恋についてのお勉強


 カフェを出た後はまた少しだけ通りを散策し、私たちは宿へ戻ってきた。後半戦はそんなに時間をかけなかったよ! 私とルーンだってちょっとは反省しているのだ。

 宿に戻って4人で夕飯を食べ、明日は早いからと早々に部屋に戻る。ルーンがちゃんと夕飯を食べきっていたことに改めて驚いたよ。本当によく食べるんだなぁ。私は量を減らしてもらっても食べきるのに苦労したというのにこの差よ。もう少し胃の容量を増やしたいものである。


「ふー、今日は楽しかったぁ! よし、今度はお待ちかねのリラックスタイムー」


 部屋に入って鍵を閉めると、ルーンが再びウキウキしながら浴場へと向かった。魔道具を操作して湯船にお湯を溜めているみたい。いつでもご機嫌で私もつられて気分が上がっていく。


「入浴剤、楽しみ。なんだかすごく贅沢をしているみたいで、ドキドキするよ」


 私も一緒になって浴場に向かうと、ルーンがそうでしょう、そうでしょうと笑顔で振り返る。


「せっかくの機会なんだもん。楽しまなきゃ損だよ! そりゃあ明日からは真剣にダンジョンに臨むよ? でもそれはそれ、これはこれだもの」

「ふふ、そうだね。むしろ、英気を養えていいかも」

「そうそう! そうだよねー!」


 その場でお喋りが始まった私たち。せっかくだからお湯が溜まるまでの間に、全身洗ってしまおう、ということでそれぞれ服を脱いで洗い場に立った。

 さすがは高級宿の良い部屋なだけあって、洗い場も子ども2人なら余裕で全身を洗える広さがある。オルトゥスの大浴場もいいけど、こういうのもいいなって思っちゃう。

 せっかくだからと背中を流し合ったのも楽しかった! くぅー! キャッキャと一緒に楽しくお風呂だなんて女子っぽいー! 嬉しいー!


 ちょうどいいタイミングでお湯も溜まり、ルーンが入浴剤を入れた湯船に二人して浸かる。お湯が乳白色に染まり、優しいお花の香りが浴室内に広がっていく。もうそれだけで癒されるー。


「どう? 入浴剤の感想は」

「最っ高! 1日の疲れが取れちゃいそう」

「そうでしょ! 喜んでもらえてよかったぁ」


 しかもこれ、肌触りが滑らかで美肌効果がありそう。聞けば、保湿効果もあるのだとか。おお、やっぱり!

 自分の身体にお湯をかけつつ堪能していると、ルーンがあのさ、と少しモジモジした様子で話しかけてきた。なんだろう?


「ね、メグはさ、その。恋とか、してる?」


 そして続くそのセリフに、私はえっ!? と大きな声を上げてしまう。いや、だって、まさかそんな方向に話が向かうとは思っていなかったから。

 もしかして、ルーンには誰か想い人がいるのかな? そう思って視線を向けると、ルーンは慌ててそうじゃないの! と両手をブンブン振った。


「私が誰かに恋をしてるってことじゃなくて! 最近ね、気になる人はいないの? って母さんに聞かれたんだ。それで、話を聞いていたらなんだか興味が湧いてきちゃったの。恋ってどんなものなのかなぁって」


 そっか。お母さんとそんな話を……。私も女親がいたらそんな話をしたのだろうか。

 サウラさん、はお母さんというより頼りになるお姉さんって感じだし、そもそもあまりそういった話をするイメージはない。たまにチラッとからかったり、あけすけに物は言うけれど。ケイさんはどちらかというと男性的な思考だからね。ナンバーワンイケメンだもの……。


 つまり、その手の相談は私には不向きである。リヒトとはたまに話すけど、ほぼ聞いているだけだしね。あの2人はもはやバカップル化しているし。


「私にも、よくわかんないや」


 なので返せる言葉はこれだけである。お役に立てなくて申し訳ない。でも、ルーンはこの返事に満足した様子。やっぱり!? と仲間を見つけたかのように私の両手を握り、一緒に勉強してみない? と目をキラキラさせて言い出した。好奇心の塊だぁ!


「勉強っていったって、何をするの?」

「一緒に考えてくれるだけでいいのよ。前に母さんから聞いたこと、教えてあげるから!」


 なるほど、テーマ「恋」について、2人で考察していくわけだ。それならぜひとも勉強させていただきたい。前世含めて私に欠けている知識だからね! なんだか改めて考えると残念なヤツだよね、私って。


「あのね、誰かに恋をするとー、その人を好きで、好きで、たまらなくなるんだって。それで、同じくらい苦しいんだって」

「苦しい?」


 神妙な面持ちで語り始めたルーンの言葉に首を傾げる。そういえば、一時期リヒトも悩んでいた時期があったっけ。たしか、クロンさんに他に好きな人がいるのかもって考えていた時のことだ。クロンさんが幸せなら応援するってあの時のリヒトは言っていたけど、本音としてはリヒトも辛かったのだろうと思う。たぶん、恋の苦しさっていうのはそういうことなのだろう。


「物足りなくなるんだって。もっともっと、相手に自分を一番に見てもらわないと満足出来なくなるんだって。なんだか、ワガママな子どもみたいだと思わない?」

「言われてみればそうかも」


 自分を見てよ! ってアプローチはまさに子どものそれだよね。確か、初めて出会った時のアスカがそんな感じだった。元々可愛くて、ずっとエルフの郷の大人たちから自分だけがチヤホヤされてきたから、突然やって来た私が歓迎されたことで嫉妬したんだよね。

 あの時は、みんなそれぞれ可愛いでいいじゃない、みたいな結論になったと思う。アスカはアスカで、私は私で、他の人は他の人で可愛いし、愛されるんだからってことで納得してくれたのだ。


 その時の状態と確かに似ている。でも、聞いた限りだと恋ってもっと強欲だよね。自分が相手の一番になりたいんでしょ。相手の幸せを願う気持ちはあっても、心の奥底では一番になりたいんだ。あれ? 子どもよりタチが悪くない?


「私、もっと小さい頃は誰か素敵な人を見付けて、その人のことが大好きになって、それで恥ずかしくなっちゃう、とかそういうものだと思っていたの。でも、それだけじゃないんだなぁって、母さんの話を聞いて思ったんだ」

「……恋って、厄介なんだね」

「ね! そんな面倒臭い思いをするなら恋なんてしたくないわ、私」


 もっと楽しいものだと思ってたのにー、とルーンは自分の頭の上に両手を置いた。自分の主張をハッキリと言える無邪気なルーンらしいな。もちろん、私も同意はする。

 けど、何ごとも楽しいだけでは成り立たないって知っているから。こういう部分だけ大人な思考なの、嫌になっちゃうなぁ、もう。


「でも、しないって決めても無理らしいよ? 恋はするものじゃなくて、落ちるものなんだって」

「なにそれ、避けられないってことぉ? やだやだっ、もはや病気じゃない!」

「そうそう、恋は病気と一緒だって聞いたよ」


 確か、オーウェンさんの言葉だったと思う。自分はメアリーラさんに出会った瞬間、気付いたら彼女にメロメロになっていたからって。あの子を好きになろうと思って好きになったわけじゃないから、自分は恋に落ちたんだって言っていたっけ。

 もちろん、相手に言い寄られて好きになる努力をした結果、それが恋になることもあるとも言っていたな。本当にややこしいよ、恋。


「そんなに大変なのに、アニュラスのみんなは恋がしたいって言ったり、実際に恋をしていたりするのよね。母さんなんかはいつも父さんと仲良しで幸せそうだし……。苦しいけど、幸せの方が大きいのかなぁ。そう考えると、やっぱり気になっちゃう」


 それも同意。すごい、ルーンとはものすごく気が合うよ。私も常々そう思っていたから。辛くて苦しいのに、恋をしたがるのも、私たちが恋がどんなものなのか気になるのも、根本的には同じ思考なのかもしれないな。いや、恋をしたいとまでは思えないけれど。


「結局、誰よりも大切に想える人がいたら、それが恋になったりするんじゃないかな?」

「誰よりも大切に想える人、か。今のところ父さん母さんとグートしかいないやー」


 これは家族であって恋じゃないもんねー、とルーンは湯船に顔の半分潜ってブクブクと音をたてる。うんうん、わかる。私だってオルトゥスのみんなや父様、リヒトたちのことは家族だって思っているもん。


「けどさ! メグはグートには恋が出来るよね!」

「え?」

「だって、家族とは違う友達だもん。いつか恋になることだってあるでしょ?」


 友達から恋人に、っていうのは前世でもよく聞いた話だけど、私はむしろずっと友達でしかなかった、ってクチだからあまり実感はないなぁ。けど、あり得ない話ではないっていうのはわかる。


「そうなのかもしれないけど……。じゃあ、友達に対する好きと、恋した時の好きって、何が違うの?」

「うっ」


 ルーンはその答えを持ち合わせていないようだった。恋愛レベルが同じ初心者っぽい雰囲気を感じてなんだか安心しちゃうなぁ。「それは、その、あれよ」と言ったきり、ルーンはブツブツと小声で呟き始めた。「でもグートは」「あれはきっと」などなど、よく聞き取れはしないけれど。まぁ、グートとも似たような話をしたことがあるのだろう。そうか、男の子の意見っていうのも気になるね。


「……わかんないわね」


 結局、ルーンの出した答えはこれだった。思わずフフッと笑ってしまう。


「私もわかんないや。難しいよね」


 けど、考えたところで私だって出てくる結論は同じ。まぁ、今のところは誰かを想って苦しくなることはないのだから、恋をしていないってことだ。私も、ルーンもね。

 だからいつか悩む日が来たその時は、お互いに相談し合おうね、ということで話を終わらせ、私たちはお風呂から上がった。ちょっとのぼせたかも。


 それから、2人で今日あった出来事や、明日からのダンジョン攻略のことについて少しお喋りして、早めにベッドに入った。夜は寝かせないよー? と張り切っていたルーンではあったけど、さすがにあれは冗談だよ、と笑った。明日以降のことを考えて早く寝るようだ。そのことにホッとしたのは内緒である。


 だって、もう眠気が限界だったから。今日はたくさん移動して、たくさん楽しんで、極めつけにポカポカでいい香りのお風呂にのんびり入ったんだもん。そりゃあぐっすり眠る準備も万端だ。見ればルーンの目も心なしかぽやん、としている。


 なぁんだ、ルーンも眠かったのね、と嬉しくなって私は明かりを消すねと声をかける。おやすみぃ、というほにゃほにゃしたルーンの挨拶に、私もふわふわした返事をしてゆっくりと目を閉じる。


 ……誰かを想って苦しくなるのが恋、か。いやいや、もう寝よう! おやすみなさーい!!

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