メグの武器


「今日はメグの武器を注文しにきた」

「お、メグちゃんのか。そうかそうか、ついに自分の武器を!」


 ギルさんがそう告げると、メーメットさんは少し目を見開いてから嬉しそうに何度も頷いた。なんだか照れちゃう。けど、目を見開いた一瞬のその顔は正直、凶悪犯罪者のようです。迫力満点!


「となると、まずは小型ナイフだろうな」

「ああ、俺もそう思っている」


 メーメットさんは少し私から離れ、目を細めて私の全身を見ながら言う。私に扱えるのはそのくらいですよね、知ってる。


「もしくは、細身の剣でもいい気がするが……」

「い、いえ、剣はとても扱えない気がします。刃物ってだけでドキドキしちゃうから」


 続けて言われた言葉に私はすぐに断りの言葉を告げた。だって! 鞘から抜いただけで手をスパッとやっちゃいそうだよ、私! あと力がないからすぐにへばる自信がある!


「けどなぁ、小型ナイフなんていざという時に威嚇にもなんねぇぞ? もっと武器だってわかる物を身に着けておいた方がいいと思うがなぁ。ほれ、メグちゃんはこれからどんどんべっぴんさんになるだろ。虫よけはいくつあってもいい」

「ふむ」


 ああ、そうか。基本、私は魔術で対応出来るから武器は持っていなくても問題はない。ないけど、武器を持っているというだけで警戒してもらえるってことだよね。それだけで、変な行動を起こそうとか思う人はだいぶ減る。無駄に誰かを傷付けずにすむならそれにこしたことはないもん。

 ん? もちろん遅れは取らないよ! 今の私はそれなりに戦えるんだからね!


 とはいえ、私にでも扱えそうな武器なんて他に思いつかないんだよね。飛び道具なら、魔術の補佐があれば扱える気がするけど、それも結局魔術ありきの武器になっちゃう。弱点を補うための武器でもあるから、魔力を必要としなくても扱えるものの方が望ましい。

 ケイさんのような鞭は自分に絡まる自信しかないし、あれは特殊過ぎて扱える人の方が難しいしね。軽くて力のない私でも使える武器、か。


「やっぱりレイピア、かなぁ。けどそれすら扱える自信がないや」

「お前さんにはレイピアが一番いいと俺も思うがな。確かに力がなさそうだもんなぁ」


 非力ですみません。本当に……! だからこいつならいけそう! とか思われがちなんだろうけどさ。これでもトレーニングは頑張っているんだよ? ただ残念なくらい筋肉がつきにくい体質なんだろう。


「剣ってだけで重いですもんね。もっと細くて軽ければいいんですけど……」

「レイピアよりか? それはなかなか難しいんじゃないか」

「ですよねー! はぁ、もっと大きくなったら扱えるようになるかなぁ?」


 見た目の年齢に比べて本当に小柄だもんね、私。成長期が来てかなり大きくはなったよ? 身長も140センチくらいはあるもん。ま、数年後にはもう少し大きく、ナイスバディになっている予定ではあるんだけど。父様の遺伝子があるなら高身長になるはずなのだ。私はまだ諦めていない。


「いや、難しくはねぇぞ、ギル。なぁ、突き技だけに特化するのはどうだ? それならもっと軽く出来る。殺傷能力は低めだし相手の攻撃も剣では防げないが……突く場所によっては致命傷を与えられるし、防御は他で補うとかでさ。メグちゃんでも、訓練すれば相手を倒せると思うんだが」

「……いいかもしれない。メグは攻撃の正確性とスピードはあるからな。だが、レイピアよりも軽い剣など作れるのか」


 突き技か。ちょっと希望が見えた気がする。武器職人の考察すごい。そういえば前世ではフェンシングって競技があったよね。あれに似ているかもしれない。

 ただ残念ながらまったく触れてこなかった競技なので、細くてしなやかな剣を使うってことくらいしか知識がない。前世の知識があってもこういう時に役立てない私。ポンコツである。


「ふん、俺を誰だと思ってやがんだ。要は剣先だけに刃があればいいんだよ。そうなるとしなやかさがないと強度の面で心配だな。素材はアレよりあっちの方がいいかもな。それとも……」


 メーメットさんはブツブツと独り言を言いながら店内へと行ってしまった。あの状態は何度か見たことがある。そう、お仕事モードだ。彼は集中すると自分の世界に入り込んでしまうんだよね。

 オルトゥスの職人さんたちも、だいたい似たような人たちなので対応には慣れている。私とギルさんはメーメットさんに続いて店内へと足を踏み入れた。


 メーメットさんがあーだこーだと1人で考えを巡らせている間に、私たちは当初の目的である小型ナイフを吟味することにした。私用の剣が作られることになったとしても、小型ナイフは色んな場面で使える万能な道具なので持っているべきだとギルさんに言われたのだ。確かに、皆さんナイフは持っている気がする。


「切れ味は重要だ。切れすぎて怖いと最初は思うかもしれないが、万が一怪我をしても、切れるナイフの方が怪我は治りやすい。切れ味の悪いナイフでの怪我の方が、治りにくいからな」

「わ、わかりました!」


 スパッと切れた方が傷口がくっつきやすいんだって。それはなんかわかるかも。でも怪我はしたくないので扱いには注意しなきゃね。ドキドキ。というか、こんなんで武器を持てるの、私?


 いくつか候補をギルさんが選び、私がそれらを実際に手に取ってナイフの出し入れをする。柄の形や素材、持った感じで手に馴染むものを選ぶといい、とのこと。あとは性能に差はないからというので気楽に選んでみることにした。


「これ、かな。柄が細いから、しっかり持てる気がする」

「なるほど。……確かに、メグの手は小さいな」


 私がこれ、と選んでナイフを持ち上げると、ギルさんがそっとその手ごと持って呟く。単純にサイズ感を確認するためだろうけど……て、手を取られた……!

 い、いや、今更何を恥ずかしがっているのだ、私は。散々手を繋いで歩いてきたじゃないか。子どもの頃だけど。


 あれ? そういえば私、いつからギルさんと手を繋いでないんだろう。手袋越しだけど、久しぶりに感じたギルさんの温かな体温にじんわりと心に温かいものが広がっていく。この温もりも、なんだかすごく久しぶりに感じる。

 ギルさんに限らず、私は最近、人とあまり触れ合っていない気がする。あ、サウラさんやメアリーラさんはハグ魔だから別枠として。お父さんや父様は気軽に頭を撫でてくれるけど、そもそも会う機会が少ない。


 あんなにスキンシップが好きだったのに、いつの間にかしなくなっていたんだな。これが、成長というやつだろうか。ちょっぴり寂しい気もする。恥ずかしくて以前のようには出来ないけれど。


「あ、あの、ギルさん」

「……ああ、すまない」


 ふと、ずっと手を取られたままだったことに気付いて声をかける。ギルさんはハッとしたように顔を上げてすぐに私の持っていたナイフを取り、私の手を離してくれた。なんだか寂しさが増した。


「メグの手はまだ小さいが、だいぶ大きくなったな、と実感していたんだ」


 親の目線で感慨深くなったのかな。思わず自分の手をまじまじと見つめてみる。……うん、確かに大きくなったよね。子ども用の食器ではなく、大人の食器を使うようになったはいつからだったか。


「そ、そりゃあ、私だって成長してるもん」

「そうだな」


 私が腰に手を当ててわざとらしく頬を膨らませながらそう言うと、ギルさんは目元を和らげた。なんとなく、変な雰囲気になりそうだったから。気分を変えたくてわざと明るく声を出して。


 スッとギルさんの手が私の頭に伸びてきた。それはとても自然な流れで、私は別に撫でられても構わないと思った。だけど、なんでだろう?


 身体が勝手にビクッと震えてしまった。


 その瞬間、ギルさんはその手をピタッと止めた。それからすぐに、手を引っ込める。


 今、ギルさんはどんな顔をしている? なんだか怖くて見上げることが出来ない。え? なんだろうこの感情。なんで怖いだなんて思うんだろう。


 ギルさんに対して怖いだなんて、今まで一度も思ったことがないのに。


「よし、これでいこう。ギル、メグちゃん、こっちに来てくれ」


 その時、メーメットさんが私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら考えがまとまったらしい。すぐに動き出せなかった私とは違い、ギルさんは呼ばれてすぐにメーメットさんの方へ向かう。数秒の後、私もギルさんに続いて足を進めた。


「絶対にメグちゃんにぴったりの武器を作ってやるからな。採寸するからジッとしててくれ」

「はい」


 ウキウキと楽しそうなメーメットさん。きっと、作ったことのない新しい武器に心が躍っているのだろう。私も嬉しいし、すごく楽しみだ。楽しみなんだけど……。


「メーメット。奥の刀を見てきてもいいか」

「おう、好きに見てくれ! 安くするぞ」


 店の奥へと立ち去るギルさんの背中を見ていたら、胸が苦しくなった。

 私、酷いことをしてしまったかな? ギルさんを傷付けた? 


 拒否するつもりなんてなかった。久しぶりに撫でられる、って思ったらむしろすごく嬉しかった。それなのに、なんで私は震えてしまったのだろう。自分のことなのに、理解が出来ない。


 怖かった? 本当に? ううん、そんなはずない。だってギルさんだもん。私がギルさんを怖がることなんてなかったはず。そうだ、怖かったんじゃない。

 緊張。そう、緊張したんだと思う。頭を撫でられるっていうのが久しぶり過ぎて、緊張したんだよ。


 納得は出来た。それなら次はきっと大丈夫だよね? そう思ったんだけど、さっきのことを思い出したら自信を持って大丈夫とは言えない気がした。本当に、なんでなのかはわからないんだけど。


「これでよし。武器が出来上がるまで、何度か調整することになる。なにしろ、メグちゃんの初めての武器だからなぁ」


 どれだけぼんやりと考えに耽ってしまったのか。メーメットさんの声で我に返った私はわかりました、と笑顔で答えた。ある程度、形になったらオルトゥスに連絡してくれるとのことだ。


「ギル! ちょっといいか? 金額のことなんだが」


 メーメットさんが店の奥に向かってそう声をかけると、すぐにギルさんが戻ってきた。なんだか顔が見られなくて、思わず目線を下げてしまう。


「ああ、大体の見積もりだけ出してくれればいい。それも後でオルトゥスに送ってくれ」

「お、助かるなぁ。結構値が張りそうだが、メグちゃんの武器だ。全力で作らせてもらうぜ。それに、ギリギリまでまけてやる」

「それはありがたいな。あとは頼んだ、メーメット」


 頭上で2人のやり取りを聞いている間も、私はなかなか顔を上げられなかった。本当に、どうしたというんだろう。変だ。私らしくない。


 店を出てからも、しばらくは黙ったまま並んで歩いていた私たち。どことなく気まずい沈黙を破ってくれたのはギルさんだった。


「何か食べてからオルトゥスに戻るか? それとも、オルトゥスで食べるか?」


 いつもと変わらない優しい声に、私はようやく顔を上げてギルさんの顔を見た。フードとマスクの奥に隠された素顔が、今はうまく読み取れない。いつもなら、隠れていてもわかるのに。


「チオ姉のご飯が、食べたいかも」


 私は笑顔で答える。ちゃんと笑えていたかは自信がないけれど。


 それなら戻るか、というギルさんに返事をし、それから私たちは一言も喋ることなくオルトゥスへと帰ってきた。そこでようやく肩の力が抜けたのを感じて、私は思ったんだ。


 ギルさんとは、少しの間だけ距離を置いた方がいい、って。

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