デート当日


 翌日は、緊張で朝早くに目が覚めた。ギルさんとのお出かけっていうのはもちろんあるんだけど、今はそれよりも自分用の武器が手に入るんだ、っていう高揚感の方が強い。


 だって! 武器だよ? 前世含めてそれらしいものは包丁くらいしか持ったことがないんだもん。しっかり扱い方も覚えていかないと。安全にちゃんと使いこなせるように!

 そりゃあ、みんなのように刀や剣、その他の武器に比べたら大したことなんかないって思われるかもしれない。でも、私にとっては大きな一歩! 興奮せずにはいられないのである!


 と、あんまり浮かれすぎてもダメだね。いつも通り朝の身支度を終え、動きやすい服装に着替えた私は、まだ約束の時間には少し早いけど部屋を出る。美味しい朝ごはんをのんびり食べて、心を落ち着けようっと。メニューはなにかなー?


 のんびりと温かなスープを飲んでいると、爽やかな笑顔を浮かべてこちらにやってくるケイさんを発見。軽く手を上げておはよう、と言うケイさんに私も挨拶を返すと、ケイさんは私の隣に腰かけた。


「ちょうど良かった。メグちゃんにいい知らせがあるんだよ」

「いい知らせ?」


 座るなりケイさんは頬杖をついてそう切り出す。いつも笑顔のケイさんだけど、いい知らせというだけあって心なしかいつも以上に嬉しそうにも見えた。なんだろう?


「昨晩、ロナウドから連絡があったんだ。10日前後くらいでオルトゥスに戻るって」

「本当!?」


 それは朗報だ。私は思わず立ち上がりそうになるのをどうにか堪えた。もう小さな子どもじゃないんだからっ。


 ケイさんの弟子としてオルトゥスで修行を重ねてきたロニー。じつは、数年前から独り立ちをしたのだ。そしてその時から、魔大陸中のあちこちを一人で旅して回っている。昔からの夢をついに叶え始めたのである! 本当にすごい!

 もちろん、見送る時は寂しかった。でも、ロニーはただ旅をするわけじゃなくて、こまめにオルトゥスと連絡を取り、各地で依頼もこなしている。なので、時々手紙のやり取りをしたり、通信魔道具を使って声を聞いたりはしてるんだ。


 でも、会うのはものすごく久しぶりだ! 旅に出てから今まで、オルトゥスに戻って来たことはなかったから。ケイさんも弟子の帰還が嬉しいんだね。

 あれ、でも出発の時ロニーは確か……。


「まだ全土を見て回ったわけじゃないんですよね? 依頼をこなしながらだから、かなりのんびりした旅路だろうし」


 そう、魔大陸全土をある程度見て回ってから、一度戻ってくるって言っていたんだよね。それをお父さんも許していたはず。だから予想よりもずっと早い帰りであることを疑問に思ったのだ。すると、それがねー、とケイさんが楽しそうに教えてくれた。


「なんでも、頭領の指示らしいんだ。ちょっと頼みたいことがあるって言われたんだって」


 なるほど、それなら納得だ。でも頼みごとってなんだろう? この前話した時には特になにも言ってなかったのに。

 ……いや、待てよ? 別れ際、何かを思いついたような様子だったよね。それが関係しているのかも。


「ちなみにその頼みっていうのは……」

「あはは! メグちゃん、頭領だよ? どうせいちいち説明するのが面倒だからってみんなが揃うまで何も言わないさ」

「ですよねー」


 これがお父さんの悪い癖だ。説明が大変なのはわかるけど、大体の理由くらい教えてほしいものだ。おかげでこちらは当日聞かされて驚く羽目になるんだから。

 まぁ、優秀な人揃いのオルトゥスメンバーなら、突然の仕事もどうにかこなせるとは思うけど、それとこれとは話が別だと思うっ!


「ま、何が来ても大丈夫なように、心構えだけはしておいた方がいいよ。メグちゃんもね」

「私もですか?」

「そりゃそうさ。メグちゃんはこれからどんどん出来る仕事が増えていくんだから。1人で何かをするってことはないだろうけど、勉強のために付き添いに行くことだって考えられるだろう?」


 確かに。ここのところは本当に色んな仕事をさせてもらっているし、あり得る話だ。よ、よし。心構えだけはしておこうっと。


「さ、ボクは仕事に行ってくるよ。メグちゃんは今日はデートだよね? 楽しんで」

「でっ、デートっていうか! 武器屋さんに行くだけですよっ」

「それでも2人で出かけるんだろう? いいじゃない、デートでも。今日の服装もすごく似合ってるよ。可愛い」

「!?」


 私が言葉を失って口をパクパクさせている間に、ケイさんはまたね、とクスクス笑いながら去って行ってしまった。からかわれたのかな? とも思うけど、ケイさんは息をするように人を褒めるから咄嗟に言い返せなかったよ! はぁ、もう。


 最近は特に、みんなにこうしてからかわれるから困ったものだ。心を落ち着けるために飲んだスープは少し温くなっていたけど、美味しくて自然と顔が綻ぶ。美味しいは正義である!




 朝食後は約束の時間までホールの休憩スペースで待つことにした。朝の忙しい時間帯がやってきて、色んな人が私を見て挨拶をしてくれる。今日はお休み? とか、お出かけ? とかを聞かれてそうです、と笑顔で答えていく私。

 ほんの一言二言のやり取りだけど、朗らかに声をかけてくれる顔見知りの皆さんはやっぱり気のいい人たちだなって思うよ。たかが挨拶、されど挨拶だ。あるだけで朝からとても嬉しい気持ちになってニコニコしちゃうね。


「メグ、待たせたか?」


 そうしていると、約束の時間より前にギルさんがやってきた。驚いたように目を見開いているから、まだ私が来てないと思っていたのかも。


「おはようございます、ギルナンディオさん! 早めに準備が終わっちゃっただけですよ」


 朝はきちんと名前を呼ぶ習慣は出来るだけ続けるようにしている。忘れちゃうこともあるけどね。私が答えるとギルさんはそうか、と言いつつ微笑んだので、うっかり見惚れてしまう前にサッとソファから立ち上がった。


「……随分スムーズに立てるようになったな。そのソファからも」

「いっ、いつの話をしてるんですかっ。もうそこまで小さくないもん」


 確かにフカフカ埋まってしまって1人では下りられない時期があったけど! それをわかっていながらうっかり座るなんていう失態もやらかしたけど!

 くぅ、黒歴史なので抉らないでいただきたい。


「ふっ、冗談だ。行くか」


 ちょっと悔しい気持ちはあるけど、ギルさんはいつまでもからかい続けることはないし、気を許してくれているからこその態度だってこともわかっているのでそれ以上は何も言わない。嫌な気分ではないしね。


 それに、おかげでちょっと緊張が解れたし! 私はすぐに返事をして、ギルさんの横に並んで歩き出した。ギルさんは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれるから疲れることはない。本当ならもっとサッサと歩けるのにごめんなさいね……! 足の長さだけは一生追い付けないから今後ともよろしくお願いしますよ!


「今日行く武器屋さんで、ギルさんも刀を手に入れたんですか?」


 心がすでに武器屋さんに向いている私は、せっかくなのでギルさんの刀について聞いてみた。思えばずっと同じものを使っているよね。何年物なんだろう。


「ああ。あの職人は腕がいい。カーターの師匠でもある」

「カーターさんの? 知らなかった……」


 その武器屋さんは、オルトゥスがこの街に拠点を作る前からずっとあるお店なんだって。それは知らなかったなぁ。

 ご主人とは会ったことがあって、もうご高齢だけどいつも生き生きとしている印象がある。武器を作っている時が一番楽しいってよく言ってるんだよね。まさに天職だ。

 彼とはそれなりに顔を合わせる機会も多かったんだけど、まさかカーターさんの師匠さんだとは知らなかった。


「拠点が出来て、この街を歩いている時に見つけてな。主人の方から作らせてくれと頼みこまれた。ちょうど新調しようと思っていた時期だったからな、試しにと任せたんだ」


 職人の方から頼みこまれるってすごくない!? たぶん、パッと見ただけでギルさんの強さがわかって、それに惚れ込んだのだろう。さすがはギルさんである。

 それで、出来上がった刀を見てみたらこれがとてもいい出来だった、とのこと。あの武器屋さんは他国から注文を受けることがあるくらい、有名なお店だと知ったのは後になってからだったそうな。ほえー。


「カーターも腕がいいんだが……主人が元気でやっている内は、手入れも彼に任せるようにしている」

「そうなんだ……。うん、お店に貢献するって意味でもいいと思います!」

「そうだな」


 カーターさんもかなり腕のいい職人さんだけど、武器よりどちらかというと家具とか日用品とかの方が得意な印象があるからね。それでも、武器のオーダーや手入れを請け負ってもいる。全然分野が違うじゃないかって思うでしょ? 私も当初は思ってた。

 でもね、魔大陸の職人さんって割とオールマイティーになんでも作れちゃうんだよ……! むしろ、そうじゃないと一人前と呼ばれない、みたいなとこまであるからね。厳しい世界だ。それを当たり前として出来るようになる皆さんもすごすぎるけど。

 あ、でも魔道具はまた別分野。物作りと魔術付与は別技術だからね。


 というわけで、当然今からいく武器屋のご主人もなんでも作れる人なんだけど、得意分野を活かして武器専門店を開いているのだ。小さな街だから依頼されれば鍋でもテーブルでも直してくれるけど、その作業中はずっと文句を言っているのがちょっと面白いお爺さんである。「俺は武器を作りてーのによぉ」って。なんだかんだで断ることがないから優しい人ではあるのだ。


「メーメットさん! おはようございます」


 そうこうしている間に、目的地である武器屋さんに到着した。まだ朝も早い時間なので他のお客さんはいないみたいだ。

 店先で開店を知らせる看板を、今まさに立てているご主人を見かけたので私はすぐに駆け寄りながら声をかけた。


「おぉ、メグちゃんか。おはよう。ずいぶん早いじゃねぇか」


 武器屋のご主人、メーメットさんは大きな身体を縮こませて私に目線を合わせ、しわだらけの顔をくしゃっとさせて挨拶を返してくれる。私はこの笑顔がとても好きである。


「メーメット、邪魔するぞ」

「お、今日はギルも一緒だったのか。ふむ、さては依頼だな?」


 ギルさんを見ると、メーメットさんは姿勢を戻し、顎を撫でながらニヤリと笑う。この悪そうな笑みがまた似合うんだ! だって彼はなかなかの強面だから!


 そう、メーメットさんはスキンヘッドで筋骨隆々な、強面お爺さんなのです。いつも思うけど、本当に素敵な年の取り方だなー。

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