人間という種族


「……っ! メグ……っ!」


 んー……。声が、聞こえてくる。この声には覚えがあるぞ? 私の大好きな声だ。


「……む、頼むから、目覚めてくれ」


 ギルさん? というかこの場面、なんだか前にも視たような気がするんだよなぁ。予知夢?


「メグ、…………している」

「ぎ、るさ……?」


 自分の口から声が出た。あれ? 今、私、喋った? ってことはこれは夢じゃなくて現実だ。

 理解した私はゆっくりと瞼を押し上げる。その瞬間、自分の肺に一気に酸素が流れ込んでくるような、そんな感覚を覚えた。


「っ……はっ! げほっ、けほっ……! はぁ、え、あれ……?」

「メグ!!」


 呼吸を忘れていた、みたいな、そんな表現が正しいかも。なんか、久しぶりに息をした気がする。あと、全力疾走した後みたいに心臓がバクバクいってる。まるで急いで全身に酸素を送ろうと頑張っているみたいな。


「あ、もしかして、戻った……? けほっ」


 痛いくらいに抱き締められた感覚でようやく状況を把握する。そうだ、私は身体から魂が離れていて、それで命の危険があって……。あ、実際に息も心臓も止まっていたんだ。たぶん。なるほど、この身体の反応は正しい。

 それにしては起きてすぐに話せたり考えたり出来るのが不思議だけど。


「おいギル、気持ちはわかるが、メグが潰れちまうぞ」

「っ、すまない! メグ、大丈夫か?」


 フッとさらに呼吸が楽になった。これはギルさんが私を抱き締める力を弱めてくれたからだろう。こ、これはかなり心配をかけてしまったみたいだ。


「メグ、こちらを見るのだ。……ふむ、大丈夫そうであるな。身体も脳も、異常は見られぬ……! よかった、よかっ、た……!!」


 目をパチパチとさせていると、今度は目の前に父様の顔が。私の頭に手をかざし、ゆっくりと全身を魔力で探られていくのを感じた。健康チェックをされたらしい。それでわかる父様すごい。あと近くで見る美形は迫力が違うなぁ、なんてそんな馬鹿みたいな感想を抱いてしまう。


 話を聞いていると、どうも私の身体から魂が離れている間、お父さんが魔術で身体の生命維持をしてくれていたようだ。お、お父さんそんなことも出来るの!? でも、触れてさえいればなんでも再現出来る魔術が使えるらしいから、出来なくもない、のかな? それでも医療の知識がほとんどないお父さんがよく出来たと感心するよ。


 つくづく、私の父親たちは規格外だなぁ。こんな今更なことを考えてしまうのは、私がまだぼんやりしているからかもしれない。


「あ! リヒト! リヒトは!?」


 慌てる父親たちを見ながら脳をゆっくりと回転させ始めたことで、ようやく思い出す。そうだ、私たちは確か魂を分け合った、はずだ。

 そっと胸に手を当てて意識をすると、微かにリヒトの気配のようなものを自分の中から感じた。それだけで、リヒトが特に大きな問題もなくちゃんと生きているのだということがわかって、なんとも不思議。


「いるよ、ここに。お前より先に目覚めて、一通り説明も済ませたとこ」


 ふと、背後から声が聞こえてきたので振り向く。まだギルさんに抱き締められたままだったので首だけを回した状態なんだけど。


「ったく、このまま目が覚めなかったら、魂を分け合ったその日に俺も死ぬのかと覚悟を決めたぜ。ヒヤヒヤさせんなよ、相棒」


 いつものようにニッと笑って腕を組み、軽い調子でそう告げたリヒトだったけど、本当に良かったと思ってくれているのがすぐにわかった。だって、ちょっと涙ぐんでるんだもん。

 よく見れば、お父さんも少し涙目で、父様にいたっては号泣している。


 本当に、心配させてしまったんだ……。私は本気で危険な状態だったんだね。


「……ごめんなさい。で、でもね? 私的には、ちょっと寝て起きたくらいの感覚なんだよ?」


 少し長い奇妙な夢を見た後のような、ちょっとした疲労は感じる。でもそれだけだ。

 ギルさんに腕の力を緩めてもらい、その場で伸びをしたり首を回したり腕を回したり。それから立ち上がって軽く跳躍もしてみたけど、いたっていつも通りだ。魔術をかけ続けてくれたお父さんのおかげかな。

 素直にありがとう、と言うとお父さんには当たり前だろ、と頭をぐちゃぐちゃにかき混ぜられけど、心配をかけたのは確かなので甘んじて受け入れます。


「メグ、魔力の方はどうだ?」


 そして、心配そうに父様が訊ねてきた。そうだ、それが一番の問題点だったんだもんね。経験者として父様は私も同じ状態かどうか、気になるのだろう。


「んーと。量は結構、減った、かな。それでもすごく多いけど……。リヒトも元々魔力量が多かったもんね。でも、暴走する気配はまったくないっていうか、安定しているというか、扱いやすいというか……?」


 なんとも言葉にはしにくいんだけど、とにかく抑えられなくて大暴走! みたいな予兆は一切感じないのだけは確かだ。ちょっと前まであんなに不安定だったのに、気分も清々しくて晴れやかになっている。実は結構、精神的に負担がかかっていたんだなぁ。


「俺は人間だからあらゆる成長速度がみんなよりもずっと早いだろ? だから、魔力の増加も早かったけど、その分対応も得意なんだ、と思う。たぶん、人間全般そうなんじゃねーかなって思うんだ」


 リヒトの考えは一理ある。人間は私たちに比べて寿命が短いけれど、その分成長も早い。だから私たちよりもずっと、急激な変化に強いんだ。適応能力が高い種族、それが人間なのかもしれない。


 だから、私と魂、それから魔力を分け合ってリヒトは今急激に魔力量が増えたけど、身体が拒否反応を示すことなく受け止められているし、私と一緒になって魔力のコントロールも難なくこなせているのかも。むしろコントロールはリヒトにほぼ任せっきりになっているのが今ならよくわかる。


 というかすごいな、この扱いの上手さ! そりゃあ私が耐えられなくなるのも当然だよ! 大規模な工事を子どもが手作業でやるのと、機械も使って効率よくやるくらいの差があるからね? リヒトの魔力コントロールの上手さに脱帽だ。


「……なるほど。だから、人間なのか」


 リヒトの言葉を受けて、お父さんが深く納得したように頷いている。そういえば、お父さんも人間だ。あれ、もしかして過去に勇者として召喚された人たちもみんな、人間だった……?


「しっかり、調べ直さないとわからぬが、その可能性は十分にある。勇者に選ばれる条件として、魔力を多く持つ人間、というものがあったかもしれぬ」

「それなら、稀に異世界から呼び寄せられるってのも納得だな。この世界の人間はほぼ魔力を持たねぇし。自分たちで勇者となる存在を見つけたっていう過去の魔王も、魔力持ちの人間を探したってんなら信憑性も高い」

「魔王の力を覚醒させずに済んだ、という例もよく考えればかなり難しいぞ? ちょっとした感情の揺れで覚醒してしまうものであるからな。外界から隔離されたとしても、感情の動きを制御するなど並大抵のものではない」


 ……本当に、本当に代々魔王は人知れず苦労をしていたんだなってことがわかったよ。それと、みんながみんな民を思う優しい心を持っていたんだってことも。

 だって、どうでもいいと思っていたらここまで労力を割かないもん。どこから勇者が召喚されようが知ったことではないって、そんな考えを持つ人なんてたくさんいる。


 それでも、代々の魔王はこれを語り継ぐほど真剣に向き合ってきている。めちゃくちゃいい王様じゃん! そりゃあ、失敗したら多大なる被害が及ぶけど! 父様の時のようになっちゃうけど!


 これまで私は、ずっと魔王の娘であることに重荷を感じてきた。だけど今初めて、誇りに思えた気がするよ。もちろん、自分が魔王になるビジョンなんて浮かばないし、自信なんかこれっぽっちもないけど、それはそれ、これはこれだ。


「ってことは、今後も代替わりするたびに異世界から魔力を持った人間が召喚されてしまうかもしれない、ってことですか」


 リヒトが改めて確認するように質問した。そうなるな、と答えた父様もお父さんも難しい顔だ。

 この世界に、魔力持ちの人間がいればそうはならないけど、そうまたいいタイミングでそういった人物が現れるとも限らないもんね……。どのみち、その人物には大変な思いをさせてしまうことにはなるけれど、せめて異世界から呼び寄せられるような事態は避けたいって気持ちはよくわかる。

 だって、お父さんやリヒトのように、辛い思いをする人を増やしたくはないもん。ある日突然、家族に会えなくなるのは本当に辛いから。せめて、大切な人とは会える距離にいてもらいたい。

 この世界の人間の中にも、魔力を持って生まれる人がいるにはいるから希望は持っておきたいところだ。


「今後の調査内容に加えるか」

「今後の調査?」


 お父さんがフーッ、と長いため息をついてからそう切り出した。私が聞き返すと、留学制度を進めるにあたって、今後は人間の大陸にも調査に向かう機会が増えるのだという。その時に、人間は本当に魔術が使えないのか、また使えるようになることはあるか、魔力を増やす方法はあるのか、を追加で調査していくのはどうか、ということだ。

 それはそれでなかなかいい案にも思えるけど、気になることもある。念のため懸念事項を伝えてみることにした。


「人間が魔術を使えるようになることで、歴史に大きな影響を与えることにならない、かな?」

「それはあるな。人間ってのは野心でメラメラだし。絶対揉める。魔力持ちの奴隷の取り合いでさえ揉めるんだぜ? 目に浮かぶぜ……」


 やっぱり、お父さんもその心配については考慮済みか。これまで持っていなかった力を持つことはとても素晴らしいことだけど、みんながみんなそれをいい方向に使うとは限らない。特に人間は、ね。元人間だからこそわかる部分もあるというかなんというか。


「けど、必要なことだよな……。そりゃあ、異世界から人間が呼び寄せられるのなんか数100年に一度とかだし、確定ってわけでもないけど、その1人に選ばれた方からしてみたらとんだ災難かもしれないんだ。軽視は出来ねぇよ」


 リヒトの言葉はさすが経験者なだけあって重みが違う。お父さんも深く頷いているもんね。


 たった1人のために世界が変わるかもしれない、と言われればしり込みする気持ちもある。けど経験してきた辛い過去があるこの2人にとっては到底無視は出来ないよね。


「……予測可能な不安要素があるなら、対策を立てればいいだろう」


 みんなでうーん、と難しい顔をしていると、ずっと黙っていたギルさんがポツリと告げた。こ、この人はサラッとごもっともな意見を言ってくれるなぁ。さすがである。


「そういうこったな。考え得る嫌な可能性を一つ一つ潰していくしかねぇ。それでも悪いこと考えるヤツってのは隙間を搔い潜って悪事を働くもんだし。それも見つけ次第、対策していくしかねーな」


 いくら予防策を張っていたとしても、そういう人たちっていうのはどこにでもいるものだもんね。本当に、その知恵を活かせば悪いことなんてしなくても平和な生活は出来そうなものなのになぁ。


「ま、この話はこのくらいにしとこう。今日はもう戻って休まないとな。明日はオルトゥスに帰るし、また長旅で疲れちまうし」


 ポン、と私の頭に手を置いて、お父さんがそう言った。そっか。闘技大会が終わったんだもん、もう帰らなきゃいけないんだ。

 ちなみに、各ギルドから数人ずつは残って後片付けの確認をしていくんだって。オルトゥスからはワイアットさんと若手数人が担当してくれるのだそう。ちゃんとお礼を言わないとね!


「そうか、もうメグともしばらくのお別れになるのだな……」

「めちゃくちゃわかりやすく落ち込んでますね、魔王様」


 リヒトの言うように、父様がわかりやすくしょげている。大会中はなんだかんだと忙しくて、一緒にいる時間が取れなかったもんね。食事はしたけど、このドタバタがあったからそれも随分前のことように思えてきちゃう。


「また魔王城に遊びに行くから。魔力も安定したし、もっともっと私、強くなるよ。そうしたら、たくさん遊びに行けるでしょ?」

「め、メグ……! 我に会うために頑張ってくれるのだな!!」


 このままでは帰ったあと、クロンさんたちが苦労すると思ったので必死に宥める。実際は父様に会うためだけに頑張るわけではないんだけど、父様が立ち直ってくれるのならそういうことにしようと思う。お父さんたちも察して黙ってくれているのがわかって、つい苦笑してしまったよ。


「もっと強く、か」


 お父さんが腕を組んで暫し目を閉じた。……まだまだだって、言うかな? 自分でもそう思うよ? でも、私なりに頑張って実力はつけてきたはずだ。ちょっとだけでも、認めてもらえたかな? 不安に思っていると、お父さんからは予想外の言葉をかけられることとなる。


「……メグはこの大会で、かなりの強さが証明された。だから、帰った後は実践訓練をメインに進めていこう。誰かの依頼に付き添うとか、ダンジョン攻略にも連れてってやる。だいぶ前に約束したもんな?」


 これだけの実力があるなら俺も安心だから、そう言って笑ったお父さんの表情を見る限りだと、それでもすごく心配っていうのが見て取れたけど……。それを押し込んで言ってくれたんだ。認めてくれたんだ……!


「わ、私! 頑張る……あ、えっと、待って! やり直しっ」


 嬉しさが先走って、うっかりいつも通りに答えてしまうところだった。いけない、いけない。ここはちゃんと、メリハリをつけないとね。私はビシッと姿勢を正し、真っ直ぐお父さんを見つめながら言った。


「これからも、よろしくお願いします! 頭領・・!」


 その時の嬉しいような寂しいような、といったお父さんの複雑な笑顔を、私は生涯忘れないと思った。

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