ロニーの話


 どれほどの時間が流れただろう。外から見てる分には状況が全く動いてないように見える。そりゃそうでしょうよ。私たちに視認出来るのは、会場を埋め尽くす立体ジャングル迷路と、それを見つめながら立ち尽くしつつ、手を動かすロニーだけなんだもん。


 もちろん、リヒトもロニーも何もしてないわけじゃない。この間、様々な攻防が繰り広げられているのはわかる。でも、解説がなければ何をやってるのか一般客にはわからないよね、っていう時間が続いているのだ。


『そろそろ、ロナウドの集中が途切れそうですね』

『うむ。だがその理由も、最後の一撃を放つことに意識が向き始めたからであろう』

『内部のリヒト選手も疲労しているでしょうしね。最初からそれを狙った長期戦のつもりだったのでしょう』


 そう、父さまとシェザリオさんが解説を続けてくれていたおかげで、ロニーの狙いが観戦している私たちにもわかってきた。最初は、迷路に閉じ込めたところで攻撃もしないし無駄な時間なのでは、と思われたけど迷路内部でリヒトを疲れさせるのが目的だったのだ。力を出来るだけ削ぎ、油断したところで攻撃をする、その一瞬を待っているんじゃないかっていうことだ。


『だが、リヒトも馬鹿ではない。無駄だとわかれば無闇に体力を消耗することも止めるであろう。先ほどから内側からの動きが感じられぬからな』


 それはそうだよね。出られるまで暴れ続けるなんてことはしないだろう。ジュマ兄あたりはやりそうだけど、大体の人は途中で諦めると思う。そして、考える。リヒトは今その段階にいるんだろうな。

 そして、その動きはロニーにも伝わっているはず。だから、そろそろロニーも次の手に移るはずだ。


「一瞬で決まるだろう。目を離すな」

「! うん、わかった」


 ギルさんの一言に気を引き締め、私は再び会場を注視する。そして……。


『あっ! ついに動きがありました! 迷路が、一気に崩れて行きますっ』


 あれほど立派だった迷路がガラガラと崩れていく。内部にいるリヒトは瓦礫に潰されてないだろうか。いや、このくらいは大丈夫かな。というか、どの辺りにいるんだろう。崩れる前から中からは動きがなかったから、今どこにいるのかわからない。


「上だ」


 ギルさんの声に反応してすぐに上に目を向けると、そこではすでにリヒトとロニーが空中で拳と拳をぶつけ合っているところだった。スローモーションにも見えたその動きは、本当は一瞬のことで、次の瞬間には激しい魔力と拳のぶつかり合いに衝撃波が巻き起こった。

 崩れ落ちた迷路の瓦礫がその衝撃によって吹き飛び、視界が遮られる。み、見えない……! どうなったの!? ドォンという何かがぶつかったような衝撃音だけが聞こえてくる。勝負の行方は!?


「あっ、いた! あそこ!」


 二人の魔力の質を私はよく知ってる。目だけじゃなくて魔力を探ることですぐにその姿を見つけることが出来た。会場の上にはロニーが作り出した迷路の瓦礫が山になってあちこちに積み重なっていて、元々ボコボコと穴が開いていた試合会場がよりめちゃくちゃになっている。その中心から少しだけ解説席側に、二人が倒れ込んでいるのがわかった。

 正確には、仰向けに倒れるロニーの上に、リヒトが馬乗りになってるって感じかな。それだけ見ると、ロニーがトドメを刺されるところなんじゃないか、って思えるけど、二人の間にそんな雰囲気はない。


 ジッと動きを待っていると、誰よりも先に審判であるクロンさんが手を上げた。あ、もしかして?


『どうやら、ロナウド選手が降参を宣言したようですぅ! よって! この勝負は魔王城のリヒト選手の勝利でぇす!!』

『うむ、賢明な判断であるな』

『ええ、ロナウドの方は魔力を限界まで使っていましたしね。無理をしすぎないギリギリのラインで引けるというのは、生き残る上でとても大事なことですから』


 そっか、ロニーの魔力切れなんだね。本当はもう少し余裕はあると思うけど、この状況と残りの魔力量を計算して、リヒトに勝てる手がないと判断したんだろう。悔しいだろうけど、シェザリオさんの言うように、ちゃんと自分の実力を客観的に見て判断出来るロニーはとてもすごいと思うよ! 誇らしい!


 会場からわぁっと盛大な拍手が贈られる。その歓声を受けてリヒトがロニーに手を差し出し、立たせているのが見えた。笑い合ってるみたいだ。健闘を称えあってるのかな。大きな怪我もなさそうだし、良かったぁ。


「それにしても、二人ともすごかったねぇ! ぼく、迷路が崩れたあたりからは息するのも忘れて見てたよ」

「ふふ、その気持ちはわかるかも。本当に、二人ともすっごく強くなってる。私も、頑張らなきゃ」


 無力を嘆いたあの頃のことを、昨日のことのように思い出せる。悔しくて、やり切れなくて、絶対に強くなるんだって三人で決意したよね。リヒトもロニーも、その時の目標を忘れることなく努力して、実際にここまで強くなったんだ。自分のことのように嬉しくて、胸がギューッってなる。

 私も、強くなってるよね? 二人にはまだまだ敵わないけど、これからもずっと努力し続けようって改めて思わされた試合だった。




 しばらくして、ロニーが観客席に戻ってきた。うん、近くで見てもどこかを痛めた様子はない。大丈夫そうだね! ホッと肩の力を抜きながら、みんなと一緒に拍手でロニーを迎えた。


「ロニー、お疲れ様」


 収納ブレスレットから飲み物を取り、ロニーに差し出しながら労いの言葉をかけにいく。ロニーは私に気付くと、ありがとうと言いながら飲み物を受け取ってふわりと笑った。負けて悔しい気持ちもあるだろうけど、どこか清々しい表情に思える。やり切ったって感じかなぁ。


「負けちゃった。リヒトに。すごく、強くなってた」

「うん、私もびっくりしたよ。でもロニーだってすごかった! あんな迷路、初めて!」

「うん。僕も、あれを、ケイさん以外の人の前でやるの、初めてだった、から」


 そっか、初公開だったんだね。これからもたくさん訓練することで、もっともっと色んな使い方が出来そうだったよね。魔術の苦手なロニーが弱点を克服したっていうのはとても大きい。


「でも、惜しかったよね。何か一つでも違えば、ロニーが勝ってたかもしれないし」


 勝負に絶対はないからね! そう続けて言うと、ロニーはうーんと顎に手を当ててから困ったように笑って言った。


「僕は、全力で挑んだ。でも、リヒトは、まだまだ余力が、あったよ。たぶん、手加減、してた」

「えっ、そうなの?」


 そんなこと、全然気付かなかったよ。いつの間にか近くまで来ていたギルさんにパッと顔を向けると、軽く頷いて説明してくれた。


「あれは手加減というより、ハンデを自分に課していたな。一定以上の魔力を使わない、転移系魔術の使用回数、なんかだろう」

「そう、なんだ……」


 じゃあ、リヒトは本当はもっともっと強い、ってこと? それはとてもすごくていいことではあるんだけど、なぜだかそれを聞いて私の心臓はドクンと嫌な音を立てた。


「だが、ロナウドを侮っていたわけではない。むしろ、思い切り戦いたかったからこそ、自分にハンデをつけたのだろう」

「僕も、そう思う。だから、嫌だとは、思ってない。試合、とても楽しかった、から」


 なるほど。リヒトは、ロニーとは思い切り試合がしたかったんだ。そういえば、リヒトの他の試合は開始してすぐに終わっちゃうくらいあっさりしたものだったもんね。本気を出せば、ロニーとの試合もすぐに終わらせられたけど、そうはしたくなかったんだ。リヒトも、あの時みたいにロニーとの試合を楽しみたかったんだね。それなら納得だ。


「リヒトは、優勝、すると思う」


 続けて、ロニーは静かにそう告げた。確信めいたその言葉に、思わず目を見開いてしまう。それほどまでに……?


「リヒトと対戦した人は、みんな、そう確信した、と思う」


 対戦したからこそなのかもしれないけど、妙に真実味があるというか、それが正しいような気がする。リヒトの次の対戦相手は、本来ならジュマ兄だったんだよね。ジュマ兄が棄権したことで、リヒトはこのまま決勝戦に進むことになる。……ジュマ兄にも勝てたりしたのかな? ちょっぴり気になるところだ。


「間違いなくそうだろうな。あいつはこの大会で優勝することが……」


 ギルさんはそこで言葉を切った。ん? なんだろう? 首を傾げてギルさんの顔を覗き込むと、諦めたようにため息を小さく吐いたギルさんは続きを話してくれた。


「あいつは、この大会で優勝することが、魔王からの課題だったからな」

「えっ!? そんな課題出してたの、父さま!」


 容赦ないなぁ、その課題っ。魔王城で鍛えられていたみたいだけど……。その課題を聞いたらこれまでの訓練がどれほどのものだったのか想像するのが怖くなるよ。地獄のようなトレーニングだったに違いない。よ、よく耐えたね? ひえぇ。


「でも、闘技大会じゃなかったら、僕ももう少し、戦えると思う」

「ああ、それはそうだな。ルールがある上での戦いと実戦は違う。ロナウドは実戦向きだからな」


 ん、それもそうか。試合と実戦は違うもんね。実戦はなんというか、なんでもありだから。じゃなきゃ命に関わるんだもん。


「うん。僕の夢のためには、その方がいいから、その方向で、訓練してきた」


 ロニーの、夢。たしか世界中を自分の目で見て回りたいんだったよね。

 鉱山という閉鎖的な場所で暮らしてきたロニーは、ずっと外の世界に憧れていて、人間の大陸に飛ばされる事件があったことで、一歩前に進むことが出来たんだよね。もちろん、ロニーにとってもあの事件はとても大変な出来事だったけど、その時の経験から、よりその思いが強まったんだ。


 どうにかお父さんであるドワーフの族長も説得して、今はオルトゥスに所属して訓練を重ねているけど……。本当の夢は世界中を旅して回ることだったはず。だから、まだ夢の途中なんだ。この大会に出たのも、実力を試すって意味合いがあったのかもしれないな。


 ……ということは、もしかして近いうちにロニー、オルトゥスを離れて旅に出ちゃうのかな。なんだかちょっぴり寂しいけど……。夢なら応援したい。


「ロニー、旅に出るの?」


 ジッと見つめてそう訊ねると、ロニーは少し驚いたように目を丸くして私を見た。それから軽く口元に笑みを浮かべて私に目線を合わせて答えてくれる。


「うん。大会が終わって、少ししたら行こうかな、って。そう、思ってる」

「そっか。……結構、すぐなんだね」


 答えはわかっていたし応援したいけど、どうしてもションボリしてしまう。これまでだって、お互い訓練や依頼で忙しくて顔を合わせることが少なかったけど、同じ場所に住んでるってだけでやっぱり違うもん。やっぱり寂しいって思っちゃう。


「でも、僕はオルトゥスの、所属だから。いつでも連絡は、取れるように、魔道具も持つ。世界中、回りながら、依頼もこなすし、情報も持ち帰る、よ?」


 ああ、そうか。オルトゥスの所属は、変わらないんだ。現地でしか出来ない仕事とか、商品があったりするかもしれないもんね。そうだよ。ロニーは、オルトゥスとしての活躍の場が世界各地に変わるだけなんだ。


「じゃあ、ロニーの家は、オルトゥス?」

「うん。僕の家は、オルトゥスと、鉱山。ちゃんと時々、帰ってくる」


 なぁんだ、そっか。それなら我慢出来る。寂しい気持ちと頑張ってほしい気持ちとが色々入り混じって、胸がギューッとなった私はその思いをそのままにロニーに抱きついた。わっ、と小さく声を漏らしたロニーだったけど、危なげなく私を抱きとめてくれる。その温もりがおんぶしてもらった時の記憶と重なって、懐かしさについ微笑んでしまう。


「応援してるね、ロニー。お見送りさせてね? 戻った時は絶対に顔を見せてね? 色んなお話を聞かせてほしいな。困った時は助けを求めるんだよ? それから、それから……」


 思いつくままに話し続ける私に、うんうんと一つ一つ丁寧に相槌を打ってくれるロニー。本当、優しいなぁ。


「大きな怪我とか、病気とか、しないように気を付けるんだよ?」

「うん、わかった。全部、守る。だから、メグも、ね? 今言ったこと、メグも守って」


 最後にパッと顔を上げて私が言うと、ロニーは優しい表情で私にも約束を守ってと言う。見送りに来てほしい、帰ったら出迎えてほしい、話を聞いてほしいし、困ったことは自分にも教えてほしいって。それから、健康には気を付けてって。そっか、お互い様かぁ。


「じゃあ、指切りする?」

「約束の時に、するやつ、だっけ? いいよ」


 私が小指を出すと、ロニーも小指を出して絡ませた。指切りげんまん、と私が歌うと、嬉しそうにロニーも合わせてくれる。

 ロニーが旅立つのはまだもう少しだけ先のことだけど、これでもう大丈夫だ。出立の時には笑ってロニーを送り出せるだろう。


 指切りを終えた私たちは、そのまま両手を握ってふふっ、と笑い合った。

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