ギルとリヒトの練習試合


 消えて現れてを繰り返している2人だけど、なかなか決定打には繋がっていないように見えた。お互いに隙がないもんね。いかに相手の予測を外した行動が出来るか、が鍵になっているみたいだ。


 ギルさんは、影の出来た場所にしか移動することが出来ない。でもその分、姿を現すその瞬間まで気配を消すことが出来るから、忍び寄られたらなかなか気付けないんだよね。そのせいでほら、毎回リヒトがギルさんの攻撃を避けるのはギリギリで、何度か服を掠めている。

 一方でリヒトはどこででも消えられるし出て来られる。まさに神出鬼没だ。だから出てくる場所の予測は出来ない。だけど、魔術による転移だからどうしても本人が現れるよりも先に、わずかに魔力反応が出てしまい、それを察知されてしまうんだよね。だからギルさんはリヒトの攻撃も難なく避けている。


 いや、そうは言ってもどちらもコンマ数秒といった世界の話だからすごすぎるんだけど。


 ギィンッと金属音が響いてハッと顔を上げる。刀と剣がぶつかり合い、2人が動きを止めていた。というか、互いにその後の動きを推し量っている感じかな。


「だいぶいい動きをするようになったな」

「そりゃあ、ね。貴方を追い越そうと日々死ぬほど努力してるんで!」

「そうか」


 軽い会話をした後、突然2人の姿が消えたかと思うと次の瞬間にリヒトが地面に倒れ、喉元には刀の切っ先が突きつけられていた。しょ、勝敗が決するのは突然だぁっ!?

 これって、ギルさんの勝ち? と一瞬思ったけど、よく見たらリヒトの伸ばした右腕の先で、剣先がギルさんの胸元で停止しているのが見えた。


「……引き分けにするか?」


 ギルさんの小さな呟きに、リヒトはスッと剣を下ろし首を横に振る。


「いや、今回もギルの勝ちだよ。この体勢で次の瞬間に致命傷を負うのは俺の方だし。あー! 悔しい!!」


 リヒトはそう言いながらバタリ、とその場で仰向けに倒れた。この勝負はギルさんの勝ち、で決着がついたようだ。ふー、すごい試合だったなぁ。


「お疲れ様でしたっ! でも、ビックリしたよ? 約束の時間にここに来たら、2人が戦ってるんだもん」


 試合が終わったことで、集まっていたギャラリーが興奮気味にその場を離れていくのに合わせて、私は2人に近付いた。試合が終わった後、すぐにその場を離れるあたり、皆さん心得てるなって感じがするよね。勝手に見に来たのだから、これ以上深く立ち入らないのが暗黙のルールっていうか。


 え? 私? 私はそもそも、リヒトとの約束があったからね! そんなルールは関係なしに話しかけちゃいます。


「あー、メグ! 悪い悪い! たまたまオルトゥスの前でギルと会ったから、俺が無理言って手合わせを頼んだんだよ」

「別に無理ではない。俺も久しぶりに身体を動かしておきたかったし、ちょうど良かった」


 はー、なんだか会話がもはや天上の人々っていうか、乗り越えられない壁みたいなものを感じるなー。ギルさんが元々ものすごく強い人なのは知っていたけど、リヒトの成長が凄まじいよね。

 勇者として転移してきたことで得た魔術の能力、さらに私と魂を分け合ったから魔力が底上げされ、魔王直々に鍛えられて地道な努力を繰り返すとこうなるってことか。人間だし、成長スピードが速いのもあるかも。一番は、リヒトが頑張ったってことに尽きると思うけど。


「あー、いつになったらギルを倒せんのかなー、俺。本来ならメグと魂を分け合う前には倒せてないとダメだったのにさ」

「それはあくまで目標だっただけで必須ではないだろう」

「そうだとしても、悔しいのは変わんねーよ」


 ああ、そんなことも言っていたよね。けど、正直私はその時の目標を今は達成出来ていると思うんだよね。


「そりゃあそうだよ、リヒト。だってリヒトが努力していた期間、ギルさんだって努力し続けているんだもん。追い付いた、と思っても、ギルさんだってさらに先に進んでいるんだよ」


 それがオルトゥスのルールだし、ギルさんが人知れず努力を続けているのを私は知っているんだから。ふふん!


「げ、それって永遠に追い付けねーじゃん。うわぁ、ゴールが見えねー!」

「そもそも、ゴールなんてあってないようなものじゃないかなぁ?」


 強くなればなるほど、自分の至らなさが見えてくるものだし。それって、どの分野においても言えることだしね。あー、と呻くリヒトを見下ろしながら苦笑していると、ギルさんが驚いたようにポツリと呟いた。


「……知っていたのか」

「え? ギルさんが努力していたこと?」


 私が問い返すと、ギルさんはそうだとばかりに頷いた。そりゃあわかるよ。だって、ギルさんのことだもん。

 っていうのは冗談でもなんでもなく、なぜかギルさんのことならなんとなく、こうなんじゃないかな? っていうのがわかるんだよね。けどさ、それってなんかストーカーみたいじゃない? そう思うと馬鹿正直に本人に教えるのは躊躇われた。


「だって、ギルさんって結構負けず嫌いなところあるよねって思って。ギルさんも、いつかはお父さんに勝ちたいって思っているんでしょ? それなら、日々の努力を怠ることはしないと思ったの。ギルさんは真面目だもん」

「む……」


 当たり障りない答えになっちゃったけど、これも普段から思ってることだから嘘ではない。

 私の言ったことが大体合っていたのか、ギルさんはほんのり恥ずかしそうにしている。


「私も頑張らなきゃ。ほらリヒト立ってよー! 今日は訓練に付き合ってくれる約束でしょ?」

「わーった、わーった! よっ、と。うし、じゃやるか!」

「うん! よろしくお願いします!」


 それぞれが目標に向かって頑張ればそれでいいのだ。目標が達成出来る、出来ないに拘わらず、それが身になるんだからね!


「メグ、訓練後にはカフェに来てくれ。明日のことをまだ伝えていなかっただろう」

「明日の……。あ、はい。わかりました……!」


 リヒトが立ち上がってさあ始めようという時、立ち去り際にギルさんがそう言い残す。明日はギルさんとのお出かけだったよね。デ、デートじゃないよ! お出かけだよ、うん。サウラさんにからかわれたことを思い出してつい顔が熱くなっちゃう。はぁ、困ったものだ。


「……メグ、お前さ」

「はい! 始めよ! 早く! ほら!」

「遮るなよ。はぁ、まーいいけどさ」


 リヒトが目を細めながら何かを言いたそうにしていたので、なんとなくからかわれそうな雰囲気を察知した私はすぐに話題を変えた。リヒトはすぐに訓練に切り替えてくれたけど、後で覚えてろよ? と言いながらニヤッと笑われたのでこれは逃れられないな、というのがわかった。

 ええい、なるようになれ! ヤケになった私の今日の訓練は、とてもいい動きだったぞ、と褒められる結果となりました。複雑な心境です!


 訓練が終わると、リヒトはこの後にも予定があったんだった! と慌てたように転移していってしまった。帰り際には「今度じっくり、聞かせてもらうからな」なんて言ってきたけど、別に特別話すようなことはないもん。……正直、助かった。


 いつもはこのまま洗浄魔術でサッパリするだけで戻るんだけど、この後はギルさんと会うんだよね……。ちょっと思い直して、私はちゃんとしっかり洗ってから行くことに決めた。


 いやっ、ほら、なんとなくだから! 汗臭かったら申し訳ないなって、ちょっと思っただけ! 魔術でも問題ないといえばないんだけど、石鹸の香りとかまでは再現できないし。って! あー、そうじゃなくて、えっと。

 ど、どうせ寝る前にはお風呂に入るわけだし? それを先に済ませちゃうだけだもん!


 ……嘘です。リヒトが変なことを言うから意識しちゃったんですぅ!! はぁ、もうどうしようもないな、この不安定な情緒。

 微妙な心境になりつつも、一度気になったらやらない選択肢はない。あまり待たせるのもそれはそれで悪いので、私は急いで身支度を終わらせた。フウちゃん、ホムラくん、いつものドライヤーお願ぁい!!




 オルトゥスのカフェに着くと、すでにギルさんが席に座って待っている姿が見えた。たくさん待たせちゃったかな? 小走りで駆け寄ると、こちらに気付いたギルさんが視線を上げ、フッと笑った。


「風呂も済ませてきたのか」

「あうっ。そう、です……。なんでわかったんだろ? あの、ごめんなさい。待たせてるってわかっていたのに」


 目の前に来た瞬間、ギルさんは第一声でそんなことを言った。見てすぐわかるものだろうか。疑問に思いつつも待たせてしまったことを謝ると、そんなに待ってないから気にするな、と言ってくれた。優しい。


「いい香りがしたからな」


 続くその言葉には全身に電気が走ったような衝撃を受けた。お風呂を済ませたのは確かにそれが目的ではあったけど、一瞬で言い当てられるとそれはそれでものすごく恥ずかしい! こ、今度はあんまり気にしすぎないようにしよう、と心のメモに記しておいた。うあー、顔が熱い!!


 まぁ座れ、と言うギルさんに従い、恥ずかしさで俯きながらもギルさんの対面の椅子に腰かける。さ、切り替え切り替え。


「明日、出かける予定だっただろう。行先くらいは伝えておこうと思ってな」


 明日のお出かけ、と聞いただけでまたしてもドキリと心臓が鳴る。大体話の内容は予想していたのにこれだよ。平常心、平常心。


「どこに行くんですか?」

「武器屋だ」


 行先は予想外だった! え、武器屋さん? それはギルさんの武器を買いに? そう聞くと違う、とのお答え。ということは、まさか私の……? その言葉にギルさんは軽く頷く。

 えー!? 私の武器!? 武器屋さんはお使いでは行ったことがあるけど、自分の物を見に行くのは初めてだよ! でもまた、どうして?


「今後はメグも、外での依頼を少しずつ受けるようになるだろう。魔物の解体や硬い素材の採集などで小型のナイフが必要になってくる」


 そのために、今のうちに準備をして扱いに慣れておくべきだと思ったのだそうだ。ちなみに、これに関してはお父さんや魔王城の父様とも相談済みなのだそう。

 ナイフか……。魔物の解体だなんて言われてもまったく出来る気がしないけど、いつかはやる日が来るかもしれない。それに、素材集めは生き物ばかりじゃないから、ナイフが必要な素材を集める日も来るだろう。


「ダンジョンでの修行が始まるんだろう? あそこでは必要ないかもしれないが、持ち歩くことに慣れるのにはちょうどいいと思ってな」


 そっか、色々と考えてくれたんだな。なんだか、いよいよ本格的な仕事が始まっていくんだなっていう気がする。私はドキドキと胸が高鳴るのを感じながらわかりました、と答えた。

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