年頃のせい


 食事の後はすぐにダンジョンへと向かうことになった。私やワイアットさんは最初からその予定だったからいいけど、ルーンとグートの2人も一緒に向かうという。


「断られることなんて、考えてなかったからねー。準備もばっちり!」

「あ、あはは。ごめん、話を聞いた時から、メグたちに同行する気満々だったんだ」


 急な出発になって大丈夫かな、と心配だったんだけどそういうことなら問題はなさそうだね。本当にちゃっかりしてるな。たぶんルーンが。グートは勢いに押されてるんだろうなって容易に想像出来たよ。


 ちなみに、獣車も手配済みだそう。なにからなにまで用意がいいな!?


「ルーン、グート。迷惑かけんじゃねーぞ。あと、何かあったら魔道具で知らせろ。すぐに駆け付けるからな。アシュリーが」

「父さん、アシュリーの扱いが雑過ぎない? あんまりこき使っちゃダメだよ……」


 アシュリーさん? あっ、大会の時にルーンやグートと一緒にいてくれた人だっけ。ギルさんみたいに口元をマスクで隠していて、全く喋らなかったけど親切な人、という印象がある。

 あとはグレーに緑のメッシュという変わった髪が記憶に残ってるなぁ。どうも振り回されがちな人っぽいね。


 というか、ディエガさんってちょっとお父さんと似てる部分があるよね。まぁ、特級ギルドのトップに立つ人なんだから、直々に助けに行くっていうのが難しいのもわかる。


「俺だってそんなことはしたくねぇさ。だから、手間かけさせねぇように、お前らがうまくやってくれりゃいい」

「げっ、それって出来れば呼ぶなってことかよ」

「察しがいいじゃねーか。その通りだ。ほら、さっさと行け。ルーン、気を付けるんだぞー」

「父さんは俺とルーンに対する態度を変え過ぎだって!」


 ディエガさんとグートのやり取りは聞いていてちょっと面白いな。やっぱり娘の方をより心配してしまうものなのかもしれない。ルーンに声をかける時はやけにデレデレしているし。

 かといって、贔屓をしているわけじゃないっていうのは見ていてわかる。頼んだぞってグートの背を叩くその姿からは息子を信頼しているのが伝わって来たし、グートも頼りにされてすごく嬉しそうだから。いい親子だなぁ。


「じゃ、行きますか!」

「よろしくお願いしまーす! ワイアット!」


 背中を叩かれて少し痛そうなグートを待って、ワイアットさんが声をかける。ルーンがウキウキと返事をする様子がなんだか可愛いな。私も楽しみになってきちゃった。

 でも、ダンジョンは危険な場所だから油断は大敵。気を引き締めて望まないと。その前に空の旅だけどね! あ、ダメだ、やっぱり楽しみ。ワックワク!




 獣車のお店に着くと、すでにお店の人が空飛ぶ獣を二頭準備して待ち構えていた。同じ種類の獣だったことに驚いていると、ルーンがフフンと胸を張った。


「特級ギルドアニュラスよ? メグたちに合わせて獣を準備しておくに決まっているじゃない!」

「あ、もしかしてオレたちのもあらかじめ取っておいてくれてた? なーるほど。道理でスムーズに予約が取れたわけだ」


 空を飛ぶ獣、しかもスピードの速い獣は人気があるから取れないことも多いのだそう。確かに今回はあっさり取れてたもんね。そっか、アニュラスで先に押さえてくれていたんだ!

 ちなみに、今回乗る獣はスピード自慢のルコンと呼ばれる鳥だ。成人なら2人乗っても余裕っていうくらい大きな鳥。ギルさんの魔物型よりは小さい、かな?


「ありがとう!」

「えへへ、取ったのはアシュリーだけど、お願いしたのは私だからお礼の言葉はしっかり受け取っちゃうよ」

「ほんと、ルーンは調子いいんだから」


 ふふ、でも嬉しい言葉を素直に受け取れるルーンは素敵な女の子だなっていつも思うよ!


「そういえば騎乗は出来るの? 2人で乗るんだよね?」


 乗れなきゃ借りないだろうけど、この2人は成人間近とはいえ未成年。子どもだけで乗れるのってすごくない?


「俺たちにとっては馴染みのある獣だから。小さい頃から父さんやアシュリーに乗せてもらってたし、数年前にはそれぞれ1人で乗れるようになってる」

「へぇぇ! すごいなぁ。私はまだ陸上を走る獣に乗るのも覚束ないのに」


 これが運動神経の差か。乗せてくれる獣たちはどの子も優しいよ? ショーちゃんに通訳してもらっているから、意思の疎通だって出来る。だから気持ちは通じ合えるんだけど……。

 たぶん、通じ合えるからこそ私が遠慮しちゃってうまく指示が出来ないんだよね。お互いに戸惑ってしまって気を遣い合っているっていうか。何してんだ、ってお父さんにも突っ込まれる始末だ。精霊たちにはうまく指示が出せるのになぁ。謎である。


「魔術で空を飛べる方がすごいよ! 私たちは自分では飛べないもん。獣に頼るしかないから騎乗の訓練を頑張ったんだよ」

「そうそう。メグは俺たちが騎乗の訓練している分、空を飛ぶ訓練をしただろ?」


 あ、そうか。そうだよね、得意不得意の問題ってやつだ。だけど、ルーンもグートも魔術で飛ぶことを諦めてはいないという。短距離でもいつか飛びたいといろいろ考えているんだって。努力家だぁ! 私も負けてられないな。騎乗訓練も頑張らなきゃ!


「さ、まだ騎乗に不安が残るメグはオレがサポートするからこっちにこい。しっかりベルトしとかないと」

「う、お世話になります……」


 ワイアットさんの元へ向かうと、腰にベルトを装着される。ワイアットさんも同じものをしていて、2つのベルトを金具で繋げるようになっているみたい。これは獣に装着された手綱とも繋げるんだって。なるほど、落ちないようにってことか。

 ふと横を見ると双子も慣れたように同じ準備を進めている。


 いつもは魔物型のオルトゥスメンバーに乗せてもらうことが多いから、一般的にはこうした支度をするんだ、っていう勉強になるな。私の一般常識は、こうして外に出た時に培われるのだ。事情は察してほしい。


「メグ、自分で乗れるか? オレが後ろから抱えるように乗るからさ、先に乗ってくれるとやりやすいんだけど」

「わかりました!」


 いい子いい子、とルコンの首元を撫でつつよろしくね、と声をかける。羽毛、最高です。すると、クルルという可愛い鳴き声が返ってきた。とても可愛い。

 それから魔術でフワリとルコンの羽の付け根辺りに乗った。首には輪っかになった金具と鎖が付いた首輪があるので、これとベルトを繋げるんだなってすぐにわかった。

 数秒後にはワイアットさんが私の後ろにフワリと座り、手際よく金具を繋げていく。ドキドキしてきた! 遊園地のアトラクションに乗る前の緊張感を思い出したよ! 懐かしい!


「じゃ、行きますかー! 双子ちゃんたち、オレたちより前に出ないように」

「はーい!」

「わかりました」


 簡単な確認をし合うと、ワイアットさんはすぐに手綱を握り、ルコンを飛び立たせる。バサッと羽を広げたルコンは、軽く助走をした後に急上昇! あっという間に私たちを大空へと運んでくれた。

 重力を感じて一瞬、呼吸を忘れちゃったよね。まさにジェットコースター。緩やかな上昇ばっかり経験しているから、久しぶりの感覚にビビったのは内緒である。


 飛行が安定したところで周囲を見渡すと、私たちの斜め後ろから双子の乗るルコンが飛んでいる姿を発見。ルーンが前で、グートが後ろだ。身体の大きさ的にも小さい方が前の方が乗りやすいからだろう。

 2人とも堂々とした姿勢で乗っていて、カッコいいな。特にグートは手綱を持っているから余計にかっこよく見える。なんか、成長したんだなぁっていうか、男の子なんだなぁっていうか。しみじみ。


「あのさぁ、メグー」

「? なんですか?」


 空の旅の間はお喋り好きなワイアットさんと2人、他愛もないことを話していた。会話が一度途切れた後、ワイアットさんが少し言い難そうに別の話題を切り出す。


「勘違いだったらごめんなんだけどさ、そのー……ギルさんとなんかあった?」

「へっ!?」


 思っても見なかった人からの思いもよらぬ話題に変な声が出た。うっかりその場で立ち上がりそうになったところを、後ろから抱えてくれているワイアットさんにしっかりと支えられる。ご、ごめんなさい。


「悪い、悪い。動揺させたなー」


 しかし、こうなることは予想通りだったのか、ワイアットさんはカラカラと明るく笑った。私もかなりわかりやすい反応しちゃったな、とここで初めて気付いて恥ずかしくなる。


「うー……。何かがあったってわけじゃ、ないんですけど」


 ワイアットさんが相手なら話しやすいかな、って感じたものの、ゴニョゴニョと曖昧な言葉を呟く私。

 というか、今度リヒトに相談しようとは思っていたけど、自分でもこのモヤモヤをどう伝えたらいいのかわからないってことに気付く。今も、なんて説明したらいいのかわからなくて黙ってしまった。


「そっか、そっか。あー、無理して答えなくていいぜ? たださ、様子がおかしい気がしたからちょっとだけ心配になったんだよ」

「ごめんなさい、ご心配をおかけして……」


 結局、何も答えられない私に対しても気にしなくていい、とまた笑ってくれたワイアットさん。なんだか、その笑い声を聞いていると本当に気楽になるな。心がフッと軽くなったような気がする。


「たぶんさ、年頃のせいってのが大きいと思うぜ。俺もメグくらいの年の頃、やけにイライラして問題を起こしたりしたんだ。その時、周囲の大人が俺にそう言ってくれたんだよ」


 年頃。うん、それは私もわかってる。成長期を迎えて、思春期に突入しているのだ。身体が大人へを変化し始めて、それに心が追い付いていないというか、不安定になるっていうか。


 魔力が増えすぎて落ち着かない時期があったけど、あれともまた違う感覚なんだよね。あの時は一度不安になるとどこまでも落ち込んでしまったのが、今は……浮き沈みが激しいって感じかな。

 出来れば誰もそのことに触れないでほしい気持ちがあり、1人になりたいことが増えた気がする。


「だからさ、モヤモヤのせいで変な態度を取ったり、失敗することがあるかもしれないけど、みんなわかってっから! 誰もが通って来た道だし、気にしなくていいんだぞ」


 う、それはそれで恥ずかしい気もするけど。そっか。つまりワイアットさんは、みんな私を見守ってくれてるよって言いたいんだよね。励ましてくれているんだ。

 そんな雰囲気は私だってひしひしと感じてる。けど、それさえもやめてー! って思っちゃう自分がいる。私のことをそんなに見ないで、気にしないでって。今まで散々お世話になってきたのに、思春期って本当に厄介だな……。


「ほ、本当に? ギルさんも、気にしてないかな?」

「気にしてるかどうかはわかんねーけど、頭では理解してると思うぜ」


 あ、気にはしている可能性あるな、これ。まぁ、それもわかるけどね。頭でわかっていても心が付いていかないなんて、今の私の状況と同じだし。


 でもあのギルさんでさえ、みんなと同じように悩むことがあるのかもって思ったら、なんだか心が温かくなる気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る