複雑なお年頃

思春期メグ


 ザワザワと、ホール内が騒がしくなってきた時間帯。


「おはようございます、メグちゃん! これ、急ぎで頼みたいんですけど、引き受けてもらえます? 本当に急で申し訳ないんだけど……!」

「おはようございます。わかりました! 今、確認してみますね!」


 朝一で駆け込んで来た人たちは、急いでいる人たちが多いので手際よく進めるのが大事だ。


 本日最初のお客さんは、顔見知りの常連さんだった。隣町にウォルグ系魔物の角素材を十本採集の上、配達、かぁ。しかも夕方までに。採集自体はそこまでの難易度ではないけど、危険を伴う上に本数がちょっと多い。

 この人がこんな無茶な仕事を持ってくることは滅多にないから、本当に切羽詰まってるんだなぁ。その表情には悲壮感と疲労感と懇願がありありと見て取れる。


 ふむ、この方にはいつもお世話になっていることだし、困ったときはお互い様。確実に依頼をこなしてくれる人に頼まないとね! となるとここは外注さんではなく、オルトゥスから人を派遣すべきだよね。今日空いているのは確か……。


「ショーちゃん! すぐにオーウェンさんのところにいって、予定を確認してきてもらえるかな? 今日の仕事に追加で頼めるか、って」

『お安い御用なのよー!』


 確かオーウェンさんは今日、仕事で西の方に向かうはず。隣町は通り道だし、途中少しだけ寄り道してもらえれば採集も出来るだろう。ちょっと手間がかかるけど。

 あとは引き受けてくれたと仮定して出来るところまで書類の書き込みをして返事を待っていると、さすがはショーちゃん。二、三分で戻って来てくれました。


『引き受けるってー!』

「わ、よかった! トムさん、ご依頼引き受けますね。ただ、依頼完了の返事は明日になるかもしれませんけど」

「本当かい!? ありがとうございます、助かります! 返事は明日で大丈夫です。オルトゥスに頼めば絶対に間に合うのはわかっていますからね!」


 本当にありがとう、と何度も頭を下げてお客さんは安堵したように急ぎ去って行く。他にも仕事で大忙しなのだろう。


 しかし、毎度のことながらものすごい信頼だなぁ。オルトゥスの依頼完遂率はほぼ百パーセントだもんね。こなせなかった外注さんが受けた依頼も、オルトゥスのメンバーでカバー出来ているから、外注の人たちも安心して受けることが出来るのは大きいと思う。

 だからオルトゥスのメンバーは何かあった時に誰かが空いているようにスケジュールが組まれているのである。その上、休みもしっかり取らせる徹底っぷり。それが出来るのも、一人一人の能力が高いからこそだよねー。ええ、オルトゥスはホワイトな職場です!


「おっ、おはようございます! あの、初めて依頼を受けにきたんですけど……」

「おはようございます。初めてさんですね! 私はオルトゥスのメグです。まず、こちらの用紙に必要事項の記入をお願いしますね」

「はっ、はひ……」


 続けてやってきたのは、初めて依頼を受けるという若い青年亜人さん。ところどころに羽毛が見え隠れしているから、鳥系の亜人さんかな? 初めてだから気合いを入れて朝早くから来てくれたのだろう、なんだか初々しくてついニコニコしちゃう。


 すると、そんな私の視線が気になるのか、青年はチラチラこちらを見ては顔を真っ赤にしてしまった。ごめん、見すぎちゃったかな?


「あらあらぁ、メグちゃんが可愛いからって、記入ミスしないようにね?」

「うっ、で、でも緊張しますぅ!」


 そこへ受付内部で動き回るサウラさんが通り過ぎる際にひょこっと顔を出してそんなことを言った。もう、からかわないであげてー! さらに顔を赤くして震えだした青年を前に、ごめんなさいね、とクスクス笑うサウラさん。可愛いので許します。


「メグちゃんたらすっかり大きくなっちゃったものね。ちょっと前までは可愛いって頬を緩める方が多かったけど……もうお姉さんって感じだもの。身長が抜かされた時は悲しかったけど、少し大人っぽくなったメグちゃんもまた別の魅力があっていいわね……」

「そ、そうですか? あ、ありがとうございます。でもサウラさん、照れちゃうからあんまり褒めないでぇ……」


 そうなのだ。リヒトと魂を分け合ったあの日からの二十年間で、私の身長はにょきにょき伸びていったのである。心の成長が促進されたから、身体も成長していくだろう、と言われていたけど、まさかここまで一気に伸びるとは思っていなかったから自分でも驚いている。


 だから今の私は、見た目でいうと十四、五歳ってところかな。身長は相変わらず低めだけど。髪も今は胸より少し下くらいの長さだ。毛先がクルンとカールしているんだよね、癖毛だから。

 ま、長いとまとめるのも楽だからあまり気にならないけど、相変わらず切ろうとするとみんなが揃って悲しそうにするのでこの長さを維持している。別にこだわってないからいいけども。


「はい、ちゃんと書けてますね。じゃあ早速、受けられそうな依頼をいくつか紹介しますね!」


 こうして私は今日の仕事をどんどん進めていく。青年は受ける依頼を決めると、意気揚々と出かけて行った。その背中を見ていると、私もちゃんと仕事を紹介出来たんだな、と思って嬉しくなるのだ。


 私専用のカウンターをホールから撤去し、こうしてみんなと同じ受付での仕事をスタートさせたのは数年前。最初は慣れなくてあたふたしてばっかりだったけど、今ではだいぶ慣れて、なかなかいいペースで仕事をこなせていると自負しております!

 ちなみに、あのカウンターは今、私の自室で簡易ドリンクカウンターとして再利用している。だって可愛いし、もったいないもん!

 でも実は、私の仕事はこれだけではない。


「メグ、少しいいか」

「! ギルナンディオさん! おはようございます!」


 人が途切れたタイミングで現れたのはギルさん。フードとマスクで顔を隠してはいるけど、イケメンっぷりは健在です。以前はそれも眼福ー、といって朝から幸せ気分に浸れていたのだけど、あの日から顔を見るとどうも照れちゃうというか。でも、顔を見れて幸せな気分になるのは変わらないよ!


「三日後はダンジョンの依頼を受けていただろう。一緒に行く相手は決まったか?」

「はい! えっと、ワイアットさんが一緒に行ってくれることになってます」


 そうなのだ。実はオルトゥス内部での仕事の他、外に出て依頼を受ける仕事もこなしているのである。えっへん、すごいでしょ!

 とはいえ、難易度はそこまで高くはないんだけどね。外の依頼は必ず誰かと一緒に行くことになっているし。経験を積む、ということで未成年の内から大人と一緒に依頼をするのは結構よくあることなのだそうな。私も例外なくその経験をさせてくれることに、すごく感謝してるよ! 過保護ぶりもだいぶ緩和されたよねー。しみじみ。


「そうか。……明日、明後日の予定は?」

「? 明日はカフェのお手伝いが入っていますけど、明後日はお休みです」


 私が返事をすると、立て続けに質問をされるので思わず首を傾げる。何か頼みたいことでもあるのかな? そう思ってギルさんの言葉を待っていると、そうか、と一言告げた後しばらく無言になるギルさん。その場を立ち去ろうともしないから、たぶん何か言いたいことがあるんだな。


「何か、ありました?」


 言葉を探しているように感じたので、私から声をかける。なんか、いちいち緊張しちゃうんだよなぁ。ギルさんとの仲の良さは変わらないはずなのに、つい敬語になっちゃうし。というかそれは先輩メンバー相手だとみんなそうなっちゃうんだけど。難しいお年頃なのだ、私は。


「……二日後、空けておいてくれ」

「え? はい、それはいいですけど……」


 顔を逸らしながらギルさんはそれだけを言った。なんだろう? 珍しいな。何か予定があるならいつもはハッキリと伝えてくれるのに。むしろ事務的に何時にこういう仕事があるからと、服装やら移動手段まで教えてくれるというのに。

 疑問符を浮かべながらギルさんを見上げていると、スッとマスクを少しだけ下ろしてギルさんがこちらを見て微笑んだ。


「久しぶりに、二人で出かけよう」

「へ……」


 お出かけ? 今、二人で出かけようって言った? 言ったよね?


「いや、無理にとは言わないが……」


 放心していると、ギルさんは少しだけ目を逸らしてそんなことを言うので、私は慌ててバンッと受付テーブルを叩きながら立ち上がって身を乗り出した。


「行く! 行くよ! 行きます!!」


 自分でも勢いつけすぎでしょ、って思ったよ。わかってる。だからみんなそんなに注目しないで……! だって、まさかのお誘いだったんだもん! 目を見開いて驚いた様子を見せたギルさんだったけど、すぐにクックッと笑いだす。くっ、恥ずかしい!!


「では二日後の朝、迎えに行く」


 ギルさんはそう言うとすぐにマスクを上げ直し、おかしそうに肩を震わせながら去って行った。まだ笑ってる……。ぐぬぬ……!


 何度か深呼吸をして、心を落ち着かせる。ギルさんとのお出かけなんて、本当に久しぶりだ。一緒に修行とか、依頼には行くし、その帰りにご飯を食べにはよく行ってたよ? 時間さえ合えば出来るだけオルトゥスでも一緒に食事を摂ったりしてるし、一緒にいる時間はいまだに一番多い。


 でも、改めて一緒にお出かけとなると、何年ぶり? といったところだ。少し気恥ずかしそうに誘ってくれたギルさんがまたイケメンなのがよくない。つい、照れちゃうのは仕方ないと思います! 少し落ち着いたところで、私はストンと椅子に座る。まだ仕事は残っているんだから切り替えなきゃ。


「ははーん。デートのお誘いだなんて、ギルもやるじゃない。百年前と比べたらかなり変わったわよねー!」

「さ、さささサウラさんっ! で、デートだなんて!」


 だというのに、またしてもひょっこり現れたサウラさんの一言で、またしても心拍数が跳ね上がる。


「あら、デートでしょ? 二人で出かけるんだもの」

「そ、それはそうですけど!」


 デート? で、デートなのかな。でも私はまだ子どもだよ? だいぶ大きくなったとはいえ、大人なギルさんからしてみたらまだまだひよっこだもん。あれ? ギルさんって今いくつなんだろう。聞いたところで亜人の年齢はよくわからないんだけども。


「私とメグちゃんの二人で出かける時だって、デートっていうじゃない」

「あ、それは、そうですね。うん、確かにデートかも」


 私がもごもごと口ごもっていると、サウラさんがウインクをしながらごもっともなことを言う。そうだよね。仲良しな二人で出かけるからデートって呼んでも何もおかしくはないよね。うん。


「ふふふ、可愛いんだからっ、もう! めいっぱいおしゃれしていかなきゃね! せっかくの大好きなギルとのデートだものね!」

「はい! ……はい? あれ? あれれれ? や、やっぱりなんか違うと思います、サウラさぁん!!」


 あ、これ、からかわれてる! そう気づいた時にはすでに遅く、サウラさんはルンルンと軽い足取りでまた受付の奥の方へと向かってしまった。


 ちょ、ちょっと!? 妙に意識して気まずくなるからやめてーっ!?

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