開幕2日前


「ね、ウルバノ! 私たちは午後からお勉強の時間なの。一緒にやらない?」


 そうと決まればウジウジ悩むのなんかやめである! ここはウルバノとリヒトを助けてあげたい! そう思って私はウルバノに声をかける。戸惑うウルバノににっこりと微笑むと、まだ慣れてない私相手だと照れてしまうのか、ウルバノは顔を真っ赤にして黙り込んでしまった。リヒトの影に隠れなかっただけまだいいかな? 文通効果で少しは心を開いてくれているのかもしれない。


「えぇ……ここにもライバルがいるのぉ?」


 同じ年頃の男の子の出現にアスカは眉を潜めていたけれど、今はスルーである。ライバルが増えることはいいことじゃないか。切磋琢磨出来るしっ!


「そうしたら、リヒトも午後は訓練出来るでしょ? オルトゥスの拠点から動かないって約束するし、安全だよ? ウルバノさえ良ければ、なんだけど……」


 私の提案に、ウルバノはハッとしたように一度顔を上げた。やっぱり深い青の瞳はとても綺麗だなぁ。目が合うとすぐに逸らされてしまったのであんまりよく見られなかったけど。残念。


「オ、オレ、メグと一緒に、勉強する。いい?」

「もちろんだよ! ねぇ、リヒト! いいでしょ? なんなら父さまには私が伝えるから!」


 けど、ウルバノの答えは私の案に乗るというものだった。思わずウルバノの手を両手で握りしめて喜ぶ。やったー!


「むしろ、俺がいいのか? って聞く立場なんだけど。ま、ウルバノにとってもその方が世界が広がっていいかもな。じゃあ頼むわ。連絡は俺からもしとくけど、メグからもしといてくれ」

「わかった! ウルバノ! 一緒に頑張ろうね」

「ちょっとぉ、ぼくもいるんだからね!? メグと2人きりになんてさせないんだからっ」


 私がウルバノの手を取って喜んでいると、横から膨れっ面のアスカがズイッと入ってきた。そうだ、アスカは構ってもらいたがりさんだもんね。


「もちろん、仲間外れになんかしないよ、アスカ。ウルバノ、この子はアスカ。一緒に勉強してくれると嬉しいな」

「……っ、う」


 ちょうどいい、と思ってアスカを紹介してみたんだけど、まだ人見知りがあるのか、一歩後ろに下がって不安そうな様子を見せるウルバノ。でも、何度も首を縦に振ってるから、嫌ってわけではなさそうでホッとする。少しずつ、少しずつ慣れていけばいいよね。そう思ってたんだけど……。


「何? ぼくと一緒じゃ不満なわけぇ?」

「ちょっ、アスカっ」


 アスカはそう思えなかったのか、両手を腰に当ててウルバノに迫った。や、やめてあげてー! ウルバノが怯えてるよっ!


「嫌ならウルバノが少し離れた場所で勉強すればいーじゃん。ぼくは最初からメグと勉強の予定だったもん。後から来たのはそっちなんだから、文句があるならそっちが離れてよね!」


 ああ、もうーっ! アスカはどうしてすぐ同年代の男の子と喧嘩腰になっちゃうのかな!? これじゃあ、ウルバノがますます怯えて……!


「ぼくはメグと仲良く勉強するもーん!」

「い、嫌だ。オレ、離れない。メグと勉強する」 


 なんて心配してたんだけど、予想外にウルバノがしっかりと反論したことに驚いて目を丸くしてしまう。


「ふ、ふーん? でも、ぼくがメグの隣だからね!」

「反対の隣に座るからいい」

「むっ、そんなにぼくが嫌いなの!?」


 むしろ、アスカの方が機嫌悪くなっていくのはどうしてなの! そろそろ口を挟むべきかと思った時、ウルバノがふわりと優しい眼差しでこう言った。


「ううん。オレは、その……アスカとも仲良くなれたらって思う。けど、君の方がオレを、気に入らないのかなって思ったから」


 な、なんて心の広い……! 種族が違うから年齢差があっても成長度合いが違うためなんともいえないけど、ウルバノは私より年下のはず。それなのにこうした考え方が出来ることにとても驚いたよ! 身体も大きいけど心も広かった! 感動である。


「……ウルバノ、もしかしていいヤツ?」

「それはわからないから、アスカが決めてよ」

「じゃあいいヤツだよ! よし、仲良くなろう! でもメグのことも勉強も負けないからね!」

「オレも負けない。アスカ、よろしく」


 アスカもアスカで素直だよねぇ。さっきまでの不機嫌はどこにいったのか。なんにせよ、2人がちゃんと仲良く出来そうで安心したよ。勉強どころじゃなくなるんじゃないかって心配だったから。

 それにしてもウルバノはものすごく成長したね。本当にビックリ。魔王城のこども園の隅っこで、蹲っていたのが嘘みたいだ。本来の性格が戻ってきたのかな。そうだとしたらとても嬉しい。


「大丈夫そうだな。相手が子どもだからってのもあるだろうけど、ウルバノも順調に一歩ずつ前に進んでる」

「そうだね。すごくビックリしたよ」


 リヒトが安心したようにそう言うので同意する。たしかに、大人相手だとまだ難しいかもしれないけど……あの頃に比べたらものすごい進歩だもん。きっと大丈夫。


「あと予想はしてたけど、お前の好かれっぷりも大概やばいな」

「え? 私?」

「そうだろ? えーっと、シュリエさん、でしたっけ」


 腕を組んでそう告げたリヒトは、そのまま後ろでずっと様子を見守っていてくれたシュリエさんに話を振る。なんでシュリエさんに?


「そうですね。私の知る限りだと、そこの2人と、あとはアニュラスの少年もでしょうか」

「あ、昨日チラッと見た覚えがあるな。クリーム色の髪の子?」


 そして突然話を振られたにも関わらず、ちゃんと意味を理解しているのかスラスラと答えるシュリエさん。それって、グートのことだよね? どう話が繋がってるのかわからなくなってきた。


「これ、こいつがもっと成長した時、やべーんじゃないすか? 今でさえこれだし」

「ええ、成長すればするほど厄介になるでしょうね」

「……今は可愛らしいもんだけどな」


 成長すればするほど? うーん、思春期とか? やっぱりあるのかな、亜人にも。私はあるのかなぁ……頭ではわかってても心が制御出来ないのは心当たりがありまくるし。え、わかってるのに思春期の精神抱えるのってわりと苦行じゃない? 恐ろしい……思春期、怖い。

 うん、考えるのやめよう。ただでさえ今の自分でいっぱいいっぱいなんだから。その時になったらまた悩もう。まずは父さまにウルバノのことを伝えないとね。夕飯の時に一緒に魔王城の拠点に行きます、でいいかな?


「ショーちゃん、お願いね」

『お安い御用なのよー! 行ってくるのよ!』


 常に魔力は十分すぎるほど与えているので、お願いするだけでツイーンと飛んでいくショーちゃん。魔力の心配をしなくていいのは助かるけど、逆に与えすぎじゃないかな? なんて心配にもなったりするんだよね。これも何度も考えてることだけどさ。

 貰いすぎる分には困らないって言ってたけど……お腹いっぱいで苦しい! みたいなことにはならないのかなー? もしくは私みたいに魔力が多すぎて持て余すとか。一度に渡せる量にはたしか限界があったはずだけど……そのあたりの精霊事情がちょっと気になるところだ。


 そういえば、前にショーちゃんには召喚を勧められたっけ。魔力をたくさん消費するから持て余す私にはちょうどいいって。結局、ショーちゃんに聞いても「すっごい御方を呼ぶのよー」だけでよくわからなかったのだ。すっごい御方、という辺りでビビった私はそれ以上調べもせずに後回しにしてたんだよね。ハイエルフの郷でシェルさんに魔力解放の手伝いを頼ってるばかりじゃなくて、いい加減、自分でも対処法を考えなきゃなぁ。


「じゃ、すみませんがウルバノをよろしくお願いします」

「はい、お預かりしますね」


 考えに耽っている間に、大人組の話も終わったようだ。リヒトの対応を見てると、本当に大人なんだなぁってしみじみ実感する。私も環の時はたしかにあんな風に対応していたはずなんだけど、もうほとんど思い出せない。ひたすら謝って胃が痛かったのは覚えてるんだけど。いや、むしろそこは忘れたいのに人の記憶とはままならないものである。


「ウルバノは、お昼は食べたの?」

「う、うん。屋台で……」

「いいね! ぼくたちも昨日の夜は屋台で食べたよ! ニクマンがすっごく美味しかったぁ」


 あ、あれ、肉まんっていうんだ。今初めて知ったよ。わかりやすいけど、それってやっぱお父さんが広めたのかな。そうだろうな。

 アスカの言葉に、ウルバノもさっき食べたものをあれこれあげていき、それについてまたアスカが感想を述べていく。……ウルバノも食べる子なんだな。っていうか、それが普通なの? 私が食べなさすぎなの? 両極端なだけだと信じたい。ま、なにはともあれ、この2人も仲良くなれそうでよかった。


「さ、メグとアスカは昼食を貰ってきてください。ウルバノ、貴方は席に座っていましょうね。先に勉強を始めますか?」

「うっ、えっと、あの……は、い」


 シュリエさん相手にはまだ緊張するみたいだね。でも、ちゃんと受け答え出来てるってだけで十分だ。あの時からまだそこまでの時間は経ってないのに。前を向こうって思ってくれてるんだよね。お姉さん嬉しい!


 さ、感動してる場合じゃないよね。ウルバノと一緒に勉強するためにも早くお昼を食べちゃおう。アスカと一緒に取りに行くと、そこに用意されていたのはおにぎりと豚汁! おいしそー!


「……そんなに食べるの?」

「えっ、メグはそれしか食べないの?」


 お互いの持つトレーを見ながら思わず私たちは呟いた。私のトレーはおにぎり1つと小さなお椀に入った豚汁。一方アスカはお皿に山盛りになったおにぎりとラーメン丼くらいの器に入った豚汁。おにぎりは盛りすぎてもはや数がわからないっていう。


「……ぷっ! ぼくたち、いつもこんな会話してるね!」

「ふふっ、たしかに。そろそろ慣れてもいいかも」


 アスカはすごく食べるし、私はあんまり食べられない。それは変わらないんだからいちいち驚いてられないよね!

 でも笑いながら席に戻った時、ウルバノがアスカのトレーを見て目を丸くしていたから、やっぱりアスカは他の子よりものすごく食べる子なんだってことがわかったよ。やっぱりか!


「ねーシュリエ。大会が始まるのって明後日なんでしょ? 準備は間に合うの? みんなずっと忙しそうだし、大丈夫なのかなって思っちゃったんだけど」


 ひたすらおにぎりを口に運びつつアスカが質問をしている。ちゃ、ちゃんと噛んでるのだろうか。私が1つ食べ終える内に10個くらい食べてるんじゃなかろうか。すごい。


「間に合いますよ。今、忙しいのは何度も確認作業をしているのと、参加者がきちんと受付を済ませているかのチェックが主ですからね……魔王は魔道具の耐性限度を調べるためにあらゆる魔術を撃ち込んでいるみたいですが」


 そこで言葉を切ったシュリエさんは大会会場の方に目を向けた。つられて私もそちらに目を向ける。別に、これといった異変はなさそうだけど……ん? 赤く光った! んんー? でも魔力は感じないなぁ。


「動作に問題はなさそうですね。昨日も今日も、魔王が1日中攻撃魔術を放っているのに誰も反応しませんから」

「えっ、1日中攻撃魔術を使ってたの!?」

「いえ、物理攻撃も撃ち込んでいるはずですよ。もちろん、全力ではありません。出場者の実力を考慮して加減はしているでしょう」


 少なくとも私の全力程度では壊れないから大丈夫ですよ、と微笑むシュリエさんだったけど……シュリエさんの全力ってだけですごく恐ろしいんですが!? それを加減しているといい、それほどの力をずっと使ってても平気な父さまはもっと怖い。


 ちなみに、光るのは保護結界魔術の仕様なんだって。なんの気配も感じないのはいいけれど、外からの攻撃に気付かないのは問題だから視認出来るように、だそう。なるほど。受けた攻撃の威力で光の色も変わるんだって。え? 赤が最大級? ……ひえっ。




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本日の更新で100万文字をこえてました!感慨深い……!

それもこれも読者様方のおかげです。いつもお読みいただきありがとうございます!

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