表彰式


 大歓声が響き渡っている。私たちが会場内に足を踏み入れた途端、すでにお祝いムードだった。その様子に呆気にとられていると、お父さんが、お前らの試合中もこのくらいの歓声だったぞ、と今更驚いていることにクスッと笑われてしまった。


 だ、だって、試合中はそれどころじゃなかったっていうか! そう思ってたのはリヒトも同じだったようで、俺らが試合に集中してた証拠だな、と小さく笑った。


「そういえばリヒト。試合前はギルさんに喧嘩売ってたでしょ。私、膝の上にいたからすごく怖かったんだからね!」

「うっ、悪かったって。これが終わったら、あー……っと、つまり、ちょっと戦うことを考えてたら気持ちが昂ったんだよ」


 途中で言葉を濁した。後で話す内容に関わることなんだ、ってすぐに察したよ。まぁいい。全部を知れるのも後少しだしね。


 そうこうしている間に、二人揃って会場の中心へと辿り着く。そこには試合中はなかった台が用意されていて、前に立つマーラさんがそこに立つようにと小声で教えてくれた。一度リヒトと顔を見合わせ、私たちは揃って台に上がる。表彰台なんて始めてだー!


『未成年部門、優勝者オルトゥス所属、メグ』

『は、はいっ』


 マイクを通してマーラさんと私の声が会場に響いた。自分の声が反響して聞こえてくるのって、なんだか変な感じだな。緊張してガチガチになっている私を見て、マーラさんが微笑ましげにこちらを見ている。あう。

 それからどこからともなく大きな旗を取り出した。収納魔道具から出したんだろうけど、予想以上に大きくてビックリしたよ。間違いなく私の背よりも大きい。さっき冗談半分で言ってたけど、本当に自分で持てるか心配になってきた。


『おめでとう。とても美しくて可愛らしくて、貴女らしい戦い方だったわ』


 マーラさんがお祝いを告げながら、私にそっと旗を差し出してくれる。深い赤の生地に金糸で刺繍されているのは、それぞれのギルドのシンボル。円を描くように五つのマークが並んでいる。

 正直、ギルドのマークなんてちゃんと見たことがないからどれがどれかはわからないんだけど、車の形っぽいのがオルトゥスなのはわかる。当然、見たことがあるからね! お父さんの愛車カケルくんがモチーフになってるんだと思うんだ。安易である。

 龍のマークは当然魔王城だよね。大きな星や小さな星の集合体は……ステルラかな? だとすると歯車モチーフが多分アニュラスで、植物の新芽っぽいのがシュトルだ。自信はない。後で確認してみようっと。


 さて。今は持てるかどうかを考えるより、受け取っておいた方がいいよね。よろけちゃったら恥ずかしいな。そう思いつつ、私はその旗を受け取った。


『ありがとうございます……!』


 私の手に旗が渡ったところで、マーラさんがそっと手を離した。ちょっと重くはあったけど、持ち上げられないほどではないことにホッとする。掲げて、と小声で指示を出された私は、クルッと後ろを向いて会場から観客席を見上げた。


 改めてこうしてみると、すごい人だなぁ。この歓声は今、私に向けられているんだ。そう思ったら、実は私ってすごいことしちゃった? って今更ながらに実感が湧いてきた。優勝したんだもんね。闘技大会で。環の時から鈍臭くて、運動神経があんまりなかった私が、戦う競技で優勝する日が来るとは。


 ちゃんと成長してる。私、ちゃんと成長してるんだ。

 リヒトやロニーに置いていかれているような気持ちになっていたけど、私は私なりにちゃんと、前に進めてる。


 えいっ、と両手で旗を持ち、思い切り上に掲げて見せると、会場内からはさらに大きな歓声が上がった。わ、ちょっと気分がいいかも! 今、この瞬間だけは私が主役だ。嬉しくなった私はだらしなく頰が緩んでいたと思う。でも仕方ない。夕焼け空をバックにした赤い旗が、とても綺麗だったから!


 次に、マーラさんは成人部門の表彰を行った。リヒトの名が告げられ、同じようにお祝いの言葉と旗がマーラさんから贈られる。旗は私のよりも大きく、色は濃紺だ。金糸の刺繍は一緒みたい。この色もまたシックで素敵だな。


『おめでとう、リヒト。予想以上の強さを見せつけられたわ』

『あ、ありがとうございます……』


 同じようにリヒトも観客席に向けて旗を掲げて歓声を浴びる。その横顔はやっぱり嬉しそうに見えた。そうだよね、優勝なんだもん。そりゃあ嬉しいに決まってる。


 こうして、マーラさんから会場内に大会の閉幕と感謝の言葉が告げられ、闘技大会は無事に終わりを迎えた。その後、私とリヒトだけでなく、各ギルドのトップの皆さんも一緒に控え室へと移動することに。


 今、私たちは彼らについていくような形で歩いていた。

 ……なんだか緊張するなぁ。特に、ステルラの長であるシェザリオさんとは面と向かって話したこともないからつい後ろから観察してしまう。首の後ろで纏められた長い黒髪がサラサラで綺麗。お手入れが行き届いているから、噂通り几帳面な人なんだろうなってわかる。ただ、やや吊り上がった切れ長な瞳の印象からか、ちょっぴり怖いんだよね。恐怖って感じじゃなくて、学校の厳しい先生みたいな感じで。


 控え室に到着すると、優勝者に渡す景品があるのと、ちょっとした話があるとかで、それぞれが空いているソファに着席した。そういえばそんなこと言ってたよね。


「よし、お疲れさん! まだ片付けが残ってるが、この大会も概ね成功と言っていいだろ。みんな協力ありがとな」


 まず、お父さんがそう切り出した。それに対して皆さんは一様に、お礼を言われる筋合いはない、みたいな反応であった。ま、まぁ確かにそれぞれメリットがあったから協力したんだもんね……。なんというか魔大陸の人たちって感じである。ドライオブドライ……。


「それにお礼を言うのは私でしょう? 言い出したのはこちらなのだもの。セインスレイのトップたちの反応を引き出すのはこれからだけれど、強度への信頼や資金もだいぶ集まったわ。きっと外壁の結界魔道具を導入させてみせるわよ。本当にありがとう」

「よせよ、マーラ。アニュラスはこれからかなり儲けさせてもらうからいーんだよ。この施設はかなり利用されるだろうし、色んな権利はもぎ取ったしな!」


 マーラさんの言葉に最初に反応したのはディエガさんだ。そういえば、闘技場の土地の権利はアニュラスにっていう取引だったっけ。その交渉の席に直接ディエガさんが向かうって話だったけど、そこでいい話が出来たんだろうな。さすがである。


「そうですよ。それに、各国の会談を現実にさせるのはこれからでしょう。魔大陸全土の安寧はこれからがスタートなんですから、もう終わりのような雰囲気を出されても困ります」

「もちろん覚えているわ。まだまだ忙しくなりそう。ステルラとはこれからの方が親しくなれそうね?」

「あくまでビジネスですから。お忘れなきよう、マーラ」

「あらあら。うふふ」


 シェザリオさんはどこまでいっても仕事は仕事って感じだなぁ。でもそれがまた信頼出来る要素でもあるよね。マーラさんならうまく話をもっていけるだろう。この二人が組むなら各国の関係もより良いものになっていきそうだね! ちょっと笑顔が怖いけど。


「……俺に対する態度と違くねぇ? お前ら」


 ただ1人、ムスッとしたようにディエガさんとシェザリオさんを睨むお父さん。自分は軽くあしらわれたもんね……。どんまい!


 それから、私とリヒトは各ギルドのトップから景品を受け取った。

 アニュラスからはアニュラスの持つ飲食店で使える割引券が約1年分。これは嬉しい。ぜひ使わせていただきます!

 ステルラからは各国への通行証をいただいた。これがあれば個人でも手続き不要で魔大陸中を行き来出来るのだそう。たとえ特級ギルドの所属であっても、国の指定した施設に入る時に手続きが面倒だったりするらしい。でもこれがあれば見せるだけで大丈夫だという。おぉ、助かる。いつか依頼で行くことがあったら便利だ。……いつ行けるかはわからないけど。

 それから魔王城からは鉱山で採れる良質で大きな魔石を1つずつ受け取った。私の顔くらいの大きさがあるよ!? これだけあれば加工次第で何でも出来るだろうとのこと。お、お高いんでしょうねぇ? 聞かないけど!

 そして我らがオルトゥスからはなんと、魔道具引換券が渡された。ちなみにこれは、こういうものが欲しいという注文通りに格安で魔道具を開発、作ってくれるという。それはすごい。欲しがる人はたくさんいそうだ。……私はいつも、頼まなくともあれこれいただいているのでなんか申し訳ない気持ちだけど。でもせっかくだからもらった魔石で何か作ってもらおうかな?


 一通りの説明と景品を受け取ったところで、ようやく私たちも解散となった。一度それぞれの観客席に戻り、撤収の手伝いをしてからまたここに集まってくれとお父さんに頼まれたのだ。後片付け、大事だもんね。にしても、ドキドキするなぁ。ついに気になっていたことが明かされるんだもん。

 よし、とにかく今はさっさと動こう! そう思って歩き出したその時。


「これなら……。任せても大丈夫そうね」

「え?」


 小さな声で告げられたマーラさんの言葉に、私もリヒトも足を止めた。振り向いた先で見たマーラさんは優しい眼差しだったけど、どこか心配そうにも見えて……。ああ、きっとマーラさんも事情を知っているんだなって直感でわかった。リヒトも気付いたのか、黙ってマーラさんを見つめている。


「お前なら大丈夫だろ。俺も信じてっからな!」


 すると、隣に立っていたディエガさんからもそんな声が! え? え? ディエガさんも知ってるの!? ってことはもしかして。チラッとディエガさんの横に立つシェザリオさんを見上げると、切れ長の緑の瞳と目が合った。ドキッとして背筋が伸びたけど、シェザリオさんはそのまま小さく頷いてくれた。表情が動かないからやっぱり怖い印象があるけど、その力強い眼差しは、エールを送られているようにも見える。


「私も、問題ないと思います。あなた達ならばあの時のようにはならないでしょう」


 そして淡々とした声色でサラッとそんなことを言った。あの時っていうのは、私の予想が正しければ、父様が暴走した戦争の時代を言っているのだろう。200年前、えーっと私がこの世界に来てから40年は経ってるから大体250年前になるのかな? 細かいことは置いておいて、要は父様が魔力を抑えきれなくなって起きてしまった、荒れた時代のことを言ってるんだと思う。


 どうしてディエガさんとシェザリオさんまで知ってるんだろう? と考えたところですぐに思い直す。そりゃあ魔大陸を代表する特級ギルドのトップなんだもん。こんな一大事、知らせないわけにはいかないよね。黙ってお父さんに目を向けたら困ったように頷いているからそういうことなのだろう。


「さぁ、早いところ動きましょう。遅くなってしまっては困るでしょうし」

「ああ。腹も減るしな!」


 だけど、彼らはそれ以上は何も言わなかった。多くを語る必要はないと判断したのだろう、それがとてもありがたかった。

 と同時に、私もちゃんとしなきゃいけないなって思ったよ。何があっても、みんなを信じて、自分を信じて乗り越えよう。


「……では、また後で会おうぞ。メグ」


 それぞれの場所へと戻っていく皆さんに続いて観客席に戻ろうとした私に、これまでずっと黙っていた父様が神妙に告げる。心配と、不安と、それから覚悟が見て取れた。私のことを、自分のことのように心配してくれてるんだって思ったら、不安より幸せな気持ちが胸に広がる。


 だから私はあえて明るく、また後でね父様、と声をかけ、今度こそ扉を開けたのだった。


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これにて今章は終わりになります。

来週からは新章「勇者と魔王」が始まりますが、もしかすると来週の更新はお休みするかもしれません。お許しを……!(。-人-。)

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