熱い視線


 ベーグルサンドを口に運びつつ試合会場に注目していると、隣の席にシュリエさんとその膝の上にアスカが座った。もはや定位置である。それにしても、ロニーとリヒトの試合であんなに会場がボロボロになったというのに、今は完全に修復されているのがすごいなぁ。魔術、すごい。オルトゥス、すごい。


「何やら興味深い話をしていましたね、ギル?」

「……うるさい」


 背後ではシュリエさんとギルさんが何やら話している。シュリエさんもギルさんの貴重な動揺した姿を見てたのかな。二人はかなり古い付き合いだし、珍しい姿を見たら突いてみたくもなるよね。答える気のないギルさんに、シュリエさんはクスクス笑ってる。


 そういえば、この2人の関係って不思議だよね。オルトゥスが創設された頃からの付き合いだって聞いてるから仲が良いのかな? と思えばそういう感じでもないし。

 ただ、全てを語らなくてもお互いに察せるというか、そういう絆の深さみたいなものはある気がする。それに関してはこの2人に限らず、重鎮メンバーはみんなそんなものを感じるんだけど。


 ……実は、ギルさんたちのそういう関係性に憧れていたりする。私はものすごく可愛がってもらえているけど、どう足掻いてもみんなとそんな関係にはなれない。圧倒的に過ごしてきた時間やこなしてきた仕事や修羅場がないからだ。

 それはどうしようもないことで、今更そこに混ざりたい! だなんてことは思ってないよ? 私には私の立ち位置があるんだからね。そこは理解してる。じゃあ何が言いたいのかっていうと、つまり私にもそういう関係を築ける仲間が出来たらいいなって思っているのだ。


 個人的には修羅場を一緒に潜り抜けたロニーやリヒトとは似たような関係を築けてると思うんだけど。アスカや、最近知り合ったばかりのルーンにグート、それからウルバノ、他にも大会で知り合った年の近い子たちと仲良くなりたいなって思うのも、そういう憧れがあるからだったりするんだよね。ちょっと子どもっぽい考えかなーとは思うんだけど。いいのっ、憧れだから!


 もちろん、同じオルトゥスの一員にはなれないだろうし、活躍の場は色々だと思う。でもね、短期間でこれだけ知り合ったんだから、これからも色んな出会いがあるだろうなって気付いたんだ。

 一期一会。一つ一つの出会いを大切にしていこうって、後ろで会話してるギルさんとシュリエさんを見て改めて思った。


「あ! 今思い出したけどさぁ、イザークって人、ギルのライバルなんだっけ?」

「む……?」


 残ったベーグルサンドを食べ終え、ぼんやり試合が始まるのを待っていると、アスカが思い出したように声を上げた。私がハイエルフの郷に行っている間、そんな噂話をオルトゥスで聞いたのだそうだ。


「どちらかというとイザークが一方的にライバル視している、という感じでしょうか。まぁ、事実イザークの実力はかなりのものです。年も近いので、ギルの存在を知った時から意識しているのでしょうね」


 ふむふむ、イザークさんはギルさんと年齢が近いのかぁ。私とルーンみたいな感じかな。ルーンとはライバルというより友達の感覚の方が強いけどね。


「戦ったらやっぱり、ギルが勝つ?」

「ええ、おそらく。ただ勝負に絶対はありませんからね。いい勝負にはなるのではないかと」


 アスカの疑問にシュリエさんが少しだけ考えながら答えた。そんな言い方をしてはいるけど、ギルさんが勝つことを疑ってないよね。ギルさんが試合に出てたら優勝しちゃうから出さない、ってお父さんも言ってたっけ。実力差が圧倒的だとそうなるのかな。


「へー。でもさ、ロニーも言ってたでしょ? リヒトが優勝するって。じゃあ、リヒトもギルとはいい勝負になるの?」


 ドキリ、とした。うん、まぁ、そうだよね。まだリヒトとイザークさんのどちらが勝つかはわからないけど、私もリヒトは優勝するんじゃないかってくらい強いと思うもん。

 けど、ギルさんと勝負した場合、って考えた時に妙に胸が騒ぐのだ。どうしてか。それは間違いなくあの予知夢のせいだってわかってる。……リヒトが、おそらく倒したいと思ってる相手がギルさんだから。




『しっかりしろ! 気をしっかり持つんだ!』


 予知夢のことを考えたせいだろうか。以前にも視た覚えのある光景が脳内に直接流れ込んできた。あの時はこの叫び声が誰のものかわからなかったけど、今ははっきりとわかる。この声は、お父さんだ。


『このままじゃ、危ない……! みんな、協力してくれ!』


 お父さんが焦ったように指示を出している。場所は……。大会会場。つまり、ここだ……! もしかして、目の前に迫った未来なの?


『くっ、仕方ない! すまない────』


 今度はギルさんの声だ。ギルさんは手を伸ばし、黒い影の魔術を発動させた。たぶん、拘束系の魔術。それを向けられたのは……。


『すまない……! メグ!!』


 ────私?




「えーっ? 本当かなぁ? 実はリヒトの方が強いかもしれないじゃーん! ぼく、ギルの戦ってるとこは見たことないし、判断出来ないなー」


 アスカの明るい声でハッとする。現実に意識が戻ってきたようだ。私がぼんやりしていたことは、誰にも気付かれてなさそう。そのことにホッとして、少しだけ落ち着きを取り戻すことが出来た。でも、実際は今も心臓が早鐘を打っているけれど。


「! どうした、メグ」


 近くにいたからか、ギルさんが何かに気付いたように私に声をかける。驚いて「え?」と見上げると、急に心拍数が上がったように思えたから、と言う。え、そんなことにも気付いちゃうんだ? そのことに驚きつつ、今はなんとか誤魔化そうと咄嗟に思った。


「う、ううん! 座り直そうとしたら少し滑っちゃって。地面に尻餠をついちゃうかもって、ドキドキしただけ」


 ちょっと苦しい言い訳だったかな? と思ったけど、メグってたまにそういうドジするよねー、と明るく笑ってくれたのでどうにか誤魔化せた気がする。助かったよアスカ!


「……気を付けろよ」

「えへへ、うん」


 納得したのか、ギルさんはフッと小さく笑って私の頭にポンと軽く手をおいた。よかった、不審がられなくて。だって、さすがに言えないよ。

 ギルさんが、私に向かって拘束の魔術を放つ未来を視た、だなんて。


 私を守るための魔術は何度となく受けたことがある。結界とか隠蔽とかね。どれも温かくて優しくて、とても心地の良いものだった。けど、夢が終わる直前に視たあの魔術はこれまでのどれとも違って……。冷たくて、怖い印象を受けた。


 きっとどうしようもない状況になったんだ。すまないって言ってたし、ギルさんだって本意じゃなかったはず。それはわかっているんだ。

 私が怖がっているのは、そうしなきゃいけない状況を、他ならぬ私が作り出したんじゃないかって可能性が出てきたこと。


 私はこれから、何かやらかしてしまうのだろう。この場所で。おそらく、大会が終わった後。きっとお父さんが話してくれるって言っていた内容とか、これまではぐらかされてきた話に全て繋がることだ。そして私がやらかしてしまうのはたぶん……。魔力の、暴走。


 怖がっちゃダメだ。そうなることがわかっているなら、心だけでも冷静でいなきゃ。自分の中で魔力が沸々と音を立てているのがわかる。それはまだ表には出てこないほどの小さな動きだけど、そのうち抑えられなくなるという予感はいつだって感じてきた。ハイエルフの郷でシェルさんに助けてもらいながら魔力を放出していた時も、たまに感じていたのだ。この理性の糸を手放したらやばいって。


 自分が自分ではなくなる感覚。強大な力が意思を持ったかのような、その手綱をギリギリのところで握っているような、そんな危うさ。その時が近付いているからか、自分がどういう状態なのかがなぜかよくわかるんだよね。


『まもなく、決勝戦が始まりまぁす! 選手のお2人は準備してくださいねぇ! 観客のみなさんも、ついに最後の試合ですよぉ! 一緒に盛り上がりましょー!!』


 明るく元気なアナウンスが聞こえてきた。いよいよ決勝戦が始まるんだ。リヒトもイザークさんも、一瞬で勝負をつけるような戦闘スタイルだから、案外あっという間に終わっちゃうかもしれないな。いや、実力が拮抗しているのなら、長引く可能性もあるけど。なんとなく、そう長くはならないだろうなという予感がした。この手の私の勘はあまり当てにはならないけれど。


「よし、最後だししっかり見ないと!」

「アスカ、あまり暴れないでください。下ろしてしまいますよ」

「うっ、気を付ける……! でも、楽しみなんだもーん!」


 メグも早くギルの膝に座りなよ! と朗らかに笑うアスカを見てたら肩の力が抜けた。癒される。美少年の笑顔は心の栄養だぁ。


「じゃあ私も、ギルさん!」

「ああ」


 もはや遠慮というものをどこかに放り投げてしまった私は、アスカと同じように保護者の膝の上に座った。いつも飛び乗るアスカと違って、私は相変わらずよじ登ったけど。

 お腹の前に回されたギルさんの手にそっと触れる。この手が、近々私に向けられるんだ。温もりを感じながらそう考えると、不思議と怖いという感覚はなかった。


「どうした」


 黙ってギルさんの手を握っていたからか、不思議そうな声が上から降ってくる。ま、気になるよね。ギルさんには隠しごとは出来ないなぁ。だってギルさんは私のことをよく見てくれてるから、ちょっとの変化でも気付かれちゃう。……私がわかりやすいってのもあるけど。


「迷わないでね、ギルさん」

「……迷う?」


 私に向けて魔術を放つことを。後悔したり、苦しんだりするんだろうな、この人は。とても優しいから、手にとるようにわかっちゃうよ。まだ不確定の未来の出来事についてあれこれ言うのもおかしな話だけどさっ。


「何があっても、私はギルさんのことを信じてるし、嫌いになったりしないからね」


 ただ、これだけは変わらない。たとえギルさんにお前なんか嫌いだって言われても、私がギルさんを大好きなのは変わらない。いや、言われたら泣くけど。


「何か、視たのか」

「んー、ちょっとだけ、ね」


 さすがは察しのいい人だ。まぁ、こんな意味深なことを言われたら、ギルさんならすぐに気付くよね。それを見越して私も言ったところがあるし。


「……俺は、迷わなくていいんだな?」

「うん。それがきっと最善だもん」


 確認するように聞いてきたギルさんに、迷うことなく返事をする。私が握っていた手の力が込められ、私の手の方がギルさんに包み込まれた。


「お前が言うなら、信じよう」


 うん、これでいい。信じてくれて嬉しいよギルさん。私がさっき視た未来通り、拘束されたらどうなるんだろうとか、結局のところどう解決するんだろうとか、色々考えてしまうことはあるけど、きっと大丈夫だ。

 私には心強い味方がいっぱいいるんだもん。それに、私も自分の力を信じたい。負けるものか。私は、自分の未来を自分で切り開いてみせる。


「あ! 選手が入場してきたよ! わー、真剣な顔……。ちょっとこわぁい」


 無邪気にはしゃぐアスカの声に意識を切り替えた。成人部門の決勝戦も見逃せないもんね! でも、だんだん尻すぼみになってしまったアスカの気持ちもわかるかも。二人の纏う魔力にやたらと迫力があるからだ。こんなに離れた観客席からでも感じられるもん。相当、気合いが入ってるなぁ。特に、イザークさん。……って、あれ? なぜか、2人ともこっち見てない?


「……私、じゃないね。えっと、ギルさん? ものすごく2人に見られてる、よ?」

「…………」


 もはや殺気と言ってもいいようなオーラを放ちながらイザークさんとリヒトはギルさんを睨み上げていた。えぇっと、イザークさんはギルさんをライバル視していて、リヒトは、その……。ギルさんを倒したいって思ってるから、かな。


 にしたって露骨すぎない!? 決勝戦だよ!? 今はお互いに集中するべきじゃない!? あと普通に怖い! ギルさんの手を握る手に、自然と力が入る。


「おやおや、熱い視線を注がれてますね」

「んー、なかなかの気迫だね。この後、勝った方と試合する予定でもあるのかい? ギルナンディオ」


 当然、オルトゥスのメンバーもそのことに気付いている。でも基本的に楽しそうな雰囲気だ。シュリエさんもケイさんもからかってるもんね……。鋼の心臓だぁ。


「なんだよそれ! ずりぃ! オレもギルと戦いたかったのに!」

「あんたはドクターストップかかってるの忘れたの? ジュマ!」


 ジュマ兄はジュマってるし、サウラさんも突っ込むとこはジュマ兄の方だし。あれぇ? あんな迫力満点なのに、取るに足らない事態ってことなのかな。現在進行形でピリピリしたものを感じるんだけど! 特に私はギルさんの膝の上だから、自分に向けられてるように感じて怖いよー!


「そんな予定はない」


 ため息を吐いて簡潔にそう告げた後、背後からものすごい圧が会場に向けて飛ばされたのがわかった。その瞬間、会場でこちらを睨んでいた2人が数歩後ろによろめく。え? 何?


「予定はない、が。メグを怖がらせるのなら、戦ってやるのも吝かではないな」


 ギルさんがピンポイントであの2人に殺気を送ったのだ、と気付いたのは、そんな地を這うような声が背後から聞こえてきたからだった。お、おぅ……。


─────────────────


【お知らせ】


特級ギルドへようこそ!5巻の予約が始まりました!

発売日は10月20日になります。

これまでとは少し雰囲気の違うカバーイラストが目印☆

にもしさんのイラストは相変わらずとても美しいですー!

加筆も盛りだくさんで、書き下ろしや特典SSなどなど、たくさん頑張ったのでぜひご予約していただければと思います(、._. )、


また、先週ニコニコ静画にて、コミカライズ版最新話が更新されております。

レキ「おい」

メグ「あい」

のあのシーンが漫画に……!ぜひご覧になってみてください!

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