ハイデマリーvsメグ
「あーもう、うるさいな。おい、アスカが目を覚ますぞ」
控え室が少し賑やかになったところで、レキが半眼になりながらそう教えてくれた。騒がせてしまってごめんなさい。いや、私自身は騒いでないんだけど、なんとなく元凶な気がしたから……!
「ん、んんー……はっ! あ、あれっ!? 試合は!?」
レキの言った通り、すぐにアスカは目を覚ました。それからバッと上半身を起こしてキョロキョロと周囲を見回している。そこにいるメンバーを確認したアスカは、数秒その動きを止めた後……バフッと再びベッドに倒れ込んだ。えっ!? まだ調子が悪いのかな? そう思って焦ったけど、どうやら違うみたい。
「あー……ぼく、負けちゃったんだぁ……」
力なく、そう呟いたから。
なんと声をかけたらいいかな……こういう時は、私だったらそっとしておいてほしいし。誰もが黙ってアスカの様子を心配そうに見つめていると、アスカが今度はえいっと反動をつけて飛び起き、そのままベッドから下りた。呆気にとられて見ていると、ズカズカとグートの方に向かって歩いて行く。
「今度またやることがあったら、ぜーったいに負けないからなっ!」
「アスカ……」
その勢いのまま、アスカがグートに詰め寄りながら叫んだ。目をパチクリとさせて驚いていたグートだけど、すぐにフッと笑ってアスカに答える。
「何度だって、俺は負けないよ」
「何をー!? くっそー悔しい! もっともっと強くなるからなー!」
「ん、それなら俺も油断してらんないな。俺だって、まだまだ強くなる!」
そう言い合った2人はニッと笑い、そのままガシッを握手をした。お、おぉぉ、男同士の美しい友情を見た……! なんにせよ、良かった。今後も2人はいいライバルになりそう!
「……男同士、というのも悪くはなさそうね」
ポツリと呟かれたハイデマリーの言葉は聞かなかったことにした。幅広いですね……!?
アスカが目を覚ましたところで、アスカとシュリエさん、グートとアシュリーさんが一度自分たちの観客席へと戻っていく。次は、私の番だ! ドキドキする気持ちを落ち着かせるためにも、一度髪をギュッと結い直す。高めの位置のポニーテールは気合いが入る気がした。
今の試合では会場にダメージもあまりなかったため、次の試合をすぐに始められるという。これが終わった後の決勝戦は、連続出場となるのを避けるため、また少し時間が開けられるらしいけど……本当に子どもに甘いよね? 誰からもクレームが来ないのだろうか。来ないだろうなぁ。
『いよいよ、次の試合が始まりますよぉ! 勝ち上がってグート選手と決勝戦を行うのはどちらでしょうかぁ! 選手のお2人は会場にお入りくださぁい!』
ついにアナウンスが私たちを呼ぶ。私はよしっと気合いを入れた。
「メグ様、あたしはメグ様に憧れているけど、試合は本気でいかせてもらいますよ!」
すると、いつの間にか隣に並んでいたハイデマリーが手を差し出しながらそんなことを言ってきた。何だか嬉しい! 私はすぐにその手をしっかり掴んだ。
「もちろんだよ! お互いに精一杯、頑張ろうね!」
しっかりと握手し合った私たちは、お互いに微笑みあった。一瞬、ハイデマリーが「幸せ……」と言いながら気を失いそうになったのが心配だったけど……持ち堪えたようなので手を離し、会場へのドアに向かう。
「メグ、いつも通り頑張れ」
そんなギルさんの激励が私の背に向かってかけられた。いつも通り、か。そうだよね。たくさん訓練してきたんだもん。適度に力を抜いて、いつも通りに精霊たちを信じて。自分を信じて。
「うん! 見ててね、ギルさん!」
チラッと振り返ってそれだけ伝え、私は一歩踏み出した。
『第五試合の選手が入場してきたようですぅ! シュトルのハイデマリーとオルトゥスのメグ! メグ選手はこの試合が初の試合ですねぇっ! うわぁぁぁぁやっぱりとっても可愛ぃぃぃっ!』
『ったりめーだ! うちのメグは世界一可愛いからな!』
『そうね、メグの可愛さはこの世界の誰も敵わないと思うわ』
待って待って解説ぅぅぅ!? よりにもよってお父さんとマーラさんなの!? うっわ、恥ずかしい! 身内贔屓にも程があるよ! さっきのルーンの気持ちがものすごくわかる。公開処刑だ、これは。隠れたい……でも隠れられない!
『うんうん、言い過ぎではないと思いますねぇ。会場のあちこちでメグ選手の可愛さにざわつく声が聞こえてきますぅ……』
過言だと思いますっ! もうやめてぇ! このざわつきは身内贔屓するなー、とかそういうざわつきだよきっと! 本当、解説はしっかりやってね!? 頼むからねっ!
「2人とも、前へどうぞ」
周知に悶えていると、クロンさんの冷静な声にハッとなって顔を上げる。こういう時のクロンさんは本当に頼りになるなぁ。おかげでスッと冷静になれたよ。
私とハイデマリーは左右に分かれて会場に上がる。ここで、戦うんだね。顔を上げるとたくさんの観客に囲まれていて……不思議な感覚だ。緊張はするけど、何だろう。胸の中に湧き上がるこの気持ち。ひょっとしてワクワクしてる? 私。高揚感を覚えるなんて、初めてじゃない?
やだなぁ、結局私もこういうのが好きってこと? でも、認めてしまえば案外、ストンと受け入れられるかも。環だった時には考えられない感情だよ。基本的に人と競うのが苦手だったのに……今は、負けたくないっていう気持ちが強いんだから。そっか、私、負けず嫌いなんだ。
よぉし、絶対に勝ってみせるんだから!
「試合開始!」
クロンさんがそう宣言し、腕が振り下ろされた。私はすぐさまショーちゃんに脳内で声をかける。
さっき言ってたよね? アスカがやってたみたいに、私の中に入って来られるって。それなら、フウちゃんにお願い出来るかな? 回避行動を全面的にお願いしたいの。ショーちゃんはハイデマリーの声も聞けるかな? 攻撃がどこから来るか、それで掴めると思う。
あとは、その時々で動いてほしい。みんなは、私の大切な家族。だけど戦う時だけは、私の手足となって!
精霊たちの、当然だとでもいうような声が心に響く。早速、フウちゃんが私の中にスゥッと入ってくるのがわかった。
その瞬間、内側からものすごい力が湧いてくるのを感じた。なにこれ、なにこれ。涼しくて暖かい風を心に感じて、とっても心地いい。すごい、こんなに一体感を得られるなんて。こんなに気分がいいなら、もっと早くにやっておけばよかったね。
今ならなんでも出来る気がする。頭で動きのイメージしながらフウちゃんに身を委ねた。
『す、すごいです、メグ選手! ハイデマリー選手の操る闇の布をふわりふわりと軽やかに避けていきます! まるで天使ぃっ!』
実況さんの明るい声が聞こえてきた。私に攻撃を避けているという感覚はあんまりないんだよね。なんというか……まるで、フウちゃんとダンスを踊っているかのような気分だ。
『主様っ! アタシもおんなじ気分なのよっ!』
『ずるいずるい、オイラもやりたいんだぞ!』
『私もなのよー!』
ショーちゃんが常に私の脳内イメージを精霊たちに伝えてくれているから、タイムラグもほとんど感じずにみんなと会話が出来るみたいだ。ショーちゃんはハイデマリーの声も同時に聞いてるのにすごい。ハイスペックである。
フウちゃんが嬉しそうに言った言葉をきっかけに、ホムラくんやショーちゃん、他の子たちもみんなで自分も自分もと言ってくる。
こらこら、無茶言わないでー。ちゃんといつかは叶えてあげるから。あんまり人に知られちゃいけないっぽいから、自重しなきゃ行けないの。今度ね? 約束。
みんなが私を大好きって思ってくれる気持ちが嬉しくて、ついつい頬が緩んじゃう。もう、うちの子達は可愛いなぁ。
『メグ選手ぅ、何ですかぁ、あの微笑みっ! 女の私でさえキュンキュンですよぉー? 今もなおハイデマリー選手の猛攻を防いでいるというのに、余裕の笑み! でも嫌味がないっ! ひたすら可愛い……っ!』
『……あんなメグは、初めて見たな』
『ええ、あんな戦い方も、初めてよ。まるで、軽やかにダンスを踊っているみたいだわ』
マーラさん、正解っ! 私はやっぱりダンスを踊っている感覚しかない。ちゃんと状況も見えてるんだよ? ハイデマリーがいろんな角度から私を狙ってきていて、チラチラと視界に闇の布が見えるもん。
でも、ショーちゃんの的確な指示のもと、身体に入ったフウちゃんが勝手に攻撃を避けてくれるし、隙が見えた、と思った瞬間に他の子たちが変わりばんこに攻撃をしてくれて。
『こ、これは、すごぉい……言葉を失ってしまいますぅ……一体、何種類の魔術を扱えるのぉ? メグ選手は……』
私の声を精霊に届け、風のダンスを踊り、火、水、雷、蔦が私の思う通りに自在に動く。傷は付けたくないという私の意思もきちんと汲み取ってくれてる。なんて心地いいんだろう。
体内に溢れかえっていた魔力が面白いくらい循環してる。私の身体を通って、精霊たちへ。巡り巡ってまた私の中に戻って。ただ、多すぎるからちょこちょこはみ出してしまってるけど。これ、魔力がはみ出なくなったら、もっと上達するかもしれないなぁ。
何だか、このまま試合が終わるのが惜しい気がしてきた。だって、精霊たちとの一体感をここまで感じられたのは初めてなんだもん。
でも、今は闘技大会で、これはまだ予選である。それに、私はちゃんと戦ってハイデマリーに勝ちたいんだ。
「うぅっ、当たらないーっ! メグ様が可愛いぃっ」
何だかハイデマリーの悔しがる言葉以外の単語が聞こえた気がするけど、気のせいということにしよう。私は放出しすぎに細心の注意を払いながら魔力をちょっぴり解放した。
『んーっ、力が漲るよっ! 主様っ、行っくよー?』
「うん、お願い!」
次の瞬間、私を中心にふわぁぁぁっと風の波紋が広がった。柔らかな風に当たって一瞬、その動きを止めたハイデマリーを、風で優しく包み込んだ。両手を広げて風を放出すると、包まれたハイデマリーはそのまま場外へと向かっていく。
そう、アスカやルーンがやったこととほぼ同じだ。もちろん、油断はしない。ショーちゃんのご主人様、と呼ぶ声にすぐ反応し、ライちゃんに指示を出す。カッと小さな稲光を放つことで、背後に迫った闇と魔術陣をかき消してしまう。対策、考えておいてよかったー!
おかげで私はハイデマリーの仕掛けた魔術に捕まることもなく、そのまま風に包まれたハイデマリーをふわりと場外に下ろした。怪我をさせないように、そっとね!
……しん、と大会会場全体が静まり返っている。えーっと、あれ? これ、ちゃんと私が勝ったでいいんだよね? 今のは夢でした、とかないよね? ハイデマリーも場外にペタンと座って呆然としているし。怪我はないはずなんだけど……。
「あの、クロンさん?」
「はっ! し、失礼しました。勝負あり! メグ選手の勝ちです!」
あまりにも誰も反応しないから、恐る恐る審判のクロンさんに声をかけた。あのクロンさんもボーッとしてたから相当だよね。え? 私、そんなに変なことしたのかな? うーん、考えててもわからない。ただちょっと、戦闘というより踊ってた感覚が強いだけなんだけど。
『じょ、場外―っ! 第五試合目は、メグ選手の勝利ですぅ!!』
クロンさんが声を上げたことで、実況のカリーナさんもようやく試合終了を宣言してくれた。それから遅れること数秒をおいて、やっと会場からもわぁっと歓声が上がる。うっ、っていうか歓声がすごくない? ここにいるから余計にそう感じるのかな?
ふと、試合相手のハイデマリーに目を向けると、ハイデマリーが……号泣している姿が目に入ってきた。えっ!? 何で!? どこか痛めたのかな!? 心配になって思わず駆け寄った。
「ハイデマリー、大丈夫? どこか痛いの? ごめんね!」
まだ座り込んだままの彼女の横に膝をついてそう声をかけると、とんでもない! と大きく首を横に振られてしまった。え? え? 理解が追いつかない!
「風が、とても暖かかったものですから。泣きたくなるほどの優しさを感じて……メグ様のお心に触れた気がしたの……感動して、感動して、あたしはもう……!」
ハイデマリーはそれだけを告げると、途端にわぁんと声を上げて泣き始めてしまった。えっと、痛い思いをしたわけじゃない、けど……これって、やっぱり私が泣かせたことになるよね?
わぁぁ、どうしようー!! く、クロンさーん!!
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