双子との再会


 次の日の目覚めはどうにも落ち込んだ気分だった。何とも言えない気持ちを抱えたまま1日が終わっちゃったもんね……。


 ギルさんとのお出かけだ、ってものすごくウキウキしていた昨日の朝が嘘みたいだ。これまで感じたことがないほどどんよりとした気分で、朝の準備もなかなか進まない。緩慢な動きでよろしくない。とてもよろしくない。

 このままじゃダメだ。今日はダンジョンに行く日なのに。


 別に、何かがあったわけじゃない。ギルさんと喧嘩したわけでもないのだ。私は……ギルさんを傷付けてしまったかもしれないけど。


 これだ、私の気持ちが落ち込んでいるのはこれに尽きる。それならすぐに謝ればいいのに。これまでの私だったら絶対にそうしてた。今だってそれがいいって思ってる。


「顔、合わせられないよぉ……」


 なのに、出来ない。正解がわかっているのに自分の勇気のなさったら。しり込みしている場合かって話だよね。ああ、もう! 私らしくない!

 腰に新たに装着された、昨日買ってもらった小型のナイフに視線を落としてナイフの柄をギュッと握る。モヤモヤした気持ちも一緒に握り込めたらいいのに。


 昨日はお昼を食べた後、ギルさんとは食堂で別れた。気を遣ってくれたのか、ギルさんも居心地が悪かったのか、それとも本当に用事があったのかもしれない。とにかくギルさんは仕事が入ったと言って去ってしまったんだよね。

 ちょっとショックだったけど、同時にホッとした。ちょうど、今日から10日の間はダンジョンでの修行でギルさんに会う機会がないし。……そんなことを考えてしまう自分に、ますます嫌気がさした。


 うわぁ、思春期っぽい思考のループだ。前世でもこういう時期、ほんの少しだけあった気がするけど、ここまでモヤモヤするのは初めてかも。これは困った。誰かに相談した方がいいかなぁ。


『今度、絶対に話を聞かせてもらうからな!』


 リヒトが、そう言ってたっけ。うん、よし。魂を分け合っているリヒトに隠しごとは通用しないから、今度相談させてもらおう。いつになるかはわからないけど、聞いてもらおうって決めただけでもいくらか心が軽くなった気がした。




「お、メグ! 準備万端じゃん!」

「おはようございます、ワイアットさん!」


 さて、いつまでもウジウジしているわけにもいかない。これからダンジョンに行って、訓練の日々を過ごすんだからね!

 つまり、初めて魔物を倒すのだ。ダンジョンの魔物は魔力の塊みたいなものだから、通常の魔物よりは倒すのに抵抗はないはず。とはいえ、やっぱりドキドキしちゃうな。


 そういうわけなので、今日は戦闘服を着用しております。外で依頼をする時はいつもこの服だ。安全性が他の服と全然違うからね。

 ちなみに、初めてこの服を作ってもらった時と同じものだよ。魔術付与されているから、成長に合わせて服も大きくなってくれるからね。本当に便利だしエコである。帽子をかぶっているから今日は髪も少し下の方で一本にまとめてあります。動きやすくて大変よろしい。


「今日からよろしくお願いします!」

「めっちゃ緊張してるじゃん。まぁ気楽にいこうな? ダンジョンには行くのが最初で最後ってわけでもないんだしさ」


 ガチガチになっている私に気付いたのだろう、ワイアットさんはニヤッとワイルドに笑ってそう告げた。その笑顔は双子であるオーウェンさんのワイルドさに似てるなぁなんて思う。それ以外は全然似てないんだけど、ふとした拍子に血の繋がりを感じるよね。


「少しずつ、ですよね。でも緊張はしちゃうもん」

「だはは! ま、初めてのことってのはそんなもんだよな! いざとなったらオレがいるんだから、肩の力は抜いておけよ? いつも通りに動くことが大事だ」

「ん、わかりました!」


 そもそも、今日は移動で1日が終わるだろうし、今から緊張していたら身が持たない。リラックス、リラックス!

 そう、1日はかかるのだ。半日と立たずに移動出来てしまう超人たちと一緒にしてはならない。


 この訓練での目標や予定を話しながら、ワイアットさんとともにギルドの外に出る。移動はもちろん、空! 私もワイアットさんも各自で飛んで移動します。

 魔力的余裕はあるけど、長時間空を移動するのは結構集中力が必要なので休み休みだし、途中からは獣車を使う。最初から獣車って手もあるんだけど、移動も修行の一環だからね!


 それにしても、空を飛べる種族が羨ましいぜ、なんて言うワイアットさんの意見には完全同意である。ワイアットさんだって雷モモンガの亜人さんだし、ちょっとの補助で飛べることを考えると十分ずるいって私は思うんだけど。


 目的地はセントレイの西端にあるダンジョン。お昼過ぎには特級ギルドアニュラス近くに着くだろうから、そこで休憩を挟み、獣車を借りる予定た。ここまではルド医師と毎年お墓参りに行くルートと同じだから迷うことはないと思う。自力で飛んで移動するのは初めてだけど。


「よーし、行こう!」

「はい!」


 ワイアットさんがフワッと浮かび上がったところで、私も自然魔術を発動させる。空を飛ぶこと自体はすでに慣れたものなので、もはや指示を出さずともショーちゃんやフウちゃんが仕事をしてくれる。

 私の身体を包み込む風とショーちゃんの声の魔力から、2人がとても張り切っているのが伝わってきた。もう、相変わらず可愛いなぁ。いつも助かるよ!


 みるみるうちにオルトゥスが、街が、小さくなっていく。私もだいぶ魔術の腕が上達したなー。半日くらいなら安定して飛べるようになったもん。それ以上も飛ぼうと思えば飛べるけど、どうしても疲労が蓄積しちゃうからね。主に集中力が切れる。無理はしない、これ鉄則!

 隣を飛ぶワイアットさんは、風の魔術でフワッと上昇してそこから滑空、というのを繰り返しているのが見て取れた。さすがモモンガ、風を掴むのが上手い。魔術による風と自然の風を上手に利用して無駄な魔力を使わないようにしているバランス加減が絶妙だ。戦闘服のマントがよりモモンガっぽさを増している。


「ん? なんだ?」

「あっ、なんでもないです!」


 ちょっぴり、可愛らしいなーなんて思いながら見てただけなんだけど、なんとなくそれを言うのは失礼な気がしてやめた。大人の男性に可愛いはないもんね! 気遣いの出来る年頃になったのだ、私は!


 一度だけ休憩を挟み、それ以外はぶっ続けで飛び続けること約半日。ようやく目的地が見えてきた。アニュラスのある街の近くで降り立つと、私たちは同時に大きく息を吐き出す。


「腹減ったなー」

「はい、ただ飛んでるだけっていうのも結構疲れるものですね」


 飛び始めた当初こそ、その感覚が新鮮で楽しくて仕方なかったけど、慣れてしまうとたんなる移動になる。車の運転に近いかな? いや、もしかするとバイクに乗った後の疲労感に近いかもしれない。前世では原付しか乗ったことがないから想像でしかないけど。


「先に獣車の予約をしてから飯にしようぜ!」


 なので、もうお腹もぺっこぺこ。ワイアットさんの提案にすぐ賛成して、私たちは獣車を扱う本店へと向かった。


 獣車ではすぐに空を飛ぶ獣を予約出来た。今回は騎乗タイプの速く飛べる獣みたい。魔術の補助があれば騎乗出来るようになったとはいえ、ちょっぴり緊張はするかも。でもそこはワイアットさんがしっかりカバーしてくれるというので信用することにした。よろしくお願いします!

 予約が終わると、すぐに私たちはアニュラスに向かう。ここを経由する時はいつもアニュラスで食事をしていくので、顔を覚えてもらったのかギルドの皆さんも気さくに声をかけてくれる。そして……。


「メグ!」

「ルーン! それにグートも!」

「メグ、久しぶり」


 ここでは私の友達、双子のルーンとグートに会えるのである! 2人とも将来はアニュラスで働くと決めているから、普段からギルド内にいることは知っていた。でも行き違いになるのは悲しいので、あらかじめ予定が決まっている時は事前に手紙で知らせている。つまり、確実に会えるということである!

 ちなみに、今回この2人と会うのは数年ぶりくらい。中学生くらいに見える私と違って、この双子は高校生くらいに見えるけど、年齢的には私の方が上っていうのが何とも言えない気持ち。仕方ない、私は長命な種族だからね。成長が止まるまで大きくなればもはやわからないんだから、気にしたら負けである。


「今日はスパイスの効いたスープが食べられるよ! 辛くないのもあるから安心して?」


 ニッといたずらっぽく笑ったルーンは長いクリーム色のツインテールを揺らしながら私をからかう。お子様舌でごめんなさいねっ。もう、ルーンは辛いのが大好きだからってー。


「こらルーン。あんまりメグをからかうなって。ごめんな、メグ。席は取ってあるからさ。えーっと貴方も」

「ああ、オレはワイアット。よろしくな!」


 昔と変わらず無邪気でハキハキしてるルーンと違って、グートはかなり大人っぽくなった気がする。背も見るたびに大きくなってるし、羨ましいなぁ。すでにワイアットさんとそう変わらないくらいの身長だ。


 そんなグートは先導しつつワイアットさんと談笑しながらアニュラス内を歩いてくれる。ほ、本当に大人みたい。成人してるって言われても納得出来ちゃうね。そんな様子を見ながらついていくと、ルーンがコソコソと小声で話しかけてきた。


「ね、グートったら急に大人びたと思わない?」

「うん、ちょうどそう思ってたところ。最近なの?」

「ふふ、そうなんだよねー。そういう年頃なのか、急に色気づいちゃってさ」


 そうか、大人っぽくなってきたのはここ最近なんだね。いつも近くにいるルーンでさえそう思うくらいに。


「で、どう?」

「どうって?」


 ルーンはニマニマしながら私の顔を覗き込む。どうって、なんのことだろうか。よくわからなくて首を傾げていると、これはまだまだ先は長そうだなーと言いながらもルーンは続けた。


「グートのことよ! かっこよくなったでしょ? こう、ときめいたりしないかな? って思ったの! 最近、年下も年上も関係なく、女の人にモテるのよね。グートったら」


 へぇ、それは初耳! 手紙にもそんなことは書いてなかったし。そう言うと、こういうのは実際に会ってみないとわからないでしょ、とルーンは微笑んだ。まぁ、確かに。


「……うん。すごくかっこよくなったよね、グート。大人になっていくんだなぁって思うよ」


 改めて、グートを後ろからまじまじと眺める。元々優しい顔立ちだったのもあって、より柔らかな雰囲気にになったって感じかな。それでいて気さくさも残っているし、気遣いも出来て……。ああ、そりゃモテるのも納得だなー。


「んー。残念。やっぱり脈なしかぁ」

「何の話?」


 はーあ、と大きなため息を吐きながらルーンが言うので聞いたんだけど、もうそれ以上この話はする気がないようで、なんでもなーいと頭の後ろで手を組んでしまった。

 もしかしたら恋愛方面の相談か何かかな? とちょっぴり思ったけど、その手の話はとことん苦手だからあまり力にはなれそうにないなぁ。


 ガヤガヤと賑やかな食堂内を歩きながら、私はそんなことを考えた。

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