メグの魔力事情


 泣き喚くハイデマリーを前になす術なく戸惑っていたら、それに気付いたクロンさんがすぐに駆けつけてくれた。


「メグ様はお気になさらず。……感情が昂りすぎて涙が止まらないのでしょう。感動の涙のようですし、心配は無用です。さ、控え室に戻りましょうか」

「は、はい。クロンさん、ありがとうございます」


 泣き喚いて動けそうにないハイデマリーを、クロンさんがひょいっと横抱きにして声をかけてくれた。なんてかっこいいメイドさんなんだ。私はそんなクロンさんに見惚れながらも、後を追いかけて控え室へと戻っていった。

 泣いてる原因が感動だとしても、ここまで泣かれると居た堪れなさが半端ないことを初めて知りました。は、ははは……。




 控え室に戻ると、すぐさまギルさんが出迎えてくれた。そして、いまだに泣き喚くハイデマリーはエピンクの元へ。


「あーもう、うるさいんだし! どうせ嬉し泣きなんだし、いい加減落ち着くんだし!!」


 まぁ予想してた通りの反応だった。それでも、涙でぐちゃぐちゃな顔をタオルで拭いたり、抱き上げたりと甲斐甲斐しくお世話をするエピンクの姿にちょっと安心したよ。とても昔私を誘拐しようとした人と同じとは思えない。ま、過去のことは言いっこなしだよね。今子どもという存在を大切に出来てるならそれでいいのだ。


「メグ、驚いたぞ。あんな戦い方は、初めて見た」


 頭上から聞こえたギルさんの声に、すぐ顔をそちらに向けると、珍しく驚いた様子のギルさんと目が合った。そう、かなぁ? 私的には楽しく精霊たちに身を任せていたら、自然と身体が動いたっていうか、踊ってたというか。

 でも、本当に不思議な感覚だった。フウちゃんが身体に入ってきたその瞬間から、力がどんどん漲っていく感じがして……力、が。あ。


「ギ、ギルさん……私、ちょっと魔力が一気に増えてない?」

「む」


 精霊を身体に取り込むのは、魔力の消費が結構あるってシュリエさんが言ってた。実際そうだったし、私も結構な魔力を今の試合で使用したと思う。

 けど、それも私にとっては微々たる量だ。だからこそというかなんというか、そのせいで抑えられていた魔力が活性化したっていうのかな。体内に渦巻く魔力の量が増えた気がするのだ。なんとなくそう感じるだけではあるんだけど。


 ハイエルフの郷で最後に魔力放出をして、まだ一週間も経ってないのに、このペースはちょっとやばい気がする。マーラさんだって吸い取ってくれたのに……。お腹が空いている時にちょっと食べたら余計にお腹が空いた、みたいなあの感覚に近い。


「たしかに増えてるな。……辛いか?」

「ううん、今は平気」

「どのくらい耐えられるか、わかるか」

「えっと、あと1試合戦う分には問題ない気はするの。その後は、大人しくしてれば大丈夫だと、思う」


 正直に言えば、ちょっと不安だ。暴走してしまわないかって。でも、運が良いというべきか、私の試合は2試合だけ。このくらいならきっと耐えられるはず。

 棄権するっていうのは選択肢に入れたくない。だって、せっかくここまで準備して開催された大会なのに、決勝戦を棄権するだなんて盛り下がっちゃう。それだけは避けたい。


「……わかった。ひとまず観客席に戻ろう。一度、レキに診てもらった方がいい」

「うん、わかった」


 レキも、お医者さんとして私の事情は知ってる。そのための対応策も一応は用意してあるだろうってギルさんは言ってくれた。みんなに迷惑かけちゃってるなぁ。

 ……ううん、そうじゃない。仲間なんだから、当然のように気遣ってくれてるだけだ。これが私でなくても対策していたはずだもん。

 心を強く持たないと。ネガティブな考えになるのは一番良くないんだから。楽しいことを考えよう。例えば、そう! 1試合目に勝てたんだってこと!


「ギルさん、私勝てたよ!」


 改めてそう報告すると、少し目を見開いてからフッと目を細めてギルさんが笑う。


「ああ、そうだな。見事だった。おめでとう」


 頭を撫でて褒めてくれるギルさんの手は、何よりのご褒美だなって思った。




 観客席へと戻った私は、やはりというべきかみんなから盛大にお祝いされた。あんな戦い方出来るのかよー、とかすごかったとか一斉に言われたものだから全てを聞き取れたわけではないけど。


「む、なんかメグが一歩も二歩も先に行く感じー」


 アスカも当然喜んでお祝いしてくれたけど、どこか拗ねたように口を尖らせている。何を言ってるの!


「アスカが最初にあの方法を見せてくれたから出来たんだよ? だからアスカのおかげだもん」


 精霊を身体に取り込むなんて考えたこともなかったし。それを自分の力で編み出して実行に移せたアスカの方がよっぽどすごい! そういうと、アスカは照れたようにそうかな? と笑った。ふふ、可愛い。


「でもあれ、結構しんどいよね? メグ、次も続けて試合だけど大丈夫? 決勝戦だし」

「そうですね……あの方法は慣れないと少し疲労を感じるかもしれません」


 そ、そうなの? 魔力が多すぎるからか全然疲れてはいないんだけど……でも、みんなに心配かけずに診てもらういい口実になりそう。


「じゃあ、少しレキに診てもらおうかな? アスカはもう平気?」

「もっちろーん! あのくらいなんてことないよ!」


 良かった、感電したのも大したことがなさそう。気を失ってたから心配してたのだ。そう、次の相手はその電気を使うグートなんだった。私も気を付けないとね!


「次の試合までまだ時間はありますが、診てもらうなら早めがいいですよ」

「うん! 今から行ってきます!」


 シュリエさんがそう送り出してくれたので助かった! 私は早速、観客席の隅にある治療スペースへと向かった。


「レキ、一度診ておいてくれ。……魔力循環を中心に」

「! ……わかった」


 レキの元へ行くと、すでにそこにはギルさんがいた。先回りして事情を伝えてくれたようだ。あまり多くを語らなくても事情を知るレキにはそれで十分だったみたい。あまり大事にしないようにという配慮がありがたい限りだ。


 指示されるがまま椅子に座り、力を抜く。するとレキは専用の魔道具で私の体内に溜まっている魔力を測定してくれた。うまく循環されていない魔力だけを調べる道具なんだって。そんなものもあるんだぁ、って感心しちゃったけど、普通は魔力循環が上手くできなくなってきた高齢者に使用するものだと聞いて微妙な心境になった。高齢者……。


「……増えてるな」

「やっぱり?」


 普通に魔術を使っただけではこんな増え方はしない、とレキにも言われてしまった。やっぱりそうかぁ。体感ではあと一試合くらいは平気だと思うんだけど、と伝えると、レキはギュッと眉間にシワを寄せて腕を組んだ。お、怒られるのかな!?


「……さっきみたいなやつをやるなら、あと一度だけ。それも出来るだけ短時間にしろ。じゃなきゃ試合中は持ったとしても、今日一日は持たないぞ」

「うっ」


 一応の許しは出たけど……そっか。それなら精霊を身体に取り込むのはあんまりやらない方がいいってことかなぁ? でもグートのあの速度に対応するには頼りたいところだし。うーん。


「少し循環の補助をしておく。けど、こんなのただの気休めだからな? 抑えている魔力が膨らんでくるのまではどうにも出来ない。循環出来る魔力量には限界があるんだ」

「うん、わかった。お願いします!」


 基本的に、魔力は血液のように体内を常に循環している。意識せずとも血が流れていくのと同じように、誰もが出来ていることだ。けど、その流れが不規則になるのが魔術の使用なのである。

 だから、まだ未熟な使い手は、うまく魔術が発動せずに失敗するんだって。要は、外に放出した魔力ごと循環を維持しなきゃいけないってことだもんね。その点、私たち自然魔術の使い手は楽だと言える。


 けど、今回のように精霊を体内に取り込んだ場合は別。一般魔術を使うのを同じようにその循環を意識しないといけないんだって。……何にも考えずに出来たのは、精霊たちが補助してくれてたからかも?

 いくら魔力が多くてゴリ押しが出来ても、無意識に魔力を巡らせようとして身体が疲れるのが普通なんだとか。魔術の不発や暴走なんかするのが当たり前だそう。……肝に銘じます!


 あと、私は成長しきってない身体の容量を超えた魔力を無理やり押し込んでる状態だから、これが問題なんだよね。身体の魔力貯蔵庫にはもう入らないから、即席で別の場所に貯めておいてある、みたいな状態である。それはつまり、無防備に保管されているからこそ、ちょっとの刺激で外に飛び出してしまうってことだ。


「本来のお前の魔力貯蔵庫にはすでに限界以上の魔力を押し込んでる。だからさっきみたいな魔術を使うことで循環が刺激されると、貯蔵庫の魔力が勢いを増して収まりきらず、外に出てくるんだ。そして、押し出されるように即席魔力保管場所から体外へと飛び出ることになる」


 レキの説明はわかりやすかった。……本当にギリギリなんだよね、私。まだまだ自覚が足りませんでした。反省します。


「メグ、そろそろ時間だ」

「はーい!」


 のんびりとレキに魔力の循環をしてもらっていると、ギルさんが呼びにきた。レキに手伝ってもらうと循環がとてもスムーズになるのですごく気持ちよかったよ。

 楽になったよありがとう、とお礼を言ったら、訪問診療先のおばあさんと同じこと言ってると鼻で笑われた。う、う、うるさいやい!


「いいか、無理は禁物だからな」

「うん、わかった! 行ってきます!」


 でも、ちゃんと釘を刺してくるあたりがお医者さんだなぁ。私だって魔力の暴走を起こすなんて嫌だから、しっかり気を付けるつもりだ。なのになんでそんなに半眼で見てくるかなぁ? 信用してないな?


「メグ! グートなんかやっつけてきてよ! ぼくの代わりに!」

「さっきの見てたら負けねーよ、メグ! 優勝してこいよー!」


 控え室まで向かうところでアスカとジュマ兄に激励の言葉をもらう。お、おう、これは負けられないなぁ。両拳を握って頑張る、とアピールしておく。


「メグ、くれぐれも気を付けてくださいね。先ほどうまくいったからと、また同じように出来るとも限りませんから」

「そうそう、今日は調子がいいなって思った時が危なかったりするからね」


 一方、シュリエさんとケイさんは、まず私の身が第一、といった助言をしてくれた。うん、それもとても大事なことだ。慢心しないように気を付けないとね。謙虚に、注意深くいこう。


「メグなら、きっと、勝てる。頑張って」

「そうね、疑ってないわ! いってらっしゃい!」


 そしてロニーとサウラさんは私を信じるような言葉をくれた。みんな優しいなぁ。他のみんなも頑張れー! って声をかけてくれて、私のやる気ゲージはググーンと伸びていくのみである。

 みんなの応援を背中で受け止めながら、控え室に続くドアを開けた。みんなの声はドアを閉めるまでずっと聞こえてきたからなんだかくすぐったい。


 パタンとドアを閉めるとそこはさっきの控え室。まだグートは来てないようだ。静かな室内だからかな? 緊張感が高まってきた。ドキドキ。


「絶対に無理はするな。この大会が全てではないんだ」


 すると、ポンと頭に手を置きながらギルさんが心配そうな顔を向けてくる。事情を知ってるから余計にそうだよね。


「うん。出来るだけさっきの技は使わないようにするつもり。でももし、私が攻撃を避けきれないと思ったら、ライちゃん、頼むね?」

『雷やもんねー! ウチにお任せあれ!』


 ピョンッと肩の上に乗ってポーズを決めた黄色いウサギなライちゃんが可愛くてかなり癒された。そう、目には目を、雷には雷を作戦である!


『身体に入らんでも、ウチなら雷の攻撃は外に逃がせるでへっちゃらやよ! メグ様の負担になるようなこと、よう出来んもん!』

「ううっ、ライちゃん優しい! ありがとう! 私も頑張るね!」

『ボクは相手を捕まえる!』

『オレっちはご主人の周囲に炎を巡らせるんだぞ! 攻撃も相手も蹴散らすんだぞ!』

『妾は押し流すも守るも自在にやって見せよう』


 お、おお、みんながそれぞれ張り切っている。でも、自分の思うように動きすぎても連携が取れないとぐちゃぐちゃになっちゃう! 臨機応変な対応はとても助かってるけど、張り切りすぎるのも問題なのだ。


『はいはい、みんな! ちゃんとショーちゃんの指示に従うのよー。防御は好きに動いていーけど、攻撃はご主人様の言葉を聞くのよ? それはつまり、全部ショーちゃんにお任せってことなのよー!』


 バラバラになりそうだ精霊ズを見事にショーちゃんがまとめてくれた。おぉー! 今やみんなのリーダー的存在となったショーちゃんは本当に頼もしいです! さすがは司令塔!


 そんな精霊たちのやりとりをギルさんにも伝えたら、負ける気がしないな、と苦笑された。そうでしょう、頼もしいでしょう! みんな、よろしくねー!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る