決勝戦


 そうこうしている間に、控え室にグートがやってきた。どことなく緊張した面持ちだ。やっぱり、グートも私と同じでドキドキしている模様。うんうん、条件は一緒なのだ。勇気付けられたよ!

 ジッとグートを見ていると、側にいたアシュリーさんがそのことに気付いてグートの肩を軽く叩き、呼んでくれた。ハッと顔を上げたグートと目が合ったので、ニコッと笑っておく。声をかけにいってもいいんだけど、集中の妨げになるかなって思うし。


「あっ、う、その!」


 けど、目が合っただけでグートは赤面して身体がカチコチに固まってしまった。そんなに緊張してるのかな?


「緊張するけど……頑張ろうね! グート! 私、負けないよっ!」


 声はかけないつもりだったけど変更! あまりにも動かなくなってしまったから離れた位置から声をかけてみた。すると、グートが再びハッとなって再起動を果たした模様。よかった、よかった。


「お、おう! 俺も! 負けないぞ!」


 お互いに負けない宣言をしたことで、いくらか肩の力が抜けた気がする。うん、程よい緊張感だ。


『お待たせしましたぁ! 準備が出来ましたので、未成年部門の決勝戦、始めちゃいまぁす!!』

『さ、うちのグートはどう戦うかねー』

『うちのメグは誰よりも可愛いぞ!!』

『……まだ出てきてねぇし、そこじゃねぇだろ、魔王さんよ……』


 おっと、解説はディエガさんと父さまでしたか。頼むから、さっきのお父さんとマーラさんみたいなことにはならないようにしてよ!? すっごく恥ずかしいんだからね!? プルプルと震えながらそんなことを考えていると、トンッと背中に温かい手の温度を感じる。その手の持ち主は無言でそっと試合会場の方向へを私を押した。心強いなぁ、もう。


 私はチラッと振り返り、任せてよ! という意味を込めてニッと笑うと、ギルさんも目を和らげてくれた。無理せず、でも勝ってくるからね! いよいよ、決勝戦だ!


『さぁ、選手が会場に入ってきましたよぉ! アニュラスの雷速犬、グート選手と、オルトゥスのエルフ、メグ選手! 心なしか会場内の雰囲気も熱がこもってますねー! やはり決勝戦だからでしょーか!』

『はぁ、メグが可愛すぎる。我の娘は天使かも知れぬな……』

『おい、グート! 情けねぇ試合だけはすんなよ!?』


 会場に一歩踏み入れると、実況と解説の声が聞こえてきて一気に脱力した。も、もう、父さまは本当にーっ! 羞恥に震えていると隣を歩くグートは逆に顔を真っ青にしていた。ディエガさんは相当厳しいっぽいなぁ。私たちは見事に正反対の顔色で震えている……。


「前へ」


 そんな中、クロンさんの冷静な声が私たちを引き戻してくれた。本当に、適任すぎるよクロンさん。私もグートも気合いを入れ直して所定の位置に立つ。


「……試合開始!」


 クロンさんの合図で私とグートは同時に動き出したと思う。守備は、ライちゃんを信用してる。あとはいかにグートの動きを追えるか、にかかってる。バチバチィッと私の周囲で音が聞こえたから、すでに何度か私に攻撃を仕掛けているのだろうことが辛うじてわかる。ライちゃん、頑張ってくれてる!


 それにしても……うーん、やっぱりよく見えない。残像なら見えるんだけど……! いやいや、諦めるな私。目で追うだけじゃなくて、気配も感じるんだ。せっかくオートで守ってもらってるんだから、しっかり集中しよう。


『メグ選手、突然動きを止めましたぁ! どぉしたんでしょう?』

『防御に関しては全て精霊に身を任せたのであろう。相手の動きを読むことに全神経を使っているのだろうな』

『ああも攻撃を全部防がれちゃ、グートの良さが丸潰れだな。こりゃ、あいつも考えなきゃいけねぇな! いい機会だ、一皮むけてもらいたいもんだぜ!』


 ジッと集中してたら少しずつわかってきた。動きは相変わらず見えないんだけど、パターン化してるんだなってことに。毎回全く同じってわけじゃなくて、ちょっとずつ変化は加えてるんだけどやっぱり同じような攻撃パターンになってる。真正面から来て、すぐ真下か真上に。こっちに来ると見せかけて全く別方向から、っていう感じかな。よし、じゃあ次はきっと……。


「上!!」

「う、わ……!」


 私が声を上げつつ手を上に上げると、タイミングよく手に持っていた種からリョクくんが蔦を上に伸ばしてくれた。広範囲に広げてもらうように頼んでいたから、あっという間にグートを蔦で拘束することが出来た。よしっ!


『おーっと! ついにメグ選手がグート選手を捕らえましたぁ!! グート選手、ピーンチ!?』


 そのまま場外へ、と指示を出すと、蔦がものすごい勢いでグートを捕まえたまま場外に向かって伸びていく。

 油断はしてなかったつもりだ。このまま抜け出されたとしても、フウちゃんやシズクちゃんの力で押し出してもらおうって、そう思ってた。


「ぐっ、まだまだ……!」


 だけど、まさかグートがそんな手に出るとは思ってなくて。ううん、考えればわかったことだし、私の覚悟が足りなかっただけだ。


『グート選手、まだ諦めてませぇぇぇん! 何か大きな魔術を使うようです! グート選手の足元に大きな魔術陣が出現しましたぁ!』


 ────魔術陣。


 それを見た瞬間、身体が竦む。観客席で見てたのとは訳が違う。目の前で、それも自分に向けられているんだもん。

 わかってるよ、ちゃんとわかってる。これはあの時みたいなものじゃないって。グートが使う魔術なんだから、そんなに大変なことになったりしないって。大きな魔術にはなるだろうけど、属性からいって雷が落ちるとかそういうのだと思う。


 そこまで、わかってるのに。頭ではちゃんと、わかって────


「あ、あ、や、やだぁ……! やだーーーーーっ!!」


 魔力が、暴発した。精霊たちが、私を呼ぶ声が聞こえてくる。


『ご主人様、大丈夫、大丈夫なのよーっ!』

『あの時のあれとは、違うんだぞっ、大丈夫だぞっ!』

『え? え? なになに? メグ様どうしたんーっ!?』

『メグ様ぁぁぁ!?』


 ショーちゃんとホムラくんが必死で宥めてくれてる。ライちゃんとリョクくんは戸惑ってるみたい。そっか、君たちはあの時はまだいなかったんだもんね。ごめんね、心配かけて。落ち着け、落ち着け、私。このままじゃ、まずい。


『主殿、落ち着いて、深呼吸をするのだ。この試合さえなんとかなれば、きっとみんながどうにかしてくれるのだ』


 シズクちゃんが冷静にアドバイスをしてくれる。そう、そうだ。深呼吸。私はゆっくり息を吐き切って……それから周囲に目を向けた。魔力の暴走で会場に風が吹き荒れている。これが魔術によるものじゃないってわかるのは実力者だけだろうな。だから、観客席もそこまで大騒ぎしている様子はない。

 ああでも、父さまやお父さんは慌ててるだろうな。ギルさんや他のみんなも。レキには後で怒られるかも? まぁいい、それは甘んじて受け入れよう。


 落ち着いて、私。グートを見てごらん。突然の暴風に目を丸くはしているけど、きっと風の魔術でグートの魔術陣を消し去ったって思ってる……と、思う。たぶん。というか、そういうことにしちゃおう。


「フウ、ちゃん……!」


 どうにか魔力を自分の中に押し込めながら、フウちゃんに声をかける。ショーちゃんが私の考えを読み取って、フウちゃんに伝えてくれた。


『んっ! わかったよっ!』


 でも、こんな風に荒れる魔力の中で動くのは、危ないよね。ごめんね……。そういうと精霊たちはクスッと笑ってくれた。


『平気なのよー。ご主人様の魔力は、どんなに荒れていてもご主人様だから!』


 ちょっぴり刺激的で、それもまた味なのだというみんなの言葉に、涙が出そうになる。まだまだ未熟者でごめんね。でも、そんな私を受け入れてくれてありがとう。


「っ、お願い!」

『行っくよーっ!!』


 ギリギリのラインで魔力を封じ込めたところで、私は叫ぶ。すると、フウちゃんが勢いよくグートに向かって飛んでいく。すでに暴走した魔力放出による風で動きが止まっていたグートを捕らえるのは簡単だった。勢いを利用しつつフウちゃんも風を使い、あっという間にグートを押し出す。

 そのまま呆気なく場外にポスンッ、とグートが落ちたのとともに、徐々に風も収まっていった。私の、暴走した魔力も。


 シン……と会場全体が静まり返った。や、やっぱり誤魔化し切れなかったかな? そりゃ、一部の人にはバレバレだとは思うけど、一般客くらいならちょっと大きめの魔術を使ったってことで誤魔化せるかなって思ったんだけど……。


 心配になったので小声でクロンさん、と声をかける。ハッとなったクロンさんは心配そうに私を見ていた。あ、貴女も気付きましたよねー。でもお願い、私の意図に気付いてー! そんな念を送りながらジッと見つめると察しの良いメイドさんはすぐに小さく頷いてくれた。


「勝者、メグ選手!」


 クロンさんの合図で、ようやく会場内の時間が動いた気がする。数秒の後、割れんばかりの歓声が会場全体を包み込んだ。わっ、すごい。

 って、そうだ! グートは!? 魔力の暴走に充てられて、具合が悪くなってないかな? 私は慌てて尻餅をついたままのグートに駆け寄った。


「グート! ごめんね、大丈夫だった!? ちょっと、力の加減を間違えちゃった……!」


 言い訳に無理があったかもしれないけど、制御出来なかったという点で嘘とも言い切れない。許して!


「え、あ、だ、大丈夫」

「本当に? どこか痛いところない?」


 ポカンとしたままグートが返事をしたものだから、なんだか心配だ。キョロキョロとグートの身体を見回しつつあわあわしてしまう。うう、医療チームはいつも冷静に対処しててすごいなぁ。


「ほ、本当に大丈夫だから! メグ、すごいんだな。全然、敵わなかった」

「え……?」


 所在なさげに振り回していた私の両手を、グートは突然ギュッと両手で掴み、握りしめた。驚いて、今度は私がポカンとしてしまう。


「俺なんて、まだまだなんだなって思い知ったよ。その分、もっと強くなれるんだって、自信にもなった! 本当に、ありがとう!」

「えっ、えっ? あ、ありがとう」


 そしてそのままブンブンと上下に振り回す。私はまだ戸惑っていたけれど、グートがやけに嬉しそうだから、だんだん私も嬉しくなってきた。


「ふふっ。なぁんだ。グート、普通に話せるんだね。私にも慣れてくれたのかなぁ?」

「え? ……あ、わ、わぁぁ! ご、ごめん! 突然手を握っ……うわぁぁぁごめっ」


 はた、と我に返ったグートは一気に顔を真っ赤にして犬耳と尻尾をポンッと出してしまった。あれ? もしかして、テンションが上がってたから、素が出てた? でもこれを機に、これからも気軽に接してもらいたいものである。


「なんで謝るの? 今のグートの方がずっといいよ!」


 だから、そんな願いも込めて手を離そうとするグートの手をギュッと握り返して引き止める。それから、試合してくれてありがとう、と告げると、まだほんのり頰を赤くしたグートもまた、こちらこそ、と言って笑ってくれた。


『可愛らしい友情ですねー! 試合後もこうして握手し合えるのって素敵ぃ! それにしてもスッゴォい試合でしたね! さすがは魔王様の娘って感じでっ! 未成年部門の優勝は、オルトゥスのメグ選手でぇぇぇす! 皆さぁん! 盛大な拍手ぅ!!』


 そこへ、カリーナさんの明るくて可愛らしい声が未成年部門の決着を知らせてくれた。そっか、私、優勝しちゃったんだ……いや、それどころじゃなかったっていうのが正直なところなんだけど。でも、優勝したんだ。


 え、優勝!? すごくない!? そう思って喜びかけたものの、思いとどまる。


 だってこれ、絶対保護者の皆様に叱られるヤツだもん! ひえぇぇ……!

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