お年頃


 この大会を機に、保護結界魔術のすごさを知ってもらうのが目的だったよね、たしか。この国のえらい人も見にくるんだっけ。うっ、それを考えると緊張しちゃうな。まぁ、お子様部門なんか見ないかな? そういえば魔大陸の王様ってどんな人なんだろう。魔王である父さましか知らないや。みんなからそんな話を聞いたこともないし。


 まぁ、魔大陸は王様だからって特別な何かがあるわけじゃないもんね。お城に住んでいるのは魔王だけで、他は少し大きな屋敷程度だってお父さんが言ってた。それぞれの国の代表のような扱いで、魔王と同じで世襲制ってわけでもないって聞いたことがある。なんせ出生率が低いからねぇ。血の繋がりのある者がいるなら受け継ぐらしいけど。私のようにねっ!

 王様、というよりどちらかというと首相みたいな扱いなんじゃないかな。詳しいシステムは聞いたことがないけど、私のイメージはそんな感じだ。


 まぁ、どのみちえらい人が来ることに変わりはないから緊張はするんだけどね。気負わずいつも通りに戦って、楽しめればいいよね、うん。そして、保護結界魔術のすごさをえらい人に知ってもらって、この辺でも使われるようになるといいな。その辺りのプレゼンはマーラさんがするのだろうし。あの麗しい笑顔で説得力のあるプレゼンをされたらうまくいく気しかしない。


「あれっウルバノ、書くのも速くなった? 最近、字も綺麗になってるなって思ってたの。いっぱいがんばったんだね!」


 ふと、隣で黙々と字を書く練習をしているウルバノのノートに視線を落とすと、びっくりするくらいの上達ぶりに驚いて思わず声を上げた。驚いたように顔を上げたウルバノは、長い前髪の間から青い瞳を丸くしてこちらを見ている。それから照れたように俯いた。わかる、褒められると照れちゃうよね。


「あ、ずるい。ぼくもメグに褒めてもらいたいっ」

「アスカも、いつもがんばってるの知ってるよ? えらいよ?」

「ふふー、そうでしょ、そうでしょ。ぼく、すごい!」


 ほんと、アスカは素直だよね。クスッと笑ってしまったよ。


「アスカもウルバノも、とってもいい子だから私、弟が出来たみたいで嬉しい」


 お姉さんはそんな2人を末長く見守っていきたいよ。本心からの言葉だからスルッと口から出てきたんだけど、そのせいなのかなんなのか、2人の動きがピタッと止まってしまった。


「おとうと……」

「弟ぉ!?」


 あれ、嫌だったのかな。ショックを受けたように沈んだウルバノに、頰を膨らませたアスカ。実際、私の方が年上だから間違いではないのに。男としてのプライド的に兄の方がよかったのかな? いや、でもこの2人は兄というより弟でしょー。さすがにそれは言わないけどさ、え、そんなに落ち込む!?

 2人の反応に戸惑ってシュリエさんに目配せをすると、シュリエさんは……笑っていた。えっ、なんで!?


「ふふっ、すみませ、ふっ……! 2人とも、まだまだ、これから、のようですね……ふふっ」


 しかもツボに入っている……! ここまで笑ってるシュリエさんは初めて見たよ。何が面白かったのかわからないのが腑に落ちないけど。


「むー、絶対、振り向かせてみせるんだから!」

「弟、かぁ……がんばろ……」


 だから、なんなのっ!? 誰も教えてくれないので拗ねた私は黙って豚汁をすすることにした。いいもーん!




「父さまー、来たよ!」


 あれからしっかりと勉強して、夕方からは魔力のコントロールの練習をしたり、ウルバノの魔王城での話を聞いたりして時間を過ごした後、私はウルバノと共に魔王国の拠点へとやってきた。ウルバノが帰る頃にはシュリエさん相手にしっかりと挨拶していたのを見てお姉さんは感動したよ。

 やっぱり保護者的な目線になっちゃうなー。本人には言わないけどね! またお昼の時みたいに拗ねたりショック受けられたり笑われたりしたくないもん。根に持つタイプだな、私?


「おお、メグ! 待っていたぞ! ウルバノも、オルトゥス拠点で楽しく過ごせたか?」

「は、はははははいっ」


 でも、父さま相手だとまだ緊張しちゃうみたいだね。ウルバノは魔王配下にあたる魔族だから、憧れの対象が目の前にいるせいもあるだろうけど。ほんのり頰が赤いし。あ、もしかして私相手に照れてしまうのは、魔王の血のせいなのかな? 正解っぽい。それじゃ、仕方ないか。今後は気にしないようにしてあげよう。


 夕食の席に案内された私は、テーブルの端に座る父さまのすぐ近くの椅子に座った。隣にはウルバノ、目の前にはクロンさんだ。いつも立っているイメージだから珍しいな。そう思って首を傾げていると、父さまがここにいる間はみんな揃って夕食にすると決めたんだって。なるほどー。

 クロンさんの隣がリヒト、という配置にちょっとニヤつく。父さまもニヤッと笑ったからわざとだろう。はぁ、うまくやってくれてるといいんだけどなー。クロンさん次第かな?


「父さま、今日保護結界が赤く光ったのが見えたよ。無理しすぎてない? 大丈夫?」

「大丈夫であるぞ! うっ、我が娘は世界一可愛い上に世界一優しいぞ……!」

「あの程度、虫に刺されたほうがダメージがあるくらいですから問題ないですよ、メグ様。もっといけたと思います」

「容赦ないな!? そしてなぜクロンが答えるのだ!?」


 あ、この様子なら大丈夫そうだね。安心したよ。クロンさんも無理なことは言わないだろうから、余裕なのは事実だってわかるしね。鬼畜なようでいて誰よりも父さまのことを考えてくれてるの知ってるもん。……鬼畜なのも知ってるけど。


「大丈夫そうなら良かった。あと少しで開幕だね! 緊張してきちゃう」

「メグなら問題ないであろう。明日の午前中には大会のスケジュールが各ギルドに渡るだろう。午後は皆でその確認になると思うぞ」

「そっかぁ、いよいよ……! 明日は早く寝ようっと」


 でもドキドキして寝れないなんてことがあるかも。すでに今日寝れるかわからない辺りが残念な私である。


「お前、いつも早いじゃん」

「そっ、そうだけどぉっ」


 そこへリヒトがからかいの一言を入れてくる。もうっ、すぐそうやって言うんだからー!

 ……いつも通りだ。いつものリヒト。


「……ねぇ、リヒト。何かあるなら、言ってね?」

「え」


 何か抱えてるものがあるなら教えてほしいよ。人間の大陸を旅した時に思った、リヒトと家族になりたいっていう気持ちは今も変わってないんだよ? 悩みがあるなら聞きたいし、助けになれることがあるならなんだって協力したいんだよ。


 でも、たぶん、そんなことわかってくれてるよね。ただ、たまにしか会えてないから遠慮してる可能性もあるなって。視てしまった未来のことはどうしても言えないし、私から言えるのはそれだけ。相談されたところでちゃんと答えられるかもわからないけど、気にしてるよってことを知っていてほしかったのだ。


「メグ、俺……」

「リヒト」


 少しの間、私たちは見つめ合う。それから口を開きかけたリヒトの言葉を遮ったのは、父さまだった。ジッとリヒトを見つめ、小さく首を横に振る。……父さまも、何か知っている? リヒトはそれを受けてグッと言葉を詰まらせると、すぐに笑顔を作って私に言った。


「言うよ。必ず。だから、さ。もう少しだけ待ってくれ、な?」


 そっか、それが今言える精一杯なんだね。私は察せる子ども。しっかり笑顔で答えた。信じて待ってるよ、って。ウルバノは疑問符を浮かべた顔をしていたけど、大丈夫、私だって大してわかってない。ヘラッと笑って誤魔化して、その後は他愛もない話をしながら夕食の時間を楽しんだ。




「ん、むぅ……あさ?」


  眩しい陽の光を感じてゆっくりと覚醒する。目を擦りながら呟くと、返ってこないはずの返事が聞こえて一気に目が覚めた。


「起きたか、メグ。おはよう」

「っ、ギル、さん!」


 見れば、隣で添い寝の体勢のまま微笑むギルさんが至近距離にいるではありませんかー! 目覚めて最初に目に入った景色がイケメンとかなんのご褒美だろうか。眼福……今日はきっと良き1日である。


「ずっと、ここにいてくれたの?」


 そう、昨日は宣言通り、早くに帰ってきたギルさんは、私が魔王国の拠点から戻ってきたのとほぼ同じタイミングでオルトゥスの拠点に戻ってきていた。そのまま寝支度を整えた私は、ギルさんと一緒にベッドに入ったんだけど、その時のままの状態でとにかく驚いたのだ。


「ああ。仕事は全部終わらせたからな。俺のやることはもうない」

「で、でも、だからってずっとここにいたら疲れるんじゃ……あ、ギルさんも寝た?」


 ここに来てからは忙しくて寝る暇がなかったように思うし、ようやく休めたのなら安心だけど。そう思って聞いたんだけど、返ってきたのは爆弾発言。


「少しだけな。あとはこうしてメグのことを見ていた」

「えっ、ず、ずっと……?」

「ずっとだ」


 は、は、は、恥ずかしいっ!! つまり、寝顔をずっと見られてたってことでしょ!? いや、いつものことではあるけど、夜通し見られるってどんな羞恥プレイなの!? 少しだけ寝たっていうけど、事実ほんの少しなんでしょ、知ってる!

 顔が熱い。過去最高レベルで恥ずかしい。心臓がバクバク言っててもはや何も言えなくなってしまったではないか。からかうようにクスクスと笑っていたギルさんだったけど、そんな風に俯きながら固まった私に思うところがあったのか、すぐにベッドから下りて立ち上がった。


「あー……すまない。その、お前も年頃、なんだったな」

「えっ!」


 上半身を起こしてギルさんの様子を見てみると、腕で口元を隠しながら顔を背けている。その状態でそんなことを言ってくるものだから、余計に驚いてしまった。耳が、赤いし。


「……外で待っている」

「あ、はい……」


 ギルさんが出て行くのをぼんやり見送ったあと、私は再びガバッと布団を頭からかぶった。起きる、ちゃんと起きるけどちょっと許して。


 な、何あれ何あれ何あれーっ!? い、今の、何っ!? レアすぎるギルさんを見た気がするよ!?


 自分の心臓に手を当てる。うわ、飛び出そうな勢いでバクバクなってる。な、なんだろうこれ。普段見ない反応を見たからものすごい心拍数が上がってる。あとイケメンなのが悪いと思う。この要因は大きい。


「年頃、か……」


 そうはいっても、私なんてまだまだ子どもだけどな。人間でいうなら小学生の低学年だ。いや、そのくらいの女の子ってもっとませてたりするかな? 色んなことが恥ずかしいって思う年頃だったり、おしゃれを気にしたり、誰がかっこいいとか誰が好きとか言い出してもおかしくはない年齢ではあるか。


 ん? そう考えると、私ってギルさんと近いかな? 物理的距離が。これはギルさんだけではなくてお父さんもシュリエさんもジュマ兄にだっていえることだけど。環時代の反動からか、妙にスキンシップが好きだしね、私。


「気にした方が、いいのかなぁ……」


 私は気にしてないけど、周囲はそうじゃないのかもしれない。ギルさんは前にもそう言って距離を取っていたことがあったし、父親代わりとはいえ血は繋がってないわけだし。このまま成長していったらただの男女になるもんね。


 ……なんだろう、今モヤッとした。はぁ、やだな、大人になるの。だって、このままスキンシップが減るのはなんだか寂しいもん。


 大きくため息を吐いてモゾモゾとベッドから這い出た私はようやく身支度を整えて着替えを済ませた。うっ、ギルさんと顔を合わせるの気まずいな!?

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