【6巻発売記念小話】ギルナンディオの過去


 生きる喜び。

 自分には縁のないものだと思っていた。


「ギル、別にみんなと仲良しこよししろ、とまでは言わねぇ。俺はさ、お前の能力に惚れ込んでんだよ。少なくとも俺はお前を裏切るようなことはしないと誓うからよ」


 自ら喧嘩を売って、情けなくも敗北したあの日に頭領から言われた言葉は今も覚えている。


 仲間になってくれ、などという馬鹿げた話を持ち出され、真っ平ごめんだと答えつつも、肌で感じる強者の気配に俺はつい言ってしまったんだ。「自分に勝てたら仲間になってやってもいい」と。

 あの時の俺は、思い上がっていた。なかなか決着のつかない勝負だったが、殺すつもりでかかった俺に対し、怪我は負わせないという甘い考えで戦っていた頭領に俺は……負けた。


 僅差で勝てたと頭領は言ったが、俺はその時、人生で初めて越えられない壁があることを思い知った。


 思えば、自分も随分変わったものだ。オルトゥス創設からのメンバーに口を揃えてお前は変わったと言われても、いまいちピンと来ていなかったが、今ならそれも自覚出来る。

 オルトゥスに来る前の俺は、人を一切信用していなかったからな。


「誓う? そんなもの、口では何とでも言える」

「そうだな。だから今後、長い時間をかけてそれが事実だってことを知ってもらうさ。互いに裏切ったら、その時は容赦しない。今はそれさえ頭に入れといてくれればいい。どうだ? 俺の仲間になれよ、ギル」

「敗者に断る権利はない」

「……そういうこっちゃねーんだが。まぁ、今はそれでいいさ」


 裏切ったら容赦しないというルールはわかりやすくていいと思った。だが、自分が裏切ったとしても頭領には敵わない。

 そもそも裏切るメリットがないためそんな気は一切なかったが、もしも何かあった時に、一矢報いれるくらいには強くなろうと決意した。あの日から、俺の目標は頭領を超えることになり、それは今もまだ達成出来ていない。


「あら、新しい仲間? 初めまして。私は小人族のサウラディーテよ。気軽にサウラって呼んでちょうだい」


 仲間になるという話がまとまった後、俺は頭領に拠点に連れられて行かれた。東の小国という誰も目に止めないような辺鄙な地。よりにもよってそんな場所を選ぶ意味がわからなかったが、人の多すぎる大きな街よりはずっといいと思った。


 その東の小国リルトーレイの中でもさらに東の端に位置する街へ向かうと、何もないただ広いだけの草原に5人の人物が集まっていた。

 いずれはここに立派な建物が出来る予定だと頭領は笑う。簡単なことではないはずなのだが、この人が言うならきっとやるのだろうという妙な確信もあった。


 集まった5人は、すでに頭領に勧誘された仲間だという。ここにいる7人で始めようとしているらしい。上級ギルドになるためには人数が少ないが、最初はこんなものだろう、と。

 正直、それを聞いてホッとした。俺は人を信用していなかったからな。人は少なければ少ないほど助かったんだ。


 頭領によって俺は5人に紹介された。最初に自己紹介をしてきたサウラは、一切の物怖じもせずに俺に近寄り、握手を求めるべく手を伸ばす。だが俺は、その手を反射的に叩き落としてしまった。


「いっっったぁぁぁい! ちょっと、何するのよ! 小人族の軟弱さを舐めないでくれる!?」


 抗議の声を聞いてハッとなる。やってしまったな、とすぐに反省した。俺は人に、特に女に対して嫌悪感を抱いていたが、何もしない相手にまで攻撃をする気はないからだ。


「んー、君。さすがに今のはないと思うよ。顔がいいからって許されることじゃない」

「顔ぉ? あら、本当ね。かなり整っているわ」

「っ、うるさい……!」


 サウラの手を叩き落とすと、すぐにケイが庇うように前に出て苦言を呈していたな。悪いことをしてしまった自覚はあったが、その発言は俺にとって地雷だった。互いに怒りが溢れて殺気を飛ばしそうになったところで、頭領に止められる。


「はい、ストップ。お前ら、初対面で喧嘩してんじゃねーぞ。オルトゥスのルールで、仲間同士の本気の喧嘩はご法度だからな?」

「なによそれ、初めて聞いたわ。っていうかオルトゥスって何よ」

「今初めて言ったからな。それとオルトゥスってのは、ギルドの名前だ」


 それから頭領は、オルトゥスという名の意味を嬉しそうに語り始めた。その姿がやたら無邪気で、毒気を抜かれてしまったのをよく覚えている。


「オルトゥスは、夜明けを意味するんだ。魔王の暴走で暗黒の時代だったのが、ようやく終わりを迎えただろ? 長い夜が明けたこの時に生まれたギルド。だからオルトゥス。このギルドはどんどん大きくなるぞ!」

「随分な自信じゃないの。あ、ありがとうルド。もう痛まないわ」


 夢を語る頭領はまるで子どものようだった。いずれ特級ギルドにまでなるからな、と告げられたその時は夢物語だと思ったものだ。だが、全て本気なんだということはその瞬間に理解もしていた。


「……悪かった」

「え? あー、いいわ。私もきっと、貴方の気に障ることをしちゃったんでしょ。ごめんなさいね」

「ボクも。嫌なことを言っちゃったんだね。悪かったよ」


 謝罪の言葉はあっさりと出てきた。2人とも深くは追及してこなかったし、自分にも非があったのだろうと謝罪も返してくれた。


 悪くない心地だと、そう思った記憶がある。そして頭領と、頭領の集めた人材なら少しくらい信用してもよさそうだと妙な感覚になった。


 生涯1人きりで生きていくつもりだったのに。

 2度と人を信用はするものかと思っていたのに。


 それがこんなことであっさりと決意が揺らぐのは、本当に奇妙で気持ち悪かったが、それもいいと思う自分はついに気でもおかしくなったかと思ったものだ。


 とはいえ、実際にそう簡単に信用出来るかといえば、そうもいかない。

 その後100年ほどは、どのメンバーに対しても警戒心を持っていたし、頭領に対しても必要最小限の関わりしか持たなかった。古参メンバーはそれが俺だと認識しているため、特に普段と変わらない態度だったが、新規加入メンバーたちは俺を恐れるように距離をとっていたのも知っていた。


「なぁギル。オルトゥスの中だけは、そのフードとマスクを取ってくれ」

「なぜだ。必要性を感じない」


 そんなある日、頭領からそんな提案をされた。自分の見目が整っていることは自覚している。そのせいでくだらない連中が近寄ってくるのが鬱陶しいことこの上なかった。酷く不快で、耐えがたい苦痛。だからこそ自衛のために顔を隠しているというのに。


 それは頭領も承知の上だったはずなのだが、なぜ今更そんなことを言い出したのか理解に苦しんだ。


「変なヤツが寄ってきたら容赦しなくていい。わかりやすいだろ? だが一応仲間だから命までは取らないでくれると助かるけどな」

「……なぜ、そこまでする」


 俺の問いに、頭領は笑って答えた。


「お前には、ここでだけはリラックスしてもらいたいんだよ」


 言っている意味がわからなかった。それは、俺にとってオルトゥスが落ち着ける場所となればいいと言っている、と理解するのに数秒を要した。


 馬鹿馬鹿しい。むしろその提案は俺にとってリラックスとは正反対の行動だ。それに、影に潜ればいつだって俺は落ち着ける。一切の必要性を感じなかった俺はすぐに断った。


「頑なだな。じゃ、これは頭領としての命令だ。オルトゥス内部で顔を隠すのは禁ずる」

「なっ」

「嫌だと言うなら、俺を倒せ。俺に勝てたら・・・・・・顔を隠すのを・・・・・・許してやってもいい・・・・・・・・・


 あの日の俺のセリフを真似て挑発しているのはすぐにわかった。頭に血が上った俺は、そのまますぐき頭領に決闘を申し込み、そして負けた。


 結果、オルトゥス内で顔を晒す羽目になったあの日の屈辱は筆舌に尽くしがたい。結果的にそれが俺にとっていい影響をもたらしたと気付くのはその数十年後のことだったが、当時は内心でかなり荒れた。極力ギルドに戻らないよう、遠方の依頼ばかりを受けたり、な。


 だが、ふと気付いたのだ。オルトゥスに戻る度に顔を見せることで、オンとオフの切り替えが出来るようになっていたことに。知らず知らずの内に、オルトゥスに戻ることでホッと肩の力が抜けるようになっていったことに。


 そして、オルトゥスの仲間たちが俺を見る目が、柔らかいものへと変わっていたことに。


 それに気付いてからは、俺はオルトゥスのメンバーを「仲間」と認識するようになった。守るべき対象だと、そう思うようになったら、たとえ裏切られたとしても自分の方が力で勝っているのだからどうということはないと思うようになった。

 ならば、最初は全面的に仲間を信用してもいい。裏切ったならそれが最後。頭領が告げた最初のルールが、この時初めて自分の中で腑に落ちた。


 そしてその意識さえも、ガラッと変えてしまう出会いが、あの日訪れた。


 ダンジョンで倒れている、あまりにも弱弱しい命。どう接すればいいのかわからなかったが、自分が守ってやらないとすぐに死ぬ命だと思った瞬間、何に変えても守らねばならないという使命感が俺を奮い立たせた。

 己の持ち得た知識や経験を総動員して、幼子と接した。優しく、怯えさせないように。怖がらせないように。俺を信用していい、とどう伝えたらいいのかわからなかった。絶対に守り抜くと誓いたかった。


 これまで遠ざけてきた、信用と誓い。その単語が己の中で生まれるとは思わなかったな。だが、それは驚くほど自然に生まれてきた感情だった。おそらく、最初にメグを見たあの瞬間から俺は……。


 メグとの出会いからだろうな、俺が急速に変わっていったのは。

 優しくされれば無条件で全面的に相手を信用するメグは、俺とは正反対で眩しい。あまりに危うい気質だが、それならこの子の信頼に値する人物に自分がなればいいと思う。


 すでに、メグを2度も危険な目に遭わせてしまったが。その度に俺を救う笑顔を見せてくれるメグに対して出来ることはただ一つ。

 失敗しても、失態を見せてしまっても、何度だって誓う。お前を守ると。


「ギルさん! お仕事、お疲れさまでした!」


 オルトゥスに戻ってマスクとフードを外すと、今日もメグが笑顔で出迎えてくれた。嬉しそうに駆け寄るメグを抱き上げ、俺はあることを思いつく。まだ予定も何も調整はしていないが、それは後でいい。今は先に伝えてしまおう。


「メグ、次の休みの日に時間をもらえないか」


 柄にもなく、後先考えずに俺はメグを誘った。


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お読みいただき、ありがとうございます!


こちらは、1月9日発売の特級ギルドへようこそ!6巻に収録されている書き下ろし短編に繋がるお話になっております。

読んでから書き下ろし短編をお読みいただくとより楽しんでいただけるかと……!

書店様でお見かけの際はぜひお迎えくださいね!


また、bookwalkerさんでは3時間後の5日0時に先行配信されます。

一足先に6巻が読めちゃう上に、電子書籍版特典SS「マジカルすごろくで遊ぼう!」も読めちゃいます!

メグ、リヒト、ロニーの子ども組がわいわいすごろくで遊ぶほっこりストーリーとなっておりますのでぜひご覧ください!

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