sideユージン後編


 なぜ後ろに下がったのだ? と心底不思議そうに首を傾げるアーシュの顔を見てだいぶ冷静になった俺は、改めて詳しい説明を聞かせてもらうことにした。


 要約するとこうだ。アーシュと俺の魂を半分ずつに分け、それを交換し合うことで力の制御を俺にも手伝ってもらいたい、ということだった。うん、全然わからねぇ。


「なぜだ!? これほどわかりやすい説明はないであろう?」

「いや、説明はわかったけど内容がわかんねぇんだって。なんだよ魂を半分にするって。どうやるんだよ。目に見えねぇもんをどう半分にしろってんだ。いい加減にしろ」


 突拍子もなさ過ぎて理解が追い付かない。だというのにアーシュはヘラッと笑ってこう答えた。


「そんなものは我とてわからぬ」

「ふざけんな、てめぇ」


 俺は再びアーシュの脳天にゲンコツを落としてやった。痛いぞ、などという言葉は無視だ無視。……いや、無視は出来ねぇな? 痛いって言ったもんな、こいつ。それに、俺もさっきの取っ組み合いは痛かったし疲れた。


「なぁ、ここは精神世界なんだろ? なのになんで痛みや疲労を感じるんだ?」

「夢でも痛いと思えば痛いぞ? 後になって、あれは夢だったから痛くはなかったかもしれぬと気付くことはあるが。痛みも疲れも認識するからこそ感じるものではないか」

「認識……」


 言われてみれば、夢と気付かない時は痛みやら疲れやらに意識が向かないよな。その時はそれが現実だって思いこんでるからかもしれねぇが。

 全ては認識、か。殴られたから頬が腫れ、頬が腫れてるから痛い。それが当然のことと認識しているから、ここが精神世界でも痛みを感じる? いや、痛みを感じたような気がするってとこか? まぁ、よくはわかんねぇが、そういうもんなんだって割り切った方がよさそうだ。


「なら、認識次第でどうとでもなるってことだな」

「む、何か思いついたのか」


 こいつ、自分で考える気はねぇのかよ。ってかいつまで全裸なんだ。精神世界だからって理由は俺が服を着てる時点で説明にはなってねぇよな。もしかして、アーシュ自信が服にまで意識が向いてないのかもしれねぇな。服を着るとか着ないとかの認識がねぇんだ。確かめてみるか。


「なぁ、アーシュ。お前、いい加減に服を着ろよ」

「む? 我は最初から服を着ておるぞ」


 俺の一言で、目の前のアーシュが一瞬にしていつもの服を纏った。やっぱりか。今俺が指摘したことで、服というものを認識したんだろう。なんだ、変態だったわけじゃねぇのか。


「お前、俺が今言うまで、全裸だったぞ」

「何っ!? そんな馬鹿な。だが、我に声をかけた時もそのようなことを言っていたような」

「ここはお前の精神世界だ。本来なら俺とか、他者が来ることもない。だからお前の心は丸裸だったわけだ。だから、ここでもお前は服を着てなかった。で、俺がそれに気付かせたことで服を纏う方に意識が向いたんだな」

「も、もっと早くに言うのだ、ユージンよ!」

「いや、取っ組み合ってるのに気付いてないお前が馬鹿なんだろーがよ」


 羞恥心もあったみたいだな。でも別に男同士なんだからそこまで気にすることも……。いや、なんとも言えない、いたたまれない気持ちにはなったな、うん。


「まー、ともかく、だ。ここは精神の世界なんだから、ある意味夢と似てるんだよ。自分の認識次第でどうにでもなるんだ」

「ふむ、魂というものがあって、我らがそれを半分にし、交換し合うのを当然のように認識すれば出来る、と言いたいのか」


 一度理解しちまえば、アーシュも話が早くて助かるんだがな。頭は良いんだ、残念なヤツだけど。こんな突拍子もない案を言ってるってのに、理解を示すその柔軟さもコイツの強みだ。魔王という、国のトップに立つにふさわしい資質だと思う。


「そうさ。なぁ、想像力を働かせようぜ。俺らは今から魂をここから取り出し、半分にする。それを交換した後に、自分の残ってる半分の魂とくっつけて、ここに戻すんだ」


 俺はそう言いながら自分の心臓にあたる位置をトントンと指で示す。本来、魂がどこにあるかなんかわかんねぇよ? 脳にあるのかもしんねぇし、腹にあるのかもしれねぇ。だが、心にある、という認識が一番しっくりくるからそうしただけだ。


「……ふむ。それならばわかりやすい。やってみるか? だが、一応そのリスクとそうすることでお前がどうなるのかを説明せねばな」

「あん? なんか変わるのか?」


 結局のところ、やるしか道はねぇんだから、リスクを知ったところで変わらないんだが。まぁ、どんな問題が起こるかを知っておくのは大事だな。聞いておくとしよう。


「まず、お前は生き返る」

「生き返るのかよっ!?」


 まぁ、アーシュの魂は生きているわけだから、半分もらうことで寿命が延びるってのはわからなくもない。そうか、今後俺はアーシュの寿命を使って生きるのか。複雑な心境だな。


「我は亜人の中でも希少種、そして魔王である。他の者よりも長命だ。だが、ここで半分に分けるのだから、その命も半分。まぁ、それでもあと4、500年は生きるであろうな」

「長ぇなおい」


 人間の寿命は長くて100年だ。それを考えると果てしなく長く感じるのは当然のこと。むしろ、俺は本来の寿命よりもずっとずっと長く生きることになるってわけか。二度も死んでるくせに、結局のところ長生きするなんて妙な話だ。

 それから魔力は二人で足して2で割る量になる、という。俺はこの世界に来たときから魔力量も多かったから、総量的にはあまり変わらない気がするな。俺の魔力がちょっと増えるくらいか? 制御は大丈夫だろうか。


「今後は二人で制御することになるからかなり楽になるだろう。お前にも制御を頼むことになるのは少々、心苦しいが」


 暴走するのは、本来持つことのなかった膨大な魔力が身に宿るからだそう。分け合うことで、俺はほんの少し増え、アーシュはほんの少し減るくらいの量になることを考えれば、今後暴走する可能性は限りなく低いってことか。

 しかも、魂を分け合った場合、魔力回路もわずかに繋がった状態になるという。そのため、2人がかりで制御することになるから負担も減るってわけか。ただ、俺も制御をしなきゃならなくなるってことだな。


「なんだ、そのくらいなら問題ねぇよ。暴走した魔王を抑えるのに比べたらなんてことない」


 生涯、魔力制御をしなきゃいけないらしいが、それも慣れりゃ意識しなくても出来るようになるだろうしな。気にするほどのことじゃない。そう言えば、アーシュは申し訳なさそうにしながらも、頼りになるな、と笑った。


「だが、一蓮托生にもなる。どちらかが何らかの理由で死ねば、もう片方も死ぬということだ」

「あー、魂が半々なんだもんな。いうなれば、お互いの魂を半分ずつ人質にとってるようなもんってことか」


 それから番のように、相手になんらかの異変があれば伝わるし、意識すればどこにいるのか、何を考えているのかもわかるようになってしまう、という。

 ……マジかよ。これはお互いに、よほどのことがない限りは互いを詮索しないって約束しておいた。俺もアーシュも、私生活を覗き見されるような感覚は嫌だからな。気の置けない仲間だったとしても、それはそれ、これはこれだ。


「ま、どっちかが死んだら死ぬ件に関しては別になんとも思わねーかな。どうせ俺はここから3度目の人生だし、ボーナスステージなんだ。だからまぁ、せいぜい俺がヘマしてお前が死んじまうようなことがないように気を付けてやるよ」

「そうはいっても、我らほどの者がそう簡単にやられることもないがな。次代の魔王のことを考えなくてよいならば、我とてもう今生に悔いはない」


 魔王は最強の存在だからな。俺も同じ位置にいるわけだし、確かにそう簡単に死ぬことはねーだろうなぁ。だが、悔いはないってのは違うと思うぜ、アーシュ。


「悔い、ねぇ。残ると思うぜ? イェンナがいるからな」

「イェンナか……。怒って、いるであろうか」


 ほら見ろ。名前を出しただけで顔色が変わったぞ? 自分では気付いてねぇんだろうなぁ。まったく。


「そりゃあそうだろうな。俺ら、生き返ったらまず説教を覚悟しなきゃな」

「物理的なヤツであろう? 恐ろしい」


 恐ろしいと言いながら、誰の前でも見せることのない甘ったるい微笑みを浮かべていることに、こいつは気付いてないんだろうな。はぁ、やれやれだぜ。


「で、そんなとこか? 注意点は。あとはまぁ、生き返ってから考えようぜ。あんまり遅くなると、イェンナが泣き止まなくなる」

「それは、嫌であるな。彼女を泣かせたくはない。怒られる方がマシだ」


 フッと笑い合った俺たちは、なんの躊躇いもなく心からスッと魂を取り出した。後になって思えばそのあまりにも自然な動きに驚いたものだが、その時はまったく気にしてなかった。そういうものだ、と認識していたからな。

 取り出したものが本当に魂だったのか、とか、おかしな点はいくつも見つかるが、その時の俺たちにとってそれが真実であり、唯一の方法だった。それは今も真実であると思える。


 間違いなく、俺たちはあの時に魂の半分を交換し合ったんだよ。




「アーシュ! ユージン……!」


 ふと気付いた時、目を開けた先には涙をボロボロと流すイェンナの顔があった。そして次の瞬間、襲い掛かってきたのは恐ろしいほどの身体の怠さと、痛み。二日酔いよりも酷い頭痛と吐き気で起き上がることはおろか、目を開けるのもおっくうだった。


「2人とも、意識はありますわね? ああ、よかった! もう、二度と目を覚まさないかと……!」

「は、はは。気分は最悪だけどな……」

「む、ぅ。イェンナ、か。我は、一体……?」


 どうやら、俺の隣にはアーシュが横たわっているらしい。ピクリとも動かないところを見ると、アーシュも俺と同じような状態なのかもしれないな。うめき声も聞こえるし。あー、気持ち悪い。


「ユージンが、アーシュの中に飛び込んで、大爆発が起きましたわ。おかげで辺りは一面焼け野原。一体どんな魔術を使ったらこうなりますの!?」

「おぉ、そんなにすごかったのか。よく生きてたな、イェンナ」

「おかげさまで! 貴方のせいで危うく死ぬところでしたわよっ!」


 泣きながらでも、俺の軽口に怒って言葉を返してくれる余裕はあるようだ。そのことに少し安堵する。


 話を聞くと、大爆発が起きた後は、なぜか俺もアーシュも姿がどこにも見当たらなかったそうだ。砂ぼこりや煙が晴れるように風の魔術で吹き飛ばしながら隈なく探したのに、その姿はどこにも見えなかったのだ、と。


「爆発に巻き込まれたのだしても、跡形もなくなるのはおかしいですもの。肉片くらいは飛び散っているものでしょう?」

「……しれっと恐ろしいことを言うよな、お前」


 真面目な顔でそう言うイェンナに顔を引きつらせてしまう。だが、その横でクックッと笑うアーシュの声につられて俺も吹き出した。だが、それがまずかった。イェンナが視線だけで俺らを殺せるんじゃないかって勢いで睨んできたからな!


「笑いごとではありませんわよ。途方に暮れていたら突然この場所が光りだして、慌てて駆け寄ってみたら2人がここでこうして横たわっていましたのよ? 呼吸は確認できましたがいつまでたっても起きなくて、わたくしがどれほど……! どんな思いでいたと……!」


 だが、次第にフルフルと震えて俯いていくイェンナに、俺たちは焦った。特にアーシュが焦っていたな。泣かせてしまった、と。だが。


「大馬鹿者ですわっ! しっかりと説明していただきますわよっ!!」


 震えていたのは怒りからだったらしい。俺たちは鳩尾に一発ずつ拳をくらい、悶絶する羽目になった。

 いや、悪かったのは俺たちだけどさ、このボロボロの状態でそれはきついって。


 けど、ほんの少しだけ濡れていた目元には気付いていた。俺も、アーシュも。だから、素直に謝った。


「……すまなかった、イェンナ。だが、もうすべての問題は解決した。我が暴走することも、もうない」

「俺も、悪かったよ。勝手に死にに行ってさ。ちゃんと全部話すから」


 そう、もう全て終わったんだ。


 勇者が暴走した魔王を倒し、これからは世界に平和が訪れるのだから。


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阿井りいあ

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