歴史の転換期
「お待たせしましたー」
「お、メグちゃんありがとうな。可愛い子に対応してもらうと、それだけでいつもより美味しそうに感じるよ」
「えへへ、ありがとうございます! ここの料理はいつでも美味しいですよっ」
次の日。今日はお昼前からギルドにあるカフェでのお仕事である。動きやすい服装とエプロンにポニーテールスタイルがお決まりになっています。
ここのカフェは基本セルフだから、料理を席まで運んだりすることはない。注文口でメニューを聞いてお支払い後、少し隣に移動してそこで料理の乗ったトレーを渡すという食堂と同じようなスタイル。私はまだ未成年なのでお金のやり取りはまだしません。なので、いつも料理の受け渡しを担当しているのだ!
「メグちゃん、次の注文いくよー!」
「あ、はーい!」
カフェのお仕事はいつもランチタイムに働くようにしている。そのため、朝はゆっくりだけどピークタイムはとにかく大忙し。だから、お昼ご飯を食べるのは遅くなっちゃうんだよね。
でも朝が遅い分、朝食も遅いからお腹もそんなに空かないのでへっちゃらである。というか、成人済みの亜人は二、三日食べなくても平気なので、私もある程度は問題ないんだけどね。
だというのに連日こんなにも食べにくる人がいるんだから、食へのこだわりが皆さん強いよねって思う。うむ、美味しい物は正義だ。食べなくても問題はなくても活力に繋がるもんね!
ちなみに私は一日三食しっかり食べますとも。食い意地が張っているわけではない。決して。せ、成長期だからね!
お客さんが少なくなり、カフェタイムへと移り変わる頃私の仕事はおしまいとなる。私もカフェタイムを担当したことがあるけど、やっぱりランチの時間が一番忙しいから、出来るだけその時間にお手伝いに行くようにしている。
仕事に慣れるまではゆったりとしたカフェタイムでお手伝いをさせてもらっていたからね。恩返しも兼ねているのである。
「ふー、今日も忙しかったぁ」
交代の時間がきて、私はようやくお昼休憩。まかないにパスタをいただいているところなんだけど、量は少なめ。ここでしっかり食べちゃうと夜の変な時間にお腹が空いちゃうからね。
「お疲れさん」
「わ、え? あ! お父さん!」
椅子の背もたれに寄りかかって暫しぼんやりしていたら、背後からポンと頭に手を乗せられて振り向くと、そこにはオルトゥスの頭領であるお父さんの姿が。
なんだか、久しぶりに顔を見たな。ここ最近は魔王城に行って仕事の日々だったらしいから全然会えていなかったんだよね。
「いつ帰ってきたの? ビックリしたぁ」
「あん? いつって……たった今だな」
驚いて声をかけると、お父さんはどこか疲れた様子で私の隣の席に座った。お皿に乗ったパスタを見て、相変わらず少食だな? と笑う表情も、どこかお疲れに見える。
「中途半端な時間だからあんまり食べないようにしてるだけで、いつもはもっと食べるよ! 成長期だもん」
「そうか? にしても少食な方だと思うけどな」
「それは否定しないけど」
久しぶりに会ったとは思えない程、他愛のない会話だ。でもいつも大体そんなものである。長い期間会わなかったってことが多いからね、お父さんは。慣れたともいう。
「お父さん、すごく疲れてるように見えるけど……。大丈夫? 無理してない?」
何か飲み物でも貰ってこようか、という質問に、お父さんは手を軽く振ってまたすぐ出るから、と断った。ええ、今帰ってきたばっかりなのにまた行くの? 働き過ぎじゃないかなぁって心配になる。
「あぁ、さすがにちと疲れたなー。人間たちの理解がなかなか広がらないんだよな……」
そう、今お父さんが忙しいのは、留学制度の確立に着手しているからだ。人間の大陸に私が飛ばされたあの事件の時からずっと計画を立てていたことが、最近ようやく形になりつつあるんだって。
……かなり時間がかかった? いいえ、違うのです。これまでは別の仕事に力を入れてきたから、留学については後回しになっていただけなのだ。
さらにその間、人間は40年という期間に主要人物が世代交代していたりすることもあって、余計に時間がかかったりもしたのだとか。まぁ、こればかりは仕方ないよね。人間にずっと現役でいろ、っていうのも無茶な話だもん。長命種族を基準に考えてはならないのだ。
だけど数年前から、魔大陸の人が何人か人間の大陸に留学という名の旅に出ているっていうから、かなり進んだとは思うよ。それもこれも、鉱山を通る特別パスポートが出来たのが大きい。
では何に行き詰っているかというと、ずばり人間の大陸側からの動きのなさである。こちらから人間の大陸に調査に向かう人は多いけれど、逆は滅多に来ない。彼らからすれば魔大陸は文字通り魔窟だから、そう簡単には踏み込めないんだろうな。
「私たちが直接行ってスカウトでもしないと、なかなか難しいかもね。話さえ聞いてもらえれば、なんとかなりそうなものなんだけど」
何の気なしに私が呟くと、お父さんはバッと背もたれから身体を起こし、それだ! と叫んだ。え? 何? どれ?
「……そうか、そうだよ。実感がないんだよな。いくら書面やお偉方からの話がいってても、誰かが行くだろうと思って名乗りを上げないのかもしれねぇ」
人間ってそういうものだし、とお父さんはブツブツと呟きながら何かを考え始めた。まぁね、それはあるかも。人数も多いから、自分には関係ない、縁のない話だってみんな思うのかもね。気持ちはわかる。私もそう思うだろうし。
「地味な作戦ではあるが、とっかかりとしてはいいかもしんねぇな。メグ、ありがとな! ちと行ってくるわ」
「え!? もう!? ちょ、せめてちゃんと休む時間くらい作ってよー!?」
どうやら何かを思いついたらしいお父さんは、さっきまでぐったりとしていたのに突然立ち上がってキビキビと動き出す。顔つきもなんか生き生きとしているから大丈夫だとは思うけど、オルトゥスの頭領なんだから休みはちゃんと休むルールはしっかり守ってもらいたいものだ。
いや、休んではいるのだろうけど、ずっと頭は働いてそうだもん。
でも、楽しそうでちょっと安心したな。たぶん、ようやく人間の大陸にまで手が届くようになって嬉しいんだと思う。
理想の世界っていうと上から目線な言い方になってしまうけど、お父さんは辛い思いをする人が少しでも減ってくれればいいって思っているんだよね。本当、お人好しなのはずっと変わらないなー。
ま、今やる気に満ち溢れているのは、これまで力を入れて頑張ってきた仕事がだいぶ形になってきたからっていうのが大きいと思うんだけどね。
力を入れてきた別の仕事、それは奴隷制度の見直しである! さすがに人間の大陸にまでは手が行き届いていないけど、魔大陸ではやっと完全に奴隷という存在がいなくなったのだ。これはすごい。とてもすごい!
だって、犯罪者の扱いや、貧困層を奴隷以外の手段でどうにかするってことなんだよ? それが当たり前だった常識を根本から変えていくのには、ものすごーく苦労をしたのだ。反対意見もとても多かったみたいだし……。そう、特に国からの。
最初、この意見に賛成してくれたのはオルトゥスのあるリルトーレイ国だけだった、といえばその苦労が伝わるだろうか。東の小国だけですよ、味方は。
あ、魔王国もだけどどのみち小国2つだけの賛成意見から始めたんだもん。いくらお父さんと魔王という影響力のある2人といえど、そりゃ何十年もかかるというものだ。
詳しい手段は私にも教えられていないけど、とても大変だったらしいことは知っている。し、仕方ないでしょ! ただでさえ難航している仕事なのに、興味本位で教えてなんて言えなかったんだよぉ! いちいち子どもに説明しなきゃいけないっていう余計な手間をかけさせたくなかったんだもん。
もちろん、いずれは教えてもらうつもりだけどね。この大陸の歴史、その大きな転換期なんだから。勉強大事!
「さて! そろそろ訓練場に行こうかな」
遅い昼休憩も終えたところで、私も席を立つ。実は、今日は夕方から少しだけ、リヒトが訓練に付き合ってくれるんだよねー。
なんでリヒトがオルトゥスにいるのかって? ふふふ、それはね、リヒトのチートな能力のおかげなのです。
元々、空間魔術が得意だったリヒト。そこから猛特訓して体術も魔術もかなりの腕を上げたところで私と魂を分け合った。その結果、さらに魔力量がどどーんと増えたんだけど、人間という種族柄あっさりと扱いにも慣れちゃったんだよね。
それでなんと! さらなる特訓を積んだおかげで魔大陸中のあちこちに一瞬で転移が出来てしまうようになったのです! ……もうそれ反則じゃん、ってなるよね。私もなったわ。ずるいわ。
というわけなので、相変わらず魔王城で生活をしているリヒトなんだけど、頻繁にオルトゥスに来てくれるようになったってわけ。
とはいっても、リヒトも父様たちの仕事を手伝っているから忙しさは変わらないんだけどね。合間を縫って訓練に付き合ってくれるリヒトは、本当に面倒見がいいと思うよ!
「おい! 今訓練場ですげぇのが見られるってよ!」
「おう、聞いたぜ! 早く行こうぜ!」
のんびり訓練場に向かっていると、なにやら興奮気味なギルドメンバーが小走りで私を追い抜かしていく。……ん? 今、訓練場って言ったよね? すごいのが見られる? なんだろう。もしかして、早く着いたリヒトが誰かと試合でもしてるのかな?
などと、のんびり考えていた私は甘かった。
「ぎ、ギルさん!? なんでリヒトと戦ってるのぉ!?」
たしかにすごいのが見られたよ! 通りすがりの言葉に偽りはなかった!
訓練場のドアを開けたら満員御礼で何ごとかと思ったけど、こういうことなら納得だ。私? まだ小さいので屈みながら皆さんの間をすり抜けて前に出てきましたよ。
「まだ、まだぁ!!」
「甘い」
わぁ、本当に模擬戦してるぅ……。というか、2人とも割と本気っぽい? よく見れば、試合している場所の四隅には見覚えのある魔道具が。あれってさぁ、闘技大会の時に使ってたガチのヤツじゃない? なるほど、遠慮なく戦えるわけだ。
にしても、すごい。2人が戦う姿はその一言に尽きる。というか、戦闘スタイルが似ているのかも。ギルさんもリヒトも空間を扱う魔術が得意だから、今そこにいたかと思ったら次の瞬間には別の場所から姿を現すので、一体どこにいるのかわからない。
加えて武器も刀と剣でちょっと似ているし。っていうか武器!? それもオッケーなの? ま、まあ大会じゃないからルール違反ってわけじゃないけど!
「うわー、今何が起きてんのかわかんねー」
「俺も。ただすげぇってのはわかる」
うん、まさにそれだ。ほとんどの人はなんかよくわからないけどすごい、ってことしかわからないだろうな。黒い影が2つ、飛び交ってはぶつかって離れてを繰り返しているからね。
ふふーん。でも私は目だけは肥えているのでどうにかわかるよ! この2人の模擬戦ならそこまで怪我の心配もいらないだろうし、せっかくなので私もしばらく観戦しちゃいましょー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます