宿泊場所
「着いたぁ!」
空の旅を終えて獣車を支店に預けると、私たちはそこから徒歩でダンジョンのある街に向かった。ここに来る時はいつもギルさんと一緒だったから、今日はいつもとは違うメンバーでこの場に立っているのがなんだか不思議。
「まずは拠点となる宿を取るから。……ってもしかして、それも手配済みだったり?」
歩きながらワイアットさんがそう言うと、ニマニマとわかりやすくルーンが笑っている。隠しごととか出来ないタイプだよね、ルーンも。私とは違ったタイプの。見ていて可愛くって癒されちゃう。
「もっちろん! この街で1番の宿を2部屋押さえてありまーす!」
「だから、なんでお前が得意げなんだよ。取ってくれたのはアシュリーだっての!」
アシュリーさんは大会の時もこの双子といつも一緒にいて、親切にあれこれお世話をしていたよね。たぶん、すごく優しくて面倒見がいい人だと思う。寡黙でマスクだし、本当にギルさんっぽい。
「2部屋ってことは、女部屋、男部屋に分けるってことでいいな?」
「え? 私、普通にグートと一緒の部屋だと思ってた!」
私もワイアットさんと同じように男女で分かれると思っていたんだけど、そっかぁ。この2人はいつも一緒だからそっちが当たり前なんだ。
でも、ワイアットさんと同じ部屋っていうのは……嫌って程ではないけどちょっと恥ずかしいかも。
「いやぁ、そっちはいいかもしれないけど、メグも年頃なんだから、俺と同室はかわいそうでしょ」
「あーっ、それもそっか。グートと別室なんてちょっと寂しいけど、メグが一緒なのもすっごく楽しそう!」
内心で覚悟を決めていたら、ワイアットさんの気遣いが発動された。あ、ありがたい! きっと彼も彼で気を遣うんだろうなって思うよ。私が思春期に突入していることをさっきの会話からも察していたっぽいし。なんか、すみません。
「ごめんね、ルーン。グートと一緒が良かった?」
「謝らないでよ! いつも一緒だから当たり前のように思っていただけ。同室、よろしくね」
いつもは同じ部屋で過ごしているってことか。年頃のルーンとしてはその辺り、気にならないのかな? 双子だとそんな意識もしないものなのかな。
「ルーンさ、これを機に俺たちの部屋も分けてもらおうぜ? もう子どもじゃないんだしさ」
おっと、どちらかというとグートの方が気にしているっぽい。ルーンを説得するかのように告げるグートは、なんだか大人びて見えた。
不思議だなぁ、初めて会った時はルーンの方が大人びて見えたのに、いつの間にか逆転しているなんて。
「まだ子どもだもーん! なによ、グートは私と一緒じゃ嫌なの?」
「嫌じゃねーけど、お前本当に寂しがりだな……」
「寂しいとかじゃないですぅ。どうせあれこれ頼むんだから近くにいてくれる方が便利なだけ!」
「何でも屋じゃねーんだよ、俺はっ」
ふふっ、ルーンはああ言ってるけど、本当は一緒にいたいんだってことは見ていればすぐにわかる。離れ離れにさせて申し訳ないと思う反面、グートの気持ちを思えば離れて過ごすことに慣れてもらうという意味でも、別々の部屋になるのはいいことのように思えた。
「ほらほら、喧嘩してないでどっちか案内してくれよ。場所も知ってんだろ?」
「知ってる! こっちだよ、ワイアット!」
道案内を頼むと、パッと嬉しそうに顔を綻ばせたルーンが我先にと先頭に立つ。人懐っこいよねぇ。私は近頃、恥ずかしさが勝ってしまっているからちょっとだけ羨ましいや。
「はぁ、ごめんなメグ。相変わらず見苦しくもケンカなんか見せちゃってさ」
先頭を歩くルーンに手を引かれて歩くワイアットさん。その後ろからついて歩いていると、グートが頭を掻きながら謝ってきた。ふふっ、そういえば初めて会った時も、2人はケンカしていたよね。そう言いながらグートを見上げた。
隣に立って歩くと、身長が本当に伸びたんだなぁってよくわかるよ。160センチくらいかな? 私は150センチにもまだ届いていないおチビなので結構な差を感じる。悔しがるな、私。これはきっと男女の差だ、うん。今後も自分が高身長になる未来が見えないんだけどね……!
「気にしないよー。相変わらず仲が良さそうでいいなって思った!」
「仲は、まぁ、いいけどさ。もうすぐ成人なんだから俺としてはもう少し落ち着いてもらいたいよ……」
ため息を吐く姿なんか、もう大人だよね。初めて会った時のレキやジュマ兄よりずっと大人に見える。そうあろうとしているのかもしれないけれど。
「グートは、ちょっと見ない間に本当に大人っぽくなったよね。なんだか置いていかれちゃうみたいだな」
「えっ」
おっと。つい思っていることをそのまま言っちゃった。けど、もしかしたらルーンもそんな気持ちなのかもしれない。急に大人びたから、置いて行かれそうでルーンも心細いのかも。
そう伝えると、そういうものか? とグートは首を傾げた。
「俺は確かに、早く大人になりたくて頑張ってた自覚はあるからそう言ってもらえて嬉しい。けど、そうか。心細かったのかもな、ルーン」
素直だ。大人びてはいるけど基本は素直なグートのままでちょっとホッとしたよ。そんなことない、って言うかもしれないと思っていたけど、聞き入れた上に納得までしてくれたもん。
いや、私も想像で言っているだけだから、それが事実かはわからないからね!? 慌てて付け加えると、グートは軽く目を見開いてからクスッと笑った。
「わかってる。……それからさ。その、メグも大人っぽくなってるよ」
「えー? 私も? まだこんなに小さいのに」
グートなりの気遣いを見せてくれたんだなぁ。優しい。でも私などまだまだだ。少し背が伸びたくらいで、中身が成長しているようには思えないんだもん。思えば幼女時代から思考がアラサーだったから、余計に実感がないのかも。
本当にそう思っていたから、あははと笑いながらありがとうと伝えようとすると……。
「いやっ、本当に。その、久しぶりに会ってさ、すごく綺麗になってたから、ビックリしたんだ……」
「え……」
ごめん、変なこと言って! とグートは足早に進んでしまう。その頬と耳が赤くなっていることに気付いて、私もつられて急に恥ずかしくなった。
さ、さてはグート、人を褒め慣れてないんだな? だから照れちゃったんでしょ! もう、こっちが照れちゃうよー!
小さな声でありがとう、と言いながら先に進むグートを追いかけたけど、その言葉が届いたかどうかは定かではない。はー、顔が熱ぅい。
この街はダンジョンがあるからか、宿の数も多い。だから、当初の予定では到着してから宿を取ればいいよねってワイアットさんと話していたんだよね。宿が取れなくてもテントがあるからって。
そんな風に気楽に考えていたものだから、現在、私とワイアットさんは呆気なく取られてしまったのだ。なぜって? それは、アニュラスの人たちが取ってくれた宿っていうのが、予約でもなかなか取れないような人気店だと知ったからです。要するに、気後れしていますっ!
だって! 思っていたよりも豪華なところなんだもん! え、高級ホテルみたいじゃない? この宿だけ建物の作りも凝っているし。
「ほ、本当にこんなすごいところに泊まっていいの?」
「いーの、いーの! 予約を取るくらいなんてことないもん! ただ、お金は払ってもらうけどね! お安くしてあるよー?」
内心で冷や汗を流しながら宿を前に呟いていると、ルーンがお金のハンドサインを出しながらイヒヒと笑う。金銭的には問題はないと思うから別にいいんだけど、予約が取りたくても取れなかった人に申し訳ない気がしないでもない。
「ルーンの言い方はアレだけど、本当に気にしなくていいよ? うちの宿だし、何かあった時のためにいつも空室をいくつか作っておくようにしてあるから」
「え、ここはアニュラスが経営している宿なの?」
アニュラスが主体となって経営しているお店もあるんだから、それも当たり前か。魔大陸中の大きめな街は全て、アニュラス経営で何かしらの店があるんだもんね。本当にすごいギルドなんだなぁって改めて思うよ。他の商業ギルドはここが大手過ぎて競争する気も起きないらしいけど、それも納得だ。
「そうそう! 父さんからも出来る限り良くしてやるんだぞーって言われているし、問題ないでしょ?」
「ディエガさんが? それは帰る時、また改めてお礼を言いに行かなきゃだな」
ワイアットさんが人差し指で頬を掻きながら苦笑い。もう、そうならそうと先に言ってくれればいのにね? うちも特級ギルドとして、きちんとお礼をしなければならないのだから。
まぁ、本人は堅苦しいことは気にすんなって言いそうだけど。ディエガさんもお父さんも似たようなタイプだからね。でもそれはそれである。ワイアットさんもその辺は心得ているから安心だね。
早速、部屋に行ってみようということで、またしてもルーンの案内で建物の中へと向かう。宿の従業員さんと双子は面識があるらしく、どうやら顔パスだ。手続きとかも省いちゃった! 2人が慣れた様子なのもすごいなぁ。
「さ、着いた! 私たちはこっちの部屋ね! 男部屋はあっち!」
階段で3階まで上り、廊下を進むと奥の部屋の前でルーンが腰に手を当てて宣言した。どうやら角部屋のようだ。ただでさえ高級宿っぽいのにより良い部屋って……。
すると、ルーンは小声で、高級すぎるからむしろあんまり借りられない部屋なのだそう。あ、そういうことなのね。ちなみに、私たちのお代は他の部屋代よりも安いという。い、いいのかな、本当に?
「ね、ワイアット。今日はこの後どんな予定なの? ダンジョンは明日からよね?」
部屋の中に入る前に、ルーンがこの後の予定を確認してきた。すると、ワイアットさんが少し考えた後に答えてくれる。
「ひとまず部屋の中の確認をしたら、一度ダンジョンに行ってみるか? 明日から潜る予定だって伝えておけば、入る時スムーズだし。んで、その後は街を少し歩いてから飯を食う! どう?」
「賛成っ! 街歩きしたかったんだよねー! ワイアット、わかってるぅ!」
ワイアットさんの提案に嬉しそうにピョンピョン跳ねたルーンは、それじゃあ後で宿の1階で待ち合わせね、と言い捨てて私の手を引き、部屋に飛び込むように入って行く。テンションが高いっ!
あーれー、と部屋に引きずり込まれる際、ドアが閉まる直前に「ごめん」のポーズでグートが謝っている姿を確認した。いえいえ、お構いなく!
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