突きつけられた真実


「それでさっきも話したように、色々と後始末も終えた後、アーシュが魔王城で調べたんだよ。これまでも同じようなことがあったという手記を見つけたって話だな」

「うむ。もっと早くに見つけておけばと何度も悔やんだ。だが、過ぎたことは変えられぬからな。今後は二度と、そんなことにはならぬよう、前もって準備を進めようと固く誓ったのだ」


 お父さんたちの壮絶な過去を聞いて、私は言葉を失っていた。途中から、かける言葉も見つけられなかったから。

 嫌な予感が、ずっとしてるんだ。心臓がザワザワしっぱなしで落ち着かない。それは、私の予想が事実なんだってほぼ確信しているようなものだった。


「……メグ。お前が今、何を考えているのか当ててやろうか」


 私が蒼褪めていることに気付いたのだろう、お父さんが優しい声色でそう言ってくれた。そのことが、余計に私の心を乱す。だってそう言うってことは、予想通りだって言ってるようなものじゃない。


 私は首をブンブン横に振った。これは、私が自分の口から言いたいことだ。私は何度か小さく深呼吸をしてからゆっくりと口を開いた。


「……リヒトは。リヒトがこの世界に、来たのは」


 全てをお父さんたちに言わせるわけにはいかないって思ったんだもん。これは私の犯した罪で、責任逃れをしてはいけない部分だから。溢れそうになる涙を必死で堪えて、私は言う。

 しっかりと、リヒトの方に目を向けて。


「私が、召喚したから、なの……?」


 今の話からすると、魔王の力を覚醒させた時に代々魔王は無意識に勇者を召喚してしまうってことでしょ? 自分の魔力暴走を止めてもらうための存在として。そのせいで、お父さんは日本からこの世界にやってきてしまった。私たちの全ての始まりはここからだったんだ。


 もちろん、父様だって悪気なんかない。勇者を召喚していただなんて気付いてはいなかったんだから。でもそれってつまり、次期魔王である私も同じように、そうとは気付かずに召喚してしまうってことでもある。


 そして私には、もっと幼い頃に魔王の力を覚醒させたという覚えがあるんだ────


『魔物たちぃっ! しょこを! どきなちゃぁぁぁい!!』


 ────ハイエルフの郷での、あの事件。


 シェルさんの風に捕らわれ、自力で脱出して魔物に取り囲まれたあの瞬間、私は確かに自分の意志で魔物たちを退けた。

 ……ううん。というよりも、魔物たちをひれ伏せさせたんだと思う。当時の私にそんな自覚はなかったよ? 今もそれがそうなのかと言われると自信はない。でも、あれは魔王の威圧だった。みんなからもそう言われたし、何より実際に魔物たちが言うことを聞いたのは紛れもない事実だから。


 あの瞬間、私は初めて魔王としての力を覚醒させた。それ以来、力を発揮出来たことはないけれど……。


「……そうだな。心当たりがあるんだろう? メグはハイエルフの郷で魔王の威圧を発動させた。でもまだお前は幼かったし、周囲にそれらしい異変もなかったから、俺もアーシュもそれが魔王の力の覚醒になったとは思ってもみなかったんだよ」

「思えば、まだ幼すぎたがゆえに、召喚も未熟なものであったのだろう。まさか勇者が人間の大陸に転移されてくるとは……」


 2人の言葉が胸に突き刺さる。全部、私が未熟だったせいで……? ふと、最近聞いたショーちゃんの言葉が脳裏に過った。


『もしもの時は、召喚魔術を使えばいーのよ?』


 そうだ、たしかあれは魔力をたくさん使えるだろうから、ってショーちゃんが提案してくれた時だったっけ。多すぎて困っている私の魔力を、召喚魔術を使うことで発散させればいいって、そんなニュアンスで言ってたかな。

 でも、実際にはそこまでの魔力消費はないよね? だって、幼い私が出来たくらいなんだもん。それとも、消費された魔力も少なかったから召喚も中途半端な結果になったのかな。


 もしかして、魔力が足りないせいで失敗した……?


『だってご主人様は、前にも召喚魔術を使ったことがあるのよ? でも、あの時のご主人様は、無意識だったかも? ちょっと失敗もしてたし、時差があったし……。でも、無事に召喚出来てたから、今はもっと上手に出来ると思うのよ?』


 あの時、ショーちゃんもそう言っていたもん。


 失敗っていうのは、召喚する場所のことだ。だってリヒトは、魔大陸ではなく人間の大陸に転移したんだから。

 それから、時差。人間の大陸で初めてリヒトと会った時、リヒトはこの世界に来てまだ10年も経ってなかった。私が魔王の威圧を使ったのはそれよりも前。

魔力が足りなかった分、きっと時間がかかってしまったんだ。……全部、推測でしかないけど。


 私が黙ってあれこれ考えていると、父様が静かに話を続ける声が耳に届いた。


「メグがもっと大きくなった時にするはずの話だったが、急がねばならない理由があったのだと、さっき我は言ったであろう?」


 父様の言葉にゆっくりと頷くと、今度はリヒトが口を開いた。


「勇者である、俺が現れたからだよ。魔王様……、ザハリアーシュ様にとっての勇者ではなく、魔王メグにとっての勇者が」

「リヒ、ト……? 知ってたの?」


 どことなく悲しそうに、それでも真っ直ぐ私の目を見つめながらリヒトは言う。告げられた言葉に私は衝撃を受けた。


 いつから知っていたのだろう。だって、リヒトを家族の元から引き離した張本人は私なのに。知った後から、どんな思いで私と顔を合わせていたの? 本当は顔を合わせたかもなかったかもしれない。私は、恨まれていてもおかしくないんだから。

 でも、リヒトはいつだって笑顔で……それを、心の奥に仕舞い込んでいたの……? 苦しみを、抱えさせていた?


「メグの魔力暴走を解決出来るのはリヒトだけ。だが、リヒトは人間だ。お前が成人するのを待っていたら、寿命がきちまう。だからメグにも、早い段階で伝える必要があったんだ」

「だから俺は一刻も早く、強くなる必要があったんだ」


 お父さんとリヒトが心配そうな顔でそう言った。そういうことだったんだね……。


 人間の寿命は長くて100年ほど。リヒトは魔力を持っているからもう少し長いだろうけど、それでも私たちにとってしてみればあっという間だ。

 つまり、もたもたしていたら、私の魔力暴走を止められる者がこの世からいなくなってしまう、そういうこと?


 幸か不幸か、その私の暴走も予想よりもずっと早く起きてしまったから、どのみち急いで正解だったみたいだけど……。結局、全てが私のせいなんだよね? リヒトがものすごく大変な修行を積み重ねることになってしまったのも、そもそもこの世界に来てしまったのも、全部。


「リヒト。お前にあの時、元日本人だって打ち明けられた時は、信じられない気持ちだった。まさか、こんなにも早く勇者が現れるだなんて思ってもみなかったからな。と同時にすぐ納得もした。ハイエルフの郷で、やはり召喚魔術は発動してたんだなって」


 あの時……。リヒトが魔王城に住むって決めた時のことだよね。お父さんも父様も、二人してものすごく慌ていて、ただごとではない雰囲気に戸惑ったことは私も覚えてる。全てを知った今なら、あの時の2人の反応にも納得だよ。


 あの時も、私のためにお父さんと父様は考えて、そしていろいろと動いてくれていたんだ。


 私のせいで。私のせいで。


 私の、せいで。


 ……うっ、ダメだ。しっかりして、私。このままじゃ意識が……! なんとか気を保たないと、そう思った私は顔を上げてギルさんを見た。ギルさんも私を心配そうに見てくれていて、私たちは一瞬だけ目が合った。

 それだけで、なんだか勇気をもらえたような気がした。


 そうだ。こんなにも心配してくれてる人が周囲にいるんだもん。絶対に、力に捕らわれてなるものか。


 ゾワゾワと胸の奥底から、何か黒いものが込み上げてくるのを感じた。これに捕まったらまずいって、本能的に察知した。

 私はそれから逃れるようにグイッと顔を上げる。そんなんで逃れられるとは思わないけど……あ、あれ? なんか、グングンと空に身体が引っ張られていってない? えぇ!?

 困惑していると、今度は少しずつフワフワとした感覚が私を襲い始めた。フワフワ、フワフワと……。


 気付けば私は宙に浮いていた。

 が足元に見える。私はみんなの頭上で漂っていて、そこから皆を見下ろしていた。


 ギルさんやお父さん、父様にリヒト、みんなが慌てたように私の名前を呼んでる。私、どうなっちゃったんだろう。幽体離脱とかそういう現象?


 ……あぁ、なんだろう。しっかり考えられないや。全部、私がいたせいだ。私なんか、いない方がよかったんだ。このまま、意識を手放しちゃえば、全てが終わってくれるんじゃないかな?

 なんだか、心が疲れちゃったよ。もうどうなってもいい。なにもかも、どうでも、いい……。


「聞けよメグ! 聞け!!」


 そのまま意識が沈みそうになった時、リヒトの叫ぶ声で私はハッとなる。

 今、私は何を考えてた? 私らしくない考えになってた気がする。自分が自分じゃなくなったみたいな……。なんだろう、気持ち悪い! もしかして、これが魔力に乗っ取られた状態なのかも。増えすぎた力に意志が宿って、私の身体を動かすっていう。え、やだやだ。そんなの嫌っ!


 慌てて足元を見ると、私の身体の方からは、黒いモヤが次から次へと出てきているのが見えた。な、なにあれ!? 魔力が溢れて暴走しても、今まではそんなの見えたことないのに。どうやら、お父さんたちにも見えてるっぽい。すごく焦ってる。

 そんな中、リヒトが私に向かって叫び続けていた。


「俺は、魔王様から話を聞いた後も、自分の意志で強くなろうって思ったんだ。どんなにつらい修行でも、絶対に諦めないって。それがなんでかわかるか!?」


 ギュッと拳を握りしめて、リヒトは言う。ギルさんよりも強くなるっていう、お父さんたちからの課題のことだよね?

 そうだよ、だってリヒトは別にそこまで強くなる必要はない。勇者として私を倒すために強さが必要なんだとしたって、ギルさんよりも強くなる必要はないもの。私を倒すのなんてものすごく簡単だ。だって、私はまだまだ未熟で、弱いんだもん。


 でも、リヒトはその目標を絶対に諦めなかった。それは、なんでか。

 それは……なぜ?


「お前だよ! 俺がちょっとしたことでやられちまうような弱いヤツだったら、お前と魂を分け合った時に、お前まで危険な目に遭うからだ! そのために、俺はギルさんにだって負けねぇくらい、強くなりたかったんだよ!」


 私の、ため? 確かに、魂を分け合ったら一蓮托生になる。どちらかが死ねばもう片方も死んでしまうってことだ。で、でもそんなの、お互い様じゃない! 私だってこんなにも頼りないのに。私がやられてしまったら、リヒトだって……!


 こんな、こんなことでこの世界に呼ばれて、リヒトは家族と二度と会えなくなって。人間の大陸でものすごく苦労して、ラビィさんとの事件もあって。嫌な思いをたくさんさせてしまったというのに。


 なんで? 私を恨まないの? 憎まないの? 私は、私は……!

 より一層、私の身体の方から黒いモヤが出てきた。心が荒れていくのがわかる。でも、自分のせいでリヒトの人生をめちゃくちゃにしてしまったという事実に、どうしても耐えられなかった。止められない、そう思った時、私の思考を読んだかのようにリヒトが叫ぶ。


「この世界に俺を召喚したこと、絶対に悔やむなよ!」


 悔やむな? そんなこと言ったって……。リヒトは、優しいからそう言ってくれるんでしょう?


「別に、俺が優しいからとか、そんな理由じゃねぇぞ。あのな、メグ。俺は、この世界に来なかったらあの時、8歳の時に死んでたんだ」


 え? そう、なの? なんでもリヒトは台風の日に、増水した川に流されて気付いたらこの世界の人間の大陸に来ていたのだという。だから、どのみち助からなかったって。

 ってことは、リヒトも第2の人生をここで歩んでるってこと? 私や、お父さんと同じように。


「本当なら人生も終わってたのに、この世界に来て、いろんな人に出会ってさ。辛いこともあったけど、出会えてよかったってすげぇ思う。生きててよかったって! だから!」


 ずっと、私の身体の方に向かって叫んでいたリヒトが、急に空を見上げた。その視線の先にはちょうど私がいて、思わずドキリとする。見えては、いないよね? でも、リヒトは空に向かって、私に向かって言ったんだ。


「絶対に悔やむな! 俺は、この世界に呼んでもらえたこと、嬉しいと思ってるんだからな! 絶対に魔力になんか負けるなよ、メグ!!」


 いいの? 後悔しなくて。出会えたことを、喜んでいいの?


 涙が溢れてくる。実際には、今の私に実体はないから流せていないのかもしれないけど、心は歓喜で泣いていた。


 ……よかった。ありがとうリヒト。おかげで私は負の心に傾かずにいられそうだ。私、負けないよ。暴走する力なんかに、身体を渡してなんかやらない! 出てこないで、私の魔力。大人しくしていなさい!! 

 無意識に、私は自分の身体に向かって両腕を目いっぱい伸ばした。黒いモヤを押し込むように。力を抑え込むように、と。


 その行動に意味があったのか、私の意志の力が働いてくれたのかはわからないけど、次第に黒いモヤは消えていく。

 た、助かった? ……良かったぁ。これでもうしばらくは抑えられそうかな? ホッとしたところで中に戻ろうと私の身体に触れる。


『あ、あれ? 触れない。も、戻れない!?』


 なぜか、私の手は身体をすり抜けてしまった。


 黒いモヤだけではなく魂までもを失った私の身体は、そのまま力なく倒れこむ。


 宙に浮いたままの実体のない私は、その身体の中には戻れないまま、血相を変えて私を呼ぶ保護者達の様子をただただ呆然と眺めることしか出来なかった。

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