成人部門

召喚魔術


「メグ、すぐに観客席に戻るぞ」

「ひゃ、ギルさ……!」


 控え室に戻るや否や、ギルさんは流れるような手捌きで私を抱き上げ、その長い足でスタスタと観客席へと続くドアに向かった。いや、想像はしてた。めちゃくちゃ心配されるだろうなって。でも、こう、5秒と経たずに掬い上げられて観客席に戻ることになろうとは。


「メグちゃん! 大丈夫!?」

「おい、メグ、大丈夫かよ?」

「メグ、無理して、ない?」


 そしてドアを開けた瞬間、すでに待っていたのか口々に心配の声をかけられてしまった。おめでとうより何よりその言葉が出てくるあたり、やっぱりみんな気付いてたんだなって思う。そして、本当に優しいなぁって。


「うん、大丈夫。ごめんなさい……心配かけて」


 いや、本当に。深く深く反省してるよ。あれは私の心構えが足りなかったせいで起きたのだ。魔術陣が怖いって思う自分をきちんと受け入れて、いつきてもいいように覚悟をしておくべきだった。油断していたのだ。本当に、悔しい。


「魔力は溢れていませんか? 無理に抑え込んでいるのでは?」


 シュリエさんも心配そうに私の顔を覗き込んでくる。ま、まぁ確かに無理やり押し込んだけど、今は結構安定しているのは事実だ。なのでにこりと笑ってそのまま伝えると、ほんの少しだけホッとしたように息を吐いてくれた。


「レキ、メグちゃんは大丈夫そうかしら。このまますぐにハイエルフの郷に戻るべき?」


 ハイエルフの郷に……また療養生活ってことかな。あの場所は心地良いし、みんなも優しいから大好きだけど、これから成人部門が始まるというのにここを離れるのは嫌だ……! 恐る恐るレキを見つめると、呆れたようにみんなを見回してからはっきりと言い放った。


「まだ診察してないんだからその判断が出来るわけないだろ。邪魔だから離れて待っててくんない?」


 ごもっともですね!! 言い方はアレだけど、みんなもその通りだと思ったのだろう、渋々といった様子でその場を離れていった。お医者さんの言葉っていうのは説得力が違うね!

 みんなが去っていったのを見送りつつ、レキは私に座れと目線で指示を出してくる。機嫌が悪そうだ。お、怒ってる……?


「手、出せ」

「はい……」


 私に向かい合うように座ると、レキが手を出してきたのでその上に手を乗せる。恐る恐るになってしまったのは許してほしい。こ、怖い。


「……レキ、怒って、る?」

「……そう見えんのか。お前に後ろめたい思いがあるってことだな」


 ひぃっ、いつも以上に声色が冷たいっ。でも、それとは裏腹に握りしめられた手は温かい。レキ独自の癒しのオーラだ。獣型で包まれた時のような心地よさが私を包み込む。人型でも出来るようになったんだなぁ。それが嬉しくもあり、モフモフじゃないのが残念でもあり。……いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。


「無理は、しなかったんだよ……? 暴走は、しちゃったけど……でも、グートや他の観客の目は誤魔化せたと思うの」

「……」


 嘘は言ってないぞ。嘘は。結局、精霊を身体に宿すあの方法は使わなかったし。魔術陣を見て取り乱しちゃっただけで。ああ、どのみち私の未熟さゆえだ。普通に落ち込む。


「……なら、別にお前は悪くないだろ」

「え?」


 予想外の言葉にパッを顔を上げる。相変わらず眉間にシワを寄せたままだし不機嫌そうなのは変わらないけど、握った手から目を逸らさずにレキは言葉を続けた。


「あれは、トラウマだろ。恐怖っていうのは根深いから、そう簡単に克服出来ないのは当たり前だ。それでもすぐに抑えて対処出来たんだから……むしろ褒められるべき行動だった、と思う」


 ……え? あれ? これ、もしかして褒められてる? というか労われてる? レキはずっと不機嫌そうな顔だからちょっと自信はないんだけど。不機嫌……あ。


「心配、してくれたんだね」

「は、はぁ!? 誰がっ」


 あ、レキの魔力が揺れた。動揺させてしまったらしい。照れ屋なレキに直球の物言いはダメだったね。お姉さん失敗。でも、心配してくれたのが嬉しかったから、お礼はちゃんと言いたいもん。


「ありがと、レキ」

「ぼ、僕は自分の仕事をしてるだけだっ! 気が散るから黙ってろ!」


 本当、素直じゃないなぁ。口ではこう言ってるけど、その気持ちはちゃんと伝わるから私は思わずふふっと笑ってしまった。睨まれたけど!


 その後、レキは少しだけ頰を赤くしながらも黙々と診察をしてくれた。その間、繋いだ手からは癒しのオーラを放ち続けていたから、すごく器用だなって思う。空いてる方の手で私の魔力を探りつつメモを取ったりと忙しそうだ。慣れた様子に、お医者さんなんだなぁって改めて思ったよ。


 数分後、ふぅと息を吐いてようやく私の手を離すレキ。どうやら一通りの処置は終わったようだ。気付けば私の心はかなり落ち着いていて、さっきの試合で昂っていた気持ちも恐怖心も綺麗さっぱりなくなっていたように思う。

 無理やり押し込めていた魔力も量は減ってないけど、きちんと循環されたおかげで落ち着いているのがわかった。かなり楽になったよ。


「お疲れ。レキ、どうだった?」


 タイミングを見計らったかのようにすぐさまギルさんがレキに声をかけている。実際、こちらの様子をずっと見ていたのだろう。レキの邪魔をしないよう離れた位置から。

 レキはギルさんの方に体を向けて説明を始めた。わ、私のことなんだから私に向かって話してくれてもいいんだよ? 病院に付き添いできた親御さんに説明するシチュエーションである。実際似たようなものだけど、私にだってわかるのにっ。


「とりあえず、大会が終わるまでは大丈夫だと思う。魔術も例の使い方をしなかったおかげであれ以上溢れる量が増えなかったし。ただ、それでもギリギリな状態なのは変わらない。次、こいつが心を乱されるようなことがあったら……危ない」

「心が乱されるようなこと、か」


 つまり、私が心穏やかにいれば大丈夫ってことだよね。続けてレキは、大会が終わったらまたハイエルフの郷に行ったほうがいいと付け足した。やっぱりそうか。まだオルトゥスには戻れないよね……こればかりは想像もついていたし、素直に言うことを聞くしかない。

 というか、どうにか大会を全て見られるようにって考えてくれたことに感謝である。たぶん、本当だったらすぐにでも行った方がいいんだと思うし。自分のことだもん、なんとなくわかる。


「ギルさんは大会が終わるまでこいつから離れないで。もし危険だと判断したらすぐにこいつを連れてここから離れてほしい」

「人がいないところ、か」

「そう。被害が最小限で済むように。ギルさんなら、こいつの魔力暴走でもそこまでダメージ負わないだろ」

「ああ」


 ……それって、私が魔力暴走を起こしたら、ギルさんといえど危険な目に遭う可能性があるって、聞こえるんだけど。それほどまでに、私の中にある魔力は驚異なんだ。今更ながらにゾッとする。


『大丈夫なのよー、ご主人様』

「ショーちゃん……」


 私の不安な声を聞き取ったのだろう。ショーちゃんがふわりと私の目の前に飛んで元気付けてくれた。


『もしもの時は、召喚魔術を使えばいーのよ?』


 召喚……そういえば、結構前に言ってたもんね。かなり魔力を使うから、この持て余し気味な魔力を少し減らせるって。でも、召喚て何を? 変なものを召喚しちゃったらそれこそ大事になりそうだし。ぐるぐると一人でそんなことを考えていたら、続くショーちゃんの言葉に……一瞬、頭が真っ白になった。


『大丈夫なのよー! だってご主人様は、前にも召喚魔術を使ったことがあるのよ?』

「……え?」


 私が、前にも召喚魔術を使ったことがある? 今、そう言ったよね。……いやいやいやいや、ないよ。そんなの使ったこと、一度もない。そもそも、何かを召喚出来る魔術があるってこと自体、知ったのは最近のことだし、あり得ないよ。


『使ってたのよ? でも、あの時のご主人様は、無意識だったかも? ちょっと失敗もしてたし、時差があったし……でも無事に召喚出来てたから今はもっと上手く出来ると思うのよ?』


 無意識に? ちょっと失敗? 時差? ど、どういうことだろう。知らない間に、私、とんでもないことをしてたりするのかな……。そもそも私は何を召喚したというのだろう。


「メグ? どうした、顔色が悪い」

「それに、魔力が乱れた。今循環が終わったとこだっていうのに、お前何やってんだよ……」

「え、あ……」


 ギルさんの呼ぶ声ハッとなって顔を上げる。レキも、言葉は荒いけどその瞳には心配そうな色が見て取れた。たった今、心の平穏が大事だって聞いたばかりなのに。でも、こんなの聞いたら悩まずにはいられないよ。


「今、ショーちゃんが教えてくれたの。私は以前にも、召喚魔術を使ったことが、あるって……」


 だからここは素直に相談すべきだと思った。恐々とそれを伝えると、レキは首を傾げて召喚魔術? と繰り返した。どうやら何も知らないようだ。だけど……。


「っ! ……メグ、声の精霊と話がしたい。出来れば、俺と2人だけで」


 ギルさんは何かを察したように息を飲み、そんなことを言ってきた。その尋常ではない反応に、余計に不安が私を襲う。それを察したのだろう、ギルさんはふぅと一つ息を吐くと、私に目線を合わせて屈み、頭を撫でた。


「不安にさせるようなことを言ってすまない。だが、まだ詳しくお前に話すことは出来ない」


 まだ、って言った。ということは、いつか話してくれることの1つなのだろうか。そんなに重要なことなのかな。不安が膨れ上がりそうな時、ギルさんがそっと私の両肩を掴んだ。どこまでも優しい手つきと、眼差しで。


「必ず説明する。だからもう少しだけ待っていてくれ」

「……約束?」

「約束だ。だから今は心を落ち着かせることに集中してほしい。そのためにも、声の精霊と話をさせてくれないか」


 ギルさんはいつだって私のことを一番に考えてくれてる。今回だってそうなんだろう。当人である私だけが蚊帳の外で、どうしてもモヤモヤとした気持ちは残ってしまうけど、信じることは出来る。それが最善なんだって。


「わかった。……ショーちゃん。そういうわけなんだけど、いい?」

『いいのよー! 魔力、多めにちょーだいなの!』

「いくらでもどうぞ」


 ありがとーと嬉しそうに魔力を吸い取ったショーちゃんだけど、正直吸い取られた感覚はほとんどない。多めに持っていったはずなのにあまり感じないのはやっぱりそれだけ魔力が多すぎるってことだよね……この世界にきた時はちょっと摂られただけでヘロヘロになっていたのに。あの頃が懐かしい。


 ショーちゃんはそのまますぐにふわりと飛んで、ギルさんの頭の上にちょこんと座った。その様子はなんともシュールだったけど、それが見えるのは自然魔術の使い手だけだ。アスカあたりはケラケラ笑いそうな光景だけど、今はこっちを見てない模様。


「おい、もう一回手を出せ。念のため循環するから」

「う、うん。さっきもやってもらったのに……」

「本当だよ、ったく。いいからさっさと座れよ」


 ギルさんとショーちゃんが何を話しているのか気になったけど、レキにそう呼ばれた私は大人しく再び座って循環をしてもらった。うう、気になる。いつか話してくれるのはわかるけど……中途半端に知ってしまったから余計に気になるぅ!


「おい、余計なこと考えんな。また乱れてる。……このまま僕の権限ですぐにでもハイエルフの郷に行かせることも出来るんだぞ」

「うっ、わかったよぅ」


 医者モードのレキはいつも以上に厳しい。今は大会を最後まで観戦するのが目標なのはたしかだ。そうだよね、どうせすぐには教えてもらえないんだから不安に飲み込まれてたって仕方ない。成人部門が始まるわけだし、しっかり応援するんだから! レキの温かな魔力に触れながら、私も目を閉じて心を落ち着けることに集中した。

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