訪れなかった未来


「おいおいおい、嘘だろ? メグっ、しっかりしろ!」

「身体がものすごく冷たい……! 脈も、かなり弱まっている」


 ギルさんが私を抱きかかえて座り、お父さんと一緒に私の容態を調べている。え、そんな状態なの!? 大丈夫か私ぃ!


 はい、当の本人は意識もはっきりしており、めちゃくちゃ元気です。さっきから何度となく身体に戻ろうと突進してるんだけどすり抜けてばかりでそろそろ心が折れそうです。どうも。


 えぇぇぇ、なんで戻れないの? 私の身体と魂でしょぉ!? しかも誰にも気付いてもらえないし。寂しい。幽霊ってこんな気持ちなのかな。そりゃあ、自分が見える存在に出会えたら嬉しくなってコンタクト取ろうとしちゃうよね、わかるー。


 とか言ってる場合じゃない。これってもしかしなくても危険な状態なのでは? 長らく身体に戻れなかったら本当に死んじゃうとか、そういうありがちな展開だったりしない!? どうしようーっ!


『ご主人、様?』


 そんな時、救世主が現れた。声が聞こえた方に目を向けると、目の前には私の最初の契約精霊であるショーちゃんが! え! もしかして、見えてる!?


『そうだよ、ショーちゃん! 私だよ、メグ!』

『わぁぁぁ! 本当にご主人様なのよぉ!? え? 何? なんでぇ!? ご主人様が透けてるのよぉ!?』


 どうやらショーちゃんには私が見えるらしい。よ、よかったぁ! でもとりあえず落ち着いてショーちゃん。パニックなところ悪いんだけど、そうやって取り乱したいのはむしろ私の方なのだ。

 でも、ショーちゃんが見つけてくれたことでみんなにそれを伝える手段が出来たっていうのはとても大きい。とにかく、話を聞いてもらいたいからショーちゃんを落ち着かせないと!


『聞いて、ショーちゃん! 今はあなたが頼りなの! だから、落ち着いて』

『私が、頼り? ショーちゃん、ご主人様のお役に立てるの?』


 誰よりも役に立ちたいという気持ちが強いショーちゃんには、あなたが頼りという言葉は効果覿面だ。クルクルと飛び回っていたショーちゃんはその一言でピタッと動きをとめてキラキラと目を輝かせ始めた。可愛い。


 落ち着いてくれたところでまずは状況確認である。ショーちゃんの目から見て、今の私がどういう状態なのかわかるかどうかをまず聞いてみた。


『んー、たぶん魂だけの存在なの。身体から抜け出てるのよ? あんまりその状態が続くのはきっと、危ないと思うの』


 やっぱりそうだよねー。身体と魂が離れ離れで危険なイメージはその通りだったようだ。ちなみに、ショーちゃん以外の精霊には私の姿は見えないらしい。今の私が見えるのはショーちゃんだけで、他の契約精霊たちは私が死んでしまったのではと大騒ぎなのだそう。


 ……って、え!? みんなが大騒ぎ!? それはかわいそうだから早く無事を伝えてあげて! ショーちゃんにそう伝えると、わかったのよーとショーちゃんは慌てて私の契約精霊たちに伝えて回った。

 というか、お父さんたちにもこの状況を早く伝える必要があるよね。言ったところで状況は変わらないかもしれないけど、意志疎通が出来るだけでだいぶ違うと思うから。


『頭領たちにも? いいのよー! んー、じゃあ身体の方から魔力をたくさんもらってもいい? 新鮮な魔力がほしーの。そうしたら私、みんなの前に姿を見せてもいいのよ!』

『うん、お願い!』


 幸いというべきか、今の私は持て余すほど魔力がたくさんあるのでむしろどんどん使っていただきたい。ショーちゃんは私の返事を聞くとスイーッと身体の方に飛んでいき、魔力を取り込んでいく。


 そしてその場で光り輝くと、みんなの前に姿を現した。あまりにも突然のことだったので、お父さんたちはウッと腕で顔を覆っている。う、うちの子がすみません。でも緊急事態だから許してほしい。


「淡いピンクの光球……! お前は、メグの契約精霊か!」


 すぐに気付いてくれたのはお父さん。そういえば、人間の大陸でも一度ショーちゃんと会話してるんだっけ。父様とギルさんもすぐに気付いたみたいだ。


『そうなのよー! あのね、ご主人様は今、ここにいるのよ? 魂だけの姿で、みんなのことを見てるの。なんかねー、身体に戻ろうと思っても出来ないんだって言ってるのよー』

「声の精霊、お前はメグが見えるのか?」


 ショーちゃんの言葉に、ギルさんが驚いたように聞き返している。ショーちゃんはそうなのよーと返事をしながらクルクルと旋回してから私の元へと戻ってきた。ここにいるのよー、と告げて。


「ふむ、最初の契約精霊、だったか? 魂との結びつきがあるゆえ、声の精霊だけにはメグが魂の姿であっても認識出来るのであろう」

「そう、か。不幸中の幸いだな。とりあえず、メグの意識はどうだ? 力に飲み込まれてないか?」


 そっか、ショーちゃんとは魂で結びついているから見つけてもらえたんだね。私が自然魔術の使い手じゃなかったら詰んでたよ!

 そして、今ここには精霊が見える人は他にいないから、ショーちゃんが声を伝える精霊じゃなかったらどのみち状況は伝えられなかった。これが風の精霊だったら、光で現れてその動きのみでどうにか伝えることしか出来なかっただろうしね! 自然魔術の使い手以外の人と話せるのも、声の精霊だからこそなのである。ショーちゃん万能―っ!


『とっても元気なのよ? いつも通りのご主人様なのー!』


 ショーちゃんの答えを聞いて、ようやくみんな少しホッとしたような顔を見せてくれた。よかった、ひとまず無事を伝えられたみたいで。

 でも、この状態が危険なことに変わりはない。問題はここからどうしたらいいのか、になるんだけど……。


 そう考えた次の瞬間、目の前がチカチカッとなって眩暈がした。魂だけの姿でも眩暈とかあるんだ、ってそうじゃなくて。目の前には、リヒトと私が向かい合って立っている光景。これは、夢だ。それも、前に見たことのある夢。なんで、今?


『俺が、お前を、殺す……!』


 ドクン、と心臓が嫌な音をたてた。あれは、闘技大会が始まる前、夢で視た。リヒトが誰かに向かってそう言った夢。その時は目の前にいる人物が誰かはわからなかったけど、何度もギルさんと戦っている夢を視ていたから、相手はギルさんなんだって思ってた。


 でも、今目の前でリヒトの前に立っているのは……。


『俺が、メグを殺す』


 私、だった。どういう、こと……? 黙って目の前の光景を見守る。


『どうしてリヒトがその役目を……? 一番苦しい役回りじゃない!!』

『仕方ないんだ。他の誰でもなく、俺じゃなきゃ……! だって、俺がお前にとっての勇者だから。俺がお前を殺して魂を身体から離させるしか方法はないんだよ!』


 魂を身体から離させる? そのために、リヒトは覚悟を決めて私を殺すという嫌な役目を引き受けようとした……? え、でもちょっと待って。だってそれはもう、やる必要がない。だって、今まさに私は身体から魂が離れていて……。


 そう思った瞬間、目の前で繰り広げられていたリヒトと私の夢の光景がサラサラと消えていった。

 もしかして、未来が変わった……? 本当はこうなる予定だったのが、何かをきっかけにして未来が変わって、今みたいな状況を生み出したんだ。


 いや、こんなの初めてだから確信はないよ? これまで視てきた未来は結局のところ全て実際に同じ未来が訪れたから。未来を知っていたことで、その先の対応がうまく出来ただけで、その訪れる未来自体を変えることは出来なかったんだもん。


 思考の海に沈みかけていると、またしても目の前に以前視た予知夢の光景が現れる。これも2回くらい視たことのある夢だ。


『しっかりしろ! 気をしっかり持つんだ!』


 お父さんが私に向かって叫んでる。この光景は、ついさっき見たぞ? 私が黒いモヤを纏っていて、それがどんどん溢れていってる? あ! わかった!!


 これはさっきの時点で黒いモヤに、魔力の暴走に私が持ちこたえられなかった時の未来なんだ!


『このままじゃ、危ない……! みんな、協力してくれ!』


 お父さんが焦ったように指示を出して、それから……!


『くっ、仕方ない! すまない……! メグ!!』


 ギルさんが、私に向かって拘束魔術を放った。

 そうだ。この夢を視た時、私はギルさんに迷わないでって言ったんだよね。たぶん、その時の言葉を思い出して、ちゃんと迷わず私に魔術を放ってくれたんだと思う。


 サラサラとまたこの光景が消え去っていく。この未来もまた、回避することが出来たんだ。そして次に現れたのは、これまた何度か視た覚えのある夢の光景だった。


『絶対、倒す!』

『……来い』


 ギルさんとリヒトが戦う夢だ。どうしてこの2人が戦うことになっちゃったのかな。場所は、ちょうどこの場所。闘技大会の試合会場だ。


『リヒトよ。ギル殿を倒せぬようでは、とてもメグと魂を分け合う資格はないと思え。お前とメグは一蓮托生なのだからな』


 父様がそんなことを言った。え、そういうこと!? そのための試験の意味合いがあったの!? い、命がけすぎない? 

 あ、でも。魂を分け合うのだから、一度死ななきゃいけないんだよね。私も、リヒトも。もしかしたらギルさんは、リヒトの魂を身体から離す、その役目を請け負っていたのかもしれないと思い至った。


 そうだ。一度死なない限り、魂が身体から離れるなんてこと、普通は起こったりしない。お父さんと父様だって、死闘を繰り広げた末に、魂同士でやり取りをしたんだもん。私とリヒトがこれからやろうとしていることは、そんなに甘いものではないんだ。


『そんなものか』

『準備運動だよ!』


 ギルさんが挑発して、リヒトが返す。そうだ、この後はリヒトが魔力を練って、とても大きな攻撃魔術を放つんだ。私はそれを止めようとして……。ううん、たぶんだけど、自ら死にに行ったんだと思う。この未来での私は。


『『メグ!!』』


 攻撃の目の前に飛び込んだ私は、この時に一度死ぬ予定だったんだ────


 再び、目の前の光景がサラサラと消えていく。これまでに見てきた不穏な予知夢は、全て消え去った。未来が変わったから。


 本当に変わったのかっていわれると、正直自信はない。だけど、そうとしか考えられない。何がきっかけだったんだろう。私は自ら魂が身体から離れていったから……。

 そこまで考えてふと思い至ったのは、思考が飲み込まれそうになった時に一瞬だけ目が合った、ギルさんの黒い瞳だった。


 あの一瞬で、ギルさんと目が合ったことで私はほんのわずかに心が軽くなったんだ。きっと大丈夫だって無条件に安心した。たぶん、あれがあったから私は自分の心を保てたんだと思う。

 そこからグングンと上に引っ張られる感覚があったから、おそらく私は無意識に、意志を持ち始めた魔力から逃げたんだ。


 それから、再び弱気になった時にはリヒトが呼び戻してくれた。あの声がなかったら、また未来は変わっていたかもしれない。


 全部推測だ。でも、たぶんそれが正解だと思う。初めて未来を変えられたんだって、そんな実感があるから。

 それもこれもギルさんとリヒトのおかげだな。変えられて良かった。みんなに嫌な仕事をさせずに済んだんだもん。これは全部が解決したらお礼を言わないと。


 よし。そうとわかれば、あとは行動しないと。まだ問題の解決はしてないんだから。

 私がなぜか身体に戻れないのも、まだやるべきことが終わってないからだと思うんだよねー。やるべきこと、それはもちろん、リヒトと魂を分け合うことである!


 せっかく無傷で魂だけの姿になったんだ。あとは、リヒトと魂の姿で出会わなきゃ。出来ればリヒトも無傷で。


『ショーちゃん。今から言うことを、みんなに伝えてくれないかな?』

『伝言なのね? 任せてなのよー!』


 私は早速ショーちゃんを通して作戦をみんなに伝える。うまくいくかどうかはわからないけど、私は誰にも傷付いてほしくない。物理的にもそうだけど、誰かを一度殺さなきゃいけないだなんて嫌な仕事、誰にもさせたくないもの。


 自分に出来ることをやろう。私にはきっと、それが出来るから!


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