なんとなく
あれよあれよという間に、残すところはあと決勝戦のみ、となった。時間的に少し余裕があるということで、最後の試合の前に少し長めの休憩が挟まれることになったらしい。
その間、私たちは決勝戦の話題で盛り上がっている。戦うのはリヒトと、なんとステルラのイザークさんだという。そう、ルド医師の甥っ子さんである! 出場してたのね!? と私はかなり驚いた。
これまでも成人部門の試合は観てたはずなんだけど、全てを観てたわけじゃないからうまいことイザークさんの試合だけタイミングが合わなかったのかもしれない。
「いえ、イザークは少々……地味な戦い方をしますからね。どの試合も一瞬で決着がつきましたし、記憶に残らなかったのも無理はありません」
サラッとイザークさんに対して毒を漏らしたのはシュリエさんである。地味って。えーっと、きっと確実に急所を狙うっていうか、無駄な動きを一切しないっていうか……つまり、淡々と勝利を掴み取るタイプってことだよね!
「へぇ、ルド医師の甥っ子なんだ! だから地味なのかな?」
こらっアスカ! そういうとこだぞぉ! ルド医師は地味なんじゃなくて、その、落ち着く雰囲気を持ってるだけだからね! 私はルド医師のそういうところ、安心出来て大好きだもんっ。
「え、えーっと。地味な戦い方って言うけど、具体的にはどんな風に戦うのかなぁ?」
とりあえず話の方向を変えよう。イザークさんがどんな魔術を使うのかとか聞いてみたいし。そもそも種族も知らないなぁ。顔も遠くからしか見てないから、知ってるのは名前くらいなのだ。
「そうですね。イザークは
なんでも、棘蠍は生まれ持った棘と毒のせいで、近付くだけでも危険な種族だと言われているんだって。ある程度の知識と力の制御が出来るようになれば、棘も毒もそう簡単に外に出すことはないけれど、自分の力をコントロール出来ない子どもの頃は子育ても命がけだったんだとか。
だからイザークさんは幼少時、実の両親とはあまり一緒にいられなかったのだそう。少し距離を置いて話したり食事をするのが限界だったんだって。そっか……。それは寂しかっただろうなぁ。イザークさんはもちろんだけど、ご両親だって。実の子を抱っこ出来ないんだもん! とても切ないな。
「でも、愛情は確かに注がれていたと聞いてますよ。毒の効かない種族の大人がスキンシップをとったりしていたようですし。両親も、触れられないだけで愛情は誰よりも注いでいたと言います。本人の努力のおかげですぐにコントロール出来るようになったそうですし、それからは両親とも触れ合えたらしいですよ」
それならよかった。さすが子どもは宝と謳う魔大陸だ。
ちなみに、イザークさんの魔力コントロールや子育てに最も貢献したのがルド医師なんだって。毒は効いてしまうけど、受ける前に対処出来るのと、最悪の時は解毒剤も自作出来たから適任だったんだとか。子どもに慣れている感じがしたのは、一度軽く子育て経験があったからこそなんだね!
「さて、戦い方でしたね。イザークは毒の棘を飛ばして攻撃してきます。棘は無数にあり、避け切るのは困難なのです。身体に触れてもやられますから、接近戦は厳しいでしょう」
そんな厄介な体質も、大人になってコントロール出来てしまえば強力な武器となる。訓練によって、毒も体内で何種類も生み出せるようになってるっていうから、すごいよね。解毒剤があっても、すぐには対応出来なさそうだ。
毒以外にも、棘の攻撃自体が厄介らしい。小さくて殺傷能力も高い棘が飛んでくるんだもんね。もはやマシンガン。そりゃ怖いわ!
「なんだそれ、その攻撃ならやっぱ避けるより全部受けながら向かっていった方が手っ取り早そうだな!」
「! ジュマ兄!」
突然、会話に明るい声が割って入ったかと思ったら、私の隣の席にストンと座ったジュマ兄。まだ横になっているとばかり思ってたから驚いたよ。態度も声色もいつも通りっぽいけど、大丈夫かな?
「もう起きてきて平気なの? えっと、怪我とか、調子とか」
正直に立ち直ったか、とは聞けず、ゴニョゴニョとはっきりしない物言いになってしまったけど……。伝わったかな?
「おう! 怪我は痛くもねぇしすぐ治る。レキの痛み止めは効くなぁ」
ニッと笑って見せたその表情は、私が見たかったいつものジュマ兄だ。うん、やっぱりジュマ兄にはその顔が似合うよね!
「決勝戦に出られなかったのはショックだけどなー。オレもリヒトと戦いたかったぁ……」
でも、やっぱり落ち込んではいるらしい。ガックリと肩を落として言葉も尻すぼみになってる。あまり見ない様子にどうしたらいいのか戸惑ってしまう。でも、こうして言葉にして吐き出せるようになったんだから、さっきよりずっといい。私は項垂れるジュマ兄の頭に手を置いて、優しく撫でてあげることにした。
「すごく残念だよね。でも、ジュマ兄はラジエルドさんに勝ったよ。カッコ良かった! おめでとう、ジュマ兄」
「め、メグぅぅぅ」
いい子いい子、と赤い髪を撫でるのはなんだか楽しい。ほら、いつもは撫でられる側が多いからね。ジュマ兄の髪は少しだけゴワゴワしているけど、フワフワしていて撫で甲斐がある。
ジュマ兄は感極まった、というように目だけをこちらに向けてウルウルしていた。こ、これまた珍しいな!? あとちょっと可愛い! やっぱちょっと堪えてたんだなぁ。それなら今は甘やかしてあげよう。いーこ、いーこ!
「ジュマずるーい!」
「へへ、たまにはこういうのもいーもんだなー! どうせしばらくは暴れられねーんだし、のんびりさせてもらうぜ」
ジトッと横目で睨みながら言うアスカに対し、ジュマ兄は無邪気にそう答えた。戦うのが生き甲斐な彼にとって、しばらく大人しくしてなきゃいけないのは苦行だもんね。休みの日でさえ、筋トレとか修行で身体を動かしてたんだもん。休みの日は休むルールのオルトゥスに置いて、趣味でやってるから仕事じゃない! って言い張ってこなしてたのを私は知っているのだ。
それを制限されてストレスが溜まる中、頭を撫でるだけで気が紛れるというなら協力は惜しみませんとも。私以外にやってくれる人なんて……。うん、たぶんいないしね。
「メグ、お腹は空いてないのか。昼食は途中だったろう」
ぼくにもいい子いい子して! と騒ぐアスカとまだオレの番! と騒ぐジュマ兄の両者を撫でることで落ち着かせていると、ギルさんからそんなことを言われて少しお腹が空いていることに気付く。ジュマ兄の調子も戻ってきたし、リヒトとロニーの試合も終わって少しホッとしたからかな。
「決勝戦が始まるまでまだ時間があるし、食べておこうかなぁ」
「そうするといい。そういうことだ。……お前たち、いい加減に離れろ」
いつの間にやら地面に座り、椅子に座る私の膝の上に頭を乗せていたジュマ兄とアスカ。うん、さすがにこの状態だと食べにくいかな。あはは、と乾いた笑いをしていたら、膝の上で顔を突き合わせた二人がコソコソ喋っている。
「見ろ、アスカ。ギルがおっかねー顔してるぞ」
「メグが取られて気に入らないんだよきっと。ギルってそういう子どもみたいなとこあるよねー」
「独占欲ってか。獣って感じー」
二人だけで内緒話をしているようで、何を言ってるのかはわからない。でも、ギルさんの言ったことをすぐに聞き入れる気はなさそうだ。だって、全然動こうとしないんだもん。困ったなぁ。このまま食べてもいいいだろうか。頭にパン屑が落ちても知らないよ?
「……喧嘩なら、買うが?」
「ちょーお、ま、待てって! オレ! 怪我人! これ以上怪我したら生涯戦えなくなるかもしれねぇってレキが言ってた!」
「はいはい! ぼくも! ま、まだ子どもだから! 未来ある子どもの可能性を潰すのはよくないと思いまーす!」
「そうか。怪我人も子どもも、未来を守るためにもう少し考えた言動をすべきだな。恨むなら自分を恨むといい」
不穏っ! ギルさんの言葉により、全く動く気配のなかった二人がシュバッと手を上げてすぐに離れていく。そ、そこまで脅さなくても……! あのままでもベーグルサンドくらいなら食べられるっちゃ食べられたし? でも喧嘩なら買うって言ってたから、2人の内緒話がギルさんには聞こえていたのかもしれない。悪口でも言ってたのなら、2人の自業自得だね。あーあ。
「まったく……アスカはともかく、ジュマはもういい大人なんだが。いつまでたっても子どものようだな」
「でも、それがジュマ兄のいいところだし、ちょっと可愛かった!」
軽くなった膝の上にベーグルサンドを出して早速もぐもぐ食べていると、呆れたようにギルさんが言うので思ったことを正直に伝えた。普段、見ることのないその人の一面が見られると、レア感があって嬉しくなっちゃうよね。
「……可愛い、のか?」
「? うん。あ、でも男の人にそれは失礼だったかな。ジュマ兄には内緒ね?」
アスカだったら可愛いって言っても喜ぶだけだろうけど、ジュマ兄はいい気がしなさそうだしね。でもギルさんは不思議そうに首を傾げている。あれかな、女子の言う可愛いはわからない、みたいなことになってるのかもしれない。
「まぁ、それはいいが……」
理解するのはやめたようだ。ギルさんはそこで言葉を切ると、何やら続きの言葉を言い難そうにしていた。なんだろう。なんだか、どことなく不機嫌そうな雰囲気を感じる。表情も態度も特に変わらないし、本当になんとなくでしかないんだけど、そんな気がするっていうか、そんな感情が流れてくるっていうか。
あれだ、精霊たちの簡単な感情が伝わってくるあの感じに似てるかも。ギルさんは精霊じゃないのに、それと同じ感覚なのが不思議だけど。
「……いつの間にか、その。ジュマと仲が良くなっているな、と思っただけ、なんだが」
なんとも歯切れの悪い言い方だ。ジュマ兄と仲良く? 前から接し方は特に変わってはいないんだけど、言われてみれば内緒の悩み相談を聞いてから距離が縮まったような気がする。というか、ジュマ兄が変わったって感じかな。
前まではどことなく腫れ物に触るかのような扱いだったのが、気安くなったというか壁がなくなったというか。うまく言えないんだけど、たぶん私が優勝したことで、それなりに戦えるってことに気付いたんじゃないかな? そんな解釈だ。
そんな自分の考えをギルさんに伝えてみると、なるほど、と納得してくれたみたいだ。納得はしたっぽいけど……。なんだろう。やっぱり不機嫌な感情が伝わってくるなぁ。
「ギルさん、何か面白くないことがあるの?」
「! なんで、そう思うんだ」
どうせなら直接聞いちゃえ、と思って聞いてみたんだけど、ギルさんはかなり驚いたようで、目を見開いている。
「んー、なんとなく?」
でも、私にもよくわからない。なんとなく、以外にうまく説明が出来ないのだ。だって本当になんとなくそんな気がしただけなんだもん!
「……そんなに不機嫌そうに見えたか」
「ううん! それはないよ! いつも通りのギルさんだから!」
でも、そう言うってことは不機嫌だったのは事実だったんだよね? 私がそう訊ねるとギルさんはうっ、と言葉に詰まった。珍しい。ギルさんが動揺している。
「本当に、大したことじゃない。ちょっと気になっただけだ。今はそんなことはないしな」
スッと視線を斜め上に逸らしながら言い訳っぽいことをいうギルさんはとてもレアである。しかしイケメンなのは変わらないのがさすがだ。せっかくなので真意の確認も兼ねてレアなギルさんをジッと見つめてみる。
「んー。ん! 本当だ! 今はもうそんなことないね! むしろちょっと嬉しそう?」
「そ、それもわかるのか」
ギョッとしたようにギルさんがこちらを向いたのでへへへ、と笑いながら答える。
「でも、なんとなくだよ? なんとなく、ギルさんの感情がわかる気がするだけ」
「!……メグ、それは、もしかして」
ギルさんが何かを言おうとしたところで、もうすぐ決勝戦が始まるみたいですよ、とシュリエさんに呼びかけられた。それはいけない! リヒトの試合だし、しっかり応援しないとね! ちょうど残ってたベーグルサンドも食べ終えたことだし、ギルさんのお膝の上という定位置につかねば。
もはや慣れた動作でよじよじとギルさんの膝に座り、チラッと後ろを向くと、ギルさんは黙ってその様子を見ていたようだった。
「えっと、それで、なんだったっけ?」
話の途中だったもんね。何かに気付いたような反応だったけど……。
「いや……。何でもない」
私の頭にそっと手を置いて、優しく微笑むギルさんを見たら、それ以上は何も聞けなくなっちゃった。嫌な気はまったくしない。ただ、私も変なことを言っちゃったしなーって思うとあんまり追求出来ないって思ったのだ。「なんとなく」がどういうことかと言われても説明出来ないのと同じかなって。
それに、ギルさんがそこで話を切ったのなら、それでおしまいってことなのだ。必要なことならいつか教えてくれるって知ってるしね! さ、試合に集中―っ!
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