予想外の試験


 ルーンと席に座って待っていると、ワイアットさんとグートがそれぞれ2人分の食事を持って席までやって来てくれた。優しい男性陣である。


「ありがとうございます、ワイアットさん」

「このくらい、いいって! さ、食おうぜ」


 お礼を言って、みんなが席に座ったところで食べ始める。スパイスの香りが漂うスープはまさにスープカレーといった感じでとても美味しい。ルーンの言っていたように辛さも控えめなので私にはちょうどよかった。

 チラッとルーンの方を見ると、色がもっと真っ赤なのできっとすごく辛いんだろうな。よく食べられるなぁ。見ているだけで辛いよ!


「そういえばね、実はメグにビッグニュースがあるのよ」

「ビッグニュース?」


 食べながら、ルーンが嬉しそうにそう切り出した。私が聞き返すと、ルーンはグートと目を合わせ、フフッと笑い合っている。


「あのね、なんと! 私たちも今日からダンジョンに向かうのよ!」

「え、ええっ!?」


 それは確かにビッグニュースだ。でもそんなこと、手紙には書いてなかったのに。そう言うと、グートが自分たちもついさっき聞いたのだという。本当に急だった!


「はは、驚いてるな」

「ディエガさん! こんにちは」


 話をしていると、私の後ろからアニュラスのヘッドであるディエガさんが笑いながらやってきた。ルーンとグートのお父さんでもある。ディエガさんはそのまま目の前の席に座ると腕を組みながら事情を説明してくれた。


「そもそも、提案してきたのはそっちの頭領だぜ?」

「お父さんが? ……あー、この急な展開はあり得る。言い出しそう」


 いつもすみません、と娘として謝罪すると、面白いから構わないぜ、という気のいいお返事をいただいた。優しい!


 よくよく話を聞いてみると、その計画は思っていた以上に規模の大きなものだった。


 まず、特級ギルドのメンバーが数人でパーティーを組み、人間の大陸に赴いていい人材をスカウトしてこようという計画があるという。魔力持ちの人間がいればその人を、そうでなくても魔大陸で勉強すればかなり腕が伸びるであろう職人や特殊な技術を持っている人たち、とにかく気になる人材をスカウトして数年間こちらで勉強しないかっていうのを現地で直接話をしてこいってことだね。


 この話には思い当たる節がありすぎる。この前お父さんが話していた時に思いついたのってこれだったんだ……! 思いつきの急な計画は私にも原因があったみたい。なんかすみません。

 でも、計画自体はとてもいいもののように思える。もちろん、スカウトしたい人が拒否すれば無理には連れて行かないよ。そんなのただの誘拐になっちゃうから。

 だから、その人が行ってもいいかなって思ってもらえるような交渉と、ご家族に安心してもらえるような対応もきちんとしないといけないね。


 で、その話がこの双子のダンジョン行きにどう繋がったのかと言えば、なんと人間の大陸への調査隊に未来と実力のある未成年たちも連れて行ってやろうという話が出たのだそう。

 これからの魔大陸を背負っていくのは子どもたちだから、この経験を活かしてもらいたいっていうお父さんの考えだ。


「だが、当然危険は伴う。魔術があまり使えねーからな。そこで、試験を設けることにしたのさ。その試験に合格出来たら、連れて行ってやるってな!」

「人間の大陸の調査、絶対に行くわ!」

「俺も。嫌な記憶だけで終わるなんてごめんだしな」


 嫌な記憶? 首を傾げて話を聞いてみれば、昔この双子は転移事件に巻き込まれて人間の大陸に飛ばされたことがあるという。暗い洞窟の中、捕らわれたのはとても怖かった、って……?

 お、思い当たる節がありすぎる。それって、2人とも私の転移事件の時の被害者だったってこと!?

 でも、考えてみれば当然だったかも。魔大陸には子どもが少ないんだもん。あの事件でこの双子が転移されていたって不思議じゃないんだ。


「あっ、あのさ! メグが気に病むことはないからな? その、事情は聞いてるからさ」

「そうそう。あれはどう考えても犯人が悪いんだから! むしろ、メグのおかげで素早く解決出来たって聞いてるもの。お礼を言いたいくらいよ?」


 申し訳ない気持ちで俯いていると、それに気付いた2人が慌ててフォローをしてくれる。そっか、事情も知らされていたんだね。私のせいじゃないと言うばかりか、お礼まで言われるなんて。気遣いに感謝だよ!


「ごめんね、本当に。でも、そう言って貰えると気持ちが楽になるよ。ありがとう!」


 私がそう微笑むと、2人も笑って受け止めてくれた。これは私も協力したいなぁ。なんていったって、私には人間の大陸で旅をした経験があるんだもん。やる気に満ち溢れた2人の力になりたいからね! 私がそう言うと、それは心強いね、笑ってくれた。


「盛り上がってるところ悪いが、そもそも試験に合格しなきゃ調査隊にはなれねぇんだぞ?」

「ふふん、どんな試験でも合格してみせるわよ」

「ルーン、お前その自信はどこから……。俺の娘だな、ったく変なとこ似やがって」


 確かにまだ合格どころか試験の内容さえ聞いてないのに先走っちゃったかな。でも、ルーンもグートも強いからきっとあっさり合格しちゃいそうだけど。

 闘技大会以降、彼らの実力を知る機会はなかったけど、ずっと訓練を続けているんだもん。あの時ですでにかなりの実力だったから、今はもっとすごくなっているはずだし。


「もしかして、それ俺も何か仕事を与えられるヤツっすかね?」

「お、察しがいいな。君がワイアットだろ? ユージンから伝言を預かってる」

「やっぱりかー」


 何かを察したらしいワイアットさんはディエガさんから封筒を受け取ると、その場で読み始める。お父さんの急な追加指令ってやつですね、ごめんなさいね、ほんと。


「あー、俺に試験監督をやれって。ってことは試験の内容はやっぱり?」


 手紙に目を通し終えたワイアットさんは、やれやれと肩を竦めてディエガさんに目で訴えた。それを受け、ディエガさんは腕を組んで一つ頷く。


「そうだ。試験内容はダンジョンの攻略。ダンジョンレベルは中級レベル。単独、チーム、どちらでも構わないから最後まで攻略出来れば合格だ。わかりやすいだろ」

「だ、ダンジョンの攻略?」


 そ、それって結構な難易度じゃない? 驚く私とは逆に、ルーンもグートも目をキラキラ輝かせている。す、すごく楽しそう……!

 私は今回初めて訓練としてダンジョンに潜るけど、2人は慣れていたりするのかな?


「よぉし! グート、絶対に攻略するよ!」

「あったり前だろ!」

「お前らは本当に……。ダンジョンなんか見学でしか行ったことないくせに」


 慣れてるわけでもなかったようだ。ため息を吐きつつもどこか誇らしげに双子を見るディエガさんは父親の顔をしていた。

 っていうか、それってほぼ初めてのダンジョン訓練ってことだよね? 最初から攻略だなんて……! もちろん、下見には何度か行ってるらしいけど、それとこれとは全然違うし。その自信、わけてもらいたいよ。


「メグ、他人ごとみたいな顔してるけど、お前も試験に参加するんだろ?」

「へっ」

「自分で言ってたじゃん。協力するって。それって調査隊に自分も入るってことじゃねーの?」


 そ、そうなの!? 私はてっきり、助言とかそういう手助けを想像していたんだけど! 自分も試験を受けて調査隊の仲間入りに、なんて考えてもいなかったよ。


「つーか、オレが試験監督って時点でお前も参加することは頭領の中で決定事項なんじゃないか?」


 そ、その通りだ……! お父さんめぇっ!! でも、そうだよね。協力するって言ったくせに、口だけ? ってなるのは不誠実な気がする。同行するからこそ、力になれることも多いんだから。


 ということは、ですよ。私も試験を合格しなきゃダメってことで。初めての、ダンジョン訓練で……。え、だ、大丈夫なの?


「期限はメグ、お前さんの本来の修行最終日まで。ワイアットは助言まではしていい。危なかったら手を出してもいいが、出した時点で最初からやり直しだ」

「りょーかいっす」


 期限まで何度も挑戦出来るんだもんね。それなら、訓練と同時進行って感じで出来るかな? え、でもまず魔物を倒すっていうことに慣れることからだから……。

 あー! わけがわからないまま試験を受けることになっちゃって心構えがーっ! 頭の整理と心の整理が追い付かないよぉ。あわわ。


「だから、ね! メグ」


 頭を抱えていたら、ルーンがポンと肩に手を乗せて声をかけてきた。にっこりと微笑むルーンは、やっぱり自信に満ち溢れている。すごいなぁ。


「私たち3人でチームを組もうよ。3人ならきっと攻略出来るよ!」

「え、3人で?」


 ぱちくりと目を瞬かせていると、ルーンとは反対側からグートが声をかけてくる。


「そう。その、メグさえよければ、なんだけど」


 グートはちょっぴり恥ずかしそうに頬を指で掻いている。そんな言い方をするのも、優しさからなんだなってすぐにわかった。

 なんでも、2人は先にこの試験のことを聞いていて、それなら一緒に攻略出来ないかって話し合っていたんだって。


 そっか、3人で……。ワイアットさんもいるけど、1人でダンジョン修行のつもりでいたから、試験も1人で挑むものかと思ってた。だけど、こんなに心強い仲間がいるというのなら、攻略もそうまた難しいものじゃない気がしてきた!

 いや、そんなに甘いものではないとわかってはいるけど、かなり肩の力が抜けた気がするよ。


「もちろん! 2人がいいなら私も一緒に攻略させて!」

「そうこなくっちゃ!」


 私が答えるとルーンもグートも笑顔で答えてくれた。互いに手を打ち鳴らし合ってハイタッチ!


「ワイアットには面倒かけちまうが、頼むよ。ウチからも報酬が出るからよ」

「まじすか! それは気合い入れてやんないとなー。任せてください。オレにとってもいい修行になるんで!」

「ははっ、頼もしいなぁオルトゥスのヤツらは! ま、この2人も成人間近だし、色んなことを叩き込んであるからそんなに手はかかんねぇよ」

「それこそ頼もしいっすねー」


 どうやら、大人たちの間でも話はまとまったようだ。よし、それなら私もダンジョンへと着くまでに頭を切り替えないとね。ただの訓練から、ダンジョン攻略に向けて! やってやるぞー!

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