張り切る精霊ズ


「い、一度休憩にしよぉ……?」


 疲れ果てたルーンの声に、私たちは揃って頷いた。周囲に魔物の気配がないのを確認し、簡易結界の魔道具を置いてそれぞれがその場にヘナヘナと座り込む。


 ただ歩いているだけだったら疲れることもなかったこの4階層。あれこれ考えながら進んでいたせいで、私たちは想像以上に消耗していた。

 誰も怪我はしていないよ? ただ疲れただけである。かれこれ数時間は歩き回り、考え続け、魔物と戦闘、というのを繰り返していたからね。


 というわけで、まだ攻略は出来ていない私たち。休憩は攻略してからって決めていたんだけど、さすがにヘトヘトで……。

 4階層。ここは、これまで通りに進んだらダメな場所だったのだ!


「いやぁ、いい反応を見せてくれて楽しかったぜ!」


 あはは、と楽しそうに笑うワイアットさんを、私たちは揃って睨みつけた。知っていたからこその反応である。ぐぬぬっ!


「まさかこの階が迷路になっているなんてね……」

「地中を探っても全然わからないよー! すぐ道が作り替わるんだもん」


 そう、4階層はまさかの迷路だったのである。ダンジョンなのだから、そういうものじゃないかって? 違うのだ。本当に迷路なんだよ!


 階段を下りた先で見た光景は、壁と道、それだけだったのだ。何これ? とは思ったよ? でもとりあえず進もうか、と私たちは迷うことなく進んだ。それが間違いだった……!

 時々分かれ道があって、印をつけたり戻ったりとしながら進んでいたんだけど、さっきつけたはずの印が明らかに別の位置にあったり、消えていたりと不思議現象が平気で起こるのである。


 その上、ここはダンジョンなので魔物も現れる。一方通行だから逃げても追いつかれちゃうし、戦わないという選択肢はない。

 それなりに強い魔物なので、戦闘に不慣れな者はこの階で脱落しそう。でも戻ろうと思っても、来た道を辿ったところですでに道が変わっており、例の水晶まで辿りつけないんだから、詰むよね……?

 ダンジョンで命を落とすリスクがあるってこと、ここへ来てようやく実感したよ。


 これは普通に歩き進んでいるだけでは、5階層に向かう階段を見つけられないと気付いたのがついさっき、というわけ。

 もっと早くに薄々気付いてはいたんだけどね……。決め付けるのはもう少し進んでみてからでもいいかな? って考えが邪魔をしたなぁ。はふぅ。お水が美味しいです。


「はーぁ。お腹空いちゃった。ね、今食べちゃわない? 作戦会議しながら食べて、それから迷路の攻略しようよー!」


 ルーンがお腹を押さえながら上目遣いで主張してくる。可愛い。その可愛らしさにやられたのもあるけど、その提案には私も賛成だ。まずはご飯を食べて、頭をしっかり働かせないと!


 グートもそれでいいと頷いてくれたので、私たちはそれぞれ収納魔道具から昼食を取り出した。みんな同じ、簡単に食べられるサンドイッチだ。中身はそれぞれの好みによって違うけどね。


 ワイアットさんも少し離れた位置に座って同じようにサンドイッチを口に運んでいる。きっと、攻略方法を知っているワイアットさんからしたら、私たちの堂々巡りはつまらなかっただろうなぁ。試験官なので温かく見守ってくれているけど、ちょっと申し訳ないな。

 よし、これは絶対に攻略の糸口を見つけてやるんだから!


「地中を探ってみて、なにか違和感はなかった?」


 まずはルーンに聞いてみる。道を誘導してくれていたのはルーンだったからね。けど、ルーンはちょうど大きな口でサンドイッチを頬張ったところだったらしく、頬を膨らませて咀嚼中。あ、タイミングが悪かった!


「魔力の動きを感知出来たら、迷路が作られる仕組みもわかりそうなんだけどな。ごめん、俺は魔力を探るのは少し苦手だから役に立てなさそうだ」


 その間に、グートが落ち込み気味にそう告げてくる。人には得手不得手があるんだから気にしなくていいのに。グートはこれまで大活躍だったんだから、と励ましていると、ゴクン、とサンドイッチを飲み込んだルーンがそうよ! と声を上げる。


「お互いの苦手を補い合うから仲間なんでしょ! で、地中の違和感だっけ? 移動するたびにぐにゃぐにゃーって道が作り替えられていったのはわかるんだけど……。ごめん、私も魔力を探るのは苦手なんだー!」


 あはは、と明るく笑いながらそう言うルーンに、良いこと言っておいてお前もかよ! と背後からワイアットさんのツッコミが入る。

 二人揃ってそっちは苦手なんだね。まぁ、それは仕方ない。苦手なものは苦手なんだもんね、わかる。すごくわかる。


「よし! それなら魔力を探るのは私がやるね! 地中のことは調べられないけど、頑張ってみる!」


 これまで魔物を全く倒せず、ほぼ足手纏いだったので挽回のチャンスである。今こそ、魔術特化な私の出番だーっ!


「ショーちゃん、探れる?」

『んー、地中には生き物がいないから声が聞こえないのよー』


 なるほど。いくらショーちゃんといえども、生き物がいないなら声も聞きようがないもんね。種を放ってリョクくんに調べてもらおうかな? でも、この地面は固いし、蔦が行き渡らないかも。あ、それなら。


「シズクちゃんとリョクくんで、調べられないかな? この階層の迷路が変わっていく様子を調べたいんだ。リョクくんの蔦に私の魔力を流せば、探れるかもしれない」


 シズクちゃんの水で地面を柔らかくしたら、蔦も伸ばせるかなって思ったんだけど……出来るかな? ショーちゃんに通訳を頼むと、もちろん出来るという頼もしいお答えが! さっすがぁ!


『久しぶりに腕がなるのだ。主殿、広げる範囲はお任せでいいか?』

「うん、シズクちゃんの経験と勘にお任せするね」

『わぁい、ボクも役に立てるぅ』


 大きめな水色狼のシズクちゃんの頭の上に、ちょこんと座る緑のカエルなリョクくん。2人とも嬉しそうに纏う光を明滅させている。ああ、可愛い。うちの子可愛い。

 と、癒されている場合じゃないね。早速、種を放り投げると、シズクちゃんが地面に水を含ませていき、リョクくんが蔦を成長させていく。うん、問題なく蔦が地面の下に向かって伸びていってる。私はその蔦に魔力を込めた。


『うふふ、くすぐったぁい』

「ご、ごめんね、リョクくん。ちょっと我慢してね」

『大丈夫ぅ。ボク、これ、好きぃ』


 蔦に魔力が込められるのは、リョクくん的に少しくすぐったいらしい。くねくねと身体を捩らせて喜ぶリョクくんは可愛いけど、変な扉を開けないか心配だ。だ、大丈夫だよね?


 おっと集中、集中。蔦に込めた魔力がよくわかるように、私は無意識に目を閉じた。んー、今のところ特に異常はなさそうだけど……。


「あっ、地形が変わっていく……!」

「え? 今? なんにもわかんないよ?」

「こんなに、気付かないものなんだな……。俺、もっと魔力の扱い練習しよ」

「私もぉ……」


 まぁ、私が魔力について色々わかるのも、種族によるところが大きいだろうから。それに探るまで私だって気付かなかったもん。これがオルトゥスの大人メンバーなら簡単に気付けるんだろうなぁ。規格外な人たちばかりだから。

 なので2人がそこまで気にする必要はない。相変わらず向上心に溢れる頑張り屋さんである。


 さて、現在進行形で地形が変わっていってるわけだけど、それがわかるだけで違和感は見つけられない。全体的に魔力が蠢いているのはわかるんだけどなぁ。

 こうしている間にもシズクちゃんの水とリョクくんはグングン先へと進んでいく。蔦は伸ばせる長さに限界があるので、リョクくんは蔦の先端にくっ付いて移動までしてくれているのだ。


 そうだよ、精霊たちが頑張ってくれているのだから諦めるな、私。もっと集中して探るんだ!

 ……ん? すごくわかりにくいけど、この蠢く魔力、発生源があるっぽい。そこを中心にしてフロア全体に魔力が広がっている? 発生源には何があるんだろう。そこに魔力の塊があるような気がする。


「シズクちゃん、リョクくん。大きな魔力の塊がずっと先にあるの、わかる?」

『すまぬ。妾には大体の方向しかわからない』

『ボクはぁ、わかるかも』


 ショーちゃんを介して届いたリョクくんの声。そっか、リョクくんは私たちより魔力の塊の近くにいるからわかるんだね。それなら……。

 あ、でもこの作戦だとリョクくんが少し危険かもしれない。どうしよう。


『ご主人様、大丈夫なのよ? リョクは、ご主人様の役に立ちたいって思っているの。それに、危険があったら逃げることくらい、リョクにだって出来るのよー』

『ボクに出来ることがあるのぉ? 言ってよ、メグ様ぁ。ボク、頑張りたい』


 そんな私の迷いをいち早く察知したショーちゃんが、私の背中を押してくれた。それに、リョクくんも。うぅ、優しいよぉ!


「……わかった。じゃあ、頼める? 無事に終えたら魔力をあげるからね!」

『やったぁ! ボク、頑張るぅ!』


 いい子過ぎて辛い……! 涙が出てきそうだ。しかし泣いている場合ではない。そうと決まれば出来るだけ早くに行動を開始したいからね!

 私はパッと目を開けて、ルーンとグートを見つめた。そして今考えた作戦を2人に伝える。


「迷路を作っている魔力源を見つけたの。そこに行けば何かわかるんじゃないかなって思うんだ」

「なるほど。もしかしたらその魔力源が、このフロアのボスみたいな魔物だったりするのかも!」

「え、この階にもボスがいるのか? もう2階層くらい下にいるのかと思ってた」


 うん、それは私も思ってたよ。でも、まだその魔力源がボスと決まったわけじゃない。何かはわからないけど、油断しないようにその場所まで行ってみようと思うのだ。


「それで、その場所にリョクくんを残してきたの。そうすれば、ショーちゃんが声を辿れるから、迷わずに行けると思う。それで、あの……」


 私たちはついさっき休憩にしたばっかり。まだちゃんと休めていないのに、すぐに行きたいなんてワガママかな? 私も含めてみんなヘトヘトになっていたし、ちょっと言い出しにくくなって言葉が尻すぼみになってしまう。


「ええ!? それなら今すぐ行こうよ! リョクくん、心配だもんね!」

「だな。飯も食ったし、早速向かおう」

「……いいの? まだちゃんと休めてないのに。私が勝手にした行動で……」


 でも、一度戻って改めて探しても、またその魔力源を見つけられるか不安だった。だから、今その場に残した方がいいと思ったんだよね。でも、相談もせずに決めちゃったのはよくなかったなって思うのだ。

 それを2人に伝えると、双子は揃って呆れたようにため息を吐いた。えっ、ごめん!


「馬鹿ねー。そんなこと気にしないわよ!」

「それよりも、俺たちはメグの判断を信じてるからさ」


 だから、悩んでないで行くよ、と手を差し伸べてくれるルーンとグート。んもー、2人とも大好きすぎる!!


「うん! ありがとう! じゃあ、早速行こう!」


 私はその手を取って立ち上がる。一歩踏み出した足に、力が漲る気がした。

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