魔王と勇者
世界に平和が戻った日
すでに日が落ち、静まり返った大会会場に私を含めて5人が立っている。さっきまであんなに人が大勢いて、大歓声が響き渡っていたというのに、とても同じ場所とは思えない。それだけで緊張感が膨れ上がる気がした。
「さぁて、何から説明しようかねー。昔話でも始めるか?」
まぁ座れよ、と言いながら、お父さんが収納魔道具から椅子を出してくれた。それぞれが座ったところで相変わらず軽い調子で口を開くお父さんに、ちょっとだけ緊張が和らぐ。
「これからする話は、まだリヒトやギルにも言ってねぇ。せっかくだから最初から説明しようと思ってな。いいか?」
膝の上で手を組んだお父さんは、私の両隣に座るギルさんとリヒトを交互に見ながらそう言った。二人は同時に頷き、お父さんを見つめている。
最初から、か。ということは、二人も全てを知ってるわけじゃないんだね。
「まずメグ。最初に謝っておかねばなるまいな。知りたかっただろうに、今の今まで話せずにいて申し訳なかった。ただ、話せば……」
「大丈夫だよ父様。私が取り乱して魔力を暴走させないように、黙っていてくれたんだよね? 私のことを考えてくれてありがとう」
そんなことくらいわかっていますとも。いつか話してくれるって信じていたし、今こうして謝ってもくれたんだもん。文句なんか何一つないよ。
「わ、我が娘が天使すぎるぞユージン!!」
「だぁ、うるせぇ! 知ってる!!」
一瞬シリアスな雰囲気だったのに、父様の親馬鹿な発作はいつも突然だなー。お父さんも突っ込んでくれたけど、しれっと賛同しているのがまた恥ずかしんだけど。
苦笑いを浮かべていると、コホンと一つ咳払いをしたお父さんが、仕切り直しとばかりに姿勢を正す。そうそう、戯れている場合ではない。
「お前らに話すのは、魔王と……。それから勇者の話だ」
そして、そんな物語の導入のようなことを言った。魔王はわかる。でも、勇者って……? ギルさんとリヒトの顔を交互見ると、二人とも首を横に振っているから、知らないのだろう。そんな私たちを見て、フッと少し息を漏らしたお父さんは続けて口を開いた。
「物語みたいだろ? だが確かに存在するんだ。魔王がいれば、勇者という存在も必ずいる。まぁ勇者って名称はなんでもいい。俺たちに馴染みがあってわかりやすいからそう言ってるだけだと解釈してくれ」
勇者、って聞くと自然と魔王を倒す者、って思っちゃうんだけど、それとはまた違う存在って言いたいのかな。でも、魔王がいれば勇者も必ずいる、だなんて、まるで対となった存在みたいだ。ドキドキと胸が鳴る。そうなると今もこの世界に勇者がいるってことで、それはつまり……。
「つまり、この世界にも勇者がいるってことだ。そして、魔王であるアーシュにとっての勇者は、予想がついてるとは思うが、俺だ」
お父さんが、勇者。やっぱり、そういうことになるよね。
だって、お父さんは魔王である父様と魂を分け合った存在。お父さん以外に対となる存在なんていないもん。でも、似合わないなぁ、勇者だなんて。人類の希望を背負うってイメージがあるからどうしても。いや、実際正しいんだけど。お父さんがいなかったら、父様は自分の魔力に飲み込まれて自我を失っていたかもしれないんだから。
「我は、ユージンと魂を分け合い、力が落ち着いた後に独自でこの現象について調べていたのだ。なぜ、我はこの力に飲み込まれかけてしまったのかと。代々の魔王はそんなことは起きなかったのか、また起きていたとしたらどう対処していたのかを」
うん、確かに気になるところだ。父様だっていつまでも魔王という立場に君臨しているわけじゃない。いつかは代替わりする日が来るんだもん。次代の魔王が無事にその立場に着くためにも、問題があるのなら引き継ぎをしなきゃいけないと考えたのだそうだ。ずっと先の未来のことをちゃんと考えているなんて、やっぱり基本的には出来る人なんだよね、父様って。
「調べによると、膨大な魔力に飲み込まれ、自我を失いかけるその現象は、どの魔王も経験していたことだ、ということがわかった。代々魔王となった者しか見られない禁書の保管場に、これまでの魔王たちの手記が残っておった」
え、じゃあ、魔力に飲み込まれそうになるのは、魔王となる時に必ず起きる通過儀礼みたいなものだったってこと? だからこそ、手記にはその対応策も事細かに記されていたんだって。ちゃんと、対策は練られていたんだね……。
でも、それじゃあなんで?
「父様は、対策が出来なかったの? その、実際に、暴走は起きてしまったんだよね?」
未来を案じて、代々の魔王がそこまでしっかりと記録を残していたのなら、父様だって事前に対策が出来たはずだよね。でも、昔の話を聞いた限りでは、日々自我が失われていくのが怖かったから魔王城を飛び出したって……。
それって、なぜこんなことが起こるのかわからなかったから、だよね? よくわからない力に怯えていたからこそ、若い頃の父様は逃げ出したんだもん。
「……先代魔王が、急死したからか!」
すると、ギルさんがハッとしたようにそう言った。あ、そうだ。そうだった。だから父様はこれまでのどの魔王よりもずっと若くしてその座についたって。
「そうだ。本来、次代の魔王を見つけ次第、折を見て当代魔王が伝えるはずだった。その時に、これまでの手記を見せながら自身の経験も伝えてきていたんだよ。だが」
「その前に、亡くなってしまった。だから魔王様は何も知らされず、力に怯えることになったんですね……」
お父さんの言葉を、リヒトが呆然としながら引き継ぐ。なんて不運な。あらかじめ知っていたら、暗黒の戦争時代なんてなかったかもしれないんだ。夢渡りで視たみたいに、父様があんなに苦しむこともなかったかもしれない。
……ううん、過ぎたことを言っても仕方ないよね。不運が重なって、起きてしまったことなんだ。だから、もう二度とそんなことが起きないよう、こうして私に話してくれてるんだもん。
次の、魔王である私に。
「メグに話すのはまだまだ早いって思っていたのだがな。それこそ成人して、我が引退する前でよかった。だが」
「私の魔力の増え方が、尋常じゃなくなったから、予定より早めた?」
このまま放っておいたら、私が魔力暴走を起こしてしまうのも時間の問題だもんね。唯一の救いは、まだ子どもだから、大人たちでどうにか対応出来るって部分かな。そう思っていたんだけど、どうもそれが直接的な理由ではなさそうだ。だって、いや、と父様が首を横に振ったから。
「それもある。しかし、それはもっと早めねばならない理由に過ぎぬのだ」
もっと早めなきゃいけない理由に過ぎない? ということは、時期を早めた本当の理由が他にもあるってことかな。それはなんだろう、と思って続きを待っていたんだけど、父様もお父さんもそのことには触れる気はないようで、話を戻そう、とはぐらかされてしまう。
気になるけど、まぁいい。物事には順序ってものがあるもんね。特に食い下がるでもなく、私はそのまま黙って続きを待った。
「で、魔王の魔力暴走についてだが、これがなぜ起こるのかって話をしようと思う。簡単に言うと、これまで持っていなかった魔王としての力を突然手に入れてしまうから、だな」
「うむ。元々、能力の高いものが魔王として選ばれるものではある。だが、魔王としての力はかなりのものだ。それがある日突然、身につくと考えてほしい。大きすぎる力に、すぐには身体も精神もついていけなくなるのだ」
それは、怖い。毎日じわじわ魔力が増え続けているだけでも怖いのに、ここにさらにってことでしょ? 耐えられる気がしないんですけど! 今だってギリギリなのに……。私は自分の身体をギュッと抱き締めた。
「……そうだな。メグ、其方は今でさえ精一杯。まだ魔王としての力を手に入れることはないが、それもほんの200年ほど。あまりにも時間がない上に、すぐ手を打たなければ今ある力に飲み込まれてしまうところにきている」
父様は椅子から立ち上がり、私に近付いて膝をつくと、ソッと私の頬に触れた。潜在能力の時点で力に飲み込まれそうになるなど、歴史上でもおそらく初めてのことだ、と心配そうに。そして申し訳なさそうに。
「魔王である我と、ハイエルフの間の子なのだ。力を持て余すだろうことは予想がついていたのだが……。まさかこれほどとは」
今にも泣きだしそうな父様の顔を見ていたら、言いたいことがわかった気がする。自分たちのせいで申し訳ないって。そう思っているんだ。決して口に出して言わないのは、私が生まれてきたこと自体はとても嬉しいことだからだよね。
ちゃんと伝わってるよ、という意味も込めて、私は頬に触れる父様の手に擦り寄る。大丈夫、私も生まれてきてよかったって、今では本心から思っているから。そりゃあ、自分さえ生まれなければ母様が、なんて少し思ったこともあったけど、今はこれっぽっちも思ってない。感謝の気持ちでいっぱいなんだから。
「予定していた対策をするには早すぎではあるんだ。今後、魔王の力を手に入れた時、また同じように力に飲み込まれる恐れがあるからな。ギリギリまで待ちたいって考えもあった。けど、そんなことも言っていられなくなった」
「うむ。我々は、今のメグをまず救うことを第一に考えることにしたのだ。いつかのための準備はしてきたが、間に合うかはある意味賭けでもあった」
そ、そっか。まだ、問題は残るってことだよね。今、対処が出来たとしても、いつか私が魔王としての力を手に入れた時、また同じように力に飲み込まれてしまう可能性があるんだね。そ、それって、どうすればいいの!? その時のための対応策を、今の私にやるんだよね?
でも、それを父様たちもわかっていて、それでもこの現状をどうにかするのが優先だから、って言ってるわけか。
それなら、私も今の問題に目を向けるべきだよね。いつかのことは、今が解決してから考えることにしよう。あれもこれも、って考えていたらパンクしちゃう。
「そのためには、まずアーシュの経験を話すのが手っ取り早い。途中でいろいろと聞きたくなるかもしれねぇが、まずは昔話に付き合え」
「我としてはあまり思い出したくはない過去なのだがな……。仕方あるまい。だが、所々記憶がない部分がある。話はユージンに任せよう」
「丸投げかよ。まーいいけど」
父様の、過去。そりゃあ、父様にとっては嫌な過去だよね。思い出させてしまうのは心苦しいけど、私のためにと語ってくれるのならしっかり聞くのが今の私に出来ることだ。
「これから話すのは、俺がアーシュと魂を分け合った時のことになる。お前の母親、イェンナも含めて三人で乗り越えた時の話だな。せっかくだから面白おかしく語ってやるよ」
「ふ、普通で良い! 普通で! ユージンよ、頼むぞ!?」
母様の? そっか、昔はお父さん、父様、母様の三人で組んでたんだったよね。その時の話になるんだ……。母様の昔話はあまり聞いたことがないから、ドキドキしてきた。
でも、魂を分け合うって、どういうことなんだろう。これまでは、魔王のやることだし、ここはファンタジーの世界なんだからってことで納得していたから、深く考えたことがなかったんだよね。
……よく考えたら、すごいことしてるよね? 魂だなんて目に見えないものを、どうやって分け合うというのか。魂だけがこの世界に来た私ではあるけど、なにがどうなったのかなんてわからないままだし。
ふぅ、とため息を吐き、お父さんは背もたれに寄りかかって一度目を閉じて顔を上に向けた。しばらく、誰もが無言になり、お父さんが再び話し始めるのを待つ。懐かしい記憶を思い起こしているのかな、それとも何からどんな順番で話そうかと考えているように見える。
たっぷり数分間の沈黙の後、ようやくお父さんは前を向き、私たちをゆっくり眺めてから口を開いた。
「……あれは、物語のように言うなら最終決戦の時のことだ。よくあるクライマックスシーンってやつだな。勇者は魔王を倒し、世界に平和が訪れた、っていう」
勇者が魔王を倒すことで、世界に平和が、か。よく聞くお話だけど、それが現実に? でもそれじゃあ……。戸惑う私たちに向かって、お父さんは据わった目で重々しく告げたんだ。
「……あの日俺は、アーシュを殺したんだよ」
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