レオガーのキメラ


 大きな扉は手を置いた者の魔力に反応して自動的に開いた。重々しい音とともにゆっくりと開く扉に合わせて、私たちも警戒しながら中へと入って行く。

 4人全員が部屋に入ったところで、扉はまたしても自動的に閉まっていった。こんな感じだったっけ? なんて昔の記憶を辿りかけたけど、ダメダメ。今は集中だ!


「いたぞ」


 遮るものの何もない広い部屋の最奥に、魔獣はいた。記憶にある通りの姿のキメラだ。ライオンみたいな姿で尻尾も顔も複数あり、尻尾には蛇の顔がついている。確か、レオガーのキメラって呼んでいたよね。


 相変わらずの迫力だなー、とは思うけど、不思議とあの時よりも怖くない。それは私が成長したからか、一度遭遇しているからか、仲間がいるからか。いずれにせよ、今この状況で落ち着いていられるのは良かったと思おう。


 私たちに気付いた魔獣は、すぐにその場で立ち上がった。敵だと認識したらしく、グルルと低い唸り声を上げている。その様子にちょっとだけ怯んだ。負けるな私!


「先手必勝よ、グート!」

「わかってる! いつも通り頼むぞ、ルーン!」


 ルーンの声を合図に、グートが目にもとまらぬ速さで駆け出した。バチバチと電気音を残しながら魔獣に向かって一直線だ。

 躊躇う様子が一切ないのは、これまで通りだけど、強敵を前にしても落ち着いて行動出来るのは本当にすごいよ。たぶん、ルーンがしっかりとアシストしてくれるっていう信頼があるからこそなんだろうな。


 事実、ルーンは的確に敵の足場を崩し、グートが攻撃をしやすいようにしてくれている。下手をしたら、グートの足場も崩してしまいそうなところ、そうはならない辺りが2人の連携の上手さだ。


 感心している場合じゃないね。私も仕事をしないと!


「リョクくん!」

『はぁい! 脚を狙うねぇ』


 昔、ジュマ兄に教えてもらったことをちゃんと覚えてる。一撃で仕留められなさそうなら、まず敵の動きを封じることが大事だって。せっかくルーンが作った穴に足が取られているのだから、そこから抜け出せないように足の自由を奪う。


 私の放り投げた種を受け取ったリョクくんはそのまま真っ直ぐ魔獣の足元に向かった。精霊だから踏みつぶされるって心配はないと思うけど、リョクくんはのんびりさんだからちょっと心配……! が、がんばれ!

 そんな私の心配をよそに、リョクくんは危なげなく魔獣の足元に近付き、その周囲を飛び回りながら蔦を急成長させる。蔦は一瞬で魔獣の足に絡みつき、バランスを崩した魔獣はルーンの作った穴に落ちながら勢いよく倒れた。よしっ!


「グート!」

「おっけ!」


 私が叫ぶと、グートはとどめを刺すために雷を纏いながら駆け出す。その途中で魔術陣を出現させたかと思うと、魔獣の真上からたくさんの雷の矢が降り注いだ。すっごぉい……!

 雷の矢をその身に全て受けた魔獣は、咆哮を上げた。うっ、痛いよね、苦しいよね。ってダメダメ、聞き入ったらダメだ! あの魔獣は倒すべき個体で、ここはダンジョン。また生まれてくるんだから!


 目を逸らさない。今度はちゃんと、魔獣の最期を見届けるんだから。私は顔を上げてしっかりと目を開けた。そういえば前の時は気付けば首だけだったよね。今思えば恐ろしすぎる光景である。


 雷の矢が当たった部分からシュウシュウと煙が上がっていて、きっとダンジョン以外の魔獣だったら肉の焼けるような匂いがしたと思う。体験したことがないからその匂いがどんなものかも私にはわからないけれど。一刀両断も怖いけど、これはこれでじわじわと命がすり減っていく様子が見て取れて心がどうしても痛む。

 いつかはこの状況も実体のある魔物で体験するかもしれない。それでも、私はそのことを受け入れなければならないし、怖がっているわけにはいかないんだ。


 あれこれと考えている間に、魔獣はその姿を粒子に変えて消えて行った。倒されるために何度も生まれてくるあの子は、何かを思ったりするのだろうか。深く考えたらよくないとはいえ、ついそんなことを考えてしまう。そして悟る。


 これ、考えないようにって意識するのは諦めた方が良さそうだなーって! だって、考えちゃうもん。目を逸らしたらその分、結局答えが見つからないから考えちゃう、そのループにハマるだけだ。

 ならどうするか。そんなの決まってる。


「ショーちゃん」

『……で、出来るけど、いいの?』


 私の考えなどお見通しなショーちゃんは、戸惑い気味に聞き返す。優しい子だなぁ。でも決めたからお願いしたいんだ。

 私は知りたい。死の間際にあの魔獣が、どんなことを思っているのかを。あの魔獣の心の声を、どうか教えて?


『……わかったのよ。あのね。あの魔獣は、もう何も考えてないのよ。自分の役割を受け入れているの。やってきた人に襲い掛かるのも、倒すのも、倒されるのも、全部が本能で、それ以上でも以下でもないのよー』


 それがあの魔獣にとっての「当たり前」なのだとショーちゃんは言った。野生の魔物や魔獣は、生きるために行動をする。だけどダンジョンの魔物たちは、人を見かけたら襲う、倒されたらそれはそれ、それだけが生きる理由になっているって。


 私はそれを聞いてスッと心が冷えていくのを感じた。だって、それって……!


「魔王の力が暴走した時の、魔物たちの状態と同じ……?」


 これは、どういうことだろう。いや、考えればわかることだ。


「ダンジョンの魔物や魔獣には、自我がないんだ」


 機械と同じだ。刻まれた指示をただこなすだけ。本能のままに、敵認定した存在がいたら、排除しようと行動する。それだけの生命体なんだ。

 なんだろう、理解は出来たけどそれってすごく寂しいな。そしてなんだか切ないし、それなら仕方ないね、とも割り切れない。


 だって自我がない状態というのは、私が宿る前のメグと同じなんだもん。この子たちも「メグ」のように、もしかしたら心の奥底で自我を求めているのかもしれないのだから。


「どうしたメグ。難しい顔して」

「ワイアットさん……」


 心配そうに顔を覗き込むワイアットさんに、同じく心配顔でこちらを見る双子と目が合う。ああ、また顔に出ちゃったんだね、私ったら。


 なんでもない、って言ってしまっても良かったんだけど、自分の考えを整理するためにも、私は今考え付いたことを3人に話して聞かせることにした。他の人の意見も聞いてみたいしね。

 それに、心配をかけてしまった分、理由くらいは説明しないとって思ったんだ。私たちは今、チームなんだから。


「ダンジョンの魔物と普通の魔物が違うっていうのは知っていたけど、深く考えたことなんかなかったよー!」

「物事を深く考えられるんだな、メグは」


 双子は驚いたように目を丸くしてそんなことを言った。ちょっと変なヤツだとは思われたかもしれないけど、引かれなくてよかったって安心した。むしろ好意的に受け止めてくれてありがたいよ。


「うーん。オレも正直考えたことなんかなかったけど……たぶん、オルトゥスの研究チームなら色々知ってることもあるんじゃないか?」


 そっか! そういえば、オルトゥスには優秀な頭脳が何人もいらっしゃるんでした! 頼りになる人が身近にいるではないか。

 ミコラーシュなら誰がその手のことに詳しいかも知ってると思うぞ、とワイアットさんが教えてくれる。ふむ、それならオルトゥスに戻ったら真っ先にミコラーシュさんに話を聞きに行こうかな。


 知ることで、克服出来るかもしれない。知ったら余計に無理! ってなる可能性もあるけど、このままじゃ前にも後ろにも動けない。うん、やることが決まったら心のモヤモヤがスッキリしたよ!


「ごめんね、もう大丈夫。ね、3人だけでボスを倒せたね!」

「おう! ちょっと余裕があったよな」

「私たち、なかなかいいチームだよねー! メグの拘束魔術、すごかった!」


 気持ちを切り替えて私が話題を戻すと、グートもルーンもパッと表情を明るくして応えてくれる。2人のこういうところ、すごく好きだー!

 ルーンのトラップも的確ですごかった、グートの攻撃やスピードもすごかった、と私たちはお互いを褒め合う。


「よし、この先はまだ3人の誰も行ったことがないんだよな。もっと気を引き締めて行こう」


 そうだ、私もこの先は未知の世界。だってあの時は、そこの水晶から出口に向かったからね。

 先に進む場合は赤い水晶、出口に行く場合は透明な水晶なんだって。この先、危険だと思って出口に行きたい場合はここまで戻ってくる必要があるってことだ。あ、またボスを倒す必要はないよ。この広いボス部屋を出たところに、透明な水晶だけ設置されているらしいからね。


「ここからはまた難易度も上がるだろうし、油断は禁物だよね」

「全部で10階層まであるんだよね? うーん、まだ先は長いねー。今日はどこまで進めるかな?」


 このダンジョンは難易度がそこまで高くないから10階層までだけど、もっと深い場所もあるし、最下層がまだ発見できてないダンジョンもあるって聞いたことがある。

 底がわからないって怖いよね。つまり、未発見の場所はギルドの手も入っていないってことなんだから。まぁ、行く機会はないだろうけど、どんな場所なのかは聞いてみたい。ビビりですみません。


「無理はしたくないしな。とりあえず4階層を攻略したら一度休憩にしないか?」


 グートの言葉にルーンと揃って賛成した。4階層でてこずるかもしれないしね。余裕であっても一度、落ち着く時間は取った方がいいもん。


「でもでも! 私たちの連携プレーがあれば、きっと4階層だってあっという間だよ! 力を合わせて頑張ろーね!」

「「おー!」」


 しかし私たちは甘かった。敵が強いだけが難易度の高さを示しているわけではないんだって、思ってもみなかった。


 ニヤッと背後で意地悪そうに笑うワイアットさんを3人揃って睨みつけることになるのは、この数10分後のことだった。

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