の問題だから。まずはグートに意志の確認がしたかった。


「で、でも」

「謝らないでね? 私たちは今、チームなんだから。困った時は助け合うの。今話してもまた喧嘩になりそうだって思うなら、私が間に入るよ。ルーンの気持ちをちゃんと聞いてくる」


 私がそう伝えると、グートは一瞬だけ泣きそうな顔を浮かべて、それから一度下を向いて「うーっ」と唸った。

 グートも何か言いたい気持ちがあるなら聞くよ、と続けて声をかけると、観念したようにグートは下を向いたまま小声で語ってくれた。


「最近は、ルーンのことがよくわからないんだ。昔は手に取るようにお互いのことがわかったのに。そりゃあガキの時みたいにはいかないよな。でも、俺はルーンと喧嘩したいわけじゃない。なのに、最近はいつもこうなっちゃって」


 本当に情けない、とグートがどんどん萎れていく。今犬耳が出ていたらしょんぼりと垂れていることだろう。


「ごめん、メグ。ほんと、いつも喧嘩ばっかりみせてさ」

「喧嘩ばっかりじゃないよ。仲良しなところもたくさん見させてもらってる」


 話している途中、グートは何度もごめんと謝罪を挟んでくる。もー、謝らないでねって言ったのに。気持ちはわかるけど!

 でも、そうしてしばらく話を聞いていらうちに少しずつ声に力が戻ってきたことに気がする!


「俺、ルーンを悩ませた。だから、その原因が知りたい。これからも二人三脚であいつと頑張りたいって気持ちは本当なんだ」


 だから少し、あいつの話を聞いてやってくれないか? とグートはようやく真っ直ぐ私の目を見て頼んでくれた。

 これですべてが解決するわけじゃないけど、少しだけでも心が軽くなってくれたらいいな。ダンジョン攻略の大詰めでもあるしね!


「頼ってもらえて嬉しいよ、グート! 任せて!」


 笑顔でそう答えると一瞬、グートは動きを止めた。

 ……なんか、よくこういう反応をするよね、グートって。昔からシャイなところがあるなって思っていたけど、今回はいつものような照れた様子とは少し違う気がする。何かに気付いたみたいな、ハッとした様子っていうか。

 どうしたのかと首を傾げると、グートは何やら納得したように声を漏らした。


「ああ、そっか。俺、メグのこと……」

「私のこと?」


 聞き返すと、何でもないと首を振り、ニッと笑うグート。なんだろう、清々しさを感じる。まだルーンのことは解決してないのに、この短時間に何があったというのだろうか。


「ルーンのこと、悪いけど頼むな! 俺もメグからの話を聞いたらちゃんとルーンのとこに行くからさ」

「? うん、わかった。じゃ、ちょっと待っててね」


 よくわからないけど、どことなくスッキリした様子だからまぁいいか。思い悩むよりずっといい。

 よぉし、頼りにされたんだからしっかりルーンの話を聞いてくるぞ! ルーンも元気が出るといいな。

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